eyes:19 ルミを守るぜ。ボロボロマン

翔はあれから物凄く集中して、再び執筆作業に専念した。

そして、コンテストの締め切りまでに何とか原稿を書き上げると、椅子の背もたれにドサッと寄り掛かった。


「フゥッ……なーんとか終わったか。今度こそ、何とか入賞出来ればいいんだけど……あの斗真に勝つ為にも」


疲れでぐったりとした翔は、一服しようとタバコの箱を開けた。

けれど、中はカラ。一本も入っていない。


「あっちゃ、もうタバコ切れたか……」


翔は空箱をゴミ箱に捨てると、コンビニへタバコを買いに行く事にした。

疲れてるが仕方ない。

スモーキング、イズマイ、エアーなのだから。


なので翔はライターと千円札をポケット入れ、ジャケットをバサッと羽織りドアを開けて外に出る。

すると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。


スッと見上げると、星がキラキラと夜空を照らしている。

今日は大気が澄んでるせいか、星空がいつもより煌めいているようだ。


「おーー今日はお星様が綺麗だな……」


翔はそのままコンビニへ向かって歩き始めた。


翔の家からコンビニまでの道はちょっと遠く、そこまでの道も薄暗い。

もうちょい近くにあればなーと思いながら、しばらく歩いていると、翔は公園に人がたむろしているのが見えた。


暗くて見えにくいが、その雰囲気からガラの悪そうな連中である事はすぐに分かった。

いかにもという奴らが三人ほどいる。


───ここら辺、治安悪いからな~


翔は彼らと目が合わないように、そっと通り過ぎようとした。

が、思わず彼らの方を向いてしまった。

かすかに声が聞こえてきてしまったからだ。


「ちょっと、あっち行ってよ」

「いーじゃん、こんなとこにいるなんて暇っしょ。俺らと遊びにいこーぜ」

「だから、ヤダって言ってるじゃん」

「なんでだよ。いいとこ連れてってやるからよ」

「行きたくない」

「あーーなんだよ。とりあえずいいから来いよ」


三人の内の一人の男は、女の子の腕を掴んで強引に引き寄せた。


「ちょっと、痛い!離して」

「うっせ」


翔はその光景を遠くからチラッと見て、早足で過ぎ去ろうとした。

ああいう奴らは何するか分からないし、面倒ごとに巻き込まれるのはイヤだったから。

けど、翔はピタッと立ち止まった。


───こーゆーの、見過ごす方がもっとイヤなんだよな……!


翔は心で自分にそう言い聞かせると、全身にグッと力を込めた。

そしてその場で男達の方へ体を振り向かせ、大きな声をぶつける。


「おいお前ら!何してんだよ!嫌がってんじゃねーか」


すると、彼らは翔の声に振り向き睨みを飛ばしてきた。


「あっ?」

「チッ……」


けれど、翔は怯まずに言葉を続ける。

彼らをしっかり見据えたまま。


「あのな、男が強引に引っ張っていいのは、綱引き大会の綱だけだ。学校でそー教わらなかったのか?」


翔がそこまで言い終えると、彼らの内二人が翔に向かってゆっくり歩いてきた。

明らかな敵意のオーラをバンバン放ちながら。


「あっ?なんだオッサン。綱引きとか、うぜぇ事言ってんじゃねーぞ」

「ホント、マジでムカつく。こういうオッサン。俺らが何してよーとかんけーねーだろ!」


彼らは翔の事を、今にも翔に殴りかからんばかりの怒りの視線で睨み続けている。


当然怖かったが、翔はここで引く訳にはいかなかった。

一度、助けると決めたからだ。

それに、自分が書いてる主人公達は、こんな奴らよりも遥かに強い敵と真正面から戦っている。


───でも、勝つのは厳しそうか……


なので翔は、自分に注意が向いた隙に女の子が逃げられればいいと思い、ワザとニヤけた顔を向けながら余裕の言葉で挑発する。


「う~ん。キミ達さ、今のセリフ、完全に典型的なザコ悪役のセリフだけど、そこ、分かってる?」


その直後、彼らはブチ切れて翔に殴りかかってきた。

ゴンッという鈍い音と共に、翔の頬に激痛が走る。

また、その後の二人からの殴打と共に、その激痛は全身に回った。


翔は自分のした事を後悔はしていなかったが、今はガードしながらこの痛みに耐える事だけを考えている。


───いってーな、コイツら。マジで加減をしらんな。やっぱ、悪い奴を勇者みたいにカッコよく成敗するってのは、なかなか出来ねーもんだな……


翔が心の中でそう毒づいた時、絡まれてた女の子が隙をみて叫んだ。


「おまわりさん!山下公園でケンカです!助けてください!」


その言葉に一瞬ギョッとした男。


「おい、テメェ!」


男は女の子に怒鳴りつけたが、その女の子は怒鳴った男に向かい、スマホの画面を相手に突きつけた。


「バーカ!これ見えないの?!」


その画面には警察と通話中の表示が。


「うっぜーーーー!おい、お前らもういくぞ。警察きたらめんどくせぇ」


彼女の側にいた男からそう言われた男達は、翔を殴るのを辞めバタバタとそこから去って行った。


───やっと去ったか……


翔はそう思って目を開けると、その瞳に飛び込んできたのは、なんと涙を浮かべたルミの顔だった。


「ルミ……!うそだろ?」


倒れたまま目を丸くした翔。

まさかルミだとは思ってなかったのだ。

ルミは倒れたままの翔の頭を、膝に乗せて抱きしめた。


「バカっ。私だって分からずに助けたの?」

「暗いし、アイツらに隠れてて顔見えなかったんだよ」

「あーん翔、もう怖かったよーーー」

「あーーーもう大丈夫だ。それよか、掴まれた腕は大丈夫か?」


ルミは、涙を浮かべたまま翔を見つめた。


「なに言ってんの?翔の方がボロボロじゃん……!」


ルミは泣きじゃくりながら翔を強く抱きしめる。

いっぱいありがとうって想いを込めたまま。

その気持ちが、翔にじわっと染みてくる。


「いやー、俺はいっつもボロボロだから、大して変わりゃしねーって。ハハッ。アイム、ボロボロマン」

「何がボロボロマンよ。こんな時に笑わせんといて」


ルミが涙を溢しながら笑った時、警官が到着した。

警官は翔の姿を見ると、ビックリして声をかけた。


「通報があったので駆けつけました!かなりやられたようですね……大丈夫ですか?」


翔はルミの膝枕からゆっくりと身体を起こし、傷と汚れにまみれた姿のまま平然と答えた。


「あーーー平気っす」

「いや、かなり酷いやられ方ですよ。被害届、出しますよね?」

「あっ、いや、出さなくていいです。もう大丈夫ですから。来てくれて、ありがとうございます。助かりました」


翔は警官にそう告げると、ルミと警察官に踵を返しゆっくりと歩き始めた。

ルミが無事ならそれで良かったし、大事にしたくなかったから。

ついでに言えば、全身痛いから早く休みたい。


そんなこんなでフラフラ歩く翔を、ルミは後ろからギュッと抱きしめた。


「待って翔!ちゃんと治療しなきゃダメだよ!」

「あー大丈夫だよルミ、こんぐらい。とにかくルミが無事でよかった。俺はコンビニでタバコ買わなきゃいかんのよ」


優しい瞳を向けて平然を装う翔だが、その姿は本当にボロボロだ。


その姿を見てルミは思った。

翔はこのままだと、ろくに治療もせずにタバコ吸って寝てしまうと。

なのでルミは背中からしがみついたまま、翔に強く言う。


「一緒にいく!タバコ以外に、消毒液とかもちゃんと買うんだから!」

「ルミ、大丈夫って言ってるだろ。こんぐらい」


ルミは翔が意地を張るのにムッとして、ケガをしてる部分を指でチョンとつついた。


「いっっった!なにすんだよルミ」

「どこが大丈夫なの?小説家なのに、言葉の意味を知らないんですかー?」

「……わーかったよ」


翔は観念すると、ルミに身体を支えられながらコンビニまで向かう事にした。

年下の女の子に支えられるのは恥ずかしかったし、ルミに申し訳ない気持ちだったけど、当のルミは微塵もそんな事を思っていなかった。


むしろ、身体を張って自分の事を守ってくれた事が嬉しくて、翔の息遣いを聞きながら心底ドキドキしていた。

ただ、その気持ちが大きくなればなるほど、ルミの心を圧迫してくる。

とてつもない罪悪感が。


───翔、本当に大好き。でも私、どうしたらいいんだろう……

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