第14話 心の枷、下弦の月
「へー、アンタ異世界から来たのか」
「なんの因果か、な。デューベはこれまで他の異世界人と会ったことあるのか?」
「ねぇな。……あ~、実際そうかはともかくそれっぽいのは会ったことあるってジーちゃんが言ってたっけ」
観光の一環で砂浜を歩いているときに偶然出会った青年、デューベ。
数センチ、ヒイラギよりも小さな背丈。だが見える体躯はヒイラギよりも圧倒的に逞しい。
根元が紫、そこから徐々に茜色に変化する朝焼け色の短髪。
歳が一つ下ということ、お互いあまり歳や立場を深く考えない性格なのもあって二人はすぐ意気投合し、ヒイラギはこの街で生まれ育ったデューベに観光案内をしてもらっていた。
「そいつのこと、詳しく知ってたりする?」
「あ~、一時期この街に住んでたらしくてちょっとなら知ってる。ヤカツグだったか? 全部は……憶えてねえ! 元の世界に帰るための研究目的で」
「ヤカツグ? ヤカツグ……ヤカツグ……。…………家継? 家継の字で読みがヤカツグだとしたら大分昔の人間じゃねえのか? 詳しくないけど……」
「一応その人の子孫がいるけど会いたいか?」
「……いや、別に。子どもにあっても意味ないだろ」
そこから察したのは主に二つ。
異世界人が一度に複数に迷い込むことはごく稀、異世界人が迷い込むのは低頻度、その二つの前提知識を基に考えると二世界の人間同士での繁殖はやはり可能ということ。
そしてヤカツグという男は帰郷を目指し、そして終ぞ帰れずこの世界に骨を埋めたということ。
「マユゲから聞いてたけど、やっぱ現実として異世界人との子どもって出来るんだな……」
「マユゲ? 酷いあだ名だな」
「俺じゃねえぞ? 名前名乗んねーでそう呼べって言って来たんだ。まぁ、そう言わなかったら多分そんなあだ名付けてただろうけど……」
「へぇ」
随分素敵な感性だな、と揶揄うデューベにヒイラギはうっせ、と返す。
「ところで次どこ行きたい? 飯食って、飯食って……飯食って。街観て回って、店見て」
「ん~、そうだな、この街で一番景色の良い場所に行きたいな」
「それなら良い場所があるぜ! あそこだ!」
「あそこって……灯台か? 一般開放されてるモンなのか?」
「灯台守の爺さんが友達なんだよ」
「それって俺も行っても良いモンなのか?」
「良いって良いって、別に変なことしねえだろ?」
「それは、そうだが」
街の外。
街壁を抜け、街壁と岩壁に囲まれた砂浜の先にある台地の上の大きな灯台。
白く、高く伸びた大灯台に案内されるまま向かい、間近で見るその巨大さに呆気にとられる。
「おーい! アレクソン爺さ~ん!」
巨大で堅牢な土台。
根元を一周する精緻な模様の意匠。
ズレなく重ねられた石材の生む美しさは灯台に対する思い入れのないヒイラギの心すら少しの間掴んで離さない。
「なんだ
「コイツ、俺の友達。この上からの景色を見せたくて連れて来たんだ。良いよな?」
「あッ! 初めましてっ、ヒイラギって言います!」
デューベの声から数秒後、灯台から出てきたのは大柄の老人。
大岩――いや、レンガのような深い赤系の肌色と合わせると積まれたレンガの山と例える方が相応しい――のような体躯。
左右どちらとも二又に割れた耳。
彫りが深く光の加減で闇の射す顔つきは全てと合わせて意図せぬ威圧感を発していた。
「……そうか。入りなさい」
ジッと。
見定めるようにヒイラギの瞳を見つめたアレクソンはその工程を終えると二人を中に促し、灯台に戻る。
「なんださっきの?」
「……おっかねー顔に見えたからビビったんだよッ」
「あ~、見慣れてないとそうなるか」
「……」
「爺さん未だに子どもに泣かれたりするもんな」
「やかましい」
「アデッ……」
余計なことを言うなとアレクソンはデューベの頭を叩き、それに対してヒイラギがニヤニヤと嫌らしく笑っているとデューベは脇腹を手刀で小突き、再びアレクソンに叩かれ、ヒイラギは耐え切れずにゲラゲラと笑った。
「おまっ、意外と性格悪いな!」
「おう、性格ひん曲がり男だぜ!」
「威張るな」
そんなくだらないやりとりを二人繰り広げているとアレクソンが静かに笑う。
「随分と仲が良い」
「悪くなる理由が特にないからな」
「まぁ、気はそこそこ合います」
「あ、ヒイラギ、どうせ上で見るんだし窓から外は見るなよ」
「ん、おう」
窓から光が差す。
前を歩くアレクソンの姿が白く照らされる。
「坊主、この街の人間じゃないだろう。どうしてここに来た?」
「開拓兵の昇級試験で来た感じですね」
「そうか。外の人間から見て、この街はどうだ?」
「今日来たばかりなんで表面上でしか言えないっすけど……街は綺麗だし、食事は美味しいし、良い意味で賑やかだし、デューベやアレクソンさんみたいに優しい人がいるって考えたらいい街だと思うっす」
「……それは良かった」
「……?」
長い螺旋階段の中。
問われた感想に素直に答える。
会話はそのまま打ち切られ、続くことがない。
「爺さん、そうやって外から来た奴に感想聴いてそのままな癖どうにかしろよなぁっ」
「む……すまない」
「いつまで昔の女に引きずられてんだか……」
「……」
「昔の女?」
特に女性関係に興味が湧いたわけではない。
老齢のアレクソンの『昔』が気になっただけである。
「爺さんが二〇と少しだったころだっけ?」
「……ああ。俺は当時二一、そして彼女は一四だったか。ともかく半回りほど歳の離れた彼女がいた。俺と彼女は幼馴染で、そして彼女は仕事の都合で方々を回っていた。俺たちは手紙でやりとりをしていた」
名はシュネー・ズィルバーン。
美しい白銀の髪と真っ白な肌の可憐な少女だったという。
「商人の娘として生まれ、だが継ぐことはなく一つ街を任され、俺と結婚して暮らすはずだった。商人になるための修行、それがあと少しで終わろうかという時だ。突如彼女からの連絡が途絶えた」
「それは……」
「最後に手紙が送られたのはグラムテカ。そこからグラーベンシュタットを経由すると。だが調べてもグラーベンシュタットを通った記録も目撃証言もなかった。道中の村でも聞いたというが何も知らないと。そして調べた結果、グラムテカを出て次の村までの半ばで人が襲われた痕跡があったと。そこにあったのは大量の出血痕。誰が誰だかわからないほど食い荒らされた死体が散乱し、荷車も跡形もなく破壊されていたと」
「……」
「きっと死んだんだろう。だが結婚を約束した彼女のことが忘れられない。こんな……子どもの頃に交換した安物の首飾りを捨てられない程度には、な」
悲哀と追懐の入り混じった表情。
年老いた顔に線が増す。
荒れた手に握られているのは銀の石の付いた首飾り。
きっとシュネーは緑の石の付いた首飾りを持っていたのだろう。
「なんの意味もない爺の思い出語りですまないな」
「いえ……愛する人がいるというのは良いことだと思います」
「そう言ってくれると彼女の愛した街にみっともなくしがみついているちっぽけな爺でも嬉しいよ」
小さく笑うアレクソン。
少しして、最上部に辿り着く。
「こんなくだらない話はこの景色でも見て流してくれると助かる」
「そうそう。こんな爺さんの過去話なんて忘れていまいな!」
「……」
「あだぁッ!?」
「うぉぉ……」
眼前に広がる大海原。
あと一週間もすれば暦の上では春になるという時期、今日の空は分厚い雲が多い。
白と灰色、そして垣間見える鮮やかな空色。
ちょうど雲の隙間から陽の光が柱のように降り注ぎ、海を照らす。
その光景は圧巻。
目を覚まさせるような冷たく、けれど時折春を感じさせる柔らかさを併せ持った風は景色を演出するように全身を愛でる。
「なんか……よくわかんねえけどさ。涙が出てきた……」
きっと、もっと美しい光景になることがあるのだろう。
空が青々と輝けば、大気がキンと澄めば大海原はより大きな姿を現すのだろう。
だが、薄暗く、そして陽の光の交ざるその景色こそがヒイラギの心にはカンと響いた。
まるで心の中に溜まっていた何かが冷たい潮風で結露したように涙となって流れる。
「何かあったのか?」
「ないはずなんだ。むしろ辛いことから解放されて、自由になったはずなんだ。理由が……わからないんだ……」
「溜め込んでいたモノが束縛が解けたことで溢れたんだろう。若いのだからあまり抱え込まず、他人を頼りなさい」
「……はいっ」
過去のストレス。
盗賊たちとの戦いで無意識に感じていた死への恐怖。
その他にはヒイラギの『最悪一人でどうにかすればいい』という考えが香月たちの生活基盤形成の調査を抱え込ませ、負荷が掛かっていた。
それが世界を、街を離れたことで解き放たれていた。
「バカだなぁ、ヒイラギは」
「ケンカか?」
「深く考えんなよ。俺もお前も頭悪いんだからよ」
「デューベ……」
「困ったら気にせず仲間を頼れば良い。社会の本質は助け合いだぜ? それに仲間ならンなこと気にしねえよ」
「そう、だな」
「だからお前も何かあったら迷わず助けてやれよ」
「――おう!」
――――後書きの前に――――
ヤカツグという名の異世界人(日本人)はおおよそ八世紀あたり、想定は天平あたりに転移したと考えています
理由としては家継(やかつぐ)という名前(宅継でもやかつぐと読みますが今回は家の方)の普及した時代とその後ある程度成長してからルートヴィヒに転移したことを考慮するとそのあたりが妥当だからです。生誕に関しては慶雲後期あるいは和同前期ですかね
ちなみにヒイラギは知識不足でそういう思考には至っていませんが、ヤカツグさんは結構良い家の生まれです
当時の名前として「住居を表す場合、家よりも宮の方が一般的」という話があり、加えて「家継」「家成」といったイメージの名前の場合は「政治・社会・財産などの観念が含まれた名前」であるという話も存在するため今回はそういう認識で
誤解防止のためにもう少し解説しますと「家」という要素自体は時代を経るごとに、さらには地域によってその特別性はなくなっているとお考え下さい。農民や奴婢にも存在したという話ですから
――――後書き――――
マユゲ シャプレ
マ:二週間じゃ間に合わなかったなァ……
シ:仕方ないですよ、事前に知っていたならともかく、知ったのは一週間前ですらないんですから
マ:だからって諦めたら死ぬぞ、アイツ
シ:……すぐではないでしょう?
マ:あァ。猶予はあるにはある。が、ないようなもンだ。アイツが思ってるほど優しかねェだろ
シ:ですねえ……
マ:ったく、過去に戻ってオレに色々用意しろって言ってやりてェよ
シ:言ってもどうしようもないですよ。取り返しがつかないでしょう?
マ:まァ、なァ
シ:ちなみに何が足りないんですか?
マ:今使ってる錬金術の機材を改良する金属類、あと錬金術で使う大量の中和剤とモンスターの脳。まァ、こっちの方は少ししたらどうにかなる。問題は金属の方だ
シ:流石に流通量がこちらでは少ないですからねぇ……
マ:はァ……
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