第5話 讃美歌

 地震があった。

 とても大きな地震で、たくさんの家が壊れたり、大勢が怪我したり亡くなったりした。

 夜ごはんを食べようとテーブルに座って直ぐに、地震だとわかるぐらいの揺れを感じた。この辺は東京の方に比べたら地震が少ないので、それでも怖いと思うぐらいの揺れだった。いつもならそこで終わるはずだったのに、その後何が起こっているのかわからないぐらいの衝撃があった。横じゃなく、縦にドンっ!と音がした様な気がした。隣に座っていたお母さんが私をテーブルの下に引っ張って突っ込んだ。向かいに座っていたお姉ちゃんの足も引っ張って

「早く!入って!!」

と叫んだ。お母さんがテーブルの下で、私とお姉ちゃんの上から覆い被さるみたいにして押し潰した。

 色んなものが落ちてくる音がしてたけど、ずっと目をつぶっていたので良くわからない。スゴく長い時間に感じたけど、一瞬だった気もする。ただ怖くて身体をギュッと小さくさせていた。

 揺れがおさまって静かになった。

 テーブルから見える床は、食器棚から飛び出して割れたお皿とかコップとか、こぼれたお醤油とか晩ごはんでぐちゃぐちゃだった。

 電気が消えていた。割れた食器が危ないからとお母さんに言われて、しばらくはテーブルの下でお姉ちゃんと手を繋いでいた。

 お父さんは電車が動かなかったので歩いて夜遅くに帰って来た。みんな無事でホッとしたと、お父さんが泣くのを初めて見た。


 私たちの地域はそこまで被害がなかったみたいで、学校も地震の次の日は午前中で終わったけど、その後は割と普通だった。怪我した子も何人かいたけど、誰かが死んだとかそんな話は聞かなかった。

 石田の家は同じ県内で隣の市だから、そんなに離れた場所じゃないのに被害が大きかったみたいだ。石田家は大丈夫だったらしいけど、その辺はニュースでも取り上げられるぐらい酷かったみたい。

 地震の次の日、石田の家にお母さんが行くと言うので連れて行ってもらおうとしたけど、まだバスとか電車もちゃんと動いてないからアカンと言われた。自転車で行くと言うと、道が舗装中の所も多いからやっぱりアカンと言われた。

 みんな大丈夫かな、顔見たいのにと思っていたら、何日かして家の前に梅ちゃんが立っていた。自転車で来たみたい。

「梅ちゃん!」

 駆け寄ると梅ちゃんがこっちを見た。

「…スーちゃん………」

 梅ちゃんは私の名前を呼んだあと、泣き出した。

「どうしたん?何かあったん?」

 梅ちゃんは泣くだけで何も言わない。

 とにかく家の中に梅ちゃんを引っ張っていった。


「ひどいこと言うてもうた……」

 私の部屋でやっと泣き止んだ梅ちゃんが話してくれたのは、梅ちゃんのクラスの男の子の話しだった。

 梅ちゃんは仲の悪かった男の子と、地震の前の日に大喧嘩して「死ね」と言ってしまった。その男の子は地震で大怪我して今病院にいるらしい。

「ホンマに死ぬかも知れん。どうしよう。私があんなこと言うたせいかな……」

梅ちゃんはそう言ってまた泣き出した。

 どうしたら良いんやろ。その子がもし死んでしまったら、梅ちゃんはどうなってしまうんやろう。

 考えてもどうしたら良いのかわからない。その時、砂川のおばあちゃんの言葉を思い出した。

『苦しい時の神頼み』

 何の時か忘れたけどそう言うてた。神様に頼むしかないかも。お医者さんはわざわざ頼まなくても、もういっぱい治療してくれてるやろうけど、神様にはお願いしないと気づいてもらえないかも知れない。

「神様に頼みに行こう」

 梅ちゃんは真っ赤かな目でこっちを見た。

「神様?」

「うん。近くに教会があんねん。お姉ちゃんが日曜学校に行ってるから連れて行ってもらったことある」

 家の近くにカトリックの教会があった。

 「雪の女王」でゲルダが讃美歌を歌う場面があったので、讃美歌を歌ってみたくて教会に行ってみたけど、お話が眠たくてイビキをかいたから、お姉ちゃんに「もう連れて行かへんっ!」と言われていたけど。

「神様って悪い子の願いも叶えてくれんの?」

 梅ちゃんが不安そうにつぶやいた。

「悪い子にならん様に神様にお願いしたら良いやん」

 そう言うと下を向いてしばらく考えてから

「うん。そうする」

と言って立ち上がった。


 そのまま二人で教会に向かって歩いた。

「勝手に入って良いの?」

 梅ちゃんが聞いてくる。

「入って良いと思うで。いつでも教会の門は開かれていますって言うてたから」

 眠たいお話の時にシンプさんっていう人が言っていた。

「お願いの仕方とかわかれへん」

 梅ちゃんはまだ心配そうにしている。

「何か顔の前で両手組んで、天にまします我らの父よ、願わくば……何とかかんとか…」

 一回しか行ってないからあんまり覚えていなかった。最後にアーメンって言うのは覚えてるんやけど。

「とにかく一生懸命お願いしてみよう。シンプさんも日本語でお祈りしてたから、多分神様も日本語通じると思うで」

「うーん」

 梅ちゃんは不安そうなままだった。


 教会について扉を開けると、裸の男の人が十字架の上で項垂れていた。アレが神様と思ってたけど、お姉ちゃんはアレは神様じゃないと言っていた。

 じゃあ誰?と聞くとイエス様やと言った。

 神様の子どもやでって。

 「雪の女王」の讃美歌に出て来る


   バラは花咲き しおれても

   幼な子イエスは いまします


 のイエスってこの人のことみたい。幼くないけど。髪の毛は長いけどおじさんに見える。

 誰も居なかった。長い机が並んでる真ん中の方、正面からイエス様が見えるところに座った。神様じゃないけど、この人にお祈りすれば良いみたいやったから。

 顔の前で両手を組んだ。梅ちゃんもこっちを見て真似をした。

「心の中でお願いしたら良いみたいやで」

 私が言うと、梅ちゃんはうなづいて目をつぶった。

 私も一緒にお願いした。

(その男の子が元気になります様に。梅ちゃんと仲直り出来ますように)

 横を見たらまだ梅ちゃんはお願いしていたので

(地震でケガした人がみんな元気になります様に)

と追加でお願いした。

 神社みたいにお賽銭とか入れるとこないんかな、タダで聞いてくれるんやろか?太っ腹の神様やねんな。イエス様はガリガリやけど。


 やっと梅ちゃんが顔を上げた。

「お願い出来た?」

と聞くと、うんとうなづいた。

 教会を出た帰り道、梅ちゃんに聞いた。

「何でその男の子とケンカしたん?」

「嫌なことばっかり言うから。いっつもいっつも」

 梅ちゃんは顔をしかめた。

「悪魔のガラスのせいちゃう?」

と言ってみた。

「悪魔のガラス?」

「雪の女王であったやん、悪魔のガラス。それが目の中に入ったり、心臓に刺さったりしたら、悪い子になるねん」

「ああー」

 梅ちゃんは思い出した様にうなづいた。

「讃美歌歌ってあげたら、ガラスが取れるかもよ。そしたら良いやつになるかも知れんで」

「別に、仲直りとかしたないし。顔見たらムカつくもん」

 梅ちゃんがふてくされた様に言う。

「でもこのままその子が居なくなったら悲しいやろ?」

「悲しいっていうか……困る……」

「じゃあもしお願いが叶ったら、その子に元気になってくれてありがとうって言わなアカンで」

「えーっ!?……でも、うん。そうやな」

 梅ちゃんは困った顔でうつむいた。

「神様には私がお礼に行くから、梅ちゃんはその子にありがとうって言いや」

 梅ちゃんはイヤイヤって感じやけど、

「………うん」

と言ってうなづいた。


 神様がお願いを聞いてくれたら、私もありがとうを言いに行こう。イエス様、じゃなくてイエス様のとこの神様がお願いを叶えてくれます様に。

 ってコレは誰にお願いしてるんやろ?まぁ良いか。

 

 どの神様でも良いから、梅ちゃんのクラスの男の子を元気にしてくれます様にっていうお願いを叶えて下さい。よろしくお願いします。

 もう一回心の中でお願いした。



 

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