第22話 多様な魔術方式の等号

――――前書き――――

お勉強回

読まなくてもストーリー的には支障はない。はず……




――――――――




「ノースミナスに行く前の復習。魔導編だァ」

「はぁい! よろしくおねがいしますマユゲせんせー!」

「うるせェ」

「はぁぃ……」


 出された黒塗りの大板はヒイラギの知る黒板に似ている。

 そしてマユゲはそこを指先でなぞることで文字などを書く。


「魔導ってのはまずなンだ?」

魔力マナを消費して現象を引き起こす科学です」

「七〇。魔力マナだけじゃねェ、魔素ミストもだ。ついでに言えば観測されてねェが存在するって言われてる魔素粒子エーテルもやり方によっちゃ現象を引き起こす。そもそも魔素ミストなンかによる地形形成も広義じゃ魔導だ」

「地形も魔導が関わってるんですか?」


 ヒイラギの認識では地形は風化浸食運搬堆積やプレートの作用などによるモノ。

 いくら魔術がこの世界の科学の一つと理解していてもそこと地形が結びつきはしない。

 以前の常識を破壊するような力であっても人の力で地図が書き換えられたことは未だかつてないのだ。


「わかりやすいので言えば『浮遊大陸』。実際にはああいう浮いた場所ってのは浮遊大陸だけじゃねェ。他にも『上る滝』だのもある」

「ああいうのも地形――というか地理? として数えるのか」

「高濃度の魔は植物の発育が促進されたりその逆もある。常に突風が吹きゃ無風の場所もある。高濃度の魔そのものが土地を風化させることもあるし逆に地滑りで崩れた地形が一日で巻き戻るみてェに元通りになるなンてこともある」

「地形の再生?! は~、すっごい……」


 龍壁山脈がその一例だ。

 全体がそうというワケではないが、北西部の山脈地帯は最も地形再生力が凄まじく、木々も全てが戻るワケではないにしても目に見える速度で修復が行われる。

 龍壁山脈端。南東の海へと繋がる場所。

 そこでは緩やかに再生が行われており、海蝕でも山脈が崩壊しない。


「話を戻して、この魔導を大きく二つに分けてみろ」

「え~っと、重力鉱晶グラヴァイトみたいな物性によって引き起こる『魔象ましょう』と、人の手で再現可能な『魔律』?」

「五〇。物性限定じゃねェ、地形形成なンかも魔象だ。んで魔が絡むことで人為的に引き起こせて再現可能なのが魔律、だから錬金術もこれに入る」

「最近錬金術の本を読んでるんですけど結構法則性が内容に思います! アレの再現性ってどこですか?!」

「錬金術はオマエの認識してる化学に近いことやってンぞ。材料の形を変えて、材料を入れる順番を変えて、色んな条件で錬金することで結果を変える。同じ鉄と酸素でもやり方で黒錆にも赤錆にもなる、ってなァ」

「なるほどぉ」


 錬金術が実在すると初めて聞いた時にヒイラギが思い浮かべたのはゲームのようなもの。

 素材の組み合わせで全く異なるアイテムを生み出すシステム。

 だが実在の錬金術はそうではなく、一つの化学。

 分解、結合、そういった化学反応のようなものでしかない。


「さて、全部話すと時間が足りねェうえにそもそもオマエは馬鹿だからそこまで勉強できてねェ。ってことで今回やるのは魔術系統の復習と軽い学習だァ」

「はぁいッ!」

「魔術にはどういうのがある? 言ってみろ」

「え~、人体に宿った魔術回路を介して発動する『生体回路魔術』。魔術陣や魔術刻印魔術紋様で発動する『構造回路魔術』。脳内で膨大な情報を処理して一から組み立てて発動する『構築式魔術』。……です!」

「言ってる部分は合ってる。それ以外にも未発展の文やとして、音に魔力を乗せて発動する『音響式魔術』。音響式魔術と生体回路魔術の複合として『発声式魔術』。生体回路魔術の一部だが一つの分野として発展しつつある『手組法魔術』。神星教が開発した構造回路魔術の派生として『宙描型術陣式魔術』。がある」

「???」

「……オレもまだ詳しくはねェが、大体こンなもンだ」


 マユゲはそのか細い喉に指先を当て、喉を内と外から整えることで魔術発動を準備。


「ン゙ンっ――【ザグスポルク】」


 火花のような微かな火。

 拳大ほどに拡散し、薄らぐ。

 完全な球となって丸みを帯びる。

 一瞬の停止。

 球が捻じれ、円柱に。

 風が靡き、火炎放射。


「次」


 反転させた二指同士を絡め、離すことなく順転のまま人差し指同士と中指同士の腹を強く合わせる。

 指の腹同士は離さないまま人差し指と中指の距離を離し、今度は親指同士を合わせ、人差し指と中指を離す。

 掌が向かい合い親指のみが合わさった状態。そこから手を捻じり反転、親指を滑らせ、そのまま横にずらし掌が合わさり、さらにそのまま。

 指同士が――小指と人差し指、薬指と中指の四対八指が触れあったまま曲がり、列車連結のように噛み合う。

 そして指先が合わさる位置に両親指がねじ込まれ、親指のその先が合わさったことで手が解かれ親指のみが触れあった状態に。

 反転状態の親指は手ごと捻られ、バレーのトスのような形で掌が前に向く。

 と、同時に【ザグスポルク】と全く同じ魔術が発動した。


「最後」


 上げられた両手の片方が下がり、右腕のみが突き出される。

 緩やかに魔力が流れ、血流のように指先へ向かい引き返すはずの魔力が何故か体外へ漏出。

 だがその制御は失わないままに光を帯びて宙を進み、一つの円を描く。

 円が一つ描き終えると内部に向かって短く等間隔の十二本の線が進み、その内部に少し縮小した円が再び描かれた。

 そうして生まれた十二の枠に複雑な模様。

 それを描き終えるとさらに二つ目の円の内部に円と接する正五芒星が描かれる。

 描かれた五芒星の中心。生まれた正五角形の内部に記号や文字に見える複雑な模様が描かれ、それが最後だと示すように魔術陣が輝いた。

 放たれたのはやはり【ザグスポルク】。


「それぞれの手法で全く同じ魔術を使えばこォだなァ」

「――すっげ……」


 同じ魔術。

 その言葉通り、放たれた魔術たちは全て全く同じだった。

 大気中の魔の影響で散った火の残滓こそ僅かに違ったがそれは起こした事象そのものは全く同じと言っても過言ではない。

 そして『全く同じ魔術』の難度をヒイラギは知っていた。

 魔術の発動とは手作業で作品を作るようなモノ。発動した魔術それぞれでほんの僅かな違いが存在する。

 それは自作フィギュアで例えれば、服のシワの作り込みや姿勢の微妙な差、着色の具合、総重量。

 そういった違いが生まれるのだが。それを完璧に調整している。


「それぞれの長所短所があるンだが――今のオマエに勧めるとしたら手組法だなァ。意識の集中の上達にも繋がるし魔力操作も魔力感覚も鍛えられる。つってもオレとしちゃまず今使ってる魔術方式を鍛えろって言いたいンだがなァ」

「色々長所があるみたいですけどダメなんですか~?」

「あァ。まず今オマエが習練してるのは生体回路魔術と構築式魔術。そこが中途半端になるのがちィと面倒だ。二つならどっちも五まで鍛えられるとして、三つに増えりゃ三か四になっちまう」

「熟練度の問題かぁ……」

「加えて、手組法は訓練すりゃ今言った内容が磨けるンだがァ……如何せン時間が掛かる。オマエ、生体回路魔術の発動理屈を基礎段階の知識で説明してみろ」

「んと。想像を核に、体内の魔術回路の特性でそれを増幅、魔術として事象発動する――ですっけ?」

「おおよそ合ってる。大体が腕だの胸だのに通ってるデカい魔術回路といくつかの細かい回路を組み合わせて魔術を発動してる。魔術回路に魔力を流してそこで生まれた魔力の流れで作用を生み出すワケだなァ」

「はい」

「それに対して手組法ってのァ掌やら指先の細かい魔術回路をその時々で疑似接続と解除を繰り返して魔術を構築してる。魔術回路は個々人によって全然ちげェから手組法が定型化されてねェ。……まァそもそも手組法自体一般的じゃねェンだが」

「あ~、人によって使える魔術とか違いますもんね~」


 魔術難度と魔術行使の可不可。

 それはゲームと違う。

 低級の火系魔術が使えないにもかかわらず中級や上級分類の火系魔術が使える、という人間が珍しくない。

 もちろん、魔術の扱いは上級に上がるほど難度も上がるため低級が使えず習練が足りない人間が理論上は上級魔術を使えるからと言って成功するという話ではないが。


「手の中で魔力の減速加速停止、魔術回路の疑似接続なンかを事細かにやらなきゃなンねェ上に自分自身で魔術回路の組み合わせを見つける必要のある手組法は時間と知能と相性が必要なンだよ」

「へ~。ホントだぁ、魔力無駄に消費するだけだ」

「下手にイジっと暴発すっから魔力は抑えとけよォ」

「わかりまし――あ、でけた。よくわからんけど」


 できないだろうと考えつつなんとはなしに二次元しゅみからの興味で憶えていたうろ覚えの印相を組み合わせて試しているとそのうちの一つが偶然にも形状として一部正解だったらしく、来迎印らいごういんの形をした左手の中指と触地印そくちいんの形をした右手人差し指の組み合わせによって宙に水が生み出され、落ちる。


「……イヤン、お漏らしみたい」

「……」

「ついでに便所行ってきまーす。ホントにお漏らししちゃーう」

「……意外と相性良い、のかァ? 試した記憶ねェからわかンねェな」




「たでーまー」

「おゥ、戻ってくるまでの間で簡単にだが手組法の基礎理論といくつかの仮説を纏めておいた、今度気が向いたら読め。一応軽く査読して信憑性が高そうなのを選んだが未解明な部分の多い分野だ、アテにはすンな」

「おっ、ありがてぇ」

「でだ、オマエが最近鍛えてる中で成長実感がなかったり理解が曖昧なのはなンだ?」

「ん~、そうねぇ……生体回路魔術の効果範囲かねぇ? 今の初期範囲から伸ばせないのよ、ほんの一瞬だけなら拡張できるんだけどね」

「やっぱそこか」

「?」

「なンでもねェ」


 見越していたとばかりのマユゲは特に驚きも何もせず、ヒイラギに効果範囲拡張の手ほどきをしようと準備をする。

 その手に握られているのは粘度の高い僅かに黄色がかった液体と模様の入った手袋。


「コレ上半身に塗って手袋着けろ」

「? ――って、いきなり脱ぐなビックリするわ」

「服が汚れるのが嫌ならオマエも服脱げよ」

「うぃ」


 粘液を塗る。

 するとヒイラギの身体を一つの感覚が襲った。

 それは例えるなら蒸し風呂で汗を掻いた後の水風呂のような、全身の熱が抜けるような。

 その感覚は魔力が体表へと移動する感覚。


「うぉぉ、変な感じぃ……」

「ンじゃ、こっち向け」


 呼びかけに応じてマユゲの方を向くヒイラギ。

 その格好は白衣などを脱いだ下着タンクトップ

 厚めの素材ゆえに透けはしないが液体によって身体に貼りつき、煽情的だった。


「――」

「密着状態で手を背中に回して魔力を軽く手に集める。あとはこっちで先導すっから同じようにしろ」

「ぁぃ……」


 向かい合った状態で抱きしめ合い、マユゲの両手がヒイラギの背に、ヒイラギの両手が下着のうちに潜ってマユゲの背に触れる。

 そしてヒイラギは静かに泣いていた。


「どォしたよ……」

「……こんな、こんなよぉ……美女と抱き合って、なんなら胸が触れてる感覚もバッチリあるのにさぁっ、勃たない俺って男としてホントおかしいんだなって!」

「理解してねぇだけで性欲はあるだろ、オマエ。てかこンな状況で勃起されてもこっちが困るわ」

「……サーセン……」


 話しつつも背を魔力が駆ける。

 這うようにして背に伸び、沁み込むように緩やかに体内にも混入。体内を虫が蠢くような怖気から無意識に拒絶。

 その直前でマユゲの手がヒイラギの頭にそっと触れられた。

 脚に乗る体勢。間近で見つめ合っていた距離が縮まり、頬が触れあい。

 意識が肉体に近づく。


「そう。そのままだ」

「ぁ……」


 一度受け入れると直前までの感覚が嘘のように。

 まるで湯船に浸かったような熱が髄から広がっていた。

 絡む魔力が一歩ずつ、確かに歩を進めるように魔術回路を奔る。

 胸に。魔石に。

 血に溶けた魔力が先んじて全身に広がる。数瞬遅れで緩やかな魔力が指先まで到達し、集束し、滲み出すように指先から離れる。


「わかるか? 肉体と魔覚の乖離。これが魔術回路の範囲拡大の第一段階だ」

「ああ。わかるよ」

「まずはこの感覚を憶えろ。魔力を広げる感覚。できるだろ。探知と同じだ」

「そうだったのか。……そうだな」


 指先から離れた魔力は発散するように、空いた手の指先から下りる。

 見えない床が知覚できた。


「ほら、オマエもやってみろ」

「あ、ああ」


 腕へ流れる魔力を操作し、マユゲの背に、同じように。

 広がり、沁み込み、スルリと髄に踏み込む。

 マユゲの魔術回路に入り込んだヒイラギの魔力はその魔術回路の形状を知覚させる。

 複雑怪奇。

 文字通り、次元が違った。

 特異な魔術回路は、その構造はヒイラギよりも高次。

 積分すればその図が複雑になるように、マユゲの魔術回路は異常なほど。ヒイラギは自身とは圧倒的にかけ離れた情報量に思考が打ち切られる。


「ぁ――――――」

「――その辺りか」

「――――」


 書類に刻まれた数値を見るような無感情な目で。

 けれどヒイラギ自身は確かに見ている眼差しで。

 何かを確かめるマユゲの呟きは情報過多で思考を失ったヒイラギには届かない。


「戻って来い」

「――っぁッ!?」


 思考の停止はマユゲによって密かに仕組まれた誘導。

 その誘導を少し引き返した辺りから捻じ曲げ、魔術回路の次元数を引き下げた。


「なんなんだろう今の……空間が歪んだ? 超立方体を強制的に知覚させられたみたいな……」

「今のオマエには早いってことだなァ」

「んぉ?」

「まァ、今のでわかっただろ」

「な、んとなく?」

「やり方はオマエには二つだ。一つゥ、魔術回路を疑似複製して拡張する『複写法』。一つ、存在する魔術回路をそのまま引き伸ばす『縮尺法』。魔力操作の精度から考えて後者が賢明だなァ」

「――……体内の魔術回路を知覚して、再現。で良いんだよな?」

「ン? あァ」


 少し考えた後、確認。

 答えを聞き、ヒイラギは右腕に流れる魔力を増やし、知覚を強めた。


「うし」

「なるほどなァ。【洗脳】を使って自分の知覚を強制的に引き出す。そこに本人の記憶力も想像力も介在しない。直感での認識をそのまま、ってかァ?」

「意外とイケんね。後はこの【洗脳】の程度を少しずつ弱めて意識を強めて肉体に感覚を叩き込んで自力再現するだけぇ」

「オマエ、力の使い方意外と上手いよなァ」

「褒められた……嬉し。……まぁ、お前のお陰だよ。【洗脳じぶん】を受け入れられたからな」

「はッ。そォかよ」


 声音が態度では下らないとばかりに笑うがその口端は少し上がっていた。

 細やかな自己肯定感の向上を喜び、同時に幾分かの気恥ずかしさを抱えながら最後に少し強く抱きしめ、二人は抱擁を解く。




――――後書き――――

ヒイラギ マユゲ

ヒ:ぅあ!?

マ:ァ~……言い忘れてたけどなァ、現状は回路の複製と組み合わせだけにしておけ

ヒ:な、なんで?

マ:複製っつっても正確にはこの技術は元々ある魔術回路を次元の跨ぎで利用してるだけだからなァ。例えば100の太さの魔術回路を110の太さに拡張しようとすりゃ負荷が掛かる

ヒ:なるほど……(音楽記号のダ・カーポとかダルセーニョ、コーダみたいな感じか?)

マ:あ~……現段階の認識としてはそれが近いな

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