eyes:17 翔とルミ、迎賓館でおデートです
手を繋いだまま迎賓館の門をくぐった翔とルミ。
ドアを開けたらすぐに居間がある翔の家とは当然違い、門をくぐると白い石が綺麗に敷き詰められた広大な庭が辺り一面に広がっている。
「翔、ここ来たの何回目なの?」
「あーー俺んちだから毎日、と、言いたいとこだけど、真面目に言えば今日で二回目かな」
「へぇ、前もあるんだ。誰と来たの?」
嫉妬して、ちょっとムッとした顔で翔に問いかけたルミ。
自分から尋いたものの、翔が以前誰かと来たと考えたらあまりいい気分はしないのだ。
───あっ、もしかして京子さんて人かな……
ルミはハッとそう思ったが、結果は全然違った。
「まだ小学生の頃だな。誰なのかは覚えてないんだけど、外国のお偉いさんが来るとかで、ちょーど今いるここら辺でちっさな国旗持って、メッチャ笑いながらバタバタと振ってたよ。よく分かんなかったけど、旗振り楽しかったわ」
ルミは今の自分よりも小さい頃の翔が、一生懸命笑顔で旗を振ってるのを想像するとそれが可愛くて、翔により愛おしさが込み上げてきた。
「うーーーん♪翔、一生懸命旗振ってたん♪可愛ぃーーーーー♪」
「な、なんだよ」
「もうっ。翔は可愛いんよ」
「なんでだよ。俺は可愛くねーよ。可愛いのはルミだろ……あっ」
「なに?」
「なんでもねーって。いくぞ」
思わず本心をポロっと零してしまった翔は、照れた顔を隠すようにルミを置いて、スタスタと奥の方へ歩いていく。
「翔、待ってよ。あっ」
トトッと早足で歩こうとしたルミは躓き、転びかけた。
翔はその瞬間振り向きルミが倒れそうになってるのを見ると、その瞬間地面を蹴るようにダッシュした。
「ルミっ!」
途轍もない早さで駆け寄った翔は、間一髪間に合った。
が、倒れかけたルミの手で背中を上からドンッと押され、地面にドシャッと顔面から倒れてしまった。
「翔っ!ごめん!大丈夫?!」
「い~~~~~てぇっ!」
「ごっめんね!ホントごめんね!」
平謝りするルミの前で、翔はゆっくり立ち上がり鼻をさすった。
幸い鼻は折れてないが、ジーンとした鈍い痛みが広がる。
でもこんなん不可抗力だし、翔はルミがこうならなかっただけで満足だった。
翔はそれよりも、ルミに心配させちゃってる方がイヤだ。
「だーーいじょうぶだよ。それよかルミは大丈夫か?」
「私は平気よ」
「じゃーー問題ない。ルミ、俺を誰だと思ってるんだ」
「えっ?」
「顔面耐久力世界選手権で優勝した、空見翔様だぜ。心配するなら、この地面を心配した方がいい」
「アハハッ♪なーんよそれ。そんな選手権、聞いた事ないんだけど」
「そうか。ルミもちゃんとニュース見た方がいいぜ。まあ、やってないんだけどな」
「もうっ、またバカな事ばっか言って。お鼻本当に大丈夫?」
笑いながらも、心配そうな表情で翔を見つめるルミ。
例えもっと大きなケガをしたとしても、ルミからこんな顔で心配されたら、翔はダメだなんて絶対言わないだろう。
「へーきへーき。ただなーーーマジで一個だけ残念だわ」
「ん?何が?」
「いや、ホントはもっとこーさ、ルミの事をカッコよくサッと抱きかかえられたよかったんだけど、実際はドンッ、グシャッだろ。カッコつかねーなと思ってさ。あーーーもーーー」
唸りながら、片手で頭をクシャクシャッと掻いた翔。
ぶつけた鼻が、少し赤くなっている。
ルミを助ける為に一生懸命だった証だ。
ルミはそれを見るとムズムズして、唇の代わりに翔の鼻を人差し指でチョンと触れた。
「いって!なにすんだよルミ」
急に鼻を触られて痛みに顔をしかめた翔。
ルミは嬉しそうにニヒヒッ♪と笑った。
「翔、カッコいいよ♪ありがと」
「ん?全然カッコよかないけど、まあ、ルミが無事で良かったわ。じゃ、迎賓館探索するか♪」
翔とルミは、それから中庭を抜け迎賓館の建物へと向かった。
すると門が開いてた理由が分かった。
今は迎賓館の中、見学出来るようになっていたのだ。
水曜日は基本休みだし、海外からの要人が来たりする日は休みだが、その他の日は1500~3000円で入れるようになっている。
ただし、持ち物検査はある。
危険物を持ち込まれたりしないようにだ。
翔とルミは手荷物を検査してもらったが、なんと翔はその時に職員から止まられてしまった。
「すいません、お客様。ちょっと宜しいですか?」
「あっ、はい」
「あの、お客様。バックの中にハンマーが入ってるんですが、これは一体……?」
「あっ、あぁ。これっすか。これは……」
翔はバックの中に、常にハンマーを入れて持ち歩いている。
そのまま入れると尖った方がバックを破って突き出してしまうから、タオルに包んではいるが。
なぜそんな事をしているかというと、大地震があった時にみんなを守る為だ。
仮にどこかに閉じ込められてしまった時も、ハンマーがあれば無いよりは役に立てる。
また、同じ理由で軍手とロープも常備している。
ただ、ハンマー・軍手・ロープの三点セットと言えば、一般人はまず持ち歩かないし、下手をすると犯罪の匂いすらする。
翔がこんな物を持ち歩いているなんて知らなかったルミはもちろん、職員の人達も正直ギョッとしたのだ。
けれど翔が理由を話し、本館に入る際は預かってもらって大丈夫ですと話すと、職員たちは苦笑いしながらも取り敢えず納得はしてくれた。
「もーーー翔、ビックリしたよ。なんでそんなん持ち歩いてるの?」
「いや、さっき話した通り、大地震来た時に備えてるんだよ。こう、瓦礫に閉じ込められても、ハンマーでドーンとやれば、みんなを助けられるだろ」
「う~~ん、分からんくはないど、やっぱ翔変わってるね」
「だろ。俺はフツーに考えてるだけだけど、変人扱いされる事あるから」
翔はこれでルミも引いたかなと思ったが、それでよかった。
嫌われるのは寂しいけど、前々から思ってるように、ルミみたいないい子が自分なんかと関わるのもどうかと翔は思っているからだ。
でもルミは翔の思惑と違い、むしろ、 ニコニコ笑いながら翔の手をよりギュッと握ってきた。
「翔のそーゆー変わったとこもいいじゃん♪」
「ん~~~そっか。こんな、ハンマーブロスみたいなのがいいのか」
「ハンマーブロスは何なのか知らんけど、別に悪い事じゃないし理由が翔らしいから♪」
翔とルミはそんな話をしながら、迎賓館の本館の中を思いっきり楽しんだ。
赤い絨毯の上を歩きながら、西洋のお城の中の様な造りを堪能して。
その時翔はふと思った。
自分はこんなとこ完全に場違いだが、ルミは何かとてもしっくりきてる事を。
それは翔の欲目じゃなく、なんというか、こう、板についてるというか……
そんな事を考えながらルミと遊んでいると、あっという間に夕方になってしまった。
「おっ、もうこんな時間か。すまんルミ。遅くなっちまったな」
「ううん。まだ全然平気よ♪」
「いや、平気な時間じゃないだろう。もうそろそろ帰ろう」
「ヤダ。まだ遊ぶっ!」
可愛く駄々をこねるルミだが、もう夜になりかけている。
なので、翔はルミをちゃんと家に帰そうとした。
「ダメだ。もう日が暮れる。それに、俺も小説の締め切りがあるから」
「ん~~~、そう言われたら、帰るしかないじゃん」
少し膨れつつも翔の執筆作業の邪魔をしたくないルミは、渋々翔の説得に応じた。
ちょっと、それ言うのはズルいなとは思いながらも。
「いい子だルミ。じゃ、駅まで行こう」
「はーい」
翔とルミは四ツ谷駅に着くと、お互い家が反対方向なのでそこで分かれる事になった。
帰り際に翔はルミを見送ろうとしたが、逆にルミが今日は翔の事を見送ると言ってきかないので、ルミの視線を背中に感じながら改札を通った。
そしてスッとルミの方を振り返ると、ルミが手を大きく振りながら可愛く大きな声で翔に言ってくる。
「翔ーーー今日、ありがとう♪もうすぐムーミンだから忘れないでねーー!」
ルミは元気だし笑顔ではあるが、やはりどことなく切なそうだ。
それを感じた翔は、ルミに向かってニコッと笑って手を振る。
「忘れる訳ないだろーー、それと……」
翔はそこまで言いかけたが、言葉を止めた。
ルミにそんな事を言っちゃダメだと思ったから。
でも、ルミの切ない笑顔に耐え切れなくなった翔は、その後の言葉を続ける。
気持の溢れるままに。
「あの土手!」
「ん?」
「あそこの土手、春には桜が満開になるんだ。そん時は、一緒に行こう!」
突然そう告げられたルミは思わず目にブワッと涙を浮かべて、握った左手で口を隠した。
翔から桜を見に行こうと言われたのが嬉しかったし、今の翔の声にルミに対する想いがこもっているのをいっぱい感じたから。
「うん!絶対行く!約束だからね!!」
ルミは涙で瞳を滲ませながら、顔いっぱいの笑みを浮かべて翔に手を振った。
「ああ、約束だ」
翔はルミに優しい眼差しを向けたまま微笑むと、スッと階段を降りてホームに向かう。
言ってしまったという思いはあったが、もし本当に行けたらいいなとも思いながら……
そんな翔を見送ったルミが改札に入ろうとすると、ルミの後ろから突然ルミを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ルミさんっ!」
ルミがその声にハッとして後ろを振り向くと、そこには何と、あの大濱がルミを見つめている姿があった。
ルミに、申し訳なさと決意を交叉させた瞳を向けたまま……
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