第21話 流転、集束、次元、積分

「なんとか終わったぜぃ……」

「お疲れ」

「纏めた紙は隣に置いてあるから。……保管のために隣の家まで買ってるのはスゲーけどさ、流石に掃除なり除湿なりしろよ、カビるぞ? あと床抜ける」

「手間がかかる……」

「魔道具でどうにかしろよ」

「どうやって……」

「あ~? ……例えばこういう空気循環と冷却の回路を組んで――」

「魔力……」

「あ~、この形だと消費魔力量が自給じゃ足りなくなるから魔術紋様じゃなくて魔術刻印になるのか……」

「そう」

「なら単純に空気中の水分の凝縮――は効果範囲の設定上回路がデカくなって消費量が上がるか。物性利用なら可能性が」

「素材がない」

「オッフ」


 魔道具にも色々種類が存在する。

 歴史の浅い魔道具という分野は未だ発展途上。

 基礎理論すら不完全。

 そんな状態ながらいくつか突き止められ、利用されている方式がある。

 その一つが物性利用というモンスターの素材などに宿った性質をそのまま流用する実に大雑把なモノ。

 世の科学者たちとしては鉄塊を鍛えて武器にするのではなく鉄塊のまま殴りかかる蛮行とされていて、嫌われつつもどうにか人為的に再現できないかと主な研究対象の一つでもある。


「あ~、水を集めるのって海悪魔の三叉槍こういうのくらいしかパッと思いつかんな」

「ン゙ッッ」


 海悪魔サハギンの三叉槍を背負っていた武器袋から取り出す――と見せかけて指輪空間から取り出した。

 ちなみにこれは二本目である。

 ゼーフルスでの活動中、運が良いのかなんなのか、二本目を入手していて、一本目は研究用にマユゲの手へと。

 そして奪って使っていたからとそのまま使おうとしたが、魔力を纏わせると槍全体が酷く濡れるため用なしだった。


「あン? どったよ、欲しーのか?」

「すごく……」

「どうすっか」

「頂戴? なんでもするから」

「ん? 今なんでもするって――んじゃ、なんか良い感じの魔道具くれ」


 今更ながらに目の前の人物が魔道具も扱っていることを思い出したヒイラギは自分が使えそうなモノはないかと要求する。

 錬金術の成果品ということも考えたが錬金術で生み出したモノはその多くが消耗品や素材であり長期使用やそもそも使用に適さないことを考慮し、初めから出来上がっているモノの方が良いと魔道具を選択した。


「出せる範囲で良い?」

「まあ、そっちが釣り合うと判断できる範囲でなら。そっちは研究成果で生計立ててるワケだしな」

「じゃあ、これ……」

「黒……紫紺の板? 魔術紋様入り? 刻印か」

重力鉱晶グラヴァイト――重力金属グラヴィウムを基にいくつかの素材を組み合わせて作った反重力子板アンチグラヴィトンパネル。紋様と刻印どっちも使ってる」

「どう使うワケ?」

「……こう?」


 回路が光る。

 スマホの四分の一程度だった板が増殖、大きな一枚板に。

 板は反重力という言葉のつく通り宙に浮いていた。

 そしてそこにエリナが乗る。板は宙に浮いたまま、一瞬僅かに沈みこそしたが動かない。


「増えた」

鏡面虚現金属ミラーマテリアリウムを使ってる。魔力で一時的に具象化できる」

「マジか……これって完全同一のしか出来ない感じ?」

「維持する魔力があれば一応一時収納は出来る。ちょっとだけ……」

「維持魔力は?」

「いっぱい」

「具体的に」

「鉄の塊一キロの維持に下級の土生成系統魔術10くらい」

「死……それは一日当たり?」

「一時間」

「干乾びるわ!?」


 魔術の訓練では想像がしやすいとしてゲームのように火・風・水・土の四種で行われることが多い。

 その際、消費する魔力は火が最も少なく、土が最も多い。

 初心者かつ魔力量が平均値未満では土生成が行えないほど。

 土生成とはそれだけ魔力消費量が大きく、低級分類よりも更に規模も工程も増加した下級相当で10というのは燃費が悪いどころの話ではなかった。


「面白そうだけど……改造しようにも回路がほとんどわからんて。ここが相対位置固定、ここが……なんだこれ、導線がこうで……魔力深度が二に移行、多層構造かこれ。――で、境界部分に魔系遮断を入れて影響を抑えて薄くして、どうなってんだこれ。繋がってないのに繋がってる?」

「まだ知識はそこ? ……物性利用で高次元に疑似回路を組める」

「おっとぉ? 知らん概念、勉強不足でした」


 歴史は200~300年程度。

 だが常に敵との対抗策として研究され続けてきた魔道具という学問分野。

 数多の賢者たちが蟲毒のように研鑽に身を置き、発展してきた。

 学問として纏められているとはいえ来て二週間程度のヒイラギは基礎すら未熟だった。


「でもずっと欲しかったものをこの辺りと引き換えは合わない……」

「や、別に気にせんでもろて」

「とりあえずこの二つとその資料あげる」

「お、それはどうも……じゃなくて、別に――」

「割に合わないから今後色々渡せるなら渡す。たまに顔を出すと良い。……ついでに掃除して」

「おい。……ま、くれるってんなら貰うけどよ」


 貰ったのは反重力子板アンチグラヴィトンパネルとその資料。

 そして剣の意匠が施された手首に付ける腕輪と資料。

 鏡色に輝く腕輪に魔力を流すと手元に短剣が生み出される。

 反重力子板アンチグラヴィトンパネルに載せて遠くへ送ると一定距離を超えたところで指輪から肉体にほんの僅かな魔力が返され、少ししてから載せていた短剣が消失。


「これは……鏡面虚現金属ミラーマテリアリウムの内部に基礎構造を封入して魔力を流すことで魔力を核に物質の一時再現をしてるって感じ?」

「そう」

「最低限の攻撃力と持続力……うん、良いねこれ。最ッ高」

「もっと褒める」

「エリナ様バンザーイ」

「わー」


 ケラケラと笑いながら両手を掲げるヒイラギ。

 それに合わせて無表情のまま両手を掲げるエリナ。

 表情を変えてニヤと笑うヒイラギの腕の動きに合わせてエリナも腕を動かし、二人は両手を叩き合わせる。


「良さげなモンも貰ったし、一か月後に遠出から帰った時にでもまた顔見せるよ」

「待ってる」

「んじゃ、散らかさないよう、精々気を付けろ」

「……」

「おいっ」




「たでーま」

「……あァ」

「どったの?」

「……なンでもねェ」

「別に気にせんでいいゾイ。俺で良いなら聞くぜ?」

「……じゃァ、頼むか」


 戻るとそこにはいつも通りマユゲがいた。

 だが普段とは様子が違った。

 思案に耽って生返事を返すことは多々あったがそれとは少し違う。


「経験則で結末まで全部わかってる一本の道がある。だがその結末ってのは望んでる結末じゃねェ」

「実験で失敗したのか。なるほどね?」

「始点から終点までの過程、何がどうなってるのかもおおよそわかる」

「うん」

「だが道から外れるとどうなるのかわかンねェンだ」

「経験則が通じないからな。そんなの色々試――あ~……一回の実験に多大な消費があるってことか」

「どうすりゃ良いと思う?」

「まぁ、低知能な回答で悪いが開始地点から結果のわかってる望まない結末と結果のわからない望む結末の公約数を見つけ出して最低限そこをなぞって予測可能な範囲で進行を誘導しつつそれぞれの中継地点までの短期予測を綿密に進めるしかねーんじゃねえの?」

「……」

「アレだ。あの~、遠出の感覚と一緒だ。行ったことない目的地までの道を全て憶えるのは無理だけどさ、どの曲がり路で曲がれば良いかとかは大体覚えられるじゃん? でもアレか、それって目的地までの地図がある前提だから地図がないマユゲの状況じゃ無理かぁ……」

「そォだな、馬鹿みてェな例えだ」

「ヒッデェな。ま、なんだ。失敗含めて人生だろ、最期まで結果受け入れて生きりゃ良いだろ」

「……はァ~……。オマエがそォいうのなンてわかりきったことだったのにな」

「思考の単純な男でわるぅござんしたね」


 自らに冷笑する。

 そんな態度にマユゲはクックックと嘲笑った。


「オマエはほンと人生楽しそうだなァ」

「ま、前の世界の面倒なしがらみから解放されましたし」

「……そォ、だな。オマエは余計な面倒はナシで、彩り程度の面倒がある程度の方が合ってるよ」

「? 珍しいな、現実主義者よりのお前がそんな希望的観測でいるなんて」

「たった今さっき考えすぎンなって言ったのはオマエだろ?」

「それもそっか。うん、そんな人生なら嬉しいな」




――――後書き――――


ヒイラギ 男 年齢17 身長167

 無意識に本音を隠すことがある 基本的には思ったことをそのまま口に出す(そこそこ意識的に)が弱みを周囲に見せることを嫌う傾向があり、それが常習的になった結果、本音が自分自身わからないこともある

 楽しいことは素直に楽しむものの、辛いことに対しても虚勢で笑顔を通す癖がある

 嘘を吐くときの癖はもみあげの伸びた毛を指で巻いて弄る(暇つぶしの時もする)、後ろ髪を掻く(居心地が悪い時もする)、閉じた両唇を右手親指で撫でる(口半開きだと思考に没頭・口閉じ下唇のみの場合は高揚状態・人中部分を抑える時は退屈な時)



Q.開拓兵をやっていてどうですか?

A.楽しいな。命懸けて戦って勝つってのは生きてる実感がある、まあ現状一番命の危機感じたのって殺気振りまきの盗賊戦だけど

Q.この国に来て以前と比べて変わったと思うことは?

A.ん~、変わったことか。人間関係、というか他人と関わるのがあまり億劫ではなくなったな

 というと?

 この国の人たちの感覚ってさ、合理の上に感情を乗っけてる感じがするんだよな。まず合理の上で損失を抑えつつ利益を得られる方法を模索して、その後感情が同意する道を選ぶ。感情論じゃない、かといって機械的でもない、合理と情緒の両取りって思考が割と好きなんよ

 普通はそうでは?

 俺居たトコじゃ感情極振りの奴が多かったんだよねぇ。ついでに勝手な気持ちで話す奴らが多かった

 よほど富んだ世界だったんですね

 まあ、だろうな

Q.ヒイラギさんのいた場所では宗教に対する忌避感が強かったと同郷の方々から聞きましたがヒイラギさん自身はどうですか?

A.宗教、ね。個人的には好きにしろって思うかな。それそのものは悪じゃないだろ

Q.他の方々は悪と認識しているようでしたが?

A.宗教は元々その本質は心が不安定な時に超常的な存在に縋ろうってモンだろ。辛いことがある、祈って救いを求める。宗教ってのは心を支える手段の一つでしかない。人間ってのは色んな柱の上に心を置く、友人だったり家族だったり、立場だったり。心が傷ついた時は趣味だったり、食事だったり、色々だな

 そうですね。私も仕事で辛いときは食べる、お風呂に入る等で癒しています。今は遠くにいますが家族も死んでしまえば深く傷つきます

 そんな心の癒しがなかったり、心の柱が何かしらの要因で折れてしまったときに宗教に縋る。けど別にこれは間違ってないことだ。何かに縋るってことは辛い中でもどうにか進もうと足掻いている証拠だろ?

 確かに。縋る意思すら折れていれば動けず死ぬだけですから

 問題があるのは縋られた側だ。望む救いを与えていない。宗教が掲げているのは人々の救済。なら自分たちが縋られる立場であることは二の次。本当に救いたいのなら相手の求める救いを自分たちが与えられない、他に適任者がいると考えた時点で他の宗教を進めれば良い

 実際、そういう手段も宗教間で存在していますしね

 適任者がいなければ自ら救われるまで適度な距離感で支えてあげれば良い。宗教に悪があるとするならそれは運用方法、つまり救済という名で救われる人間を陥れる組織上層部だ。……あ~、要約するとだな、パーティで問題が起きたからってパーティそのものが悪いってことにはならないだろってことだな

 パーティ。つまり集団という存在を悪とすれば国という概念すら悪ですからね

 ま、そういうこった

Q.ではヒイラギさんの友人がいます、救いを求められました。どうしますか?

A.え? 助けるだろ、普通に

 どうしてですか?

 自分で選んで関わってる大事な人間が困ってりゃ、まあ、普通に

Q.では、この国で傷つく人々がいます、助けられました。どうしますか?

A.助ける、けど? 普通に

 どうしてですか?

 まず、俺には仲間がいます。そして俺は仲間の悲しむ姿は不愉快です。どうしますか? そりゃ原因を取っ払うに決まってるだろ。仲間がいる、仲間を護るのは当然、仲間――大事な一個人を形成するのは国だったり街だったりの周辺環境も、お前がさっき言ったのだと遠くにいる家族も、なら大切な奴を護るためにその周囲も護るだろ? んで、大事な奴にも大事な奴がいるから、大事な奴の大事な奴が傷つきゃ俺の大事な奴が悲しむ。俺の大事なモンを護るにゃ繋がった全部を護るのが必要なワケよ

 随分……大きな欲ですね

 別に、俺は大事なモンを傷つけられんのが嫌だからその周囲ごと護りてぇってだけよ。けどまあ、俺は全知全能じゃねえからさ、救いを求められん限りはどうもせんよ。あくまでも俺が中心だから自ら探す気はねえけどよ

Q.最後に。その場合ついでに私も助けていただけるということでしょうか?

A.あン? ハハハッ、フェーニャンは俺の友人だろ? ついでどころか言ってくれりゃ普通に助けてやるよ

 んにゃぁ……せめて最後までギルド職員と開拓兵って関係性を保ちたかったにゃぁ

 ギャハハッ! 素が出ねぇよう必死に『な』を使わないようにしてたのは可愛かったぜ

 はぁ……ま、ヒイラギについて多少にゃりとも知れて良かったよ

 こういう面接なんて初めてだから楽しかったな。じゃあ俺はこれで……そうだ、今度飯食いに行こーぜ

 連日仕事だから夜で良いにゃら私は良いよ~

 じゃ、そういうことで

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