eyes:12 ハイファンタジーはシェルターです

ルミとムーミンデートの約束をした翌日。

翔は締め切りが迫ったコンテストに向け、執筆作業に専念していた。


「よっし。今回こそ、必ず入選してやるぜ!」


気合いだけは千人前の翔。

これまで落選した回数はもう数え切れないが、諦める事など考えちゃいない。

が、その時突然パソコンがカタカタと揺れたかと思うと、一気に部屋が揺れた。


───ん?まさか俺の気合いが、超能力を目覚めさせた?


翔は一瞬半分本気でそう思ったが、もちろんそんな事はない。

ただの地震だ。

けど、結構グラグラと揺れている。


───ヤバッ!結構デカイか?!


翔は少し慌てて避難しようとしたが、幸いにも地震はそこまで大きくはならず、翔は収まっていく揺れを部屋の中で注意深く揺れを観察していた。


───何とか収まったみたいだな……


翔はとりあえずホッとしたが、もしかして震源地はデカかったのかもしれないのかと思ったので、念の為にテレビをつけた。

すると震度は4だった。


「あぁ、こんぐらいか。フーー、よかった」


安堵の声を漏らした翔だが、そのテレビでたまたま流れていた番組は翔の心に大地震を起こした。

震度にするなら普通に6だ。

けど仕方ない。

その番組に出ていたのが、あの日下部斗真だったからだ!


「アイツっ!」


翔は思わず怒りに顔をしかめ、テレビの中の斗真に向かって叫んだ。

斗真はかつて翔が編集部へ持ち込んだ原稿を勝手に読み、そして床にバサッとゴミのように放り捨てた男なのだから。

※eyes:1参照※


その男が今、テレビの中でインタビューを受けている。

イケメンの売れっ子ハイファンタジー作家として。

斗真をインタビューする女性アナウンサーの彩音も、斗真を前にして心なしか楽しそうだ。


「日下部斗真さんといえば、ハイファンタジーの作家として名高いですが、ハイファンタジーを書こうと思ったきっかけは何だったんですか?」

「ハハッ♪きっかけですか。懐かしい事思い出させますね」


サラサラで艶のある髪をなびかせながら、爽やかな笑みを浮かべる斗真。


世間ではこの笑顔が『Tスマイル』と呼ばれていて若い女の子達からもちろん、色んな世代の人達から人気がある。

ただ、翔はどうも好きになれない。

以前あんな事をされたからかもしれないが、斗真の笑顔は張り付けたモノのように思えるからだ。


「けっ、なーにがTスマイルだ。べーーーだっ!ケッ」


けれど、翔のそんな嫉妬に近い下らない行為をスルーするかのように、画面越しの斗真は爽やかに話を進めていく。


「きっかけは、時代が求めてるなーーーって、感じたからです♪」

「時代が求めてる?」

「そうです」


すると斗真は今までの爽やかな笑顔から、スッと少し落ち着いた顔に変わった。


「今の時代って、シェルターが必要だと思うんです」

「シェルターって、あの核爆弾から身を守るシェルターですか?」

「えぇ。あのシェルターです」

「はぁ……斗真さん、そのシェルターが、ハイファンタジーにどう関わってくるんでしょうか?」


斗真が、なぜ急にシェルターの話を始めたのか。

それが気になり、少し不思議そうな面持ちで斗真を見つめている彩音。

斗真はその気持ちを汲み取ったかのように、一瞬瞳を閉じてフッと軽くため息をつくと、諭すような眼差しを彩音へ向ける。


「それは、逃げ場です。今の時代、逃げ場が無いって思いませんか?」

「逃げ場、ですか……」

「そうです。例えば、30年間一向に上がらない賃金や、頑張っても豊かにならない生活。そこから生じる、転職への異常な期待。こういった貧困によるストレスから生まれる、矮小で狂った正義感。それによるネットでの異常な叩きや引きこもり。上げたらキリがありません」

「確かに、そうですね……」


彩音は、その瞳に哀しさを浮かべた。

斗真の言う通り、今の時代はそういった哀しみに溢れているから。

それに、彩音自身メディアの中に身を置く者として、それは常に感じている事の一つなのだ。


また、画面越しで見ている翔も、斗真の今の話には悔しいけど感じるモノが大いにあった。

まさに翔自身、それを日々肌で感じて生きているからだ。


「今の時代は目に見えないだけで、本当はボロボロになってるんですよ。特にこの国はね」

「と、いう事は、もしかして斗真さんが言いたいのは……」

「そうです。そういう人達が精神的に駆け込めるシェルターとなるのが、ハイファンタジーなんです」

「なるほど!それなら確かに納得です。斗真さんは素晴らしい考え方で、ハイファンタジーを書き始めたんですね!」


斗真は彩音から大きく誉められた時、彩音ではなく翔の方へサッと視線を向けた。

まるで、今翔がテレビを観ているのを分かっているかのように。


もちろんたまたまかもしれないが、翔は一瞬ドキリとしながら視聴を続けた。

すると、さっきの視線は翔の勘違いじゃなかった事に気づかされる。


「けどね、世の中にはいるんですよ。僕のこーゆー考え方を分かってくれない人や、時代遅れの人が」

「と、いうと?」

「例えば、頑張って苦難を乗り越える主人公とか、成長していく系がいいと思ってる作者や読者です」


斗真はその瞬間、明らかに翔の方へ強く意識を向けた。

なので同時に、翔も睨み返す。


「オマエな……!」


全国放送だし翔の名前も出されちゃいないが、翔はどうしても自分に言われてるような気になる。

何より斗真が言った人達の中に、自分も入っている事は間違いなかったから。


「そういうの、ダメなんですか?」


彩音は少し怪訝な表情を浮かべながら、斗真にマイクを向けている。

なぜなら彩音自身はチートとかより、今斗真が真っ向から否定した、頑張って苦難を乗り越えていく成長系の話の方が好きだからだ。

むしろ今回のインタビューを通して、斗真にそれを少しでも分かってほしいとさえ思っているから。


けれど斗真は彩音の想いを、サラッと受け流しながら話を続ける。


「この国が元気で希望がある時なら、あるいはそういう主人公でもいいと思います。でも、今みたいに希望が持てない時代では、頑張るよりもチートやハーレムの方がウケますし、異世界転生なんて転職に希望を持つ人の気持ちそのモノでしょ」

「そうですね……でもそれだと、結局希望は持てないままなのでは?」


それを聞いた翔は、画面越しに彩音を応援していた。


「そうだそうだ!彩音ちゃんの言うとーり。これで斗真も彩音ちゃんに嫌われたな。ケッ、ザマーみろってんだ♪」


翔の応援は、残念ながら品も無けりゃ知性も感じない。

ただ、この彩音言ってる事に翔は心底賛同していた。

彩音の意見は、まさに翔がいつも思っている事そのモノだから。


けれど斗真は、まるで今憤っている翔に告げるように答える。

それだと希望が持てないんじゃないかと尋いてくる彩音に、あの時のような瞳を向けて。


「ハハッ。そうですね……で、それが何か?」

「……えっ?!」

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