eyes:13 日下部斗真『みんなバカだなーー僕にかかれば、こんなもん♪』

「ハハッ……そうですね。で、それが何か?」

「……えっ?!」


斗真から突然冷酷な眼差しを向けられ、彩音はゾクッとしたモノを背中に感じてしまった。

斗真の今の瞳に、全てを断罪するかのような妖しい輝きが宿っていたからだ。


その輝きに当てられ一瞬凍りついたように固まる彩音に、斗真はその輝きをスッと消して艷やかでクールな眼差しを向ける。


「物語は希望を持たす物じゃないです。あくまでシェルターです。避難した後どうするかは、自分が関与出来る所ではありません」

「それはそうですけど……!」

「僕達は決して神じゃない。それぞれの分野には、超えてはいけない壁があります。それは小説だけじゃなく、報道だってそうでしょう。そこを越えた報道は、むしろ不幸を生む事がある。違いますか?」


斗真からそう言われた時、彩音の中で何が壊れ全身からガクッと力が抜けてしまった。

彩音が今斗真から言われた事は、正義感が強く報道に誇りを持つ彩音が、いつも心の奥に仕舞い込んで見ないようにしていたモノだったから。


「そう……ですね……」


彩音は悲しそうにガクッと肩を落としたが、その瞬間に斗真は優しくも切ない笑みを彩音に向けた。

こういうタイミングと表情作りも斗真は凄く上手い。絶妙だ。


「彩音さん、気持ちは分かりますよ。僕だって本当は……そうしたいんです」


ハッとした表情で斗真にサッと顔を向けた彩音に、斗真は優しく囁く。


「彩音さんの言う通り、物語で希望を持たせる事が出来たら、凄く素敵だと思います」

「斗真さん……!」


アナウンサーの彩音は突然名前で呼ばれた事はもちろん、斗真のギャップと笑顔に頬を赤らめて、斗真をポーっと見つめている。


このグッと距離を詰める方法と、緩急の絶妙な使い分け。

斗真は仮にホストをやったとしても、間違いなくナンバーに入れる器だと感じさせる。


そして斗真はそこですかさず、スッと肩を落として残念そうにうなだれる。

イケメンだからこそ醸し出せる、儚い色気を漂わせて。


「でも彩音さん、それが限界なんです。僕は所詮、そんな存在でしかない……」

「斗真さん……そんな、そんな事ないです!」


まるで、傷付いた恋人を支えなきゃというような表情を斗真向け、哀しみに満ちた声で叫んだ彩音。

それを見た翔は思わず、ん?と、目を丸くした。


「あ、彩音ちゃん……?!」


翔は今まで自分を応援してくれてた女を、急に斗真にかすめ取られたような気持ちになったのだ。

なんか、男としても完全にしてやられた気持ちになった翔に、斗真は画面越しにトドメを刺しにくる。


「いえ彩音さん。哀しいけど、それがリアルなんです。でも……それが分からない人に、以前掴みかかられた事がありましたけどね」

「えっ?掴みかかられたんですか?!」


彩音は、ギョッとした表情を浮かべて斗真を見つめた。


ただそれは倫理的なモノへの怒りというよりは、斗真が掴みかかられた時の事を想像しての怒りの方が強かった。

彩音は既に斗真の術中にハマっている。

それは、テレビ越しで見ている翔にもアリアリと伝わってくるモノだった。


斗真は心の中でそれを笑いながらも、それを全く出す事なく話を続ける。


「そうなんですよ、彩音さん。今言った事も分かってない人だったので、僕も本当に心苦しくて少しそっとアドバイスしたら、僕、掴みかかられたんですよ」

「えっ?!」

「僕、その人年上だったんで丁寧に伝えたんですけど『テメェみたいな若造が口出してくんじゃなねぇ!』って襟首掴まれて……僕は彼にも売れる作家になって欲しくて、そっと伝えただけなのに……」


瞳にうっすら涙を浮かべた斗真。

もちろんワザとだし、これは翔の事を言っている。

それに加え、事実を捻じ曲げての捏造話だ。


これを見た翔は、思わず画面をぶん殴りたいぐらい腹がたった。


「ふっざけんなよ斗真っ!人の原稿勝手に読んで侮辱した後に床に放り捨てるのが、どこが丁寧になんだよ!」


けれど彩音は斗真の事を心配して、うっすら涙を浮かべている。

もちろん斗真と違い、本心から斗真を想っての涙だ。


「怖いですねっ!斗真さん、大丈夫だったんですか?」

「ありがとう彩音さん。お陰様で何とか。それに、そこの編集長が僕を慰めてくれて……彼には感謝してます」


賄賂を貰う事を感謝だとはものは言いようだが、彩音を始めテレビを観てる視聴者は全員斗真に同情している。

若い女の子達は、むしろ斗真の今の話に胸がキュンキュンだ。

下手をしたら翔が特定されて、悪者扱いになってもオカシクない状態。


そんな状態の中、彩音から斗真へのインタビューは続く。


「斗真さん。ちなみにそれって、同じ作家さんですよね?」

「まあそうですけど、もう活動してないんじゃないですか」

「えっ?と、いうと……」

「認められる訳ないんです。時代や人の気持ちを考えてない、愛の無い作品を創る作家なんて」


勝ち誇った顔をテレビ越しに向けてくる斗真に向かい、翔は本当にイラついた。


斗真は最もらしい事を言っているが捏造も甚だしいし、何よりも自分と同じ気持ちで書いてる作家達と、それを好きな読者達への侮辱だったからだ。


「くっそ……!見てやがれ斗真。希望を与える作品ってのが、どれだけ面白いか俺が教えてやる!」


翔はテレビを消すと、心の底から湧き出る想いと共にノートパソコンに向き合った。

今度のコンテストで入賞し、自分の想いを叶え人々に元気を取り戻させる作品を書き上げる為に。


───斗真……お前の考え方なら、確かに売れる作品を創れるかもしれない。それに今の時代、逃避が必要だってのも分かるよ。でも違うんだ!今の時代に、本当に必要は物語は。


気付くと外は日も落ち真っ暗だが、翔の心の炎はその闇を照らすかのように熱く燃えていた。

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