eyes:7 イッツ、マイ、ハウス!
「ルミ、ちょっと待てって」
「イヤよ。待たん」
手を繋いだまま翔の家に向かい、スタスタ歩く翔とルミ。
店から出てしばらくしても、ルミは翔の手をギュッと握ったまま離さなかった。
ルミは、今翔の手を離したら絶対ダメな気がしたからだ。
なぜかは分からないけど、それはルミの確信に近かった。
「ねぇ翔、早く読ませてよ」
ルミは翔の手を握ったまま少し頬を赤らめて、上目遣いに翔を見つめた。
翔とこのままバイバイしたくなかったから。
けれど、少し強引過ぎたかもしれない。
「だからルミ、ちょっと待てって。なんで、いきなりこーなるんだよ」
翔はルミに少し強く言って、強引に歩くのを止めた。
ルミが好意を持ってくれてるのは感じているし、正直それを嬉しいと思ってしまう気持ちもある。
ただ翔は、なぜルミがこんなに強引に手を引くのかも、自分の小説を読みたがっているのかも分からないのだ。
するとルミは一瞬うつむく。
それを見た翔は、ルミが機嫌を損ねたような気がした。
ちょっと力任せに止めちゃったかなと思って。
「ルミ?ルミさ〜ん……」
翔がそっと名前を呼ぶと、ルミは顔をサッと上げて翔を見た。
ルミの顔は、少し怒ってるような感じだ。
まあ、手は繋いだまま離さないが。
「読みたいからに決まってるじゃん!それとも、私が読んじゃダメな理由があるの?!」
ルミは翔に向かい、グイッと上半身を乗り出した。
「い、いや、そーじゃないけど……」
翔はルミの迫力に気圧(けお)され、ちょっと詰まった顔を浮かべる。
それに、小説は発表した以上誰が読んでもいいし、読ませてくれと言われて断る道理も無いのだ。
少したじろぐ翔を、ルミは可愛くフンッとした表情をして追い詰める。
「それか、翔の小説は女の子には見せられないの?もしかして、エッチな小説?」
「いやいや、そうじゃねーけどさ……」
「でしょ?じゃーいいじゃん♪早く行こう!」
ルミは翔にパッと明るい笑顔を向け、翔の手を再び引っ張り前に進もうとした。
けれど翔は諦め悪く、少しふてる。
こーなれば、もう抵抗しても無駄なのに。
「え~~っ、マジで~?」
ルミは翔のその態度に今度は怒ったりせず、一つだけ質問を投げかける。
「翔、エビフライ美味しかったでしょ?」
「うっ……!」
そう言われた翔はルミに返す言葉が無く、片手で頭を掻いて観念した。
「……ったく、しゃーねーな。じゃあ、エビフライ分だけは読ませてあげますよ」
「わーーーい、やった♪」
満面の笑みで元気にしゃぐルミを連れ、翔は自宅への道を一緒に歩いた。
ルミと手を繋いだまま。
そして翔の自宅の前まで着き、翔のボロアパートを見たルミは、翔の隣で物珍しそうな表情を浮かべた。
「ほーーーっ♪これはこれは」
「ほらな。だから言ったろ。俺んちはな、ルミみたいな子を上げれるような家じゃないんだよ。お分かりでごぜーますか」
これはさすがに引いただろと思った翔は、ルミにこのまま帰ってもらうには好都合だと思った。
翔の家は、お世辞にも綺麗とは言えないボロアパートだから。
けれどルミはそんな翔の思惑とは全然違い、ウキウキした表情に変わっていた。
「凄いね翔!なんか、アトラクションに入る前の気分だよ♪」
「アトラクションって……ここ、一応家なんだけどな。人が住んでる家。イッツ、マイ、ハウス」
自分の家をアトラクションと言われた翔は、ルミの変わった捉え方に内心驚きながら、ドアノブに鍵を指し、ガチャっと回してドアを開けた。
「はいどーぞ、お姫様」
「うむ、よくぞ開けてくれたな翔くん♪」
腰に手を当て、まるでどこぞの大臣のような態度で、冗談っぽくお偉いさんの真似をしたルミ。
「ハイハイ先生。いいから、サッさと入ってくれ」
「はーい♪」
元気のいい返事をしながら、翔の部屋に入ったルミ。
部屋の中を見回し物珍しそうに探索すると、窓をガラッと開けて歓声を上げた。
「翔、凄いじゃん!窓の外に石がいっぱいあるよ♪」
「ただの庭だろ。砂利の敷かれた庭」
「いいじゃん翔。ここでバーベキューが出来るね♪」
場所はあっても、それをやる金はねーんだと言いたかった翔。
ただ取り敢えずそれは言わず、お茶を入れてテーブルにスッと置いた後、ルミに新人賞を取った本をゆっくりと手渡した。
「はいお茶。後、これだよ。新人賞取ったヤツ」
「わー、翔ありがとう!さっそく読んでみるね♪」
ルミは翔から本を受け取ると、ウキウキした顔をしながら本を開いた。
翔はルミに優しく軽いため息をつくと、自分の机に向かいノートパソコンを開き、画面に向き合ったままルミに言う。
「ルミ。俺、今から執筆作業するから、それ読み終わったら帰れよ」
「はーい」
ルミからは、心のこもってない空返事が返ってきた。
はーいの後に、帰りませんが自然に続くようなトーンだ。
けど、はいと言う以上、翔は取り敢えず気にするのを辞め執筆作業に取り掛かった。
それから小一時間経つと、ルミが翔の背中からそっと話しかけてきた。
「ねぇ翔……」
「ん?」
翔がスッと顔を振り向けると、ルミは翔の顔の近くでニコッと笑った。
「翔、本ありがとう。面白かったよ♪後、お茶も」
「おーーー、良かった。こっちこそ、読んでくれてありがとな」
ルミの屈託の無い笑顔を受け、本当に読んでもらえてよかったと思った翔は、自然にお礼を言っていた。
読んでもらう前は緊張もしたけど、こんな笑顔で面白いと言ってもらえたら、やっぱ嬉しい。
そう。こーゆー顔が見たくて、俺、小説書いてるんだよな。
翔はそれを思い出させてくれたルミに感謝した。
新人賞を取って以来ヒットに全く恵まれず、最高の小説を書きたいという想いを持ちながらも、心のどこかでは売れる事ばかり考えていた自分もいた事に気付けたから。
けれど、だからこそ翔は、ルミにはちゃんとしなきゃいけないと思った。
年が離れてるとはいえ、男と女。
こんないい子に間違えてでも手は出したくないから、ルミにまるで興味の無いようにサラッと告げる。
「じゃあ、そろそろ帰れよ」
「えーーーやだ。もーちょっといる!」
「いやいやルミ、もうすぐ夜になるぞ。遅くなると、ルミの親御さんも心配すんだろ」
翔からそう言われたルミは、一瞬下を向いて黙り込んだ。
ルミは翔とちょっとでも長く一緒にいたいし、何より、ルミは親のいる家に帰りたくなかった。
「いいの。あんな親……」
静かにそう答えたルミに翔は声をかけようとしたが、なぜか上手く言葉が出て来なかった。
ルミの表情は今までに見た事がない程、深く険しいモノになっていたから……
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