eyes:18 大濱さん。高嶺の次はヒロインですか

「大濱さん……なんで、ここに?」


突然現れた大濱にルミはビックリして目を大きく開いたまま、大濱をジッと見つめた。

大濱のその瞳に、哀しみと決意を宿しているのが伝わってくる。


「ごめんルミちゃん。急に声かけて、ビックリしたよね」

「ううん。ごめんね、こっちこそ急だったからビックリしちゃって」


ルミは元々天真爛漫な性格で、街で知り合いに会っても元気に挨拶する子だ。

まあ、訳あって学校の皆にはそうではないが、それでもこんなに驚く事は無い。

けれど、今の大濱からは今ただ偶然会ったとは思えない何かを感じたのだ。


なのでルミは直感的にある想いが頭に上ったが、まずは普通に質問してみる事にした。


「なんか、こんな場所で偶然会うなんて凄いね♪私は今日塾帰りだったんだけど、大濱さんはもしかしてここら辺に住んでるの?」


ルミは明るく大濱に問いかけてみたが、大濱の顔はさっきよりもさらに曇った。

大濱はルミに嘘をつかれたと思ったからだ。


ルミは塾帰りに翔に会ったのでそこは本当の事なのだが、大濱はルミが翔と待ち合わせた所から目撃してるので、デートする為に四谷に来たと思っているから。


なので大濱は嘘つくなと怒鳴りたい気持ちになったが、それををグッと堪え、一瞬奥歯を噛みしめてからルミに答える。


「今日は……仕事でたまたまこっち来てて、今から帰ろうかなと思ったんだけど、ルミちゃんいたから」


ルミはホッと安心した。

さっき大濱に声をかけられた時は直観的に、さっきまで翔といた所を大濱に見られたんじゃないかと思ったけど、そうじゃないみたいだからだ。


もちろん翔と一緒にいる事は全然やましい事でも恥ずかしいとも思ってないが、ルミはもし大濱に見られていたら申し訳ないと思ったのだ。

大濱が自分に対して、好意を持ってくれてる事を知っていたから。


だから、お店では大濱が少しでもいい時間を過ごせるように考えて接客していた。


ただ、もし見られたとなると、大濱が辛い気持ちになってしまうだろうから、そういう意味で大濱には知られたくなかったのだ。


「そっかーーお仕事だったんだ。大濱さん、お疲れ様♪今から会社に戻るの?」

「いや、今日は直帰だからこのまま帰るけど……」


大濱はそこまで言って、苦しそうにクッと斜め下へうつむいた。

やっぱりこのまま何も尋かずに帰るのは、どうしても出来なかったから。


もちろん大濱は日々真面目に仕事をこなしているサラリーマンで、役職もある。

性格はどちらかといえば大人しい方だし、考え方も理知的だ。


なので、今から問いかける内容が、ルミに嫌われる可能性が非常に大きい事も大濱は充分に分かっている。

けれど、これだけはどうしても我慢が出来ない。

それだけ矢吹はルミの事が好きでたまらないのだ。


「大濱さん……?どうしたの?」


急にうつむいた大濱が心配になって、ルミが大濱にそっと問いかけると、大濱は顔をサッと上げてルミを強く見つめた。

なんでだよ……と、いう想いを込めて。


「ごめんルミちゃん。一つ、尋いていいかな?」

「えっ……なに?」


大濱の異様なオーラを感じ少したじろぐルミに、大濱は言う。


「さっき、男の人と手繋いで歩てたよね。迎賓館の方へさ」

「えっ?!」


さっきの自分の直感が、やはり外れていなかったと知ったルミ。

心臓がドキドキッとし、冷や汗が頬をツーっと伝う。

そんなルミに向かい、大濱は堰を切ったようにドッと話始めた。


「ごめんルミちゃん!仕事でここに来たのは本当だし、二人を見かけたのもたまたまなんだけど、見た瞬間、どうしても気になって、隠れて……見てた……本当にごめん!でも、あのまま帰る事も出来なかったし、かと言って声をかけちゃいけないと思って……ごめん、ルミちゃん……アレって、彼氏、だよね?」


弁明しまくりながら一気に話をして、最後には彼氏かどうか分かっているのに尋く大濱。

まさに、恋する男は愚かになるの代表的なパターン。

そして同時に、残念ながら女から最もキショイと思われるパターンだ。


まあ、男なら分からなくはない。

むしろ、よーーーく分かる。


けれど、こういう事を言った瞬間、その女との恋愛は終了になるのは間違いないのだ。

特に、若い女の子からしたらそう。

女からすれば、シンプルにキショイからだ。


女は基本的にオドオドしてたり、なよなよしてる男を嫌う。

余裕が無いように感じさせる男もそうだ。

理由は弱く感じるからだ。


なので参考までに言えば、こういう時に一番いいのは二人が待ち合わせしてるのを目撃した時、サッと去って、後日お店で会った時に、笑顔でコッソリ囁けばいい。


「ルミちゃん。この前の男、カッコいいじゃん」

「えっ!見てたの?!」

「一瞬な。あれ彼氏?」

「ち、違うけど……」

「じゃあさ、後で俺ともデートしよ♪」

「だ、ダメですよ」

「なんで?彼氏ちゃうんだろ。俺、ルミちゃん気に入ってるから、デートしたいの。お願いっ♪」

「いや、でも……」

「ちょっとでいいって。後でかるーくゲーセンいこ♪ぬいぐるみ取ったら、ルミちゃんにポンと渡して帰るから♪」

「え~~っ……」

「ホントだって。俺な、ルミちゃんにぬいぐるみポンしたら、俺もうルンルンでスキップして帰るから♪」


みたいな感じだ。

チャラいといわれよーが、かんけーない。

こんな感じで笑顔でユーモア交えて、かるーく誘う。


こっちの方が確実に仲良くなれるし、それは相手にとってもいい事なのだ。

なぜなら、そこに楽しさが生まれるから。


まあでも、奥手で真面目な大濱にはそんな事出来るハズもなく、大濱は玉砕覚悟の爆発をかましてしまった。

残念ながら、今伝えた正解とは真逆のキショイ発言を。


ルミも十代の女の子だ。

なので、大濱に顔を引きつらせて、その場からフェードアウト。

もしくは尾行してた事をメッチャ怒って、二度と近寄るなと怒鳴る。

または、あざとく泣く。


そうなってもオカシクはない。


けど、ルミは違った。

元々、天真爛漫な上に人の気持ちを考える事が出来る女の子だから、大濱の気持ちが分かるのだ。

何よりそれに加え、翔と出会って恋をしてるから。


なのでルミは一瞬悩んだけど、ニコッと笑顔を向けた。


「違うよ。でも彼の事好きなの。私の片思いなんだ♪」

「えっ?そ、そーなの?!」


大濱はルミがまだ翔と付き合ってない事を知って、少しホッとしたが、すぐに思い出してシュンとした。


「でも、手繋いでたし……」


なんでここまできて嘘つくんだよという気持ちで、切なく吐き捨てた大濱。

するとルミは、小指でこめかみを軽くポリポリしながら答える。

ちょっと言いづらいなぁという表情で。


「あーーアレは、私が彼と手繋ぎたくて勝手に握っちゃっただけで……」


大濱はルミの言葉にショックを受けたが、思ったよりも気持ちは落ち着いていた。

ルミがその男に気があるのはショックだが、ルミの言葉に嘘を全く感じられなかったからだ。


なので大濱は、同時に不思議な程ストンと腹落ちした。

少なくとも今、自分が入っていける隙間が全く無い事が分かったから。


「フゥッ……正直ショックだよ、ルミちゃん。俺、ルミちゃんの事、好きだから」

「大濱さん……」


ルミは申し訳なくて、哀しそうに瞳を伏せた。

大濱が自分を好きだと思う気持ちが、痛いほど伝わってきたから。


「でもさ、今日ちゃんと聞けてよかった。言いにくい事、ちゃんと言ってくれてありがとう!」


哀しさは残りつつも、吹っ切れた気持ちの方が大きかった大濱は、さっきまでのオドオドした感じじゃなく、スッキリした顔でルミに礼を言った。

大濱のその気持ちと、せつなくも優しい笑顔が胸にジーンときたルミは、元気な笑顔を大濱に向ける。


「大濱さん、こっちこそありがとう!今度また、お店でコーラで乾杯しよっ♪」

「ハハッ♪そうだね。楽しみにしてるよ」


大濱はいい笑顔でルミにそう答えると、サッと改札を通りそのまま颯爽とホームへ向かっていく。

ルミはその背中を見送りながら、胸がグッとせつなくなった。

きっともう、大濱はお店に来ないと思ったからだ。

それは大濱自身の気持ちの為じゃなく、ルミに気まずい思いをさせない為に。


「ごめんね大濱さん……でも私、翔の事が大好きなの」


気付くとルミの頬をツーっと伝っていた。

冷や汗ではなく、ルミの瞳から零れた涙が。

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