eyes:11 ルミと翔。ムーミン谷へ行く?

「いらっしゃいませー♪」


いつものようにルミが光太のお店でバイトしてると、店の扉がガラガラっと開き、そこから若いカップルが入ってきた。


二人はテーブルに座り料理を注文すると、お互い向き合って楽しそうに会話をしている。

見るからに、お互い愛し合ってる感じだ。

その二人からチラッと聞こえてくる会話が、ルミの耳に入ってくる。

どうやら二人は付き合って二年ぐらいで、今日も二人でお出かけデートしてきたらしい。


ルミはそんな二人を微笑ましくも、ちょっと切なそうな顔で見つめている。

光太はルミのその横顔をチラッと見ると、ふと尋いてみたくなった。


「ルミちゃん、翔とは最近調子どう?アイツ、最近あんま顔出さねーけど」


光太から急に翔の事を尋かれて、ルミは一瞬ドキッとしたが、すぐにちょっと切なさが混じった顔をした。


「調子は……悪くはないですよ。光太さんのお陰で、ちょくちょく翔のオウチに遊び行ってますし」

「そっか。ならいいんだけど、二人とももう付き合って何か月だっけ?」


すると、ルミは頬をカアッと赤らめてあたふたした。


「いえいえ光太さん、まだ翔とは付き合ってないですよ」

「はあっ?!」


光太は思わず大きな声を上げてしまった。

翔とルミは、とっくに付き合ってると思っていたからだ。


光太はお店のお客さんに、すいませーんと軽くゴメンのポーズをすると、声のトーンを落としながらも、ルミに真剣に話を続けた。


「ごめんルミちゃん、おっきな声出しちゃって。でも、まだ翔と付き合って無いってマジかよ」

「はい、実はまだ……」


照れながらも少し切なそうにうつむくルミ。


光太はメッチャイラっときた。

もちろん、ルミじゃなく翔にだ。

付き合ってなくて家に遊びに来させてるってのは、ていのいいセフレ扱いしてると思ったのだ。


「あっのヤローーーールミちゃんをいいようにしやがって、マジで許せん!」


をの言葉から光太が何を思っているのか察したルミは、慌ててそれを否定する。


「あっ光太さん、違うんですっ!」

「えっ?」

「あの……まだ翔とはそーゆ―事もしてないし、キスもしてなくて……」

「はぃぃぃぃっ?!」


光太は再び大声で叫んでしまいそうになるのを堪え声のトーンだけは落としたが、目を大きく開け信じられないという顔をルミに向けた。


「どーゆ―事?ルミちゃん。アイツと付き合っても無きゃ、キスもしてないって」

「一回だけハグした事はあるんですけど……」


ルミは初めて翔の家に行った時、翔に思わず抱きついた事を光太に話した。

その時も翔はルミにそれ以上迫ってくる事なく、むしろ翔の方から身体を離した事を。


光太は、マジかよという顔で呆然とした。

翔の事を良く知る光太からしたら、考えられないから。

ルミのような超可愛い子と一緒にいて、翔が手を出さないなんて事がだ。


もちろん翔は遊び人ではないけれど、貞操観念は低い。

と、いうよりも、女とそういう関係になる事を、そこまで重たくは考えてないのだ。


翔は人を騙したり傷つけるような事は絶対拒否するが、仲良くなる事に対しては、例えそれが世間的にはどうであれ、相手と好き同士なら何もやましい事だとは思ってない。


その翔がルミと何もないなんて、光太には信じられなかった。

翔とルミは確かにかなり年は離れてるけど、翔は本来、年の差なんて気にするヤツじゃないからだ。


───翔のヤツ、ルミちゃんの事そーとー大切に想ってんのか。それとも……でもな翔、相変わらず極端なんだよオメーは。


光太は心で翔に突っ込むと、ルミに念の為確認した。


「ルミちゃん、話聞かせてくれてありがとな。ただ、今さらこんな事尋くのもなんだけど、翔の事マジで好きなんだろ?」


ルミは改めてそう尋かれると恥ずかしくて、顏を赤くさせながら斜め下を向いた。


「はい……そんなん、当たり前じゃないですか」


ルミの気持を確かめた光太は、優しくルミの瞳を見つめる。

そして、二人がちゃんと付き合えるように一つ提案してみる事にした。


おせっかいかもしれないけど、翔は親友だし今まで翔が辛い事も色々経験してきてるのも知っている。

だから光太は、翔がルミと幸せになってほしいのだ。


「分かった。じゃあ、ルミちゃんさ……」


◇◇◇


その日ルミはバイト終わってから、いつもの通り翔の自宅に向かった。

そして翔と一緒にご飯を食べながら、今日光太から言われた事を翔に伝えてみる事にした。


それは、お出かけデートだ。


二人で少し特別なとこへお出かけデートすれば、翔もルミの事を恋人だと意識するだろうし、お出かけ先で盛り上がれば告白とかもしてくれやすくなるハズだと教えられたから。


それにルミも、実はかねてから翔と一緒に行ってみたい所があったので、翔にそれを伝えてみようと思った。

ルミの好きなムーミンの事を。


「翔、ムーミンに会いに行きたいっ♪」

「ムーミン?ムーミンって、あの白い直立歩行する裸のカバの事か?」

「翔、なーんよそれ。言い方言い方」


そう言ってケタケタ笑うルミ。


翔もムーミンの事は当然知っていたが、どうしても茶化してしまう。

翔の性格上まともに答えるのが、どーしてもつまらなく感じてしまうのだ。


「で、ルミ。ムーさんがどうしたの?あっ、公然わいせつ罪で遂に捕まった?」

「ちがう」

「ああ、じゃあアレだ。遂に、スナフキンとの三角関係に発展?」

「ちがう」

「ああ、アレか!まったく、しゃーねーなぁ。ムーミンのアレだろ?」

「そう!アレよ♪」

「ムーミンは青なのか白なのか、そろそろハッキリしろと言いたいんだろ?」

「ちーがーうっ!もうっ、なんで翔は変な事ばっかゆーの!」


ルミは腕をブンブン振り回しながら翔に訴えたが、翔はルミのぷんすかした顔を見ながら、楽しそうに笑っている。


「いやー、分かっちゃいるんだけど、つい、な」

「つい、な。じゃないんよ。本当に分かってるの?」


ルミからプーッとした顔で睨まれた翔は、ようやくちゃんと答える事にした。


「ムーミンのバレーパークに行きたいんだろ?」

「そう!だいせいかーーーい♪翔、分かってんじゃん」


『ムーミンのバレーパーク』

埼玉県にある、リアルムーミン谷だ。


ムーミンの世界観をそのまま再現した数々の施設に、参加型のショーやプレイスポットもあり、ムーミン好きにはたまらないイベント等も目白押しだ。

何より、デートで行ったりしたらほのぼのと楽しめる事は間違いない。


翔も以前ルミがそれとなくムーミン谷の事を話したのを覚えていたから、連れて行ってあげたいという気持ちは前々からあった。

けれど、敢えて今まで行かなかったのには二つのワケがある。

一つ目は金だ。


そう聞くと入園料が高いように思うかもしれないが、そんな事は全然無い。

大人一人三千円ちょっとだ。

ルミと二人で行っても六千円から七千円程。

食事代や交通費、お土産代とか含めても二万円あれば上等だ。


が、その二万円が今の翔にはちょっとキツかった。


───二万か~~~~


心の中で苦しみの声を上げた翔。

バイト暮らしの貧乏作家は成功するまで、いかに食費等を切り詰めて生活するかがカギだ。

その中で二万の出費は正直痛い。

情けないが、それが貧乏作家の現実。


けれど、キラキラしたルミの瞳を見ていると断る事は不可能だ。


───さらば諭吉。そして給料日まで、空腹様の団体ご予約承りましたーーあぁっ……ひもじいっ。


翔は心の中で本当に残念なショート劇場を終えると、ルミに決心した顔を向けた。

ムーミン谷に行くぐらいで、大げさではあるのだが。


「……よし、行くか」

「えっ?本当?」

「ああ、本当だ」

「やったぁ!翔、ありがとう!わーいっ、嬉しいなっ♪」


ルミは本当に嬉しそうな顔をして、パアッと明るい笑顔を翔に向けながら小躍りしている。

プーっとふくれた顔も可愛いが、笑った顔はより可愛い。

ルミの可愛さは、まさに王手飛車取りだ。


けれど、だからと言って翔はデレデレはしない。

年上としての矜持だ。

まあ、照れ隠しもあってバカな事ばっか言うけど。


「まあ、ちょうど良かったよ。フローレンから言われてたから」

「えっ?どういう事?」

「そろそろ、ムーミンに内緒で会いに来てって」

「なんよそれ?」

「いや俺さ、フローレンとはそういう関係だから」

「もーーありえん。何を言ってるんよ、翔は」


そんなこんなで、ムーミンデートをする約束をした翔とルミ。

予定は十日後。

翔はルミにそれまでは会わずに、溜まった宿題を終わらす事を条件にした。


「じゃあ翔、十日後だからね♪」


ルミはいつも帰り際に少し切なそうな顔をするが、今日は違った。

せつなさは無く、満面のニコッとした笑顔だった。


ルミは翔とお出かけデート出来るのが本当に嬉しかったし、光太から教えてもらった通り翔がちゃんと告白してくれるかもしれないと思ったからだ。


「あいよ、分かった分かった。それまでにルミが宿題終わったらな」


翔は穏やかな顔でそう答えたが、ルミはそれじゃ許さなかった。


「宿題終わらすから!でも、なんなん翔。私とお出かけするの、楽しみじゃないの?」

「いや、楽しみにしてるよ」

「本当に?」


───んなもん、楽しみに決まってんだろ。むしろ、だから困ってんだよ……


翔は心でそうぼやきながら、ルミを優しく見つめた。

そしてルミはやっぱりメチャ可愛い。

ただ、可愛い顔で自分を見つめてくるルミを見ると、それとは別にどうしても翔はうずいてしまう。


「ああ、本当だ。楽しみにしてるよ。フローレンに会えるのを」

「翔っ」

「嘘だって。ルミとムーミン谷行けるの、楽しみにしてるよ」

「よしっ♪これで帰れる」

「じゃあ、気を付けて帰ってくれ」

「うん♪」


ルミはニコニコしながら帰っていった。


翔はルミが帰ってすぐに執筆作業に戻ったが、一段落すると外に出て、やるせない気持ちと共にタバコに火をつけた。


立ち昇る紫煙はまるで翔の心の内を示すかのように、ゆらゆらと虚空に立ち込めている。


「フウッ……やっちまったよなぁー」


翔は煙草をくゆらせながら呟いた。


「まあ、給料日まで腹減るのは構わねーんだけどさ。ルミ、俺なんかとこれ以上、仲良くなったらダメだろ……ハァッ、マジでどうしよ……」


翔がルミとお出かけデートをしなかったのは、金以上にそれが一番の理由だ。

翔はルミの事を愛してるからこそ、ルミは自分みたいな貧乏作家なんかじゃなく、ちゃんとした男と幸せになるべきなんだと思っている。


───でも、あんな行きたそうな顔を向けられたら行くっていうしかないし、約束してしまった以上は今さら反古には出来ないし……


煙草の紫煙が消えていく、澄み切った夜空。

翔はそれをぼんやりと見上げながら、じんわりと感じていた。

自分の人生が、どこか変わった方向へ動き出そうとしているのを……

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