第10話 対人
「あの子ッ、エーベルヴァインッ、見てない!?」
慌てたイヴォンヌが昼下がりの宿へと飛び込む。
その表情は焦燥。
首筋には汗。
「知らない。何かあったのか?」
「待ち合わせッ、合流時間にッ来ないッ!!」
叫び、そして奥から父親のクレイオスが飛び出してくる。
「いなくなったのか!?」
「そうッ。わ、私の用に付き合ってっ、聞き込みしててっ、手分けしてたらっ、来なくてッ!!」
「落ち着けお前ら。状況確認。別れた時にいつどこにいて、どこを聞き込む予定で、わかるなら最後の瞬間どの方向に向かっていたのか」
責任を感じている様子のイヴォンヌ。
娘がいなくなったと知って狼狽するクレイオス。
明らかに冷静さを失った二人に代わって指揮を執り、二人に冷静を心掛けさせる。
「最後は二の鐘の後、多分一〇時くらいに北東の旧市街。北東第七通り三番路地辺りで、あの子はそこから第八通り寄りを外周部に向かって順番に調べるって……」
「旧市街地か……」
「……」
北東旧市街地。
王都拡張にあたって、土地の整備を行うために急速に発達した地区。
工事のための肉体労働者に向けて一気に店が建ち並び、拡張完了の直前辺りから急速に廃れ、今は王都の中でも
その中でも最外部に近く門から遠い場所というのは管理が行き届きにくいため治安も良くなく、安全とは言い切れない、というのはヒイラギも聞いていた。
「今が一二時三〇分くらいか。しゃーねぇ、俺も手伝う」
「俺も行くぞ! 娘がいなくなったのに黙って見てられるか!!」
「ご、ごめ――」
「第三者の戯言だ。責任感じるのは後にしろ、尻拭いしたいなら無事見つけ出せ。今は時間を浪費するな」
「――ッ、わかった!」
「アンタらッ、白髪の羊系獣人、二本の巻き角、背中に翼の生えた女の子を見なかったか!?」
「あぁ? ……見てねぇな」
「アンタは?!」
「知らん」
「くッ……」
煙草を吸う二人の中年。
訊ねるも情報はなし。
ガラにもなく焦燥に駆られるヒイラギは二人から急いで距離を取り、次の人間へと声を掛けていく。
(義理はない。特別仲が良いワケでもない……。けど、俺の周りで、俺の手の届く範囲で、俺を取り巻く環境が荒らされるのは辛抱ならん!)
道中でヒイラギは『何故手伝ってくれるのか』と聞かれ、少し考えてから『自分に善性はなく、自分のためでしかない』と結論付けそう答えた。
ヒイラギにとっては自分の生活圏内、感知可能な範囲、そのほぼ全てが自分が生きるのに、自分が自分であるために必要なモノ。
例えばマユゲが困っていれば助けるし、自分が泊っている宿だから助ける。
ヒイラギの導き出した結論はそれであり、ゆえに躊躇いもない。
「アンタ――」
「ええ~、へへっ。どうだったかなぁ、見たかなぁ、見てないかなぁ……お金くれたら思い出すかもなぁ……」
「チッ――
「知らない」
「役立たずがッ!」
思わせぶりな対応。
僅かな期待。
だが結局は金が欲しいだけの役立たず。
ヒイラギは悪態を吐きながら走り出し、ストレス発散とばかりに男の頬を軽く叩いて【浅度催眠】を解除する。
「あ、あれ? ……俺ぁ何を?」
記憶を曖昧にした男はそのまま首を傾げ、そのまま元通り座り込む。
(あぁ……メンドクセェ……)
幾度となく詐欺まがいのやりとりを受け、ストレスを蓄積するヒイラギ。
徐々に冷静さを欠く。
接していない人間に対する嫌悪感も募った。
全てが全て、そういう人間に映る。
「すまないが知らないな」
「……そうか」
虚偽を述べる者たちとの度重なる接触。
タガが外れ、社会倫理など気にも留めず【洗脳】を繰り返し、緩む。
「――」
ヒイラギは指を鳴らした。
パチンッ――と。
魔術で増幅させた強烈な破裂音はケンカの声を聞き飽きた旧市街の者たちの意識すら引き寄せ、建物の中にいた者たちも顔を覗かせる。
「|二本の巻き角と背中に翼を生やした白髪の羊系獣人の少女を見た奴は手を挙げろ《************************************》!」
発する【洗脳】。
条件を絞り、目的の人間に対してだけ【洗脳】を掛ける。
すると数人が手を挙げた。
「どこで見た?」
「向こうの通りだ」
「何をしてた?」
「人を探していると」
「どこに行った?」
「向こうだ」
同様のやりとりを繰り返し、高まる目撃証言の濃度とともに少女の跡を追う。
「男とともにいた。顔に大きな傷を負った見覚えのない奴だった」
「ッ――どこに行った?」
「知らないな。見たのはそっちの辺りだ」
指さしたのは路地。
覗き込むが誰もいない。
地面、何もなし。
壁、何もなし。
そこに手掛かりらしきモノは見つからなかった。
(嘘? いや、能力を使ったんだ、嘘ではないはず。単純に痕跡がないだけか……奥……つっても逆の道に通じてるだけか)
「アンタ、――白髪の女の子を見なかったか?」
「さっき別のおっさんにも聞かれたが角と翼の生えた
「そうか。ちなみにその男はいつ頃来た?」
「もう一〇分以上も前だな」
「この辺りでどれくらい聞き込みをしてた?」
「まとめて一気にだったが結構な人数に聞いてたな」
「わかった。一応念のために聞くが
「ああ」
(大雑把とはいえかなりの人数に対して聞き込みをした、と。そしてここにエーベルヴァインと傷の男は来てない――)
「ちなみにもののついでだが、顔に大きな傷のある男ってのは?」
「傷のある奴はごまんといるが特徴になるくれぇデカいのは知らねぇな」
(……つまり二人は俺の来た方向から来たってことになる。んで痕跡が路地で途切れてる。あっちの男は入ったのは見て出たのは見てない。こっちの男は入ったのも出たのも見てない。間に何かある? 隠し通路、転移陣、空間結界――それはないか。マユゲが言うには『結界は
路地を見つめる。
大勢が通るには狭い道。薄暗く、陽の具合によっては顔の判別が出来ない程度には見えにくい。
それは真っすぐ、そしていくつかに分岐して何ヶ所かに通じている。
(ありがちなので言えばこういう木箱の裏とか下だが……まあ流石にないか。こうも狭いと誰かがぶつかるだろうしぶつかったら隠し通路がバレる。実際あるとしたらもっと別の方法……)
隠してあるならわかりやすくはないだろうと考えながらヒイラギはブーツで整備されず歪になった地面を叩く。
コン、コン。そう幾度と足で鳴らし、追手を警戒した無法者が監視していれば怪しがること間違いなしの行為を気にせず続け、終ぞ見つからずに鳴らし終えた。
(人違い? いや、人違いとしてそもそも同じ人物像で聞いて目撃証言が途切れてる時点でここには何かがあるはずだ。そうとしてどこに? …………上?)
足下ばかり見ていたヒイラギはふと真逆の空を仰ぐ。
澄んだ空が広がるのみ、登攀に使った道具も何もない。
跳躍して両手を広げて両壁で落下を防ぎ、そのまま上へと登り、屋根に登る。
「……いや、屋根はないな。ここから屋根伝いに移動したとして意味がない。遠くに用があるならそこまで誘導すればいい」
無意味としたヒイラギはそのまま飛び降りた。
「何してるの?」
「ここに手掛かりがあるはずなんだが、まあ見つからん」
「本当に?」
「多分な。目撃情報がこの路地の中で途絶えてるんだ。……てかなんでここに?」
「屋根の上にいるの、見えた」
「あ、そ」
合流になったもののどうするか、手伝ってもらうか、けれど何を。
そう考えるヒイラギを尻目にイヴォンヌは路地をキョロキョロと見渡していた。
地面と木箱の下と裏には何もなかったと伝えるとイヴォンヌはざっと全体の壁を伝い、ふと立ち止まる。
「ここ、擦れてる」
「……この木箱の移動跡じゃ?」
「違う。軌道が円。木箱ならこうじゃない。それに毎回位置がズレる」
「全体が擦れるハズ、と。――ン゙ッ……押しても意味ないな。持ち上げる……手を掛ける場所がねぇ」
「……」
「魔力で動くとか? ……ダァメだ反応がねェ」
「……」
不審な要素。
けれどそれ以上進むことができない。
「手、貸して」
「? はい」
左手は壁へ、右手はヒイラギへ。
言われるがまま応じたヒイラギは差し出した手に触れられ、ふと握る。
が、イヴォンヌ側は握り返してこないことを感じて触れるだけで握る必要はなかったのだと気付き、そして直後に違和感を抱いた。
その違和感はすぐさま何が理由か理解した。
(初めて触れた時の感覚がない? ――いや、少しある? ……ないか。思えばアレはなんだったんだ? この世界に来て初めて触れる異世界人だったから魔力の免疫反応的なのが起きたとか?)
思わず関係のないことを考えてしまったヒイラギが意識を現実に戻して目に映る光景を認識する。
壁に手を突いたままのイヴォンヌ。
魔覚で受けるのは周囲に魔力を薄く延ばす様子。
「わかった」
「何が?」
「これ」
指さしたのは近くにあった木箱。
イヴォンヌはその蓋を開ける。
一緒になって中を覗くが中身にあったのは白いロープの束一つだけ。
だが彼女は中に手を伸ばし、底に手を触れ、魔力を流した。
「当たり」
「わぁ」
木箱の二重底の中、魔道具に魔力を流したことで信号が発され、扉がそれを受信。
ゴゴゴ。重い擦れる音を発しながら壁は扉として外向きに開く。
「多分、ここ」
「……入るか。武装は?」
「弓と短剣」
「似たようなモンだ。……ま、準備してるヒマはねぇな」
「行く」
「おう」
囁き声で意思確認を済ませ、中に視線を送る。
光のない通路。
入り口から一メートルほど進んだ先から下り階段が続いている。
二人は様子を窺おうとし、そして扉がゆっくりと閉じ始めた。
「時間式か……」
「入る」
「ああ」
中への警戒をしつつ二人は短剣を構える。
戦闘経験はあっても共闘経験のない二人が狭い空間で戦うとして飛び道具は使い辛い。
そう判断して弓使いであるイヴォンヌも短剣を構えていた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「扉を開くための仕掛けがない」
「……外が確認できないから。多分、一方通行」
「ま、どうせ引き返す選択肢はハナからない、か」
「……あの子を連れて脱出」
「はい、そうですね」
カッコつけたことを言おうとして、自分を鼓舞しようとしてダメ出しを受けたヒイラギは少し肩を落とす。
だがすぐに切り替えて階段を静かに下りはじめた。
「待ち」
「うん」
下る中、ヒイラギは少し気配が変わった気がして立ち止まった。
正確には気配の境界を踏み越えて立ち入ったような感覚。
「人の音、する」
「マジか」
気配察知から身体――聴覚強化に切り替える。
だがヒイラギの耳には何も届かない――少しして遅れてヒイラギも気づいた。
(話し声? 内容は……わからん。こっちに近づいて……通路の前を通り過ぎただけか)
直前まで行っていた気配察知による大まかな地形の把握。
その記憶の残滓に現在進行形で行っている聴覚情報を組み合わせる。
そして自分たちに気づいたのではなく通り過ぎただけということを理解して安堵した。
「……さっきの白髪のガキ、聞こえない、奴隷、調べる? 魔術――何? 送った?」
「まだ生きてるってことか?」
「多分。宝、臨時――手柄? 全体は言ってない、聞こえてもない」
「情報が少ないうえに不鮮明、と。どうする? 突入して吐き出させるか?」
「私が、先」
「わかった」
ヒイラギと密着した位置。
そこで気配察知と聴覚による情報収集を行い、自分の方が上と理解したイヴォンヌはそこからは自分が先導することを申し出た。
それに従うまま下り、イヴォンヌの合図で止まる。
「合図出す。一気に行く」
「了解」
感知されないであろう距離を見極めたのだろう。
階段を下った先、出口まで一〇メートル。そこで先をジッと見つめていた。
反響する話し声と漏れ入る光に揺らぐ影。
「今ッ」
「フッ」
駆け出したイヴォンヌについて行くように間髪入れずに加速するヒイラギ。
下る最中のハンドサインで担当を決める。
ヒイラギは左へ、彼女は右へ。
「な、なんだァッ!?」
「死ねッ」
「オラァッ!!」
容赦なく守りに入った腕を切り落とすイヴォンヌ。
「多いなクソども!
【洗脳】使用。
同時にそれを偽装するために過剰なほどに全身に魔力を纏い、発散させる。
能力の予兆、残滓はその魔力に掻き消された。
そして能力を受けた無法者たちは男女関係なく顔面や首を狙って殴り、手刀を放つ。
単純な威力に加えて【洗脳】による条件指定の気絶。
攻防の切り替わる暇すらなく一瞬で片が付いた。
「さて。攫った女の子、どこやった?」
「だ、誰が答えるかよッ!」
「答えて」
戦闘でない以上能力の偽装はできない。
能力を使うこと自体は違法ではないが【洗脳】という特性がそれを躊躇う理由になる。
「背に腹は代えられない、か……」
「どうしたの?」
「今から力を使う。秘密に出来るか?」
「尻拭いしてもらってる。当然。誓える」
ゆっくりと瞼を下ろす。
瞼に残ったイヴォンヌ眼差しは真剣なモノ。
恐らくそこに嘘はない。
「……
「き、北の森だ。北の森、そこの洞窟に首領がいる。今ならまだそこにいるはずだ」
「どうやって外に出た。拉致だろ」
「門番に、仲間がいる」
「……」
「……行くか」
「コイツら、どうする?」
「然るべき場所に引き渡すのが妥当だろ」
「事情説明、個人での犯人捜し、一市民、時間掛かる」
「ん。じゃあ全員一旦ここに放置だな。逃げれないようにして」
一度全員を叩き起こし、その上で一時的な忘却と退却、戻ってきたら大人しく捕まるように【洗脳】する。
それを手早く済ませ、エーベルヴァインがいるという地点へと向かった。
「人を殺したことは?」
「……ねぇよ」
「覚悟は」
「ある。……そっちは?」
「あるよ」
――――後書き――――
ヒイラギ クレイオス
ヒ:お~い! オッサン!
ク:ヒイラギか! もしかしてあの子が見つかったのか!?
ヒ:確証はないが居場所の手掛かりをな
ク:どこだ?!
ヒ:待て待て待て。オッサンは行くな!
ク:何故だ! 俺の娘だぞ!!
ヒ:まず居場所が街の外! 次に戦闘になる可能性が高い!
ク:ッ……
ヒ:イヴォンヌは準備してもらってるからすぐに出れるはずだ。俺らで連れてくるからオッサンは宿で待ってろ
ク:だがッ……
ヒ:――オッサンはあの子の親だろ! 帰ってきたときにあの子の居場所であれよ!!
ク:――わかった。……娘を、頼むッッ!
ヒ:ああっ!
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