eyes:21 哀しいけど、夢は捨てられない

「えへへっ♪翔の腕枕気持ちぃな」


ルミは翔に腕枕をしてもらいながら、幸せいっぱいの笑顔を翔に向けた。

翔とルミはお互いを抱いた後、ベットの中で抱き合ったまま見つめ合っている。

ニヤニヤしながら翔を見つめるルミが、翔はたまらなく愛おしく感じて自分の方へ抱き寄せた。


「ルミ、もっとこっち来いよ」

「ん……ん……もう来てるよ♪」


可愛く答えるルミ。

翔はルミの柔らかい身体を片手で抱きよせたまま、半分呟くように話しかける。


「しかし、まさかあんな叫びからこうなるなんて……ホント、何があるか分からんな」

「アハハッ♪そーだね翔。あの時は本当にビックリしたよ。いきなり自分の目の前で知らない人が、『俺は、捨てれないんだよっ!』なんて大声で叫ぶんだもん」

「まあ、確かにビックリするわな。でもさルミ、どーしてその後話しかけてくれたんだ?」


翔の疑問は最もだった。

普通あそこで、声をかけてもらえるなんて事はない。

怖っと思われるか、変な人ーーーと笑われるかの二択だ。

それか通報されるかの三択。


なので翔は、前々からそこは密かに気になっていた。


するとルミは一瞬黙ってから、翔に照れた顔を向けて微笑んだ。


「なんかね、カッコよかったから♪」

「カッコいい?あれがーー?」

「うん♪あの時も言ったけど、なんか、傷ついても戦うぞ!って感じがしたから♪」


翔はルミからちょっと視線を外し、天井を見ながらあの時の事を思い出した。

まだ最近の事のようにも思えるし、大分昔の事のようにも思える。


「そっか、そーだったよな」


翔はルミがあの時、初めて会ったばかりなのに、自分の一番言って欲しい言葉を言ってくれた事。

それに凄くジーンときた事を思い出した。

そして再びルミにスッと顔を向ける。


「俺さ、ルミがそう見てくれた時に、多分惚れてたんだと思う」

「あっ、じゃーーーいっしょだね♪嬉しいなーーー!」


ルミは、翔の腕の中でクゥ~~~っとした可愛い笑みを零すと、ハッと思い出した。


「そう!気になってたんだけど、翔が捨てれないモノって何?」


翔は、そーいえば言ってなかったなと思った。


あの後も、結局言わず仕舞いだったのだ。

ルミとは色々話したり一緒に映画とか観てたが、肝心のそこは話していなかった。


考えてみれば不思議な事だが、翔は無意識にそこは避けていたのかもしれない。

ルミとは一緒にいちゃいけないと思ってたから、敢えて翔の一番大事な部分は言わないようにと。


けれど、ルミを大切にすると誓った今、言わない事の方が翔はむず痒く感じた。


「それは……俺の、理想の作品への想いさ」

「理想の作品?」

「そう、理想の作品。ルミも前に読んだ後言ってくれたけど、新人賞のは普通だったろ?」

「うん。普通に面白かった」

「けど、俺が本当に書きたいのは、ああいうのじゃないんだ」


翔はそこまで言うと、凛とした瞳でルミを見つめた。


「俺が書きたいのはさ、読んだ人に、現実で戦う力を湧き出させる作品なんだ。それが俺の理想の作品」

「あーなんか、分かる気がする。翔がボツにされた小説の方が、それが凄く強く出てた感じがしたもん」

「ありがとうルミ。作品の流行りってのは、元々今の世の中の反映が強く出るもんなんだ。もちろん、それ自体は悪い事じゃない。けど……」


翔は一瞬口をつぐんだ。

今の厳しい世の中の状況を考えると、今の流行りが必然である事も、翔は充分に分かっているからだ。

ただルミは、翔の言葉の続きが気になって先を促す。


「けど?なに?」

「……今の流行りの作品は、戦う力じゃなくて、逃避になってしまってるんだ……」


ルミに哀しそうな顔を向けて、静かに言った翔。

翔自身、言ってて辛いのだ。

翔自身を含め、今、多くの人々が貧困な生活に喘いでいる世の中だから、逃避したくなる気持ちも痛い程分かるのだ。


そんな哀しそうな顔をする翔に、ルミは尋き返した。


「逃避?逃避って、逃げるって事だよね?」


翔はコクンと頷くと、ルミに話を続ける。


「そう。例えば理由なく最初から強かったりモテたりとかで、努力をしなくても圧倒的成果を出せる主人公。さらには最近だとそれすらも無く、自分の作った箱庭でスローライフを満喫する主人公なんてのも流行ってる」

「確かにそうだね。今のアニメもそういうの多いし」

「まあ、こんな大変な世の中だから、そんな作品に逃避したくなる気持ちは凄く分かるし、時にはいいよ。俺だって全然上手くいかなくて、逃げ出したくなる時だって何度もあるし」

「翔……」


翔の辛そうな顔を見て、心配するルミ。

ルミには翔の気持がヒシヒシと伝わってくる。

翔自身、分かっているのだ。

今、逃避するしか道が無いような人達がたくさんいる事を。


けれど翔は、辛そうな顔をしながらもルミに話を続けた。


「……でも、そんなのばかり流行ってたら、俺ら全員緩やかに腐っちゃうと思うんだ……作品ってさ、良くも悪くも人の心に大きな影響を与えるから」

「うん……そうかもね……」


ルミは少し寂しそうに答えた。

翔の言う通り、辛いけど、このままだとそうなるかもしれないと思ったから。


「少なくとも、俺が子供の頃から見てきた作品は違うんだ」

「そうなんだ。どんな風に違うの?」

「確かに主人公は強いけど、自分よりも圧倒的な力を持つ敵に立ち向かって、ボロボロになりながらも最後は勝利をする。そこに感動があったんだ。もちろんそれが時代に合ってない事は分かってるけど……」


憂いを帯びて斜めに瞳を伏せた翔に、ルミは包み込むような微笑みを向ける。


「翔は、捨てられないんでしょ?」

「あぁ……そうだよ。逃避も時には必要だけど、達成感こそが人を幸せにすると思うからさ」


翔はそこまで話しすと、ハッとした。


「あっ、ごめんルミ。俺の話ばっかしちゃって」

「ううん。全然いーよ♪むしろ真剣に語ってる時の翔の顔、カッコよかったし」


そう言って、翔の頬にチュッとキスをしたルミ。

頬にキスされた翔は照れながらも、ルミにゆっくりと優しい眼差しを向ける。


「逆にさ、ルミの事もっと聞かせてくれよ。あっ、もちろん、言いたくない事は言わなくていいんだけど」


ルミはその瞬間、凄く切なそうな表情を浮かべた。

幸せいっぱいの顔から一転して、まるで翔に、これから懺悔をするかのような顔を向けている。


「どうした……?ルミ」


翔は思わずルミの顔をスッと覗き込んだ。

心配になったのだ。

ルミのこんな顔、少なくとも今まで一度も見た事がなかったから。


けれどルミは心配する翔から目を逸らし、凄く何かを言いにくそうにしている。


それがヒシヒシと伝わってきた翔は、場を和まそうとして一発ギャグでもかまそうかと思ったが、どーもそういう事を言っていい雰囲気ではなさそうだ。


「翔……私ね、実は……」

「ん、なんだ?」

「翔。私の事、嫌いにならない?」

「別に……ルミの事、嫌いになる訳ないだろ」

「ホントに?」


そう言って翔の方へスッと眼差しを向けたルミだが、その瞳には不安が宿っている。


翔はそれを感じながらも、何があってもルミを大切にするという気持ちを込めて答えた。

でも、やっぱりこの空気は何とかしなきゃと思い、少し翔らしさを交えながら。


「ああ、当たり前だろ。もし超有名なサングラス魔術師が来て、催眠術かけられてもなんねーから」

「もうっ、翔はまたそんな事言って……」


ルミは少しクスッと笑ったが、すぐに切ない表情に戻ってしまった。


なので翔は何とか平静を装いながらも、実際はイヤな予感に心臓がバクバクしている。

まるで、自分の心臓の鼓動がそのままルミに伝わってしまうかもしれないぐらいに……

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