第19話 炎と小石と鎚

「ども、どんな感じですか? ――って、なんですその顔」

「いや、お前その口調……気持ち悪い……」

「――あ~はいはい、敬語が似合わんでスマンネ。これで良いだろ?」

「ああ。で調子だったか。まあ、そこそこって感じだな。精神的に向いてる奴は上達も良い、逆の奴らはお前の紹介した依頼をこなして1日分の金を稼ぐって感じだな」


 ギルド。

 訓練場に訪れたヒイラギはそこで指導しているベアトリクスに声を掛けた。


「ちなみに俺は無事合格、見ろよこの開拓兵証を」

「はいはい、良かったな。つっても私が仕込んだんだ、当然だ」

「おう、それには感謝してるぜ」

「……ちょっと変わったな。その方が良いと思うぞ」

「自覚はないけど変わったって言われたらそうなんだなって納得はあるな。色々良い経験が出来た」

「学びがあって良かったよ」

「どーも」


 様々な経験を通じて変化したヒイラギ。

 それを感じ取ったベアトリクスは楽しそうに笑うヒイラギに笑みを向ける。

 そんな二人のもとへ元クラスメイトの女たちが近づいてきた。


「ちょっとぶり。のはずだけど久しぶりな感じがする」

「ま、こっちに来てから今日までの半分近くの日数違う街にいたしな」

「焼けた?」

「海の街にいたからかなぁ。足場悪いところでの訓練として砂浜で戦いもしたし」

「な、永井君は昇格試験を受けに行っていたんですよね?」

「ん。無事合格」

「へぇ、やるじゃん」

「お、おめでとうございます」


 声を掛けてきたのは愛那と香月の二人。

 その場には他にもいるがどちらかといえば愛那の付き添いのようなモノ。

 だがその中で一人、ヒイラギをジッと見つめている者がいた。


「どった? え~、っと――青山彩あおやまさい……だっけか?」

「そう。戦って」

「良いけど急だな」

「始めよ」


 話を聞かず、マイペースに続ける彩に呆気にとられながらもそれに付き合うヒイラギ。

 戦闘は片手剣と盾を選んだらしく、そして短期間ながら構えはそこそこ様になっている。


「んじゃベアトリクス、合図頼む」

「武器は良いのか?」

「昨日全部折れたから手持ちナシ。この後か明日にでも見に行くよ」

「そうか。じゃあ二人とも構えろ。――始め!」


 開始の合図とともにゆっくりと動く。

 彩が盾を前に、剣を隠すようにしながらヒイラギを中心にするように少しずつ回りつつ距離を詰める。

 ヒイラギとして数少ない同郷の者との戦い。

 様子を窺おうとヒイラギはあえてその場から動かず、彩の目論見に合わせて彼女を睨み返した。

 そして小さく踏み込み、一気に距離を詰める彩。

 逆手にして背後に隠していた片手剣を順手に回転もどしつつその勢いで躊躇なく腹部を刺しに掛かる。

 それをヒイラギは掌で逸らし受け流し、同時に強く彼女の手首を掴んだ。

 抵抗としての回し蹴り。

 だが反射的に蹴り出し狙い損じた攻撃の軌道が通過するのは頭部の位置。

 僅かな動きでそれを避けたヒイラギは途中で手を捻り、引き寄せることで体勢を崩させる。


「ッ!」

「あ~……」


 攻撃自体に失敗はない。

 だがそれはあまりにも手本に忠実だった。

 狙う位置も、軌道も。

 ゆえに避けやすく。

 ゆえに無意味。


「これ……」


 肩を狙った振り下ろし。

 ヒイラギは半ばまで避け、そして気づく。

 掴めるのではないか、と。

 ブレない攻撃。

 振り下ろし。

 上から下へ、被せるように手を伸ばせば。

 好奇心からそれを実践してしまい、成功する。


「……あ」


 成功し。

 失敗に気づく。

 そんな行為をしてしまい、彩は動きを止めた。


「馬鹿……」


 思わずベアトリクスがそんな言葉を漏らす。

 無理のないことだ。


「勝者、ヒイラギ……」

「お、おう……」

「……」

「ヒイラギ、お前……」

「わかってる。わかってるから言うな」

「やり方考えろよ」

「……へ、下手に加減すると万が一の可能性で負けるし?」

「……色々言いたいことはあるが。まあ、負けて根拠のない自信をつけさせるよりはマシ、か? マシ……か?」

「え~と、青山ぁさん? お、俺もそこまで強くないっていうかね? 一日の長というか、ね――?」


 圧倒的に経験の違う人間がその高みを見せるのは問題はない。

 だがほとんどスタートの変わらない人間がやる気を出してすぐの人間に差を突きつけるのは流石に違うと。

 そのくらいの思考は有しているヒイラギは弁明をしようと彩に向き直り、少し様子のおかしい点に言葉が間延びした。


「もう一回」

「もう一回って……」

「ダメ?」

「良いけど……」

「あ~……やってやれよ」

「今度は、全力で」

「……どういうことさ」


 困惑しつつも応じて初期位置に立つ。

 脱力しているようにも見える垂れた腕、拳は緩く握り、直立に見紛う僅かに右脚の出た立ち姿。

 全力を所望した。

 だが返ってきたのはやる気のない姿。

 彩は眉を顰めながらもついさっきのやりとりから勝ち目が薄いことを理解して嘗めはしない。


「始め」

「は――ッ!?」

「全力って言ったってさ、話の尻目に訓練見てた限りだと……勝ち目ほぼないぞ?」


 開始の合図直後。

 退避を封じる足の踏みつけと共に首筋に手刀が添えられていた。


「相手の動き抜きにしても攻撃のたびに武器の当たる場所がズレてるし、眼だけで相手を把握してるし。……ああ、魔覚でって話じゃないぞ? 相手の動きから次の動きを予測してないって話ね」

「全力、凄い」

「全力てか、真面目? 思考する余地が悪い意味でなかったから最短でキメただけだし」

「――ハハッ、凄いね」

「普段無表情なお前の笑顔ってスッゲー違和感あるな……」


 楽しそうというよりは高揚によって狂気が滲んだような表情だった。

 それは普段の表情を知らずとも顔つきと表情が合っていないことが察せられるような顔。

 だがヒイラギはそんな顔に苦笑を零すも直後には少し嬉しそうに口角を上げていて、それはサイのようだった。




「てかお前らはどんな調子? マトモに暮らせてっか? こっちで口出しして道勝手に決めたりしたとはいえちゃんと自分で考えて行動してっか?」

「はっ、はい! だッ、大丈夫です!」

「アンタに教わった依頼を受けたり、あとはアラステアさんに知り合いを紹介してもらってその人のところで少し仕事をさせてもらったりしたわ」

「アラステアさんの紹介ならまあ、大丈夫か。つっても俺自身あの人のこと詳しいワケじゃねえけど、悪い人ではないだろうし」

「アンタの何倍も良い人だからね」

「おいおい、そりゃアラステアさんに失礼だろぉが。俺と比べんなよ」

「……はぁ」

「何その『全くコイツは……』みたいな顔」

「その通りよ」

「……俺が優しいってか? オイオイ、勘違いすんなよ。面倒で精神衛生に良くないから口出ししただけだぜ?」

「ま、それで良いわ。……少しだけアンタのことがわかった」


 なんだそりゃ。

 てかアレだな、このシチュだけ切り取ったら鈍感系主人公みたいだな、俺。

 ま、俺はあんなご都合主義の低知能化みたいなことにはならんがな!


「一日分の金とちょっとで良いから貯金分の稼ぎはあるんだよな?」

「一応ね。ほとんどないに等しいけど」

「……戦えない奴らはそんな感じか。お前ら自身は?」

「生き物を殺すことに抵抗感があるし、力もそんなになくて魔石きゅうしょ狙いだから稼ぎはあまり……正直依頼をこなした方がまだ稼げるんじゃないかってくらいね」

「ゴブリン討伐も依頼だけどな。でもそうか、どうにかして勝ってる感じか――どうよ?」

「私が見た感じだと連携不足だ。それぞれの意思の統一ができてない」

「前提の作――」

「それは自分たちで気づかせるから黙ってろ」

「んぇい。実力的に判断すると?」

「単独は難しくても組めば二人か三人から勝ち目が出る」

「……このまま任せて良いか?」

「ヒイラギは保護者じゃないだろう? 気にせず任せて構わないぞ」

「そっか。……んじゃ、頑張ってくれ」


 なんか首突っ込んだワリにオチがハッキリしなくてモヤモヤするけど……現実ならこんなモンか。

 俺が強く関わらなくてもこいつらはこいつらで生きてるわけだし。

 生きて考えてりゃ成長だってする。

 そういうもんだな。


「んじゃ、俺ぁそろそろ行くわ。少ししたらまた違うトコに行くつもりだから手伝えなくてワリィが、頑張れよお前ら」

「はっ、はいっ!」

「言われなくてもそのつもり。でもありがとね」

「青山も、頑張れよ。もし開拓兵として先に進むってならそのうち一緒にやってみよーぜ」

「ん。先行ってて」




「フェーニャンが言ってたのはここか、な? ――入りまーす」


 一番初めに接した受付嬢であるジドコヴァはゼーフルスから戻るとこの街からいなくなっていた。

 そして続く二番目の受付嬢であるフェーニャンことフェードロヴァからおススメされた鍛冶屋『プロミネンス工房』を覗く。

 好みがなく、審美眼もまだだというのなら業界で随一のプロミネンス工房が良いということだ。


「イラッシャイっス。オニーサンは武器スか? それとも防具スか? それとも違う目的っスか?」

「あ~、取り敢えず武器。あと数日中に出来るなら防具も、かな? ちなみに防具は素材持ち込み」

「ほうほう。使う武器種は?」

「短剣、あと短刀。ついでに篭手も頼む」

「なるほど、その三種っスね! じゃあオニーサン、ちょっと手を見せて欲しいっス」

「ん」

「へぇ……これは……んん?」


 褐色肌の小人ドワーフの少女。

 彼女は差し出されたヒイラギの掌を観察し、楽し気に触る。


「オニーサン結構無茶してるっスねぇ。訓練の怪我を回復薬で無理やり癒やしてないっスか?」

「してるな」

「掌がそういう無理矢理治した必要以上の硬さしてるっス。それに鍛えてない魔術回路にいっぱい魔力流してるから魔術回路の損傷も結構あるっス。休憩も必要っスよ?」

「休んでる……はずだけどな」

「アタシの親父が言ってたっス。そういうのは若いからできる荒業だ、そのやり方しか知らねえ奴は早々に引退する。って」

「そうなのか?」

「そうっス。緩急が必要っスよ」


 魔術回路への魔力の流し過ぎ。

 それは一度に負荷を掛けている、ということではなく。

 回復よりも損傷が上回っているということ。

 実際、ヒイラギの魔術回路はダメージによって流れが不規則になりつつあった。

 気づかなかったのはそれを自覚できるほど強い魔力を使用していなかったから。

 だが異変自体には気づいていた。

 普段から行っている魔力の全身纏い。その感触が僅かながら変化していたのである。

 とはいえ知識も経験も乏しいヒイラギだ。元の世界からこちらの世界への肉体適応の結果として気にしていなかったのだ。


「休む……休む……わかった」

「じゃ、次っス。コレを掴んで脱力した状態からまず真っすぐ前に固定、前に伸ばした後はそのまま顔も眼も動かさないで真横まで動かして固定、下ろして欲しいっス」

「ん、こんな感じか?」


 差し出されたのはいくつかの重り。

 大きさも形状も統一され、持つとわかるが重さだけが違う。

 それぞれを持ち、指定の動作を繰り返す。


「なるほど。大体わかったっス。いくつか目標の類似品を出すから感想言って欲しいっス」

「ばっちこい」


 出されたのは刃のない、艶もない、金属板を切り出したような。

 武器の形をした金属塊。

 握った感触でわかる、これは武器ではない。

 暇な時に巡った武器屋で触れた武器。

 それらとは異なる。

 吸い付くような感触も、反発するような感触も。

 何もなく。

 ただそこにそれがある。


「んっ?! 武器の感触? 振り心地? が、違う……」

「当然っスよ」

「武器が着いて来る? 重心が動かない?」

「オニーサンの動き方から考えると武器の重心があってなかったんっス。欲しい場所に重心がないと先走ったり逸れたりするっスからね」

「うん……。スゲーわ、コレ。これまで以上に動きが想像できる!」

「身体的特性による適正との齟齬による弱体化。それを見極めてちゃんと提示するのも作り手の義務だって親父が言ってたっス」


 ヒイラギは身長や骨格、筋量などの点において少なくとも現状は平凡。

 だがそれが動きまで至って一般的かと言われれば、そうではない。

 個性――癖というモノが個々人によって存在し、それゆえに出来合いの装備を買うだけでは本人も武器も強さを十全に発揮できないのだ。


「こんなに違うのか……」

「ちなみに、オニーサンの動きからおおよその強さを考えてそこの適性素材で武器を作って調整すると……親父に任せるとこのくらいっス」

「ヴェあ゙……金が、ナイヨ?」

「……」


 提示されたのは全財産を優に上回る金額。

 一般に上がってすぐの稼ぎと、その適性素材ということを考えると職人の技術が金額の大多数を占めていることがわかる。


「ちなみに君に製作をお願いできたりしない? そして安くなったりしない?」

「鋭いっスね! その通り、アタシに任せて貰えれば格安で作れるっス。ただその分親父のと比べると質は下がるっス」

「任せた」

「任されたっス!」


 提示された金額。

 支払い可能な範囲だと考えたヒイラギは一種の賭けを楽しむ気持ちも含めて彼女に装備を任せることにした。


「あ、防具はこれで頼む」

「おほ~、これはキレイっスねぇッ! コレ、アタシ相手で良いんスか?!」

「良いよ。君は自分の仕事に誇りを持ってて手を抜かない、そんな気がする」

「オニーサン……アタシはポーラ・プロミネンス、っス。ポーラって呼んで欲しいっス」

「じゃ、任せたぜ、ポーラ」

「頑張るっス」




―――――後書きの前に―――――

フェードロヴァという名前はロシア語の名前からとっています

愛称はフェーニャ、フェーネチカ

フェードロヴァは『な』が『にゃ』になってしまうのでフェーニャという愛称や猫獣人(獣度高め)というのと合わせてフェーニャンと呼んでいます

本人は不快には思っておらず独特な愛称をつける奴だと思っています

仲は同じ職場(部違い)で軽く話す(他愛のない趣味話やプライベートなんか)程度ですかね


―――――後書き―――――

ヒイラギ ポーラ

ポ:ちなみにオニーサンはこの中だとどれが好きっスか?

ヒ:ンぉ? なんぞこれ

ポ:全部は数が多いっスからね、とりあえず鍛冶四大派閥での好みを把握しておこうと

ヒ:なるほど。パッと持った感じの好みはコレだな、握りと振りはこの二つがいいな

ポ:エルドエーベル派っスね。こっちの二つはフルフィウステーラ派とヌーヴェル・ヴァン派っスね

ヒ:この重めのがエルドエーベル? この曲線と――星? のがフルフィなんたらーラ? こっちの振った時の音が特徴的なのがヌーなんちゃらヴァン?

ポ:そうっス

ヒ:ただこっちのなんとかヴァンは振った感覚が変な感じなんだよなぁ

ポ:それは魔術紋様で加速させてるからっス。慣れないうちは真っすぐしか振れなくて下手に軌道を曲げるとブレるんス

ヒ:あ~……これは確かに……。ただ真っすぐ振るう感覚を身体に染みこませるには使えるな、修正力がある

ポ:そうやって使うもんじゃないっスけどね!

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