eyes:14 フランス料理VS翔の目玉焼き
斗真のインタビューを見てから、翔は夢中で話を書き続けた。
コンテストの締め切りまで後少しだったし、翔は斗真に勝って証明したいのだ。
番組の中でも、そしてあの時にも斗真に否定された、希望を与える小説の面白さを。
そして、ハッと気付くと早三日間が過ぎていた。
「あーーやっば。ずっと籠りきりだったな……」
翔は椅子の背もたれに身体を預け、小説を書く手を一旦休めた。
フーッというため息と共にドッと疲れが出てきたし、この先どーゆー展開にしようか分からなくなってしまったのだ。
小説は筆が進む時は進むが、どーしても途中で止まる事がある。
もちろん、プロットは作成してから書き始める。
なので、それに沿って書けばいいじゃんと思うかもしれないが、事はそー簡単ではない。
変わるのだ。途中で。
特に、キャラが生きていれば生きている程そうだ。
キャラが勝手に動き、物語の作り手であるハズの作者の事を、驚かすようなセリフや行動を取る時がある。
と、いうかメチャメチャ多い。
結果、ストーリーの大枠は変わらないにしても、最初考えてた方向とは、かなり違う方向に行ったりする。
イメージでいうと、最初遊びに行こうとして新宿に行くハズだったのに、気付けば着いたのは六本木。
もしくは、渋谷や東京駅だったみたいな感じだ。
そして当然、目的地が変われば、そこまでに見える景色も変わる。
なので、当初は想定してなかった設定やストーリーが生まれてくるのも必然だ。
かく言うこの話も、実は最初の設定とは大きく変わってるのだが、それはひとまず置いといて、翔の話に戻るとしよう。
「あーー腹減った。眠い。疲れたーー。続き、どーしようかなー」
いきなり三重苦に襲われた翔。
どれから満たしていいのか分からない。
飯を食ってから寝るのが一番のルートな気がするが、続きをどうしようかというのは解決出来ない。
「う~~~ん……」
翔は唸った後、出かける事にした。
三重苦よりも、続きを早く書きたかったからだ。
こういう時は、散歩がいいな。締め切りまで後ちょっと……眠気や腹減りなんて、歩きゃ消える……っしょ……
けれど心の呟きとは裏腹に、残念ながら消えたのは翔の意識の方だった。
…………
「ヤバっ!寝てもうた……!」
翔は慌てて時計を見ると、一瞬寝てしまっただけのつもりが既に三時間も経っている。
「うわぁ……やっちまったわーー」
締め切りも近いのに寝てしまった事を翔は心底後悔したが、寝落ちしてしまった時間は戻らない。
それにメッチャ深い眠りだったみたいで、頭はスッキリしていた。
なので何だか気分も爽快だ。
「よっし、飯でも作るか」
翔は冷蔵庫から卵を二つ取り出し、フライパンに軽く水と油をひいてからカパッと卵を割る。
フライパンで焼く前に塩をちょちょっと振って、しばらく焼いた後に水を軽く入れれば、ジュワーッ!パチパチパチッ!っという音と共に、ぷるっぷるの目玉焼きの完成だ。
後は、炊いてあったホカホカのご飯を皿によそい、その上にさっき作った目玉焼きを乗せて、その上にレタスと韓国海苔をちぎってパラパラと乗せたら出来上がり。
「いただきまーす♪……旨いっ!いやーやっぱこーゆー飯が一番旨いわ♪」
翔は幸せそーに自分の作った飯をあっという間に平らげると、フライパンと食器をササッと洗う。
「あー旨かった♪」
安上がりな飯だが、翔はこーゆー飯が好きなのだ。
ちなみに以前、元カノの京子と付き合ってた時は、無理して高級フランス料理店に連れてったが、まあ、大変だった。
味云々じゃない。
そもそも翔は、メニューが読めなかった。
当たり前だが、フランス語で書いてあるからだ。
翔の知ってるフランス語といえば、ボンジュールとアモーレの二つぐらい。
更には酒も弱いから種類も知らんし、何が何だかさっぱり分からない。
『ねぇ、翔は何飲むの?』
『あっ、俺はコー……じゃなくて、いつものこれかな』
いつもどころか、こんな店来た事すらないのに、カッコつける翔。
『翔……そっちはお料理のメニューよ。飲み物はこれ』
『あっ、ああ、いつもメニュー見ねーから。こっちか、ハハハッ』
ハァッ……マジで何言ってんのという顔で、翔を見つめる京子。
翔はメニューで顔を隠しながら、必死にワインの名前を確認してるが、何が何なのかさっぱり分からない。
───ブル……ん?シャト……何だ?分からん!何だこの名前は?!どれも、まるで想像がつかねぇ。何者だ??コイツらは。もーーさ、美味しいワインとか、分っかりやすい名前で書いてくれよ。第一、このワインの年号、俺とタメじゃん……
『翔、決まった?』
『あー決まった決まった。タメ……ってか、これにするわ』
まだ決まってないというか、何も分からないのに返事をした翔。
もちろん、これにすると言っても、翔は自分がどんなワインを注文したかなんて分かっちゃいない。
けれど、京子は翔が選んだワインを見ると、嬉しそうに微笑んだ。
『フフッ♪翔って、情熱的ね』
『あっ、あぁ。まあ……なっ』
翔は何でそう言われたのか訳が分からなかったが、翔が選んだというか、とりあえず指さしたワインはジャストミー。
愛のストレートな告白という意味が込められたワインなのだ。
ただ、その時の翔は愛よりも、無知ですと告白したかった。
それぐらいフランス料理にはお手上げだ。
もちろん、こーなる事は予想出来たからコースにしようとしたのだが、京子はコースを嫌うのだ。
なので、アラカルトじゃなきゃダメと言われて、こんな状態に。
もう、完全敗北寸前の翔の目に、一筋の巧妙がサッとさした。
それは、翔でも何とか読めたサーモンという言葉。
───魚かっ!
翔は咄嗟に魚の切り身を想像して、それをすぐに頼んだ。
よーやく知ってる食べ物に出会えたと思ったから。
けれど、忘れもしない。
翔の目の前に出されたサーモンは、大きな皿の上に、丸っこくちょこんとした形で置かれて出てきたのだ。
『えっ、えっ……えっ?!こ、これがサーモンっ?!うっそだろーー!』
あまりに期待と違いすぎたサーモンの姿に、翔はビックリして大っきな声で叫んだ。
そんな翔を、京子は姉のように制する。
『翔。こういうお店で、大っきな声出さないで。お願いだから、落ち着いて』
『あっ、ああゴメン京子……でもよ、サーモンが丸いなんてオカシイじゃん……』
まあ、フランス料理という洒落たとこへ行ったのがマズかったし、行くなら行くで翔は猛勉強しとくべきだった。
京子を好きなら尚の事。
それに翔は、繊細な味より味がハッキリしてて食い応えのある飯が好きなのだ。
ただカッコだけつけようとしても、ロクな事にはならない。
翔には、ご飯と目玉焼きの方がよっぽど合う。
錆びたワインのように、ほろ苦い思い出だ。
そんな翔は、散歩に行く為にいつものジャケットを羽織って、ドアをガチャっと開けた。
すると、猫が翔をジッと見ているではないか。
「おっ、なんだオメー。腹でも減ってんのか?」
翔の問いかけに答えるように、翔を見つめたままニャーと可愛く鳴いた猫。
ったく、可愛いヤツだと思った翔は家に戻り、サバ缶を皿に出して持ってきた。
猫は少し離れたとこへ行ってたが、そこから翔をジッと見ている。
無理もない。まるで飼い猫のように接している翔だが、この猫と翔は、まだ初対面だからだ。
翔は猫の瞳を見つめたまま膝を折り、サバの乗ったお皿をゆっくりと地面に置く。
そしてスッと立ち上がると、猫にクルッと背を向けて歩き出した。
猫に飯を食ってもらうには、こーゆーやり方が一番いいから。
「やっぱ、魚は魚でなくちゃ。いっぱい食えよー♪」
翔はニカッと笑うと、小説の続きを考える為に散歩を始めた。
もーちょいすれば、美味そーに食ってんだろーなーと、思いながら。
そしてしばらく歩いてると、なぜか急にふと思った。
「久々に戻ってみっか……四ッ谷に」
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