第17話 後衛の立ち回り、指令
――――前書き――――
設定を考えるのが一番楽しいという悲しみ
本文を一番楽しんで書きたいのに……
――――――――
「本日は隊を組んだ際の援護側として立ち回っていただきます。私は力を制限しつつ動きますのでその場に応じてこちら側の意図を読み取り補助をお願いします」
「援護側か、初めてだから序盤は様子見で頼む。……これくらいは大丈夫だよな?」
「はい。どの程度の補助能力があるかという審査ですので問題ございません」
戦闘による審査。
後衛に回ることになったヒイラギはある程度慣れる必要があると序盤の抑えを求めた。
自分の立ち回り。可能な行動、それを用いた補助。
単独での行動を前提にこれまで動き、訓練をしてきたから一から思考をする必要がある。
使うべき魔術の系統、出す時機、軌道、ヒイラギ自身の位置取り。
相手が一体だけでも考えることは多く。
増えればどの相手を、どの順番で狙うのかなど考える必要がある。
「では、行きます」
「ウッス」
考え終えるよりも早く試験は始まった。
昨日と同じ洞窟を昨日とは異なる道で歩む。
引き続き魔の満ちた洞窟。
全身を満遍なく圧迫するような濃密さ。
進むにつれて濃くなる魔に胸が鼓動を加速させる。
「ここからモンスターと遭遇するので気を引き締めてください」
「了解」
そこは通路だった。
一本道の先には岩壁と扉があって固く閉ざされている。
シモーヌがそこを開け、中に進む。
そして再び施錠。
「出来る限りのことは、全力は尽くす」
「はい」
一戦目。
少し経験を積んだ
戦闘力自体はヒイラギと同等まで落とされているもののよく見れば随所の判断などがヒイラギ程度とは全く異なる。
攻撃が当たる時機もヒイラギ程度であるものの動き始めはヒイラギよりも遥かに遅く、だがシモーヌの動きは早くなく、動きの無駄のなさによって真の実力の制限が行われていた。
正確にはヒイラギよりもほんの少し落とした実力は決定打に欠け、それはヒイラギの援護によって活路を見出せということに他ならない。
一撃一撃が学び、だがそれを援護という名の妨害で終止符を打たなければならないことに悔しさを感じる。
せめて今できる最もマシな幕引きを、そう考え、思考を高速で巡らせ一撃を放った。
「次、行きましょう」
「すみません。少し……今のはどうするのが一番動きやすかったですか?」
「――……攻撃を当てることで援護するという形に囚われる必要はありません。ほんの数瞬、相手の気を逸らせるのであれば魔術の軌道に意識を割く必要がなくなります。その上で言わせていただくと例えば先ほどの
「なるほど。ありがとうございます」
試験中に質問をするという通常では考えられない行為。
だがそれが試験の禁則事項に抵触しているということはなく、少しの戸惑いはあったものの回答可能な範囲でシモーヌはその問いに応じる。
基礎となる発想と答えを与え、必要以上の養分は与えない。
飢えて死にそうな者に魚を与えるだけでは前進はなく、釣り方を教え釣り具を与えるだけでは先はない。
「もう大丈夫ですね?」
「邪魔してすみません」
「いえ、お気になさらず」
二戦目。
現れたのは
触れればズタズタに切り裂かれる水の刃を纏う浮遊モンスター。
水を操作して遠距離攻撃をするこのモンスターはその特性から水辺では圧倒的な能力を発揮する。
が、弱点は複数ある。
周囲から水を集めるがその水の収集と、水の放出による攻撃は同時に行えないという点。
そして水の中心やや前方寄りに魔石を有するため核破壊が容易という点。
そのためヒイラギは
シモーヌは水を使い果たして防御力皆無となって丸裸同然の魔石を刺し砕く。
三戦目。
だが今回は複数体。
五対三。
成体になって間もないのが三体、そこそこの経験を積んでいるのが二体。
経験個体が前後に分かれ未熟個体が中間に。
隊列を組む知性の有無と隊列という概念があることが見て取れる。
(一定の社会性? なら――)
狙うは未熟個体。
わざとらしくナイフを振りかぶって見せ、中距離攻撃を匂わせたところで魔術を発動して三体の足を絡めに掛かる。
三体の中でも経験値の違いというモノはあるらしく一体はそれを予期してか避けようと横に跳び退こうとするが間に合わず、二体がそのまま脚を固定されたのに対して一体は足を絡められ転倒という最も悲惨な状態になった。
そこへシモーヌが攻撃を仕掛ける。
経験個体の前衛がシモーヌの対処に入り、後衛のもう一体が捕まった三体の救助に掛かり、三叉槍で岩の足枷を破壊しようと突き立てた。
だがヒイラギの魔術はそこで終わりではない。
未だ岩の足枷はヒイラギの支配下にあり、ごく一部の操作を除き形状操作などは自由。
込めた魔力を防御に回し、一撃を防ぐ、その後魔力を防御に回した結果魔術的不安定状態に陥った足枷を三叉槍の槍先が砕き、破裂する。
飛び散る礫は無差別に周囲を襲うが、その魔力調節によって飛距離はシモーヌの下までは及ばない。
ヒイラギは自分自身の魔力使用消費感を数値化し、魔術に込めた魔力やそこで生じる様々な魔力損失などの数値化を行い膨大な情報作成に協力してくれたマユゲに内心感謝をしながら次の魔術に掛かる。
礫で怯んだ四体の首を圧縮空気で絞め上げる。可能出力の問題で殺すには至らないが目的はそこではない。
一気に絞め、解放し、空気操作で四体の口元からシモーヌが相手をする一体までの道筋を生み、そして呻き声が発される。
整えられた道筋を辿った呻きはさぞかし鮮明だろう。現にそれを聞いた一体は思わず背後を確認するという失態を犯し、シモーヌに殺され、残る四体も連続してシモーヌによって殺された。
「ちなみに動きの好みとかってあります? ある程度離れた位置から一気に近づいて攻撃したいとか、顔の高さが良いとか腹の高さが良いとか、そういう感じの」
「そうですね、基本的には斜め下から斜め上への攻撃が切る打つ蹴るどれでも多用しますね、左右問わず」
「その方が次の動きに繋げやすいとかですか?」
「それもありますし、斜め攻撃が単純に好みというのもあります」
「なるほど。自分は水平に近い斜め切りからの横刺しが好きなんでなんとなくわかります」
「……ヒイラギさんのは単純に脇下から首筋へ切った後にこめかみという急所目的では?」
「七割は。残り三割は単純に動きがカッコいいからです」
「素直ですね」
あまりにも包み隠さない答えにシモーヌは苦笑を零す。
「長所で欠点です」
「そうですか」
四戦目。
第八魚。
いたのは水を纏った浮遊し石造のように停滞する魚。
大まかには魚体、鮫のような容貌にワニじみた鋭い牙、両端の下がった目と人に似た鼻。
巨体ながらも岩壁に擬態するような質感や灰色の全身。
そいつはゼーフルス近辺の洞窟内で低頻度に出現するモンスターだ。
「近頃発見例がないと思っていましたがここにいましたか」
当然管理はしているが全体に行き届くワケではない。
恐らく今いる深部からさらに進んだ最奥に隠れ潜んでいたのだろう。
「生きたその鱗は堅牢で実力以上の硬度を持つが遺した鱗はただの石くれと化す――でしたっけ?」
「よくご存じですね。街に住む開拓兵でも知らない方は多いというのに」
「知り合いがそのことについて書かれた本を持ってたんですよ。フーベルタ・ホルシュタイン――あれ、ホルスタインだっけ?」
「フーベルタ・ホルシュタイン氏ですか。であれば『妖魔の調べ』ですね、第八魚が記載されているのは第五巻でしたか」
「そうですそうです! ご存じでしたか」
「ええ、彼女からの寄贈を受け取ったのは私ですので。今から三〇年ほど昔でしょうか」
「さッ!? ……なる、ほ、ど」
「それにしてもアレを読んでいるというのは珍しい。当時の技術を理由に発行部数が少なく、その価格や難解さから個人で所有しているのは稀有だというのに」
「あ~……多分
「なるほど。固有の時を生き、飽くなき研究に突き進む種族であるならば納得です」
「ホント、アイツは変わった奴ですよ。延々と研究研究研究っ、気分転換に俺にちょっかい掛けてきたと思ったらまぁた研究ッ。そんな生活だからズボラかと思えば意外と生活はキッチリしてるし家庭力高いし。色々教えてくれたり料理造ってくれたりするから結構親しみ持ってくれてるのかと思えば名前教えてくれないからひたすら『マユゲ』ってあだ名だしッ」
「あははっ」
愚痴なのか何なのか一切わからない長文をひたすらに喋るヒイラギに思わず笑いが出る。
それは二人の仲の良さを感じさせ、そして信頼を含んでいた。
「良いじゃないですか、生活にヒイラギさんを受け入れているということですよ」
「へへっ、変わった人間同士気が合うのかもですね」
「マユゲ――ええ、お似合いだと思います。同じ目でしょうから」
「こんな腐った目をしてるワケないじゃないですか」
「ふふっ。そういうことではありませんよ」
――――後書き――――
エルフは単一の結界内で全員が暮らしているワケではなく、各所の森に結界を張ってその内部で独自の生活をしている
理論上は結界を閉じ切って独自の時空で生活を営めるものの現状の技術力や、その他複数の理由によって結界を閉じ切りはせず少ないながらも外部(ルートヴィヒ)との交流を行っているという文化感
ルートヴィヒでの立ち位置としては独立した街ではあるが一応は領内であるため森の管理や保護、それらの報告を対価としてルートヴィヒ内の森での居住を許可している状況
それぞれの結界街には固有の名称がつけられていて『ホルシュタイン』はその名称の一つ
ホルシュタインの苗字があるイコールその結界街の長の家系というワケではなく、あくまでもその結界街出身であることを明かす出生証明名
ホルシュタイン:ルートヴィヒ東部に存在する森に結界街があるらしい
エルフという種として成立し、独自の文化を築くことを決めた始
祖たちの一人が直接構築した街であるとか
その始祖の一人は存命だが種として成立した初期状態だったため
老化が早く現在150歳ながら見た目は老体、ホルシュタイン出身
者の話を纏めると、おおよそ『ボケの入った爺』となるが真偽不
明。総じて『1000年は生きる』と言っていた、と
現在は始祖の直系である
仕切っているとのこと
フーベルタ:何十年も前にホルシュタインを出たきり帰っていないとの噂で時折彼
女を探すエルフがいる
何事にも長けた才女であり幼少期(エルフ比)に革新的な理論を提唱
したが革新的過ぎて「土台の出来ていない状態で城を建てるも同義」
として発表は数世紀見送ることになった
好奇心が旺盛でより多くの知を身につけたいと一人で飛び出した。あ
と『跡を継ぐのが面倒』だとか
必要なら継ぐのも構わないが下らない将来なのは目に見えているため
継がない、とのこと
研究して、その資料や成果を適当に見極めて一般に流すことで金を得
て暮らしているらしくその主たる書籍は学術都市グラムテカでは人気
であり初期の数冊を除いて全種が揃っている
ちなみにグラムテカにすらない初期の本は誤植に気づいたフーベルタ
本人が焼いて回った結果
恐らく一般の者が目にすることは人類が絶滅しても二度とないと思わ
れ、見れるとすれば残存した二冊を持つ者のみ
一冊は著者本人。もう一冊はマユゲ
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