第23話 酒を飲む理由の一つは酔ったという体で話せるトコロ
「明日ノースミナスに向かうのかぁ」
「寂しい?」
「そりゃあ親しくしてるからそうだ
「ふぅん、意外にも肯定されてビックリ」
「
差し込む夜風を気持ちよさそうにしながらフェードロヴァは口元の酒泡を拭う。
「そういう好意的な言葉を面と向かって口にするのが気恥ずかしい、みたいな文化で生きてきたから。俺としては思ったことをそのまま言う系の人間だから面倒だと思ってたけどさ」
「言わ
「そうねぇ。察してくれるとでも思ってんじゃねぇの?」
「生き辛そう
ケラケラと笑い合いながら同時に酒を飲む。
酒精の巡りは頭部が膨らむような感覚を与え、全身に熱を与え、差し込む夜風の冷気がそれを抜いた。
「ヒイラギはどう
「ん~? 好きよ? 皆好き。楽しいから」
「私個人は~?」
「特別好き~。優しいし、楽しいし、俺なんかのためにこうやって私的な時間を浪費してくれるし~」
フワフワとした口調で。
けれど本心からそれを伝える。
「ヒイラギは頑張ってるからね。私、頑張ってる人は好き
身を乗り出し、ポンポンとヒイラギの頭を撫でる。
数瞬の硬直。
ヒイラギは涙ぐんだ。
「うぉおぉぉ、フェーニャンの優しさが沁みるぜぇっ。こ、これが母性か?!」
「
ふざけて添えられた手に頬擦りをするヒイラギと、それを受けて笑いながら頬を抓むフェードロヴァ。
引っ張るような抓みから、次第に揉むような抓みへ。
そして悪戯心の湧いたフェードロヴァは両手でヒイラギの頬を挟み、ムニムニと揺らす。
「
「むふふ、むふふふふぅ」
「お待たせしました、眠り猪の包み蒸しです」
「むふ? ――いただきまーす」
「何故片手は頬に添えたままなのだ……」
「はい、あ~ん」
「あ~、む。……ピリッと美味い。良き良きの良き」
出されたのは大きな葉が小包状になったモノ。
紐で縛られ、紐を解くと中が露わになる。
それは闘龍時代以前、複数存在した国で生まれた料理。
主体となる肉、ハラスと呼ばれる実を主体とした複数種の香辛料、調味料、植物油、僅かな果汁。
それらを材料として蒸したのがこの料理で、正式にはラクナサと呼ぶが本来用いる植物の葉が龍壁山脈外のモノということで現在では単に包み蒸しの一種とされている。
「ホロっとした肉。肉の脂は少ないけど植物油がそれを補ってるのか。獣臭さも香辛料と果汁で長所になっててウマし!」
「幸せそうに食べるね」
「飯は人生の大事なモンですぜぇ? 楽しんで当然っしょ」
「それもそうだね。もっと食え食え~」
「俺が頼んだ料理だけどな」
「
「ぅわはははははッ!」
笑い声は酒場の喧噪に溶ける。
「ははは、はぁ……この際聞くけどさ、フェーニャン的に俺ってどう? 変な意味じゃなくて、開拓兵として」
「
「そなの?」
「経歴不問だと五日くらい、未経験に絞れば一月くらい早いか
「ま、色んな人に教わりましたのでね、流石に早いですわい。ふふっ」
「他人と接するのは怖く
「え?」
成長を確かめる。
そんな表情でフェードロヴァは尋ねた。
不意打つ問いに言葉は出ない。
「そりゃ気づくよ。私の仕事は開拓兵の補助。必要なことをするために
「ぁ…………は、まあ、色んな人のお陰でマシにはなったかな? でも知人は知人、他人は他人って感覚があるから初見相手だとまだ、な」
「うん。簡単には変えられ
「……。いやぁ、にしても仕事の一環で気づかれちゃったかぁ~! 仕事上の付き合いでしかなかったなんて悲しいよぉ」
「んふっ、素直
「あ~はいはい、わかってますよぅ。今俺の目の前には可愛くて優しくて明るくて賢くてとっても素敵なフェーニャンがいますよぉ」
ニヤリと自分を誇示するフェードロヴァとそれに乗って軽口交じりに褒めるヒイラギ。
負に上書きされる視界。その中で握られた手の感触が現実を教える。
浸食された視界の色味が僅かながらに修正された。
「このまま色ん
「心を……」
「ヒイラギの場合は、少ししたら心を開いてそれを拒絶されたら硬く閉じる、って感じだけど」
「――思い当たる節がありますっ……」
「自分を出すのが怖いんじゃ
「……フェーニャンは、受け入れてくれるか?」
「ンフフ~、どうか
「ハッ、その答えで信用できるわ」
無意味に断言しない。
無責任に断定しない。
それはヒイラギにとって一個人として相手をしてもらえているという自信に、適当にあしらわれていないのだという気持ちにさせる要素。
今の状況ならば問題ない。
未来は、未来にならなければわからない。
無責任な放棄ではない。
考えた末の、曖昧さ。
「まずは、ノースミナスで人と交流してくるわ」
「そう! ノースミ
「どったの? 酒が廻って気持ち悪くなった?」
「もし、クアークって
「? なんか、ヤベー奴なのか?」
「横恋慕のクアーク、それがクアークを知る
「――えぇ……」
多少癖が強かろうと受け入れられるこの国で。
他者を悪く言うことが皆無のフェードロヴァが。
明確に敵意を示すクアークという女。
好奇心と恐怖の板挟みでヒイラギは呆れに声を漏らす。
「男、取られた?」
「ッ! ホント今でも許して
「まぁまぁ……落ち着きなされ。ほら、フェーニャンなら良い男いるって」
「別に他の
「浮気がダメって社会で育ったからなぁ……俺としてはそもそも相手がいないし興味もなかったからその文化に無関心だったけど」
「生物的立場を考えたら男は家に
「あ~、うん……。言わんとしてることはわかった。ま、まぁ? ある種クソ男と結婚する前に関係性が消し飛んで、男の方も本気になった結果ポイされたって考えたら、うん。良かった? じゃん」
よほどその男のことが好きだったのだろうと苦笑しつつも関係性の中に秘められた常識的暗黙の了解を反故にする男が最終的に恋人も、それを捨てて得ようとした女も、周囲からの男としての信用も失ったと考えれば精神衛生上はよろしい、と。
だがそれを言ってなお、フェードロヴァは不満げで、度数の高い酒を頼んで到着と同時に一気に呷った。
「別にあの男自体はどうでもいいのっ、けどあの
「あっ……うん……それはイヤ、だな……」
「確かに見た目は良いけどそれだけ! 当時で言えば開拓兵としての実力も信用も私の方が上!」
「えっと……はい。なんというか……ここの代金は俺が出します……」
「それはいい。そもそも『ヒイラギ頑張って』って奢るつもりだったから。……代わりに良い男紹介して~!!」
「この世界に来て二週間。知り合いはいれどそこまで深い関係になってない俺としては出せる男がいないんだけど?」
「最悪ヒイラギでも良い……」
「あっはぁっ、俺は最低基準かぁッ! そりゃそうかぁッ! 収入が不安定なうえに異世界人だから人物像も不明瞭! そもそも収入が上振れ続けても収入で負けてて男として採用外! ――チキショー!! こうなりゃヤケじゃい!」
「私もヤケだ~っ」
改めて自分を査定するとあまりにも論外な価値。
自分のことが無価値にすら思えて涙目で苦手な味の酒を頼んで一気に呷る。負の感情と酒の不味さの相乗効果で吐き気すら催すが全てを
「多情でも構わ
「……無理ぃ、ですかねぇ?」
「……ぅぅっ」
「そもそもとして基本の給料が結構高めなギルド職員の、開拓兵経験あり枠でされてるんだろ……それに勝てる収入ってよっぽどだろ? 安全性と生活、あと龍壁山脈を前線とした戦線の維持に努めてるのが一般的な開拓兵な現状でそれって、フェーニャンより強い云々含めて遠征開拓兵でもなけりゃ……」
「……急に湧いた自由
「な、なんぞ……」
「強くなって結婚して。もしくは誰か有望
「俺は何も聞いてない、俺は何も聞いてない、俺は何も聞いてない。……よし」
「よし?」
無感情な笑みのまま硬直。
酒を三度に分けて飲み干し、記憶を消去したフリをする。
「よ、横恋慕ってことは好きな人がいるって話さなかったら良いんだろ? 大丈夫だろ、流石に初対面で好きな人云々は言わないし、言うとしたら相手の名前は知ってるだろうし」
「そうだね。……
「っぁ~……」
(なんか、フラグが立った気がする……)
「なんだっけ、クアーク?」
「うん」
「一応気ぃつけるわ。その名前聞いたら近寄らない……うん、近寄らないようにする」
「どうしたの?」
「いや~、自分の知らない伝文だけの相手を一方的に遠ざけるのは気が引けるなぁって」
「……大丈夫! 最近の手紙でヒイラギのこと少し書いたから!」
「おい? 個人情報。何書いたよ」
「…………憶えて
「アッハッハッハッハァッ! じゃあ仕方ないな!」
「仕方
「ゥアッハッハッハ!」
その時、注文していた料理が二人の前に届く。
そして二人の心が一致した。
これ、調子に乗って色々注文したけど食べれるかな? 残りの分含めて……。と。
「で、なんの話だっけ?」
「……クアーク?」
「その人そのものの話はしてなかったくない?」
「ノースミ
「あ~……ほとんど
「全くだぁ! ギャハハハハッ」
「勉強した?」
「そこそこ~!」
「そこそこかぁ!」
「そこそこだぁっ」
「あははははっ」
「んははははっ」
中身のない話。
食事の手が止まる。
「そろそろ腹キッツィ」
「が、頑張ろう……」
「フェーニャン……あといくつ?」
「二」
「……量は?」
「このくらい?」
「……む、無理しなさんな。ここは俺に任せて……やっぱつれぇわ」
「本音、言えたじゃん」
「ま、甘いものは別腹だしぃ? ……うん」
「任せた~」
「手伝って……」
「はぁい」
辛うじて主食が食べ終えられ、残すところは二つ。
「お食後……もう少し量を減らすべきだった
「とても、甘い香り……温度を気にしなくて良いのは楽で助かる」
「ゆっくり食べよう」
「さんせー」
届いたのは餡蜜的なもの。
芋の餡といくつかの果実やスライムの粘液を加工した寒天状のモノと甘い酒を用いた糖液。
大本は闘龍時代以前に存在した南西の国で生まれた料理だ。
「道中でも勉強し
「おう」
「本は持ってる?」
「一応『モンスター出現:東部編』と『ノースミナス名産本』ってのは持ってる」
「ん~、これまた微妙
「門が開く六時くらいかな」
「
「良いのか?」
「北門?」
「ああ、渓谷通って荒野に抜けて、そのまま行く道」
「絶対に行くから待っててね」
「了解」
――――後書きの前に――――
お酒を飲んだ時の症状は私の場合、頭部(こめかみ部分)に熱がこもる感じです。酔いも自覚できるレベル(そこまで飲んだことがないともいえる)
記憶は飛ばないし泣き上戸にも笑い上戸にもならない。ただ他者と飲む時は酒という免罪符を手に入れて話せるのでそこそこ好き
――――後書き―――
ヒイラギ 桂木香月
香:あ、明日、ですよね
ヒ:ん? そうだな。どうした? ついて着たいのか?
香:い、いえ。そ、その……御守りと言いますか……
ヒ:んにゃ? ――(魔石、を精製研磨したヤツか。露店売りの玩具というか、魔道具の魔石具の中でも特に初期の石そのもののヤツ。ぶっちゃけクソいらねぇ……でも廃れた技術のモンにしては結構精巧……インテリア的な感じとしては良いかもな)――おう、ありがとな
香:次会う時までには、私も強く待ってますのでっ。そのっ、期待しておいてください!
ヒ:おう。気合いの入りようが凄いな……。ま、機会があれば一緒にやろーや
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