eyes:20 翔、ルミ治療院でキス

「いらっしゃいませー……!」


コンビニの店員はいつも通り挨拶したが、傷と誇りでボロボロな翔の姿を見るとギョッとして、翔の事を訝しげにジッと見つめた。


けれど翔は気にせず、平然とタバコの銘柄を注文する。

こんな姿を見れば店員に驚かれるのは当然だと分かってるし、痛い時はなるべくそこに意識を向けず平然としてる方がいいからだ。


「マルボロゴールド、ボックス……ああ、43番で」

「あっ……はい。おひとつで?」

「はい、一つで……」


ただ我慢はしていても、やはり口を動かすとピリッと痛みが走る。

すると、ルミが消毒液と絆創膏を翔のとこへ持ってきて店員にパッと言う。


「すいません。そのタバコ、一ケース下さい!」

「あっ、ワンカートンでよろしいですか?」

「はい、それでいいです」

「失礼ですが、購入するのはこちらの男性の方でよろしいですか?」

「はい」


ルミは冷静にそう答えると、翔に一万円札をバッと半ば強引に渡した。


「はい、翔」

「おいルミ、いいって。タバコぐらい自分で買うから」

「いいの翔。私の事、助けてくれたんだから」

「ルミ……気持ちはありがたいけど、何もここまでしてくれなくてもいいよ」

「いいの。私の気持だから♪それより、早く買って治療しよ♪……お願い、翔」


ルミは笑顔だが、懇願するような眼差しで翔を見つめてくる。


「分かった。ありがとな、ルミ」


翔は素直に受け取るしかなかった。

ルミが翔の事を凄く心配しながらも、一生懸命笑顔でそう言ってくれてるから。

なのでそのままワンカートンと消毒液、それと絆創膏を買ってから店を出た。


「ルミ、本当にありがとな」

「翔、こっちこそだよ♪」

「これ、今吸っていいかな?」

「もちろん♪」


笑顔でそう答えてくれたルミの側で、翔はゆっくりタバコにカチッと火をつける。


「フーゥ……」


煙草を吸った翔は、傷ついた身体のほてりが少し収まった気がした。

好きなタバコと、何よりルミが隣にいてくれるから。


翔は一服するとケータイ灰皿に吸い殻をギュッと入れ、ルミにボロボロの顔を向けてニコッと微笑んだ。


「ありがとう、ルミ。美味かった」

「よかった♪じゃー後は、ちゃんと治療するからね」


ルミはそう言うと翔の手を握って、一緒に翔の家に向かった。

月明かりが二人を優しく照らす中、ゆっくりと。


そしてしばらく歩くと、翔の家に着くいた。


「翔、カギは?」

「あぁ、かけてないよ」

「開けっぱ?!」

「まっ、どーせ取られるもんもないし、その点は気楽なもんさ。いーだろ。ハハッ」


そう言ってお茶らけながらも、ドアを開けるのも辛そうな翔。

なのでルミは翔から鍵を受け取り、代わりにドアを開けた。


「はい翔。どーぞ」

「おぉ、ありがとルミ。なんか、一番最初に家に来た時とは逆の事してもらっちゃったな。あっ、大臣役やった方がいいか?」

「そんなん、せんでいいから!もーーー早くお部屋入って治療しよ」

「分かった分かった」


翔は靴を脱ぎ、ゆっくり部屋に入るとすぐにドカッと寝転がった。


「うーーっ、ちょっくら疲れたわ」

「ありがとね翔。でもゴメン、ホントすぐ寝たいと思うんだけど、ちょっとだけ起きて座って」

「うーん?」

「寝たままじゃ、治療しにくいから」

「あーーー分かった」


翔は傷ついた身体を何とか起こし、胡坐(あぐら)をかいた。


「これでいいか?」

「うん、いいよ。ありがと♪」


ルミは翔に微笑むと、ちょっとテンションを上げて、いつものノリで翔に話しかけていく。


「はい、お客様。今日はようこそおいで下さいました。まずは服、脱いでください♪」

「おーい、ここなんの店だ?」

「ルミ治療院です♪」

「大丈夫なの?この治療院」

「もちろんです♪消毒液と絆創膏。それと、とびっきりの愛情で何でも治しますよ♪」

「マジか。不安しかねーーー」


翔はそう言って、笑いながらジャケットを脱いだ。

ルミは頬を可愛く膨らませたまま、翔に言う。


「失礼な。それにお客様、シャツもちゃんと脱がないと分かりません」

「えっと、俺は患者じゃなくて、客なのか?」

「細かい事はいいです。はい、脱ぎましょう♪」

「はいよ」


その瞬間、ルミの瞳に翔の筋肉質な背中と、その背中に出来た多くの痣と傷が目に飛び込んできた。

それを見て、翔の事がより愛おしくなったルミ。

背中から治療を続けながら、翔に静かに話しかける。


「翔……本当にありがと」

「別に、当たり前の事をしただけさ。それに……」


翔はそこまで言いかけて、言葉を止めた。

今、心の中で思った事を言うのが、恥ずかしかったからだ。

でも、ルミは翔のそんな事を許さなかった。


「なに?ちゃんと言ってよ」

「いや、別に大したことじゃないって。なんでもない。治療続けてくれ」

「ふーん……お客様、傷、ツンツン治療がいいですか?」


そう言って、翔の背中の傷口を軽くツンツンしたルミ。


「いっっったあ!」

「治療です」

「どんな治療だよ!あーーーもう、ずりぃよルミ」


翔は声を上げてルミを振り返った後、再び前を向いて話し始めた。


「いや……もし絡まれてるのがルミだと知ってたら、アイツら思わず先にぶん殴ってたと思うから……ってだけ。あぁもう、さすがに引くだろ?こんなオッサンから、本気でそう思われるなんて。だから言いたく……」


翔がそこまで言った時、ルミは思わず翔を背中から抱きしめた。


「翔っ!!」

「いっっって!」


ルミの身体が傷口に当たり、翔は思わずそう叫んだが、ルミは構わず翔を抱きしめていた。


「翔……ずっと一緒にいたい。おねがい」


ルミにギュッと抱きつかれながら想いを伝えられた翔は、ハァッと哀しいため息をつきながら思う。


───俺だってルミが好きだ。けど……ルミの今までのちょっとした仕草や迎賓館の時の感じからしても、ルミは多分そこそこいいとこの家庭な気がするし、何より、ルミはちゃんとしたヤツと幸せになるべき女の子だ。俺なんかと一緒にいさせちゃダメに決まってる。ルミの事を大切に想ってるなら、流されるんじゃねぇ!


翔は心で自分にグッとそう言い聞かせた後、ルミによっと身体を振り向かせて真摯な眼差しを向けた。


「ルミ、気持ちは嬉しいけど、俺なんかとは一緒にいない方がいい」

「なんで?!」

「俺は売れない作家だぞ。この年になって金も権力も無い、ただのオッサンだ。ルミの気持ちは本当に嬉しいけど、ルミはまだ若くて可愛いし元気で明るい素敵な子だ。だから、俺なんかに時間を使ってたらもったいないって」


翔から哀しい眼差しを向けそう告げられたルミは、翔にギュッと抱きついたまま答えた。


「ムダじゃないもん!なんで好きな人と一緒にいるのがムダなの?!そんなん全然わからないよっ!!」

「ルミ……」


翔が哀しく声を漏らすと、ルミは翔に抱きついていた腕をそっとほどき、うっすら涙をを滲ませた瞳を向ける。


「翔……違ったらごめんだけど、もしかして元カノさんの件で、付き合うのが怖いの?」


ルミにそう言われた時、翔はハッとした。

見ないようにしていた気持ちに、ハッキリ気付かされたのだ。


自分じゃルミを幸せに出来ないのはもちろんだが、ルミの言う通りな部分もあるという事を。


大好きだった元カノの京子にフラれてから、翔は確かに心のどこかで思っていた。

好きになってもどうせ叶わない。

叶ったとしても、去っていく。

翔はそんな想いをもうしたくないのも確かにあって、気持ちをずっと抑えていたのだ。


それを認めた翔は、ルミにすまなそうに答える。


「ああ。ルミの言う通り、そうかもしれない。いや、きっとそうだ。恥ずかしいけど……いやーー俺、弱っいちいな。こんな年なのにダメダメだわ。だからこんなオッサン相手にしてないで、ルミはもっといい男と……」


翔がそう言いかけた瞬間、ルミは翔の首に両腕を回して翔の唇にキスをした。

そして、しばらくそのまま翔を抱きしめた後、そっと唇を離した。

頬を赤らめ、真っすぐな瞳を翔に向けたまま。


「翔……私ね、小説家じゃないから、こうする事でしか伝えられないよ」

「ルミ……!」

「翔が大変な時でも、私ずっとギュッとするから!私はどこにもいかないよっ!」


ルミが涙をポロポロ流しながら、胸いっぱいの気持を翔にぶつけたその瞬間、翔の心をがんじらめに縛りつけていた鎖が、まるで溶けるように一瞬で消えた。


「ルミっ!!」


翔はギュッと抱きしめると、ルミに強くキスをした。

もうこれ以上自分の気持に嘘はつけないし、つきたくもなかったから。


まるで、刹那の中の永遠に溶け込んだような翔とルミ。


そして、翔はルミからそっと唇を離すと、ルミの両肩にそっと手を乗せる。


「俺もギュッとしないと、ルミの腕が疲れちまうからな。ルミ、愛してる」

「う~~~かけ……翔……ありがとう。わたしも……わたしも翔の事愛してるよ」


翔は、涙が溢れ出しているルミを見つめた。

優しいだけじゃなく、決意を宿した瞳で。

そして、溢れ出す想いと共にルミの顔が涙にぼやけて見えなくなると、ルミを再び胸の中で強く抱きしめた。


ルミを必ず幸せにするという、誓いと共に。

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