第2話 カリカリ梅

「相撲、早よ行こう!」

 ハッタンが呼んでいる。相撲は私のこと。ホンマは「すもも」やけど。

「ごめーん、先行っといてー」

小学3年生から入ったウチの小学校の少年野球は、毎週火、木、土曜日が練習日だ。今日もこれから練習に行かなアカンのだけど、と目の前のエッちゃんを見つめる。

 エッちゃんは目を逸らした。

「えっとー 練習あんねんけど。話って何?」

話しかけるとエッちゃんはこっちを見ないままで、

「野球、辞めて欲しいねん」

と言った。

「なんで?!」

 びっくりして聞くと、うつむいて黙った。

「何で野球辞めて欲しいん?」

 もう一回聞いてみた。

「秦野くんと仲良くせんといて」

 エッちゃんは泣きそうな声だった。

「ハッタンと仲良くしたら何でアカンの?」

 さっきから聞いてばっかりやけど、わからんからしょうがない。

「スーちゃん、秦野くんのこと好きなん?」

 エッちゃんが顔を上げた。やっぱり泣きそうな顔。

「ハッタン?好きやで。エエやつやで?」

 そう答えると、エッちゃんはまたうつむいた。

「男の子として好きなん?」

 小さい声でエッちゃんがつぶやく。

「ハッタン男の子やからなぁ」

「違う!そうじゃなくて、男の子やから好きなん?」

 急にエッちゃんの声が大きくなった。

「えー?ハッタンが女の子やったら……うーん、別にちょっとキモいけど。うん、まあ、それでも好きやと思う」

 エッちゃんの顔が苛立った様に見える。

「私、秦野くん好きやねん。だからスーちゃんに仲良くして欲しくない」

エッちゃんはそう言うと今度こそ本当に泣き出した。

 どうしよう。私がハッタンと仲良くしたらエッちゃんは悲しいってことかな。でも野球行ったらハッタンとも仲良くしてしまうし…

「野球辞めなアカン?」

 エッちゃんに聞いてみたけど、エッちゃんは泣くだけで返事をしてくれない。

 どうしよう。困った。

「とりあえず今日は野球行かんとくから泣き止んで」

 エッちゃんに頼んだ。

 エッちゃんはまだ泣いていたけど、黙って立ち上がってそのまま教室を出て行った。

 野球休むって言いに行かなアカンけど、それも野球行ったことになんのかなぁ、お母さんに電話してもらおうかなぁ……何で休むんって聞かれたら何て言おう。困ったなぁ。

 結局黙って野球を休んで家に帰った。

 お母さんは居なかったので、とりあえず何で野球行かなかったのか聞かれずに済んだ。

 しばらくすると、梅ちゃんが遊びに来た。

「お母さんが持って行けって」

と本家から送られて来た野菜とかをいっぱい持って。

「元気ないやん。珍しいな、どうしたん?」

 梅ちゃんに聞かれて、さっきの話をすると梅ちゃんの顔はどんどん真っ赤になった。

「なにそれっ!そんなん言うこと聞かんでエエやん!なんでそんな事言われなアカンのっ!」

 梅ちゃんはそう言って手をグーにして振り回した。

「何様のつもりや!何でそいつに指図されなアカンねん!」

「ごめん」

 あんまり梅ちゃんが怒るからとりあえず謝った。

「スーちゃんが謝ることないっ!!!」

梅ちゃんは余計に怒った。

「自分がその男の子好きなんやったら自分ががんばったらエエやん!何でスーちゃんを引き離そうとすんの?!ムカつくー!!!」

 梅ちゃんが言われたみたいに怒ってる。

「自分が少年野球やったらエエねん!」

 梅ちゃんの言葉にあっ!と思った。

「ホンマや!そうしよう!エッちゃん少年野球に誘ってみるわ。私野球やりたいし、エッちゃんもハッタンと一緒に居れるし、ちょうど良いやん。そうしよう!ありがとう、梅ちゃん」

 そう言って梅ちゃんのグーにした手を上から握った。さすが梅ちゃんや。賢いな。

 梅ちゃんは力が抜けたみたいにため息をついた。

「スーちゃんやなぁ……」

 そう言うと私に抱きついた。

 何かわからんけど抱きつき返した。

 良かった。明日エッちゃんに話ししよう。

 梅ちゃんは

「怒ったら喉かわいた。ジュースちょうだい」

と言いながら私の顔を見た。

「もう!スーちゃんやねんからっ!」

 怒ってるみたいな言い方やけど顔はニコニコしていた。梅ちゃんの機嫌が治って私もニッコリした。

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