eyes:16 はい♪翔のたい焼きだよ

「翔ーーーっ♪」


ルミは信号が青になった瞬間、嬉しそうな顔をして手を振ると、トタタタタッと翔に向かって走ってきた。

幸せの塊のようなものが自分に駆け寄ってきた気がした翔は、いかんと思い、一瞬呼吸を整えてからルミに優しく微笑んだ。


「おーールミ、五年ぶりだな」

「もうっ、そんな経っとらんて」


ルミは翔に軽く突っ込むと、手に持ってた袋からたい焼きを取り出して、ニコニコしながら翔に差し出した。


「はい、これ♪翔の分も買っといたよ。一緒に食べよ」


たい焼きのほんのり甘くていい香りが、翔の鼻腔を刺激する。

何より、ルミが自分の分も買ってくれた事が翔は嬉しかった。


「おおっ!ありがとルミ。これ好きなんだよーーー♪ちょっと歩きながら一緒に食べっか」

「うん♪」


翔とルミは、一緒にたい焼きをモグつきながら歩き始めた。


どうやらルミは今日、塾で四谷に来たらしい。

ルミは天真爛漫で可愛いが、もう今年受験の年。

ここから受験に向けて、超追い込みの時期だ。


「へーーっ、ルミ頑張ってんじゃん」

「まあね♪」

「そういやルミは、何か将来これやりたいとか、もうあるのか?」


翔がそう尋ねるとルミは一瞬顔を曇らせ下をうつむいたが、すぐにパッと顔を上げてニコッと笑う。

ただ、翔に向けられたその笑顔は、心なしか少し寂しそうだった。


「私本当はね、歌手になりたいの」

「歌手?」

「そう。それも、全部作詞作曲までして歌いたいの」

「スゲーなそれ。全部やるって、完全に自作って事だろ」

「うん」

「そっかーーいいじゃん♪いつから目指してんだ?」


するとルミは、昔の記憶に一瞬浸った。


「……昔からかな。昔ね、歌を歌ったらパパもママも褒めてくれたの。で、言ってくれたんだ。『ルミの歌は人を元気にさせる力があるね』って。だから、その時かな。将来歌手になりたいって思ったのは……」


とても微笑ましい思い出のハズなのに、それを語るルミの顔はなぜか冴えない。

どことなく切なさがにじみ出ているまま、ルミは話を続ける。


「でもね、やっぱり厳しいかも……」

「なんで?ルミは可愛いし、声だっていい。それに、人を惹きつけるオーラだって溢れてんだろ」


翔は思ったままを告げてフォローしたが、ルミの表情は変わらない。

軽く斜め下を向いたまま、切ない笑みを浮かべている。


「ありがと翔。でも、親が厳しいの」

「えっ?そーなの。褒めてくれたんじゃないの?」

「うん……けど……」


それ以上ルミは言いにくそうだったので、翔はこれ以上この話を続けるのを辞めた。

言いにくい事の一つや二つ誰だってあるハズだし、言うかどうかはタイミング次第でもあると思ったから。


「あーーでも、アレだな。色々状況あると思うけど、気持ちだけ持ってればチャンスは来ると思うぜ。それが、いつなのかは分からないけど、少なくともルミはさっき、なりたかったじゃなくて、ないたいって言ってたんだから、可能性あるハズだ。応援してるよ」

「翔……ありがとう」


翔にせつなく微笑んだルミ。

翔はうーーーーーんと、大きく背伸びをすると、ルミにニコッと笑顔を向けた。


「ルミ、せっかくだからちょっと行ってみるか!」

「えっ、どこに?」

「俺んちよ」

「ん……あっ、迎賓館?」

「せいかーい」

「でも、なーーんであそこが翔んちなんよ。翔のお家はアトラクションでしょ」


ケタケタ笑いながら突っ込むルミ。


「何がアトラクションや。まっ、とりあえず行こ♪」


翔がニコッと笑って手を差し出すと、ルミは翔の手をスッと握った。

そして二人ともそのまま、四ツ谷のすぐ近くにある迎賓館まで歩いて行った。


何ともまあ微笑ましい光景だが、この時翔とルミは少し離れた場所から見られていた。

ルミを密かに想う、定食屋クリスタルの常連の大濱から。


たまたま四谷に来ていた大濱は、さっき信号待ちをしていたルミを少し離れた場所で見かけると、嬉しくて手を振ろうとした。

けれどその瞬間、なんとルミは嬉しそうに男に向かって駆け寄っていくではないか。


ルミのその時の笑顔を見て、一瞬で相手がルミの恋人だと悟った大濱は物凄くショックを受けて、そのまま走り去りたい衝動に駆られたが、それ以上に止められなかった。

この二人がどんな感じなのかを、ちゃんと見てみたいという気持ちが。


なので、大濱は迎賓館に歩いていく翔とルミの事を、心臓をバクバクさせながら木陰からジッと見ていた。


───くっ……あーーーっ、ルミちゃん楽しそうだな。やっぱ彼氏か……いるよな、あんな可愛くていい子なんだし。相手の年は俺と同じぐらい?いや、若く見えるけど実際もうちょい上か?サラリーマンではなさそうだし……


大濱が二人を見ながら色々考え悶々としてる中、翔はルミを連れて迎賓館の入口まで辿り着いた。

王宮のような作りの白いオシャレな大きい門が、目の前にドーンとパノラマに広がる。


が、翔もこれには驚いた。

なんと開いてるのだ。その門が。


「ルミ、開いてる」

「うん!開いてるね翔」

「やっぱ俺んち……」

「それは絶対、何があっても、どんな事があろうとも違うんだけど……」

「うーん、ちょっと言い過ぎなルミさん、とりあえず一緒に入っちゃおっか」

「うん♪入っちゃお」


こうしてなぜか奇跡的に開いていた迎賓館の門を、翔とルミは手を繋いだまま通る。

二人とも本当に勝手に入っていいのかドキドキしたが、翔とルミは手を繋いだままお互いを横目でチラッと見ると、ニコッと笑った。

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