eyes:5 エビフライ食べさせてよ。お願い
「翔。ルミちゃんってさ、ちょっと見た目似てるよな」
「ハッ?俺とルミの、どこが似てんだよ」
翔はエビフライを食べかけながら、吐き捨てるように光太に返した。
が、それは翔の大きな勘違いだった。
「バカか、翔。オメーとルミちゃんは似ても似つかねーよ。むしろ、同じ人類枠に入れちゃ失礼だわ。なっ?ルミちゃん♪」
光太は何言ってんだと冗談ぽく返した後、ルミに笑いかけた。
「アハハッ♪光太さん言い過ぎー♪それに……翔はカッコいいよ」
「マージかよルミちゃん。コンタクト忘れたとか?」
「違いますよー光太さん。私、視力は1.5あるんで。私の彼氏に、酷いこと言わないで下さいっ♪」
ルミが可愛くウィンクすると、横から翔が文句を挟んでくる。
「お前らいー加減にしろ。人を勝手に人類から除外したり、事実を捏造したり。俺の人権はどこに行ったんだよ?!ウェーア、イズ、ジンケン!」
ガッツポーズで訴える翔に、光太とルミはニヤつきながら言ってくる。
まあ、二人共いいノリだ。
「何だよ?ジンガイ♪」
「どーしたの?彼氏♪」
「オメーら、マジでゆるさんからな」
翔はブーっとふてくされた顔を二人に向けると、フウッと一息ついて光太に問いかける。
自分の人権は行方不明でももういいけど、ルミが誰に似てるのかは解明したいから。
「で、光太。ルミが誰に似てるんだ?」
光太は、分かんねーのかよという顔をして答える。
エビフライを食べかけた翔に。
「決まってんだろ。お前の元カノの京子ちゃんにだよ」
その瞬間、翔はハッとして、エビフライを食べかけた手を止めた。
───確かに、そう言われれば……
ルミは元カノの京子とは背丈も顔の系統も違うけれど、雰囲気が似ていた。
二人ともエネルギーが溢れている女だから。
けれど翔は、何となくそれを認めたくない気持ちもあった。
元カノの京子については、翔はちょっと思う所があったからだ。
「まあ、確かに言われてみればそうかもな……でもまだ、ルミとは会ったばっかだからわからんよ」
翔が光太の言った事を軽く否定して再びエビフライを食べようとすると、ルミは翔に向かいグッと身を乗り出した。
好奇心に満ちた瞳を、キラキラと輝かせて。
「えっ?翔の元カノさんて、どんな人?知りたーーーい♪」
「いや……別に、そんな話すようなもんでもないよ」
翔は話をサッと流してエビフライを食べようとしたが、ルミはそんなん許さない。
笑顔を向けながら食い下がる。
「翔っ、なんでそんな風に言うの?いーじゃん、教えて♪」
翔はさっきから、エビフライを食べようとして食べれない。
正確に言えば一口だけだ。
後は食べようとしたら、光太とルミに止められてる。
───なんだ?コイツらの、エビ阻止コンビネーションは?新しい殺法か??
翔は、エビ食わせろやと思いながらハアッとため息をつくと、スッと箸を置き、仕方なく答える事にした。
まあ本当は、元カノに少し似てるルミに、あまり京子の事を話したくなかった。
けれど答えないと終わりそうにないし、エビフライも冷めてしまう。
「……アイツは凄くいい女だった。そんで、俺がフラれて終わった。以上。そんだけさ」
翔は軽くせつない表情を浮かべて、吐き捨てるように答えた。
フラれた話をちゃんと言うのは、やっぱしんどい。
それにフラれた理由なんて聞いても、ルミだってあんまいい気持にならないと思ったからだ。
けれど、翔の素っ気ない答えに満足いかなかったルミは、イヤだという顔をしながら翔に食い下がる。
「えーー翔、それじゃ全然分からないよ。その京子さんって、どんな人だったの?」
「どんな人って……」
翔が言いにくそうにしていると、光太が間からニヤニヤしながら話しかけてきた。
親友である光太は、翔と京子の事を全部知ってるからだ。
「翔、なーにカッコつけてんだよ。あん時は、さんざん落ち込んでたクセに」
「光太!やめろよ」
光太にそれ以上その話をされたくなかった翔は、光太を止めた。
が、光太は翔が止めるのを聞かず、ニヤつきながら話を続ける。
「まあ、あん時は今より若かったってのもあるけどさ、お前京子ちゃんにフラれた時、メッチャ泣きながら言ってたじゃん」
「おい!」
「『いくらデジタル化して世界が繋がっても、俺の言葉だけはアイツにもう届かないんだよ』なーんて名言をよ」
「~~~っ!」
───マジで勘弁してくれっ……!
翔はテーブルに片ひじをついて、言葉にならないうめき声を上げながら顔を覆った。
確かに光太の言ったのは事実だし、あれから何年か経ってるから、もう気持ちも落ち着いてはいる。
けど、思い出すだけでも恥ずかしいし、自分よりかなり年下の女の子の前で自らの黒歴史をバラされたのは、やっぱ痛い。
けれどルミは、翔の黒歴史を聞くとホッと嬉しそうに笑った。
「よかったー♪」
「はぁっ?ルミ。何がよかったんだよ?!」
人の不幸がそんなに楽しいのかよと思い、咄嗟にイラっとした声を出し睨んでしまった翔。
強く言い過ぎたかと思ったが、ルミはニコニコしながら翔を見つめている。
「だって、翔がその彼女さんにフラれたから、今こうして付き合えてる訳だし♪」
「だーかーらー、付き合ってないだろ」
「なんよ。翔はそんなにやなん?私の事」
「いや、そーゆー訳じゃなくてさ……う~~~」
ルミから飛んできた予想外の答えに、どー言ったら分からない翔。
もちろん、イヤな訳なんて1ミリも無い。
ルミは超可愛いし気も合う。
けれど翔自身、自分なんかがルミと釣り合いが取れるとは、それこそ1ミリも思わないからだ。
なので矛盾した気持ちに挟まれ翔が悶えていると、ルミはニコーっと笑みを浮かべて翔に言う。
「へへッ♪もし翔と付き合ったら、私、ぜーーーったいフラないよっ♪」
何を言ってんだと思うと同時に、翔はルミの事を敢えて突き放す事に決めた。
ルミは可愛い上に、優しくていい子だからだ。
例え今のが冗談だったとしても、ルミみたいな子を、万が一でも自分になんて惚れさせたりしちゃダメだと思ったのだ。
「ハァッ~~そんな事言ったって、人の気持ちなんて分かんねーだろ。第一な、どーーせこんな売れない小説家と付き合ってたって、きっと嫌になるに決まってんだから。木原さんの天気予報より確実だ。ハハッ」
ルミとお店に着くまでに自分が小説家だという話を軽くしていた翔は、ルミに敢えてウザい言葉を吐き捨てた。
するとルミはムッとした表情に変わり、ちょっとマジな勢いで翔に怒鳴る。
「そんな事ないもん!どーして翔はそんな事言うの?!」
ルミはその瞳に、怒りと悲しみを交叉させて翔を睨んでいる。
自分の気持を、全然違う風に決めつけられたのがイヤだったから。
けれど翔は黙ったままだ。
翔だって、テキトーに言った訳じゃない。
険しい顔して向き合っている翔とルミの間には、今にも激しい喧嘩が始まりそうな物騒な空気が流れている。
それを何とかしようと思った光太が、間からスッと言葉を入れてきた。
「まっ、ルミちゃんはそう言ってくれるけどさ、翔がそう思う気持ちも分かるよ」
「なんで?光太さん」
「……ルミちゃん。翔は昔さ、会社勤めしながら小説で新人賞を取った事もあるんだ」
「えっ、凄いじゃん翔!」
ルミは黙りこくる翔に、サッと顔を振り向かせた。
翔が新人賞を取った事があるなんて、知らなかったから。
もちろん店に来るまでに、翔から小説家だとは聞いてた。
けど、全然売れねーから、ペンネームを有名人に似せて間違えて買ってもらおうかなとか、思案中に散歩してると外人からよく道を尋かれて、その時は英語を超えたジェスチャーで答えるとか、猫は全員俺の友達だの、どーでもいい話しか聞いてなかった。
───翔、そんな凄い事出来てるなら、ちょっとぐらい言えばいいのに。逆に、私の周りなんて……
自分の周りの人達の事を思い返しているルミに、光太は懐かしそうに話を続ける。
「あの時は色んな女が寄ってきて、翔はスゲーモテたの。まっ、コイツは元々タッパもあるし顔も悪かない。その上働きながら新人賞だろ。あんときゃモテたな♪」
「どーだっていい……んな事」
肩肘をついたまま思い出させんなという雰囲気を醸し出す翔に、光太はニッと軽く笑って話を続ける。
「何言ってんだよ翔。いい思い出じゃねーか。で、その内の一人がその元カノの京子ちゃんだった訳」
「やめろ光太」
「いいじゃねぇか、翔。ルミちゃん知りたがってるんだし、ここまで話したんだからさ」
光太にそう言われ、翔はそっぽを向いて黙り込んだ。
勝手にしやがれと思いながら。
「で、その元カノさんは翔に近付いて来たんだ。髪が長くて顔もスタイルも超イケてて、さらに頭の回転も速くてさ、ついでにちょっと艶っぽいハスキーボイスの、まさに翔の超ドストライク……って、ルミちゃんなにしてるの?」
光太が目を丸くする中、ルミは自分の綺麗なミディアムヘアを、うんしょうんしょと引っ張っている。
「えっ、ちょっと髪伸ばさなきゃと思って」
「ハハハッ♪おもしれーなルミちゃん」
ニカッと笑う光太。
───これは、マジで翔の事好きなんかな。
そう思いながら、光太は話を続ける。
「で、翔はその京子ちゃんの事、メッチャ大事にしてたんだ。会社や周りからは期待の目で見られて宣伝に使われたり、新しい小説書いたりして忙しかったけど、コイツ、京子ちゃんとの時間はスッゲー大事にしてたんだ」
黙ったまま話を聞くルミ。
顔も知らない京子にちょっと妬きながらも、翔がそうしてたのはルミには何か凄く想像できた。
翔とはまだ出会ったばっかりだけど、翔から伝わってくる雰囲気と光太の話がちゃんとマッチしたからだ。
「けど、その後ヒット作を作れずにいたら、翔の周りからは段々人が減っていったし、陰口や、中には面と向かってバカにしてくる奴らもいたな。そしたら京子ちゃんも周りに合わせるように、段々と冷めていっちゃってさ……最終的には、それ以降小説家として全く売れない翔に愛想尽かして去っていったのさ」
「なんよ、その人……」
ルミは小さく震えながら、そっと怒りの言葉を漏らした。
軽くうつむきながら、両膝に乗せた拳はギュッと握りしめられている。
まだ顔も見た事が無い京子に、苛立ちを募らせて。
それに気付かず話を続ける光太。
「翔は京子ちゃんの事を本当に好きで大事に想ってたけど、金持ちの男にサクッと乗り換えられてさ。でも、コイツはそれでも相手を責めずに、自分が悪かったーーなんて思っちまうヤツだから、逆にあん時は落ち込んだよ。まあ、結局みんな新人賞を取った翔ってのを見てただけで、誰も翔自身の事は見てなかったんだよ。別に何をしよーとコイツはコイツだし、そもそも翔はモテたり有名になる為に書いた訳じゃないってのに……で、最終的に残ったのは俺ぐらい……」
光太はそこまでルミに話した時、ハッとして話を止めた。
気付くとルミが、涙をポロポロと溢していたからだ。
うつむいたまま、まるで自分の事のように悔しい顔をしながら……
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