eyes:4 榊 光太『定食屋クリスタル。いー名前だろっ♪』 

「ルミ、着いたよ。ここだ」

「わあ♪ここがプレミアムキラキラ?」

「YES!」


プレミアムでもキラキラでもないが、思いっきり元気に肯定した翔。

ルミは目の前の定食屋の店の看板をホーっと見上げながら、ゆっくりと店名を読んでいく。


「ん?定食屋……繰素多流?翔、これなんて読むの?」

「定食屋クリスタルだ」

「クリスタル?えっ、なにそれ、おもしろーい♪」


ルミは一つ一つの反応が素直で可愛い。

変わった店名に無邪気にはしゃぐルミを、翔は優しく流し目で見つめた。


「繰り返し、素のまま、たくさん旅をすると、人はクリスタルみたいに輝く。そんな人達の憩いの場所にしたいって想いを込めて、この名前になったんだよ」


翔はそこまでルミに言うと同時に、店の扉を勢いよくガラッと開けた。

翔には分かっていたからだ。

扉の向うでこっそりこっちを見ながら、この話を立ち聞きしているヤツがいる事を。

そして翔の狙い通り、その男は急に開かれた扉にバランスを崩して、思いっきりよろけた。


「わったったっ……!」


翔はよろけた男を見下ろしたまま、ニカッと笑った。


「だよな、こーた♪」


翔がニヤニヤした顔を向けてる男の名は『榊(さかき) 光太(こうた)』

この定食屋クリスタルの店主で、翔の数少ない昔からの親友だ。


「光太。そんな入口で盗み見しなくても、今入っから」

「おっ、俺は別に、盗み見なんてしてないし」


動揺しながらうそぶく光太に、翔はハァッとため息を溢(こぼ)した。

光太が覗いていた理由に、大体の察しがついていたからだ。


「ったく。どーせ、常連の誰かが見つけて、光太に変な事を言ってきたんだろ?」

「チッ。別にそんなん、どーでもいいだろ。それよりも……」


光太はそうぼやくと、翔の隣でキョトンとしてるルミの事をチラッと見た。


「てか、翔。このメッチャ可愛い子誰だ?……まさかお前の新しい彼女か?」

「彼女?バカ言え。そんな事あるわけ……」


翔がそこまで言った時、ルミはニコニコしながら片手をサッと上げた。


「はーい♪そうでーーーす♪」

「ルミ!おまっ、何を言ってる?!」


慌てる翔の横で、ルミはワザと照れた表情を浮かべ、可愛くモジモジしながら翔を見上げた。


「えー?だって翔、私の側であんな大っきな声聞かせたくせに、私、翔の彼女じゃないの……?」


瞳までウルウルとさせるルミ。

マジで女ってば恐すぎる。


───ちょっと待てってルミ。その言い方はズリーだろ。しかもその目、可愛すぎだし。


心の中で文句を言う翔だが、それより遥かにショックを受けていたのは光太の方だ。

ルミの今の言い方とお目々ウルウルは、確実にやった系の発言に聞こえたから。

なので光太は、翔をうらめしそうにジトっと見つめた。


「翔……テメェ、羨ましいぞコノヤロー」

「いや、ちげーっての!確かに、側で大きな声を聞かせたのは合ってるっちゃ合ってるけど、そーゆーのじゃないんだよ」

「ケッ、なんだそりゃ。そーゆーのじゃなきゃ、一体何なんだよ。相変わらず、下手くそな言い訳しやがって……」

「いや光太、言い訳じゃなくてだな……」


翔はそこまで言って、言葉に詰まった。

説明しようとしたが、出会い方からして変わってるので、信じてもらうどころか説明するのも大変だからだ。


言葉に詰まっている翔を、光太は目を細めてしばらくジーッと見ると、翔にサッと踵を返してそのまま吐き捨てる。


「まあいいわ。そん代わり、今日のお前の飯代はいつもの倍額払ってもらうからな」

「おい光太、そりゃねーだろーー」


金がねーのに倍額とかマジで勘弁してくれという顔をして、翔は光太の背中に訴えた。

さっきのは光太の誤解だが、状況は当たってるっちゃ当たってるだけに、何とももどかしい状況だ。


言葉と嘘泣きのマジックだろ、こんなん。


ハァッ……とした顔で天井を見上げて、心でボヤいた翔。

けど、ルミは隣でニコニコと楽しそうに笑ってる。


光太は軽く目を伏せハァッっとため息をつくと、翔へ顔を振り向かせてニカッと笑った。


「ったく、冗談に決まってんだろ。早く入れよ」

「マジか。よかったーーんじゃ、お邪魔するわ」


倍額じゃなくなった事にホッとした翔は、お店に入った。

倍額じゃなくても金欠な事は、カラッと忘れたまま。


◇◇◇


「はい、エビフライ定食二つお待たせっ♪」


光太の元気な声と一緒に、翔とルミの前にエビフライ定食が置かれた。

ルミが、せっかくだから一緒にエビフライ定食にしようと言ってきたので、翔も同じ物にしたのだ。


「わぁっ♪おいしそう!」


はしゃぐルミを前に、翔は光太をジトっと見た。

同じメニューを頼んだハズなのに、明らかに自分のエビフライ定食には異変が起きていたからだ。


「光太、ちょっといいか」

「なに?」

「いや、なにじゃねぇって。なんで俺の方は、甘エビ一匹しかねーんだよ!これじゃ、甘エビ定食だろ。てか、甘エビ一匹で定食もなにもあるか!これじゃただの飯だ飯。イッツ、ホワイトライス、オンリー」


文句を言ってくる翔の事を、光太はニヤニヤしながら見つめた。

想定内だと顔に書いてある。


「いや何、あまーい翔クンには、そっちのエビの方がお似合いかと思ってさ」

「なーにが甘いだ。この状況がしょっぱいよ。光太!俺にも、甘くないエビを、サクサクの衣に包んで持って来い」


甘エビを断固拒否する翔。

向かいに座っているルミは楽しそーに笑いながら、エビフライを箸でつまんで翔に渡す。


「アハハッ♪可愛そうな翔クン♪私のエビフライ、一匹あげるよ♪」

「いいよルミ。食べろ食べろ」


それを見た光太は、軽く悔しそうに唇をとがらせた。


───ちぇっ、逆効果か。甘エビ一匹ムダにしたわ。すまん、甘エビ。


光太は心でぶつくさ言いながら、同時にルミは本当にいい子だと感心した。

だから本当は嬉しかった。

親友の翔にいい子が出来たから。


けれど光太はそんな気持ちは尾首にも出さず、かったるそうに吐き捨てる。


「へいへい、分かったよ翔。今持ってくから」

「当たり前だ光太。ったく、こんなギャグかまさずに、最初からそーすりゃいいんだよ」

「うっせ。んな事出来っかよ」


わざとフテってみせた後、調理に取りかかろうとする光太。

すると翔から呼ばれる。


「後さ、こーたー」

「んだよ?」


光太がメンドクサそうに顔を振り返らすと、翔は甘エビを箸でちょんとつまんで光太を見ている。


「この甘エビは、一応貰っとくからな。慰謝料として」

「ケッ、好きにしやがれ♪」


光太はプイッと顔を戻すと、何が慰謝料だと吹き出しそうになりながら調理を始めた。

とはいっても、元々翔用に作ってた分をサッと整えただけだが。


そして数分後に、翔の飯はめでたくエビフライ定食になった。


「ほいよ。甘エビドロボーさん」


仕方ねーなという光太の声と一緒に、翔の目の前に真のエビフライ定食がタンッと置かれた。


「おおっ!会いたかったぜ、エビちゃーん♪」

「よかったね翔♪美味しそー」

「じゃー」


「いただきまーす♪」


翔とルミは声を揃えてそう言うと、エビフライを口に運んだ。

その瞬間、ルミは満面の笑みを浮かべた。


「おっいしーーーーー♪こんなの初めて!」

「だろ?光太はふざけた事するけど、料理はマジで上手いんだよ。まあスターではないけど」


話に反応した光太。


「あっ?スターがなんだって?」

「なんでもねぇって。こっちの話だ」


翔がそう答えると、光太は濡れた手をタオルで拭いて、カウンター越しにルミに声をかけた。


「えっと……ルミちゃんだっけ?さっき、翔がそう言ってた気がしたけど」

「はい。朝比奈 瑠美っていいます♪ルミって呼んで下さい。ちなみに、光太さんですよね?」

「そうそう。光に太いて書いて光太だよ」


すると、横から翔がサラッと嫌みを言ってくる。


「さっきみてーに、やる事も太てーんだよ。こういう太い事をやると書いて、こうただ」 

「チッ、やっぱ翔。オメーには、細っそいエビにしてやりゃよかったぜ」

「断固拒否する」


翔がモグモグしながら甘エビを拒否ると、ルミが嬉しそうに光太に言ってくる。


「光太さん、このエビフライ定食、本当に美味しいです!」


翔がやさぐれた態度な分、光太はルミの笑顔がよりピュアに感じて、ニカッと笑みを返した。


「そいつはよかった♪俺もルミちゃんみたいな可愛い子に、美味しいって食べて貰えて嬉しいよ。まあ、翔には、甘エビにしときたかったけど」

「アハハッ♪」

「おま、光太。次はマジでゆるさんからな」

「さー、どうしよっかなー」


翔にそう言いながら、ルミの事をチラッと見つめた光太。

翔と楽しく美味しそうにエビフライを食べてる姿を見ると、ふと思った。


「翔。ルミちゃんってさ、ちょっと見た目似てるよな」

「えっ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る