第15話 対人戦闘技術

――――前書き――――

良い子も悪い子も真似しちゃダメだよ?


――――――――


「これで筆記試験は終了です。続く実技試験ですが今日開始と明日開始のどちらがよろしいでしょうか」

「んぁ~、今日で」

「かしこまりました。では一〇分後、受付に『055043』とご自身のお名前をお伝えください」

「? わかりました」


 受験番号か何か?

 にしてはスッゲー微妙だな。

 読みが『五万五千四十三』じゃなくて『レイ・ゴー・ゴー・レイ・ヨン・サン』なあたり別のヤツか?

 ま、なんでもいいや。


「……っにしても、キツかったァッ! 難易度バグり申してるわぁ。マユゲは二日目の詳細な筆記試験に関しては深く捉えるなって言ってたけど……それにしたって三割しか自信ないってマジぃ?」


 単純に言葉の意味が分からないのと、この世界特有の感覚だから翻訳できない言葉ってのの二重苦でわからないに拍車がかかるし。

 この国の人たちってああいうのが普通に解けるワケ?!

 インフラとか、情報伝達技術とか、そういうのが整ってないから甘く考えてたけどこの国の人たちって滅茶苦茶賢い!?


「うへぇ……」


 曲がりなりにも勉強が一般的だった国でずっと過ごしてきたから余裕だと思ってた。

 けれどいざ現実に目を向けると発展した文明であり、その文明の中で独自に進歩してきた高度な学問が存在する。

 甘さの羞恥、侮辱の嫌悪。

 自分がつくづく嫌になる。

 知りたいと思ったことを調べたことはあった。学習意欲自体はワリとある類の人間だったはずだ。

 でもどうにも『勉強』が好きじゃなかった。

 そんな俺は今、勉強をしなければならないという認識が芽生えて、それが楽しみですらある。


「勉強してぇ……けどすぐ試験っ……もどかしいッ」




「え~、対人試験の相手を任されましたギルド職員のダスティンといいます。え~、ギルド職員は大半が元開拓兵、その例に漏れず僕も元開拓兵です。引退したとはいえそれでも実力差があります、怪我などありえないので気にせず全力でどうぞ」

「え、っと……具体的にステイタスはどれくらいで?」

「……異世界から来たので無理もありませんか。ステイタスは個人情報であり容易く口外するようなモノではありません、それを他者に聞くというのも一般的には嫌われることです、今後は気を付けてください。親しい間柄であればレベル程度ならば構いませんが」

「そうだったんですか、すみません」

「いえ、知らなければ仕方のないことです。とにかく僕とあなたとではレベルが圧倒的に開いているので刃で攻撃をしたところで身体強化、武装強化込みでも薄皮一つ裂けませんよ」


 事実、パフォーマンス的に上へ投げた武装強化ゼロのナイフの刃が腕を掠めても一切の傷がつかない。


「普段扱っている武装で、普段のように、そして全力で掛かって来てください」

「安全確認も許可も貰いましたし、では、遠慮なく」


 見習いから一般への昇級の際に行う対人試験。

 そのルールは全力本気躊躇なしバーリトゥードだ。

 その程度の実力では、その程度の実力で扱える魔術や魔道具ではまず負けない。

 傷すらつかない。

 残酷なほどに実力差があり、自分の力が全く意味を成していない光景を目の当たりにした見習い開拓兵の一部は無力さに一度挫折するのだという。


ッ」


 先手をどうぞ、そう促すダスティンに軽く微笑んだまま一気に加速、獰猛な笑みへと切り替わり、喉へ手刀による突きを繰り出した。

 相対し、動きの起こりも丸わかりな状況から放たれた攻撃が当たるワケもなく、ダスティンは手刀の側面に自身の腕を合わせ、また同時に腕に回転を加えて受け流す。

 が、実力が圧倒的な相手にそれが通じないことなど織り込み済みなヒイラギは受け流されているのを理解すると即座に手刀を捻り、開き、ダスティンの腕を掴んだ。


「ラァッ!! ――!?」


 腕を掴み、足を踏みつけ、腕を引く。

 ダスティンの体勢を崩そうと動きを繋げるが、ピクリともしない。

 城を押し退かそうとするが如く、不動。

 ヒイラギが数瞬の隙を見せ、ダスティンの肩が僅かに揺れる。

 攻撃を予感したヒイラギは即座に動きを切り替え、腕でダスティンを引くのではなく腕で自らの身体を引くことにした。

 懸垂のように、固定されたダスティンモノに身体を近づけ、その勢いのまま今度は膝を繰り出す。


「甘いですよ」


 不意に身体が揺らぐ。

 二人のどちらかと問われれば、どちらも。

 ダスティンが不動なのは彼自身が動くまいとしているから。

 ヒイラギが腕の力で身体を加速できるのは不動ダスティンゆえ。

 ならば不動ぜんていが崩れれば、ダスティンがヒイラギの腕の引きに身体を委ねればどうなるか。

 答えは明白だった。


「発想、機転はいいですが基礎が甘い」


 支え在っての膝打ちは威力を失い、ダスティンが動くことでミートポイントも外れ、そしてダスティン自身が身体を捻ることで膝は逸らされそのまま逆に空いた腕で腹部に強烈な拳を繰り出される。

 吐き気を堪え、反射的に振りほどく。

 脆弱なヒイラギが逃げれたのは試験だから。

 見逃してもらえただけ。


「ヴェッっ……ヴっ、ぁ゙あ゙……ぐブっ」


 嘔吐えずき、うめき、むせながらも必死にこらえて虚勢を張るように笑う。


「相手を利用するのは良いですが容易く対処されるものは毒と成り果てる」


(吐きそう……。吐き気に脳が支配される……。いっそこのゲロ顔面にぶちまけてやろうか……あ~、キッツ)


「俺でも余裕で見える程度の速度だったのにこの威力って、ホント……」


 腰椎が飛び出すのではないかと思うほど鈍重な一撃。

 見えるし万全な状況なら回避も容易かった。

 その威力はステイタスによるもの――ではない。

 ステイタス――目に見える形での能力数値評価というのは古い感覚なら荒唐無稽に思えるが、その実ステイタスというのはこの星の物理法則に基づく、物理現実だ。

 ゆえに今の一撃、ヒイラギでも目視可能なほどに遅い一撃の威力の正体とは、技術である。


「高みってのぁ、全く素晴らしいなァッ!」


 腹部の痛みは強者の実在証明。

 人間の成長可能通過点。

 それは自分もそうなれる可能性があるという希望として高揚感が湧く。


「らァッ!」


 加速、踏み込み、腕を後ろへ引き付ける。

 

「芸が――」


 馬鹿正直に真正面から。

 起こりも隠す気のない攻撃、腹部へのものか、アッパーカットか。

 どちらにせよ見てから対処ができると、もう少し工夫しろと注意しようとし、その動きに違和感を抱く。

 少し思考し、腕の動きがおかしいと気付いた。

 殴るには腕の捻りが大きすぎる。

 縦拳にしても角度がおかしい。

 そして観察し、腰元の光を目にして笑った。


「ちッ……」


 一閃。

 首を狙う煌めき。

 容易く避けられ、舌打ちをするヒイラギと。思わぬ攻撃に喜ぶダスティン。


(資料では異世界から来た一般人であり登録日は一週間前。そして節々から感じていた動きの荒々しさの中に感じる技術。未熟で技術は未だ片鱗ながらもこの感覚は――ブレイズさんッ! なるほどルートヴィヒはあの人に……)


 戦い方の既視感。

 ダスティンはそれがベアトリクス仕込みと看破した。


「……さぁ、それだけではないでしょう?」

「――はッ!」


 返事はなく、剥きだしの笑みとともに攻撃を再開する。

 動きを見極めようと防御に徹するダスティン。

 ヒイラギは全身を駆動して連撃を叩き込む。

 一閃一閃で命を絶つかのように。

 首を、頭を、胸を、腹を。


(加速、加速、加速加速加速――)


 ヒイラギにもダスティンの目論見はわかっていた。

 だから甘んじて全てを曝け出すことにした。

 反撃など考えない。

 ただひたすら、鉄塊を斬り壊すようにナイフを閃かせ続ける。


(良い……。動きからして未熟もいいところ。にもかかわらず随所に高度な経験値を感じる。模倣が上手い? 模倣という次元なのだろうかこれは? いっそ憑依や操作と形容する方が納得が出来る。だがその気配は一切ない。独力だろう……)


 ベアトリクスとマユゲから教わった動き。

 その他にも一週間のうちに親しくなった他開拓兵との交流で見たモノ。

 個人訓練の中でヒイラギはそれらを学習し、無意識のうちにそれが行使されていた。

 それは詰将棋のようなモノで、相手が既知の動きから少しでも外れた瞬間に無意識行使は途絶える。

 そのためないに等しい動き。

 だが、それが局所的に発揮され、一定のセーブポイントのような楔として活動し、分岐の都度ヒイラギの経験となることで蓄積は加速する。

 実践の中で理解する『どう動けばどう繋げられるのか』というモノが無意識の感覚差として髄に染みていた。


「ははッ!」


 高揚。

 大振り。

 流石にそれは見過ごせないとダスティンが反撃に入る。

 肩よりも上の空気を割く刃。

 それはダスティンの首を狙って進み、これならば自分の攻撃の方が早いとヒイラギの胸に拳の照準を合わせた時、ふと視界に刃の煌めきが入る。

 その位置はさっきよりも圧倒的に下、高さは丁度胸のあたり。


(おかしい、なぜ、視線誘導――マズい!?)


 気を取られている間に膝打ちが入る、そう考え、即座に視線を刃からヒイラギの脚に向ける。

 が、何もない。

 踏み込んだ体勢のまま。膝は浮いていない、爪先も、踵も、攻撃に用いる気配はなかった。


(落としただけ? 考えすぎ?――いや、今さら膝が――)


「ふぅッ!!」

「?!」


 拳。

 正確には拳に見紛う手刀の突き。

 ダスティンの考えは正しく、ヒイラギの目論見は視線誘導だった。

 握ったナイフを落とし、そこに意識を向け、その隙に首を突く。

 ちなみに膝はただ浮いただけである。


「――いやぁ、驚いた。まさか一撃を受けるとは……」


 一瞬だけ上回られた。

 驚きは数瞬に及んだ。


「へへッ」

「本当は魔術も見たかったのですがそれはここでなくとも良いでしょう。対人戦闘技術は一定水準以上とわかりました、合格です」

「――やりぃッ!」




「へぇ、突破したんだ、良かったじゃん」

「ま、俺は優秀なもんで? 当然っていうか?」

「ははは」

「ふはっ、笑うなよ」

「あんま面白いコトいうなよな」

「コノヤロー」


 昼の観光を終え、夕暮れの街で仕事終わりのデューベと出会う。

 昔馴染みみたいにふざけ合うの楽しい。

 立場も歳も関係なくバカを出来るのは今までの自分とは別の何者かになったみたいで。


「そっちはどうなんだ?」

「俺か? 俺はもうとっくに一般開拓兵になってらぁ」

「そうじゃなくて、期間は?」

「そっちか。あ~、二週間くらいだったか?」

「ざぁこざぁこ」

「……」

「ちょッ!? 無言で人のに酒注がないで! しかも俺の苦手な甘くないの!」

「はい。飲ーんで飲ーんで飲んで飲ーんで飲ーんで飲んで飲ーんでそれ一気!」

「ちょッ!? クソ文化ァッ! ――あ゙~、マズい!」

「もう一杯!」

「ヤメーや!?」


 それはそれとしてマズい酒は嫌いだ。


「不味いぃ? 聞き捨てならねえなぁ」

「なんだこのオッサン!?」

「俺が酒の楽しみ方というものを教えてやろう」

「誰? ねぇ……誰なの? 怖いよぉッ!?」


 一般通過おじさん怖い……。


「俺ぁシェルムってモンだ。奢ってやるから付き合えよ」

「うえぇぇぇ」


 ま、いいや。

 ただ飯じゃい。


「お前甘いのが好きで酒精が苦手なんだってな。んじゃあ――」

「待て。なんで知ってる?」


 初対面のおっさん。

 酒を飲み始めたのはマユゲとが初めてでそれ以降は開拓兵同士での付き合いで少しくらいなモンだ。

 なんで知ってやがる?


「あ? ンなモン同じ空間で飲んでりゃ嫌でも聞こえるしわかるに決まってんだろうが。わかりきったこと聞くなアホ。あ、お姉ちゃん、ツィッタ産のミード、あと~そうだな、ティルミタ産のガルゥンリズィンと適当なツマミ頼む」

「は~い」

「おう。あ、ちなみにツマミは魚で良かったか?」

「普通に食えるぞい」


 こっちの薄い蜂蜜色のがミードか。……柑橘付き?

 こっちが――赤ッ!? 

 しかもすっごいクリア。

 ……ルビー?


「なんでこんなに赤いのさ」

「ティルミタ――じゃねえな、あの辺り一帯だからサンディスコールだな。サンディスコールに出現する蛙のモンスターの血をなんか手を加えていくつかの原料と混ぜて造ってんだよ。血の魔力がどうとかで、紅い」

「……そうなのか」


 血じゃなくて血の魔力ねぇ。

 まぁ、じゃなかったらヘモグロビンでくっそマズそう。


「怖がらねぇで飲んでみろよ」

「……ええい、ままよ! ――かっ……。なんだこれ、酒、度数キッツ……あれ? でも意外と喉は灼けねぇな」

「ほら、そこですかさずこれ食え」

「柑橘っ、あ~、ウメェ……」


 オアシスよ。

 最高か?


「どうだ?」

「どうって……美味くないとしか」

「ん~。もう一度飲んでみろ、今度は味わわず飲んだ直後に食ってみろ」

「……しゃーねーな」


 何が変わるってのやら。

 食べ合わせ的な話?

 でも俺って飯の飲み物にエナドリでも平気な馬鹿舌というか……関係ないんじゃないのか?


「んっ……ずッ……ふぅ…………? 口の中がやけに良い匂いする」

「どうだ?」

「まぁ、今言った通りのと、あとは意外と悪くないかも?」

「初めて酒を楽しみたいならまずは味わわないことだ」

「?」

「最初は香り重視で良い。酒の味は飲んでりゃ慣れる、そこまで飲み続ける気があるなら飲んだっつー経験値を得るために匂いで楽しめ」

「初めは百楽しむ必要はないってことか?」

「ああ。ンなモン失敗する確率の方が高い」


 意外と……適当でも良いんだな。

 全力でぶつかるのが良いって、楽しむにしても本気でやるのが良いって思ってたけど……肩の力抜いても良いんだな。


「それによ。酒造ってる人たちだって一回飲んで苦手って思われるより多少雑な飲み方でも楽しみ続けて貰える方が嬉しいだろ」

「そう、だな。ありがとうシェルム」

「構わねえって」




――――後書き――――


ティルミタ:ルートヴィヒの南西に位置する港町

      今でこそゼーフルスに次ぐ立ち位置だがかつては最大の規模を誇った元交易都市

      その歴史は古く、狩竜人の時代以前のまだ人間の国が多数存在した時代から存在する

      龍壁山脈西部へは海を経由することで比較的簡単に移動可能なため交易の要だった

      ルートヴィヒに属する以前は国には属さず、単独の中立都市として存在していた

      環境が特殊であり不定期に大潮が空から襲い掛かり、それに巻き込まれたモンスターが空から降る

      そのため建物が急激な水位上昇にも耐えられるように設計され、普通なら必要ないほどに頑丈な造りをしている

      魔道具技術が発展した今ではその堅牢さに磨きが掛かっている


ガルゥンリズィン:雑に和訳すれば『暴れ蛙』


サンディスコール:ルートヴィヒ南西部の中でも魔導気候地帯に属する場所の地名

         不安定な魔晄粒子が空から降る

         いずれ登場する可能性があるので詳細はまだ描かない

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