eyes:15 翔、故郷の四谷へ行く

東京都新宿区四谷。

東京の中心と言えば霞が関や六本木をイメージする人も多いかもしれないが、この四谷。

こここそが東京の、いや、日本の中心と言っても決して過言ではない。

(ちなみに、駅名は四ツ谷で住所は四谷が正しい)


なぜなら、この四谷には上級公務員の宿舎があるのはもちろんの事、海外の要人を招待する迎賓館。

小さなエリート達の学び舎である学習院。

そして、天皇のお住まいである皇居があるからだ。


また、街自体の雰囲気は少し独特な空気に包まれてる。

一等地ではあるが商業地域ではないので、騒がしくはない。

しんみち通りという一本奥まった場所には、飲み屋やカラオケなどがあるが、何というか、絶妙なバランスで落ち着いてるのだ。


強いていうなら、霞が関と六本木と下北沢が絶妙ブレンドされたような感じとでも言うべきか。

まあともかく、楽しみながらも落ち着ける良い所だ。


だがなぜ翔が、四谷になど来ようと思ったのか。

おバカで熱く、東京どころか順当な人生から大きく外れて、やさぐれた売れない小説家の翔が。

答えはシンプル。

子供の頃、住んでいたからだ。四谷に。


翔の父親は公務員だった。

しかも上級の。

翔はいつも財政難だが、翔の父親は主計局にいた。

いわゆる、国の国家予算を決めるセクションだ。


なので翔も、子供の頃は今と違ってメチャメチャしっかりしていた。

けどまあ、色々あって今の状態。

今やその頃の面影はほとんど無いハズだが、昔の友達に会うと、変わってねーなー♪と言われるから、根本的には何も変わっていないのかもしれない。


それもあってだろうか。

翔はたまに行きたくなるのだ。この四谷に。

特に、何かがあった時は。


今住んでる場所自体も東京なのは変わらないから、四谷まで電車なら比較的サッと着く。

赤い車両の丸の内線に乗って四ツ谷駅のホームに降りると、翔はさっき伝えた独特の空気を感じた。


「あーーー久々だな……♪」


今日はバイトもオフの日。

翔は小説の続きのインスピレーションを得る為、そして同時にノスタルジックな雰囲気を味わう為に、四谷の街をフラっと探索を始めた。


あっ、この店まだあるんだという場合もあれば、大分変った場所もある。

翔が通っていた小学校や中学校は、第一とかの表記がなくなりただの小学校、中学校になっていた。

少子化の影響だろう。

友達の家は昔のままだが、表札に奥様の名前が一緒に書いてある。


───アイツも結婚したのかーーやるね♪


などどニヤッと思いながら、翔はゆっくり四谷を歩いていた。


すると、ノスタルジックな旅を不意に打ち切るかのように、スマホがブーンと振動する。

誰だろうと思って見てみると、なんとルミからの着信だった。

翔はサッとスワイプして電話に出る。


「おっ、どーしたルミ」

「翔っ♪」

「まさか宿題で分からないとこでもあったか?俺に尋いたら、より迷宮へ案内出来るぜ」

「いや違うし、迷宮案内人さんには尋かんよ♪」

「ナイス判断。天才だなっ」

「あのね、宿題終わったし、翔今どーしてるのかなーって思って電話したの♪」


───んだよ、可愛い声してそんな事言いやがって。


そう思った翔は、ちょっと間を取って気持ちを落ち着かせる。

ここでデレる訳にはいかないのだ。


「あーー今はさー、小説のインスピ出そうと思って四谷に来てるよ」

「えっ?四谷?ウソでしょ?!」


急におっきな声出して驚いたルミ。

その声に、まさかと思って翔は問いかける。


「えっと、その感じって、もしかしてだけど、今ルミもこっちの方いたりするのか?」

「えっ、そうだよ!でもなんで分かるん?」

「いや、ルミの声の感じからして、そーなのかなーーーって思って」

「凄いじゃん翔♪さすが私の彼氏だね」

「いやいや、そこは違うけど、ルミ今どこら辺いんの?」


褒めつつも、またもや人権を無視してこようとしたルミの話を、翔は軽く流した。

光太といいルミといい、油断も隙もありゃし無い。


「四谷のたい焼き屋さんよ♪ここ美味しいって有名なん」

「あーーあそこな。了解。てか、メチャ近いわ」

「そーなん♪翔は今どこ?」

「俺んちの近く」

「えっ?」

「決まってんじゃん。迎賓館よ」

「う~ん翔?よく聞こえなかったから電話切るね♪」

「わーかった、わかった。じゃあ、駅前の橋の所にいるわ」

「もうっ、バカな事言わんで最初からそーすればええんよ。じゃあ、すぐ行くね♪」

「あぁ、気を付けてなルミ」


翔は電話切った後思った。

いや、こんな事あんのかと。

ルミが何の用事で四谷に来てたのかは知らないが、少なとも自分が来たのは本当にたまたまだ。


「う~~ん、なんかあんのかな……」


翔は軽く呟きながら不思議な気持ちを感じていたが、不思議な偶然はそれに留まらなかった。

タイミングいいのか悪いのか。

今もう一人、この四谷に来ていたのだ。

彼も、仕事でたまたまだが。


ルミの事を密かに想う、あの大濱が。

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