第29話 岩と焔と、赤毛の魔術種

「――はぁ~、いっぱいあんなぁ……」


 装備が大量に並んでいるその光景は好奇心を掻き立てると同時に選択肢の多さで不安も呼び起こす。

 明確に買うという意思があるワケではないが面白そうなモノを見つけたら買いたくもなってしまう。

 好奇心を前に自制できるほど大人でもない。


「おぉほほほほほほほほっ」


 初めて見る武器や防具。

 街の特色を感じさせる武具やその配置、意匠などを目の当たりにしてヒイラギは興奮で妙な声を漏らしていた。

 何を見よう、どれから見よう。

 そう興奮と困惑の中で右往左往と不審人物となる。


「おぅ、どぉしたよ」

「ヴェ!? ビックリしたぁ……あ、いや、なんか面白そうな武器ないかなぁ、って。王都の方のプロミネンス工房に行ってたからノースミナスこっちでもとりあえず、って」

「良いんじゃないのか? 気になるなら色々教えてやるよ、今はちょうど時間空いてるからな」

「お、マジか」


 そう語りかけてきた女はヒイラギよりも三〇センチ以上背が高い。

 返事をしたあとにその姿を見たヒイラギは驚愕に眼を見開く。


「あッチはペトラ。ペトラ・プロミネンスだ」

「あ、俺はヒイラギ」


 手を差し伸べるペトラ。

 その姿は少し前まで鍛冶場にいたのか乾きかけの汗ばみ。

 雑に脱いだ作業着が腰から垂れている。


「どういう武器が好みだ?」

「好みというほど使ってないんだよなぁ。現状一番使ってるのは短剣、次点で直剣でその次が槍。武器ではないけど殴って蹴ってもすることはある」

「これはどうだ?」

「棒かぁ。確かに打撃武器は持っておいて損はないけど槍の技術の流用でイケるか? てか槍の技術も雑だし……」


(ゲームじゃないけどゲームみたいに攻撃の相性があるんだよなぁ。

 まあそれは前の現実でも同じか。

 ダイヤモンドを斬ってもロクに傷つかないけど金槌を振り下ろせば簡単に砕ける、みたいに。)


 握りに大きな差はない。

 今使っている武器より少し太い程度。そもそもが数種使っていて一部汎用品があるため大きさがヒイラギ用ではないため関係なく。

 少し面白そうにその黒い棒を眺めていた。


「ただの棒じゃない分解と連結ができる。一つなら短剣と直剣と棍棒、二つなら長直剣、三つなら槍と鎌と戦槌になる」

「棒が?」

「見ればわかる」


 そういうと、ペトラは分解した一節の棒に魔力を込める。

 すると棒に武装強化の光がまとわりつき、その光は刃を形作った。


「鍛冶師なのに武装強化の魔力制御上手いな」

「これはな、武装強化の形状を自動で変えるんだ」

「自動で!?」

「ああ。魔力を流すと内部の回路が流れを整えてそれぞれの形状にする」


 短剣。そして直剣、棍棒と。所要時間をほとんど必要とせずにその姿を変える。

 二節にするとその光も伸び、三節にすると光は縮み槍の刃に、大鎌の刃に、戦槌の平面と鉤に。

 また、連結自体も構造ではなく魔術的なモノであるため手間が掛からず、触れさせるだけで強固な接続が行われる。


「さっ、触っても良いか!?」

「良いぞ」

「ふ、ふぉおおおおっ……」


 内部で伸びる回路。

 魔力を流し、朧げな輪郭を掴み、進路を切り替える。

 そうすることによって光の形が変わる。と同時にペトラの実力も少し判明した。

 実際に触ることによってわかったこと。

 回路の切り替えは少し難しく、ヒイラギの操作力では少し時間差が生まれてしまう。

 だがペトラはスラスラと切り替えられていた。

 彼女は武装強化の魔力制御が上手いと言われたときに武器の性能だと答えたが、実際のところ彼女自身の魔力制御はヒイラギを上回っている。


「これください!」

「七〇〇〇アスターだ」

「かっ、買うぞぉ」


 所持金の多くの割合を対価にするという額面に刹那の戸惑いと余韻はありつつも購入を決断。

 より一層の稼ぎを意識に入れつつ新たな武器を手に入れた。


氏名うじなは『虚刃連杖うつろばれんじょう』、字名あざなは『焔鏡ほむらかがみ』。武器は壊れるモンだ、好きに使って良いが最低限手入れはしてくれ。内部はガワ以上に硬く組んだが調子が悪くなりゃ整備に出してくれ。他の街で整備したいならプロミネンス工房に出せば姑息程度にはできるはずだ」

「焔鏡……なんでその名前なんだ?」

「鍛錬中に調整を間違えちまってよ。中々熱の入りが悪かったんだよ」

「炎を弾いたってことか?」

「ああ。燃料が高いからってケチったのがちょっとマズかったなー」


 炎を弾く。

 武器として使うことを考えればそれは長所のように感じるが、熱に応じて繊細に鎚を振るう鍛冶師としては普段と勝手が異なるのは面倒でしかない。

 ペトラの実力によってその炎を弾くという特性は武器性能に影響を及ぼさなかったものの、失敗をしたという事実は彼女に苦悶の表情を呼び起こさせるには充分だった。


「燃料費上がってんのか?」

「そうだな、燃料は全体的に値上がりしてるな。その中でも特に鍛冶やらに使う粉末魔石燃料っつーちょい特殊な燃料が一番上がってる」

「ん~、武器とかの流通量が伸びてるんだな~。仕事が増えて費用が上がるのって前と比べてどうなんだ? 薄利多売になって……でも武器は大量生産できるモンじゃないし仕事が積み上がるだけか?」

「別に仕事は大して変わってねーよ。この街の中でも、輸出分もほぼ変化なしだ」

「じゃあなんで燃料費上がってるんだ? 単純に材料不足?」

「なんじゃねーのか? しっかりしろよな開拓兵」

「が、頑張るぜぇ……」




「大鎌なぁ、ゲームで見る分にゃカッケーんだけどいざ自分が使うとやりづれぇな。振り下ろすと斬るじゃなくて刺すだし、横薙ぎも結局は叩くみたいになって、全身使えば辛うじて斬れなくはないけど無駄が多い……ロマン武器は所詮ロマンかぁ」


 操作しやすいように持つと距離が縮む、距離を選ぶと操作感が落ちる。

 なんか、こういうツルハシみたいな武器あるよな~。

 戦槌の一種で。憶えてないけど。


「ざっと試してしっくり来たのは直剣と槍、次点で短剣と長直剣か。戦槌と棍棒は慣れ次第、鎌はかなり限定的ってトコだな」


 基礎能力として刃をつけずに全体に纏わせる棒状態で振り回せるし、戦槌と棍棒合わせて練習するか。

 長物苦手なんだよなぁ。武器を動かしつつ全身も稼働させるって地味にムズイっていうか。


「もうなんか……疲れた。休も」


 体温上がり過ぎて頭ボーっとする……。

 冷まさないと。ついでに腹減ったな。


「適当に塩焼きの肉の定食、あと常温の水」


 どうせだし勉強するか。

 ……この収納機能さっさと一般化してくんないかな。いちいちカバンから取り出してるふりするのメンドクセェ。

 もしくはカバンに収納機能つけて。そしたらカバンから普通に取り出すだけで誤魔化す必要ないから。


「――すまない。その本を少し見せてくれないかね?」

「んぉ? 魔術種エルフ……いいぞ」


 勉強熱心なのかね。わざわざ人の読んでる本が気になるなんて。

 別に珍しい本じゃないよな? 結構有名な人間が書いた本だし、これ自体はそこらの書店で見た記憶あるし。

 ……この街の書店そのうち見に行くか。


「ふむ……」


 ……ガチめに読む気? あ、終わった?


「貴公、これはどこで手に入れたのだ?」

「どこ? これ自体は知り合いに借りてる本だな。この題名の本が買いたいならそこらの本屋で。少なくともルートヴィヒとゼーフルスでは見たぞ」

「一般流通している本か……早速手掛かりが見つかったと思ったのだがな」

「?」


 手掛かり?

 一般流通じゃダメってどゆこった?

 本……著者ではなく写本職人が重要?

 写本……筆跡……なんのために?


「ああ、すまないな。私はヘルベルト。ヘルベルト・ホルシュタインだ」

「……そうか」


 ホルシュタイン?

 ……どっかで聞き覚え? 見覚え? があるな。

 わかんねー、乳牛かよ。

 …………あ、この本の著者だ。

 家名が一緒ってことは何かしらの因縁持ちか?


「訳を話すと私は人探しをしていてな、その本の書き方に憶えがあったから少し手間を掛けさせて貰ったのだ」

「なるほどね」

「その人物は――」

「お待たせしました~」

「――……ふっ」

「あ~、すまん、なんか言おうとしてたな」


 肉うまそー。

 食って良い? 食うぞ? てかあくまでそっちの都合だし食って良いよな、うん。あ、君も飯食う? そう。

 いっただっきまーす。


「その著者を見かけたら教えて欲しい。その際はギルドに書き置きをしてくれれば構わない」

「ふ~ん。まあその程度ならいいけど。……魔術種エルフって基本結界に引きこもってるって聞くけどヘルベルトはその人見つけるために出てきた感じ?」

「そうだ。それがどうかしたのか?」

「わざわざご苦労なことだ、って思っただけ」

「全くだ。何十年も前に去った方を探すとは無意味に決まっている。見つかる可能性がないし仮に見つかったとて帰る気がないのは明白だ」

「ははは、そりゃそうだ」


 帰る気あったらそのン十年の間に帰ってるべ。

 まあそうであってもそのいなくなった奴を必要としてる状況なんだろうけど。


「研究好きだろうに大変だねぇ……」

「クフ、安定した環境で研究ができないのは確かに大変だが外だからこそ得れる知見もある。仕事である以上は探しはするがどうせ見つからないのだ、適当に二〇年程度こちらで過ごしてから帰るとするとも」

「思考期間がなげー。流石長命種。結界内は時間経過もズレてるから感覚が違いすぎるー」


 ま、楽しめるならいっか。


「じゃ、ゆっくりしていってね! と、この国どころかこの世界出身じゃない俺が言っとくわ」

「ほう! 貴公は異界の者か。それはとても興味深い! 是非調べたいものだよ」

「あ~、こっちに来て三週間は経つからもう既にこっちに馴染んでるぞ。そもそもが異世界から転移したとはいえ肉体的にはこっち産だし」

「ほう?」

「あ~、簡単に言うとだな……保存則ってわかるか?」

「当然だ。物質量や魔力と引き起こされる現象の等価性くらい知っているとも」

「それを世界単位で考えてくれ。例えば俺の皿とヘルベルトの皿にはそれぞれ料理が載ってる。これを皿の限界100としよう。俺の身に起こったのは俺の皿の料理がヘルベルトの皿に移動したようなもの。さて、どうなる?」

「私の皿が限界の100だというのなら――料理きみは零れ落ちるだろうな」

「そして、逆にこの転移が繰り返し続けたとしたら俺の塩焼肉定食せかいはスッカラカンになって定食ではなくただの皿になっちまう」

「こちらは膨張によって崩壊、そちらは虚無によって崩壊。そう言うワケか」

「それを防ぐための世界同士の取り決めというべきか、そういう物理法則があって。それが転移の際は転移先で肉体が再構築される、というモンらしい。正確な証明はまだらしいが、まあ転移直後の俺の肉体を調べた奴曰くそうらしい。なんでもこっちの世界と元の世界は素粒子が異なるのに俺の肉体の構成はこっちの仕組みで出来てたんだとよ。ついでに俺のいたとこの人間は心臓部に魔石も、ましてや魔術回路もなかったのにこっちに来たら初期段階で出来てたってさ」

「……ふむ? つまり現状貴公はこちらの普人種と大差ないということかね?」

「おう。俺自身の方はまだないからわからんけど過去の転移者はこっちの人間と結婚して子どももできたらしいし、種の壁的なのはなさそう」

「つまらんな」


 おう、お前俺を生物学的にも孤独にするつもりか?

 な、なんて奴だ。人の心とかないんか?


「まあ折角だ。正常な時間経過で成熟しなかった魔石から生み出される魔力というモノが少し気になる。この魔石に込めてくれ」

「ま、それくらいなら良いぜー。……あぁ、容量おっきぃ……」

「特製なのだ、当然だとも」

「スゲーなー」


 精製した魔石に魔力込めたことは一回だけあるけどあんなに容量……身近にもっと容量ある魔石存在してたー。

 なんなら指に嵌まってるー。


「ヘルベルトはしばらくこっちにいるのか?」

「数週間はいる予定だ」

「俺は一ヶ月くらいの予定。じゃ、その間仲良くしましょーや」

「ああ、こちらこそ頼む」

「俺ぁ訓練戻るわ」

「頑張るといい」

「おう」




――――後書き――――

ペトラ・プロミネンス:28歳 身長二〇七 種族未成立 分類は普人種

           鋭い眼つき、結膜部分が黒、角膜や虹彩は紫

           ガタイが良く、鍛冶で失敗続きの時は山に登って素手で岩を破壊する剛力さん

           稀に擬態中のモンスターをそのまま殺すことがある(擬態中は空腹時以外攻撃を受けるまで擬態を続ける。一撃で死ぬ)


ヘルベルト・ホルシュタイン:73歳(見た目は20ほど) 身長一八二 魔術種

              赤毛の長髪を一つに後ろで束ねている イケメン 強い

              どれくらい強いかと言えば結界内の騎士の家系でそこの次期当主筆頭(ただし本人は脳筋寄りで戦いたいだけの人。守るとかそこまで興味ない。そもそも結界が破られたこと自体結界を張ってからない)

              無駄と感じた仕事に不満を感じ、そのまま口にすら出すが仕事に掛かるとなんだかんだちゃんとする真面目     

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