第13話 港町ゼーフルス ~Port City of SeeFluss~
「っ……」
船が街壁を通る。
膨らんだ壁の中には船の停泊所があり、魔石灯で薄く照らされていた。
そこには微かな潮風が流れ、そして停泊所を出ると壁も屋根も失ったことで眩い光に晒される。
白。
一面全てがそう思えるような白。
川が急に下り、海に流れ着く場所に存在するゼーフルスという街を見下ろせるこの場所。
正に圧巻だった。
「くっそ、走り回りてぇ……」
遠めに海を見たことはあっても海の街というモノを見たことのなかったヒイラギ。
この状況は興奮するには当然で、いまだ七日目のヒイラギにとって様々な種族の入り混じる街並みというのは現実であっても非現実感があり。
空想の世界に飛び込んだような気分にさせるそれは隅々まで見て回りたいという衝動を激しく湧き出させる。
「まずはギルド。うん、ギルド」
川を下ったため早く、三時間ほどの魔導船移動。
現在時刻は九時少し前。
ギルドの昇級試験でゼーフルスに来ているヒイラギがまずすべきことというのはギルドへの到着報告だった。
「昇級試験で来たヒイラギです」
「昇級試験。あぁ、はい。少々お待ちください」
なんだっけ?
……
魚の特徴持つ種族だし、魚って胸ないから確かにそうなんだけどさぁ……。
普人種的容姿で上裸って中々ビックリするわ。
……深きものども的な容姿じゃなくて良かったぁ。
「お待たせしました。ルートヴィヒで登録、見習いから一般への昇級を行うヒイラギ、でお間違いないでしょうか?」
「そうです」
「試験は本日の昼から行います。本日と明日の試験内容は筆記です、正午の鐘から一時間の間に試験が申し込めるのでその間にお声がけください。試験の間はギルド館内の宿泊用部屋をご使用ください、鍵はこちらです」
「わかりました」
宿探さなくて良いのはホント助かる~。
探すのって面倒臭そうだし、空いてる良い場所探すまで時間かけたくないんだよなぁ。
「ちなみにここの書庫ってどこですかね?」
「そちらの階段から二階に上がっていただき、右手側へ進んでいただいた先にございます」
「了解です。他に説明って……」
「ございません。試験までご自由にお寛ぎください」
「はーい」
……ヒャッハー! 遅いけど飯だ飯だ!
海産物を寄越せェッ!
俺知ってるからな! この街、鮮魚が食えるってよォッ!!
刺身ィィッ!
あと米もォッ!
「やみつき濃厚魚介麺お待たせ!!」
「うっひょー、旨そー! ……あるぇ?」
お、おかしい。
俺は確かに海鮮を喰おうとしていたはずだ。
寿司はないにしても海鮮丼くらいはあると思って街を歩いていたはず。
そしてそこで麺料理の匂いを嗅いで……記憶がない。
「ひゃぁッ、もう我慢できねぇッ!」
……経験したことない味だから反応に困る。
いや、大枠で言えば魚粉に香辛料、あとは酢? と……果実? だからわかるし旨いけど。
旨いよりも知らんが勝る……。
よし、分解解析じゃい。
麺。これは……煎ってる? いや、単純に素材の匂いが強いのか。香ばしいけどそこまで手は加えてない素材の味だな。挽き方?
麺そのものは固すぎず柔らかすぎず、ヨシッ。
魚粉は……トッピング用の単体で再確認、と。……複数使ってる? ぶっちゃけ普通に暮らしてて魚ってそこまで種類食わんからわからんわ。そもそも魚粉の時点であまり馴染みないし。
香辛料は、辛さの部分は唐辛子系のヒリッと系だな。匂いは……独特。
酢は結構甘め。知らん素材だな。
……分析してて思ったけど、俺食レポの才能ねぇな!
「結論。ウメェ……」
「無愛想な顔して舌に合わないのかと気にしてたらえらく嬉しいコト言ってくれるじゃないかい」
「お、ねぇさん……気分悪くさせちゃってすみませんね」
「はははッ! 見たままおばさんで良いよ! 口調も気にするんじゃないよ!」
「……。見たらわかるかもしれないけど俺、異世界人でさ。似た料理は食べたことあるんだけど使ってる材料が全然知らない風味だから気になってたんだよ」
「そうだったのかい、気づかなかったよ。でもそうかい、異世界から来たのかい。仕方ないから教えてあげるとするかね。麺に使ってるのはムウンキって麦の一種、魚粉は確かカマプタとナマントゥの二種類だったかね。他は大したものは使ってなかったはずだよ」
「あれ? お酢は使ってない?」
「酢かい? ああ、酢ならそこらで売ってる果実酢だね。ヴァイラミだったと思うよ」
「それは商品名?」
「使ってる果実の名前さ。実そのものは甘さが少ないんだけどね、酒にしたり酢にしたりすると甘さが強くなるんだよ」
「へ~、そういえば酢って元々は酒か」
なら酢はヴァイアーツで造ってそうだな。
「異世界ねえ。そういえば一週間くらい前に来てるって聞いたね。アンタ、このあとどうするんだい?」
「一般開拓兵への昇級で来てるからギルドに戻って時間まで勉強かなぁ」
「そりゃめでたいね。っと、気が早いねアタシ」
「ちゃちゃっと合格しますよ」
「自信があって良いじゃないかい。試験終わりに息抜きしたいけど場所がわからないってならまたここに来な、良い場所紹介してやるからさ」
「本当か。助かるぅ。土地勘内から彷徨って時間浪費するのと勉強とで悩んでたんだよ」
「ははは、頑張りな、ボウズ」
「ウッス」
いやぁ、良い人。
飯は旨いし良い人だし。出会えて運がよかったぜぃ。
「さぁ、頑張りますか」
問9:知能は低いながらも人間の行動を模倣する、環境に応じて変化するなどの特徴がある『ゴブリン』
ゴブリンは棍棒を用いることがありますがそれはどのような環境ですか?
(あ~、はいはい、勉強しましたわ。ちょうどマユゲとやりましたよ、と)
回答:適した強度の木が得られる場所(足場が不安定な状況ではゴブリンは四足での行動が主になるため沼地などを除く)
(こんな感じだっけか。普通の森とかならゴブリンは普通に二足歩行で姿勢が安定させられるからな、うん)
問16:森林地帯に出現する『シルドウェイ』はル・シルドウェイやラウ・シルドウェイと初めとして多くの種類が存在します
そのシルドウェイに共通して注意すべき点とは?
(シルドウェイっつったらアレか、ネズミ。これはわかりやすいな)
回答:噛まれること
現状、ポーションなどによる治療は効果がなく、病気を治す方法は存在しない。
そのため咬傷を受けた場合は、その場であれば傷口を切り取って肉体修復が可能な
(マユゲは美しくない、って言ってたっけ。まあ、そうだよな。問題発見、異常箇所パージ、欠損部補填、は脳筋療法過ぎる……。前の世界みたいな病気なら魔術治療できるけど魔術的病気は中々難しいのがこの世界の辛いとこだよなぁ。曰く『解析がメンドクセェ』だし)
問39:国内に広く分布しているミマラマザの『アラミ』
特定の条件で地面から根を出し無差別に攻撃しますがその条件とは?
(……わからん。ミマラマザはわかる、うん。動物でも植物でもないこの世界特有の中間生物だろ? 筋肉的組織持ってて光合成もする、知能は低い。……アラミってどなた? 飛ばそ)
回答:
ちなみにこの問題の答えは『魔術火を当てる』である。
アラミは光合成の際に太陽の魔力を吸収してその魔力を実に溜め込む特性がある。
その吸収の系統が『熱を魔力に変換する』というモノであるため、魔術による火から魔力を吸収してしまうと不純物が紛れ込んだとしてその不純物をこれ以上吸収しないために周囲を無差別に攻撃するのだ。
一定量までならば月の魔力への耐性が一部働いて問題ないが、許容値を超えると実が爆発、自身諸共大規模に破壊することになる。
問71:希少種モンスター『ラクブラァォリタ』は発見した場合即座に駆除、あるいは報告が義務付けられています。それは何故?
(あ~、この面白ネームくんね。名前がざっくり訳すと土・闇・災害だから初めて意味知った時笑ったなー)
回答:無差別に土中を食い荒らし、通った土中の魔術補強を行わないため地盤が脆くなり地盤沈下の原因となり、人里近くに現れると田畑が荒らされ、山の場合は地滑りの原因となるため
(大体の土中モンスターは通った後、道が崩壊しないように土魔術で強度を上げるからそれしないコイツはスッゲー厄介って言ってたなぁ。コイツの被害で滅んだ村がいくつもあるって……正に災害だわ……)
ちなみに滅んだ村だが、その後すぐルートヴィヒによって立て直された。
人民を見殺しにしては国が亡ぶ、国民の意欲が損なわれるという合理と、苦しんでいる人々を見捨てられないという人心の両方によって国と民両方の意思で一年と経たずに完全にとはいかないまでも生活が安定する程度には戻る。
そもそも今の時代、小さいと言えど村一つですら大事な拠点だ。
旅人の一日の歩行距離に合わせて村が存在し、それがなければ野宿になるしモンスターの危険から身を守ることが出来ない。
戦力を持たない行商人は当然のこと。村一つが亡ぶことによって連鎖的に引き起こる経済的な問題というのは国全体に関わりかねない大事だ。
その程度のことであれば高度な教育を施されていない者たちですら一般水準の認識として持っている。
問100:かつて開拓兵が狩竜人だった時代、その黎明期では竜の死体の活用方法が判明されておらず死体は廃棄されていました
そんな無価値な竜の死体を買い取ることで狩竜人という職を維持していた時代ではどのようにギルドを維持していたでしょう
(あ、これは純粋に知識として知ってる)
回答:かつてはギルドが国営組織だったため国費として買取費用を捻出していた
どれだけ正義感があろうとも、綺麗事だけでは食べていけないのが現実だ。
人々を救おうともそこから得られるのは強さと名声くらいのモノ。
感謝され、礼をされたとて竜の危機に怯える人々からは受け取れない。
例え受け取ったとて僅かばかりの金と食糧。
それだけで生きるのは無謀。
だからこそ竜と戦う者たちに感謝を、金に眼が眩んだとて国衛になるならばと貴族たちが協力して造り上げた組織が母体となり、民意の賛同を受け正式に国が組織に資金を出し、国家や領土運営のノウハウを転用したのが『ギルド』である。
(ふぃ~ッ。とりあえず終わった……見直し――うん、九、いや、八は最低でもあるな。わからん部分と不十分かなってとこがいくつか。ま、大体は知ってるもしくは勉強したトコ。……ありがとうマユゲゼミ)
「はい、終了です。明日の試験も同様に筆記試験を行います」
「終わったぁ……。ぶっ続けで複数の試験とかキッツ……」
消耗の理由は色々ある。
例えば筆記具。
ペンも紙も、以前の世界――日本で使ってたヤツほど良質じゃない。ペンは微妙に握り辛いしそもそも種類も違う、紙は凹凸が多くて書きにくい。
例えば椅子。
人体工学によって座りやすくなった現代日本の椅子と違って板の組み合わせで造られた座面と背もたれと足の安物。
例えば文字。
どういうワケかはわからんが俺たち異世界人はこの世界――この国ルートヴィヒの現代語が理解できるし現代文字も読める。
けど日本語と違って即座の理解はできない。
日本語なら小説見開きを二〇秒程度で斜め読みし終える程度には精通している。けどこの国の言葉は意識による翻訳が必要なせいかパッと見だけじゃ文字を見ても意味が理解できない。ちゃんと単語全体を把握しないと翻訳が難しい。
英語でいえば『blaze』は炎、『bleak』は寒い、綴りでいえばblまで同じだし三番目と四番目にaがあって五番目と三番目にeがある。それぞれ単語を知ってるだけの英語素人がパッと見ただけじゃ見分けはつかないであろうことと同じだ。
「今日何やった? ……総合筆記にモンスター知識、植物、地理、歴史、戦術・戦略……総合筆記に出た地図の読み方とかは普通に地図読めるから楽だったけどさぁ、単純に量が多いよ。個別の筆記に関しては多少減ってるとはいえ……」
明日は量が減って質が高まる。
地獄かな?
……息抜きじゃい!
――――後書きの前に――――
マユゲの使ってる筆記具一式は結構な高級品
大量に消費する物なのにストレスが貯まるのは非効率的過ぎるのでそのあたりには金を厭いません
それを使わせてもらっているのでヒイラギはそれがこの世界の普通だと思っていました
――――後書き――――
国王 偉い人たち
A:近頃国内各所で不穏な気配がありますな
B:例の犯罪組織ですか
A:いえ、民たちです
C:民? ああ……世論ですか
A:その通り。これまでは我々が政策を考え、それを民たちに詳しく説明を行い正しく理解してもらったうえで同意を得る。そういう流れでした
王:が、近頃は『自分たちが折れるまで意見を押しつけているのではないか』という考えが出てきた
A:ええ。これは非常にまずい事態です
D:どうしましょうか? そういった意見が出ている以上はこれまでのやり方では反発が増え続けるだけでしょう
B:妥協点を探す、というのはどうでしょうか?
王:それは駄目だ。妥協するということは最善手を用意し、その上で国民の思考の範囲に甘んじるということ。打てる最善があるならば打つべきだ
B:失敬、確かに短慮が過ぎました。二案目で納得してもらうと考えておりましたがそれは民を騙す行為、実に恥ずかしい
A:やはりこれまでのやり方を続けるしかないのでしょうか?
C:そもそもこれまでのやり方で真の理解を頂けなかったのが問題なのです。続けたところで無意味。考えるとすれば説明の仕方では?
D:ですがこれ以上どうしろと? 合理と感情の双方を考慮したうえでの政策を一般基準で理解できるように、かつ誤解なきように解説しているでしょう
A:絶え間なく変化する状況に対して我々は最新の理論で考えている。それに対して主体となる成人たちの知識が更新されていないのが問題では?
B:新たな考え方に関しては都度説明を行っているでしょう。そこは問題ではないのでは?
A:確かに……。ですが一度の解説で理解できているのでしょうか?
C:うちの都市で理解度の調査を行ったところ成人は大半が、子どもたちも半数以上が正しく理解できていました
A:ではそこが問題ではないのですね……
D:議論の場を設けるというのは?
B:議論。なるほど、良いかもしれません。ですが日程や場所はどうするのですか?
C:王都のみで議論を行えばそこで理解を頂いて政策に取り掛かったとしても他の都市から強行だと批判の声が出るでしょうな
B:都市全てで行うとしてその費用は膨大。費用を我々の私財から捻出するとしても複数個所で行う時点で複数の答えが出るのは明白
A:……それぞれで先に意見を決め、そして代表者たちを招いて議論してもらうというのは?
王:それも駄目だ。意見を持ち寄るということはそれぞれの集団の意見を固定するということ、代表者が赴いて初めの意見と異なる答えで戻ってきたとあっては代表が理解をしてもその他の者たちが納得をしない。それに意見を固定するというのは様々な視点で挑みより良い答えを模索する『議論』ではなく、持ち寄った答えの中から最もマシな答えを選ぶ『討論』になってしまう。マシな答えが正しいとは限らない
B:議論するというのは無理なのでしょうか……
王:議論、という考え方は間違いではない。ただ大規模に行うには難易度が高いというだけの話
A:……こういうのはどうでしょうか? まず王都内で王都のみを対象とした政策の議論の場を幾度か設けます。そして賛同を得たところで政策を実施。それが成功すれば周辺都市でも同様の政策を行うかの議論の場を設ける。成功した姿を知れば納得もしやすいでしょう
D:なるほど。全体ではなく局所から施策し、徐々に範囲を拡大するということですね
B:そうすれば理解を頂くのも比較的簡単に済むでしょうね
C:問題があるとすれば時間が掛かること。刻一刻と変動する状況に対して適切に対処するのが難しいということ
A:他にも問題は多い。……ですが試す価値はありましょう
B:説得力を増すためにも以前よりもより優れた政策を考えないといけませんな
C:いやぁ、大変ですな
D:全く、大変ですな
A:こりゃ参りましたなぁ!
王:フッ……
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