eyes:6 セイントごっこで誤魔化せ

「うっ……うっ……」


ルミは両ひざの上に乗せた拳をギュッと握りしめ、うつむいたまま涙をポロポロ溢している。


その姿を見た翔は、光太にサッと振り向き厳しい眼差しを向けた。

危惧した通りの事が起こっただろ、という顔をして。


「光太、だからやめろって言ったろ。お前が下らない話をしたせいで、ルミが泣いちゃったじゃねーか」


───えっ?なんで泣くの?!ルミちゃん。


まさか泣くなんて思っていなかった光太は、カウンター越しに慌ててルミをフォローした。

まだ会ったばかりとはいえ、ルミの純粋さを汲み取れなかった自分を恥じたのだ。


「ご、ごめんルミちゃん!そんなつもりはなかったんだけど……」


光太はカウンターから飛び出しルミのとこへ駆けつけてフォローするが、ルミは一向に泣き止まない。

むしろ、光太がフォローすればする程泣く。

ルミは翔のその時の気持ちを想像すると、悲しくて堪らないのだ。


「翔が……かわいそう……えぐっ……えぐっ……」

「ルミちゃん……!」


ルミの純粋な気持ちに当てられ、こっちまで泣きそうになってきた光太。

それを見ていた翔は少し考えた後、ニヤッと笑って光太に言う。


「あーぁ、光太。やっちまったな。やっぱ、俺の人権を奪った罰じゃねーの」

「うっせ翔。今それどころじゃねーんだよ。ルミちゃん泣いてんだよ!分かんねーのか?!」

「そんなん見りゃ分かるよ。ただこれさ、ツブヤイターにでも上げたらどーなるかな?」


そー言ってニヤニヤした顔を向けてくる翔に、光太は怒鳴る。


「アホか!お前!こんな時に何言ってんだ!」


けれど、翔は動じる事なく冗談を言ってくる。


「光太、今はSNS全盛期の時代だせ。想像してみろよ」


翔からそう言われて、ツブヤイターで叩かれる自分を不覚にも一瞬想像してしまった光太。


『客任せじゃなくて、客泣かせの店。新しすぎるわ www』

『客とコミュニケーション取るのを勘違いしてる。苦手なら黙っててほしい』

『人の気持ちも分からないヤツの料理なんて、マジで食べたくない』


……etc


「うわぁぁぁぁっ!」


悪夢を想像させられ、光太は両手で頭を抱えて叫び声を上げた。

自分で店を経営する立場として、最も考えたくない事の一つだから。


叫びを上げた後うつむいたままの光太を見て、翔はニヤッと微笑み囁く。


「フッ。お前の精神は、既にズタズタ……」


翔からそう言われた時、光太は察した。


そーゆー事かよ。この無茶振りヤローが♪


光太はうつむいたまま肩を震わせると、バッと身体を起こして胸を張った。


「フハハハハッ!こんなもの、この俺には効かぬ!地獄なら既に見てきているわ!」

「フッ、そうか。ならば見せてやろう!今度は幻ではなく現実。喰らえ!鳳凰の羽ばたきを!」


翔は両手を広げて鳥のようにバッサバッサと手を振ると、拳をググーッと後ろに大きく振りかぶる。


「喰らえっ!鳳翼……」


その瞬間、光太は翔にツッこんだ。


「って、いつまでやってんだよ!アホ」

「えっ、これからだろ。マジでここで終わり?!あームズムズするーー」


泣いてる自分の隣でバカな事をやってる二人を見たルミは、泣き笑いしながら声を震わす。


「二人とも、何を……やってるん?」

「えーっとこれはだな、ルミちゃん……」


ちょっと照れている光太の隣で、翔は堂々と胸を張った。


「決まってんだろルミ。セイントごっこだよ!」

「セイントごっこ?何それ?」

「いや、俺らの世代ではテッパンでさ、星座によるカーストがな……」


楽しそうに語りだした翔を、光太は即座に止める。


「翔、分かる訳ねーだろ。ルミちゃんの世代が」

「そんな事ねーよ。分かるよな、ルミ。セイント」


分かる訳ねーだろ。俺らと何世代離れてると思ってんだ。


心でツッコミを入れる光太の前で、ルミは息を整えて答える。


「……分かるよ」

「ええっ!?マジで?ルミちゃん」


思わず目を丸くした光太に、ルミは涙の乾かぬ顔で微笑んだ。


「そのセイントっていうのは全然分からんけど、翔が気を紛らわせて、元気にさせようとしてくれたのは分かるよ。ねっ、翔」


ルミから濡れた目で急に見つめられた翔は、思わずドキッとしてしまった。

涙に濡れたルミの顔が、また可愛かったからだけではない。

さっきのは正直半ば賭けだったけど、その気持ちを汲んでくれたルミの事を、やはり愛おしく感じてしまうのだ。


「それに、光太さんも咄嗟で分かるなんて凄いね」

「あーーまっ、このバカとはガキん頃からの付き合いだからさ。つい乗っちまったわ」

「アハハッ♪やっぱり二人は親友だね」


ルミはそう言って二人に微笑むと、スッとハンカチを取り出して涙を拭う。

その姿に、光太は思わずドキッとした。


こんな場面で不謹慎かもしれないが、その姿はとても品があり、さっきまでの明るく無邪気に笑っていた少女だとは思えないぐらい、とても可憐だったから。


「でも……さっきの話、光太さん以外のみんなも……何より、元カノの京子さん酷(ひど)すぎだよ!私だったら、絶対そんな事しない!落ち込んでる時こそ、ずっと側にいるもん!」


それは、演技でも自分を良く見せる為でもない。

ルミの本心だというのが、翔と光太の胸にドンッと伝わってきた。


「ルミ……」

「ルミちゃん……」


ルミは涙を拭うと顔を上げ、翔の方を凛とした瞳で見つめる。

その瞳に、有無を言わせない意志を宿して。


「翔、見せて」

「えっ?何を?まさか、俺の裸を?エロいな、おい」

「ちがーーう!もうっ、小説。私、翔の書いた小説が読みたいっ!」

「えっ?!」


ルミから突然小説を読みたいと言われて、翔はマジかよと思った。

自分の小説に誇りは持っていても、他者から評価される自信は無かったから。

情けないけど、それがリアル。


「いやいやルミ、俺の小説なんか読んでも面白くねぇって。今日だって、散々ダメ出しされたんだから、やめとけって」


翔は思いっきり拒否った。

特にルミには見せたくなかった。

考えただけで辛かったから。

好意を持ってくれてる女の子に、自分の小説を読んで落胆されるのが。


まあ、それでルミから嫌われたら好都合っちゃ好都合なのだが、目の前で落胆されたりバカにされるのは辛い。

翔が書いている小説は、翔の魂と言っていいモノだから。


ルミはそんな翔の心を見透かすかのように、翔の顔をジーっと見つめている。

そして突然プイっと横を向いて、バックから高級そうな財布をスッと取り出すと、その中から一万円札を出して光太にサッと渡した。


「光太さん、これ!今日は翔の事教えてくれたから、お釣りはいらない」

「いやいやルミちゃん、泣かしちゃった上にそーゆー訳には……」

「いいから」


光太は断ったが、それを許さない意思を宿したルミの瞳に、うっと押された。


「……分かったよ、ルミちゃん。そんかわし、また食べに来てくれよな」

「うん♪もちろんだよ。光太さんのエビフライ、本当に美味しかったから♪」


ルミは光太に微笑むと、翔にサッと振り向き有無を言わせぬ表情で翔に言う。


「翔、ご飯奢ったんだから小説読ませてよね」

「えぇっ?いや俺、何だかんだで、まだ甘エビしかちゃんと食べとらんのよ……」

「んーーーじゃあ、仕方ない。エビフライ食べ終わるまで待っといてあげる。だから、はよ食べて。翔はセイントなんでしょ?」


グダグダ言うなんて許さない。

そんな顔をルミから向けられた翔だが、まだ負けじと抵抗をする。


「いやいや、俺はセイントじゃないし、それに、そんな急かされても食えないって……」

「じゃー私が食べさせてあげる♪ほら、あーんして翔」


翔はゆっくり食べてルミの気が変わるのを待とうとしたが、こうされてはもーダメだ。


女の子に飯を食べさせてもらうなんて恥ずかし過ぎるし、光太の前でそんな事をした日には、次からエビフライの値段は三倍、いや、五倍にされかねない。

翔にピンポイントで、ハイパーインフレの到来だ。


「分ーーーかったよ、食う。自分で食うから」

「早く食べないと、私が食べさすからね♪」


翔は冷めて油が固まったエビフライを口に運んだ。

ルミは黙って微笑んだまま、翔を見つめている。

そのせいか、エビフライは冷めてても、他の店のエビフライよりは遥かに美味かった。


「ごちそうさまでした」


翔がそう言った瞬間ルミは席からスッと立ち上がり、翔の手をギュッと掴んだ。


「ほら、行くよ翔」


ルミから突然手を握られた翔はドキッとして、不覚にも顔が赤くなってしまった。

翔の手は結構ゴツイ手だが、ルミの華奢で柔らかい手に一瞬で完全敗北だ。

例え翔がセイントでも、この攻撃には恐らく勝てはしないだろう。


「ちょ、ちょルミ!食休み食休み」


翔はドキドキしながらも、最後の抵抗をしたがムダだった。


「ない。このまま一緒に歩くの」

「分かった分かった。歩きゃいーんだろ」


ルミに引き起こされるように、文句を言いながらも翔は席から立ち上がった。

そして、光太に片手でごめんのポーズを取る。


「あー、光太ごめん。また来るわ!」

「お、おぉ翔。またな」


光太はルミに手を引かれて店から出ていく翔を見て、仲いいなーと思うと同時に、ふと気になった。


「にしてもルミちゃんて、どーっかで見た事あるんだよな……」


目を瞑り、うーんと唸りながら腕を組む光太。

その答えは、店に置いてある雑誌が知っていた……

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