第8話 一を聞いて十を知る:VeryHard

「よろしくお願いします」

「おお、よろしく。仕分け作業で昼まで?」

「はい」

「作業内容自体は単純だからあまり気負わなくて大丈夫だから。ちなみに具体的に何やるか聞いてる?」

「ええっと、荷物の仕分け作業ってくらいしか……」

「なるほど。簡単に言えばルートヴィヒ本店ウチから直で届ける荷物と、経由地に届ける荷物とを仕分ける感じね」


 二つの荷物が見せられる。

 一つはマイヤー村宛てと書かれた荷箱。

 もう一つはグラーベンシュタット宛てと書かれた荷箱。

 ヒイラギの数少ない知識の範囲ではマイヤー村というのは北の方へ向かった先、三〇キロ強ほど離れた場所にある村だ。

 そしてグラーベンシュタットというのはヒイラギは知らないが、同様に北へ向かった先、一週間ほど掛かる位置にある商業都市のこと。


「ここから直接配送するいくつかの場所と、経由地いくつかで分ける感じですか」

「あ~、ごめんごめん、言い方が悪かったな。経由地五ヵ所と、直接配送の六区分で仕分けるのが仕事。直接配送の仕分けに関しては僕らの担当じゃないから、それはまた別の人たち」

「なるほど。そういうことですか」


 国内複数に大規模な拠点を置くクランだ、人員もそれ相応にいるだろうし一ヶ所の業務内容は単純かつ少数に抑えられるか。

 だとしたらわざわざ開拓兵に依頼を出す理由はなんだ?

 人員は足りてるとしたら……閉じないため? 新規参入とか働き手を増やすためとかか。


「じゃ、やっていこうか。そこに置かれた大量の荷物があるから宛先を確認してそれぞれの荷車に載せる。荷車がいっぱいになったら向こうに置き場所があるからそこに置いて、新しい荷車を用意してそれに載せる。まあ実際にやって覚えた方が早いと思うから始めるか」

「はい。少し手間取るかもしれませんが頑張ります」

「ははは。気負わなくて良いよ」


 なるほど。統一された容器に詰めることで輸送のために積む時に積みやすくしてるのか。

 これってあれか、コンテナ。

 コンテナっていうとイメージ的に鉄道とか船とかのデカいヤツとか倉庫のクレート、あと家で整理する時に使うヤツがあったけどこれもか。


「ヒイラギくんは異邦人でしょ? なんでこんな地味な仕事をしようと思ったの? あ、ブルックリンは三番の経由地荷車ね」

「あ、ありがとうございます。そうですね……単純にこの国のことを知って適応するために社会の基盤部分を見たら良いんじゃないか、って思ったのと。結構大人数で転移しちゃったんですけど戦うのが怖い人っているだろうなって思ってそういう人が出来る仕事ってないかな、って探しに来た感じですね」

「あ~、異邦人って何するかわからないから人手が足りてたりすると拒否しちゃうからね。信用ないとどうしても危険な仕事になりがちだし」

「こっちに来てできた知り合い何人かに聞いたんですけどやっぱり普通の仕事で受け入れてもらえるところはなさそうで。なので開拓兵に依頼を出していた交差路ルヴィスアクナさんにはホント助けられましたよ」

「ははは」

「あ、このゼーフルスって場所は二番経由地荷車ですっけ?」

「そうそう」


 このコンテナ、種類で大きさ統一されてるから持ちやすいし乗せやすいのはいいけど硬いから角が手に食い込んでイテーな。

 それ考えるとダンボールって偉大だな、壊れやすいのが難点だけど。


「ちなみに全体で何人くらいなの?」

「ん~、多くて二〇くらいの働き口を探してますね」

「おお、結構な数だな。そりゃ探すのに苦労するわぁ」

「やっぱそうですよねぇ……」


 現地の人間的に難しい。

 あ~、どうすっかなぁ。候補として今残ってる下水道は汚いっつって嫌いそうな予感がするし。


「気長に探すしかないですかねぇ。探して見つかる保障ないでしょうけど」

「あはは、頑張れ」

「はい」




「地下下水路での作業は二人一組でやってもらいます。――そしてヒイラギさんとオルロヴァさんの組。今渡した鍵と地図を使って街の各所にある出入口から下水路に入り、作業を行ってください。では、説明は以上です」


 ペアか。やり易くて一人じゃないから不安が少ないのは良いな。


「俺はヒイラギ。異世界人で普人種、よろしくな」

「オルロヴァ、鳥人種。よろしく」


 ワォ、ギザ歯。

 ……すごく、良いです。

 あーっいけません! エッチすぎます! 困ります、困ります! あーっ性癖ー!


「オルロヴァは……開拓兵?」

「そう。少し前になった」

「俺も俺も。つい最近なったばっかの見習い開拓兵!」


 耳も普人種とは違って独特でイイね。

 こう、モフモフしてて……触りたい、吸いたい……実際は吸っても臭いだけなんだろうけど。耳だし。


「この依頼は経験したことある?」

「何度かやった」

「お、本当か。ならどんな感じか教えてくれ。経験したことない俺が自己判断でやってもダメだろうから指示くれ」

「……わかった」


 初めてで経験者と一緒に居るなら教えてもらうのが楽ってモンだな。 

 ……にしても下水路クッセー! 防護アリでも鼻ひん曲がるわ。


「基本は依頼書とさっき受けた指示通りにすればいい。この経路を辿って、水門とか狭くなってる部分とかの点検。モンスターを見つけたら討伐。それで終わる。後は下水浄化用の魔術刻印の破損点検」

「水門あるんだ。下水なんてそのまま垂れ流しかと思ってた」

「汚水はそう。ただ詰まった時に貯めてた雨水を一気に放出して流すためにの水門がある」

「雨水を貯めるのか……虫とか湧かない?」

「そうならないように水が常に流れてるように上水から少し水を引いてたり、空の貯水槽と満ちた貯水槽とを定期的に換えてる」

「なるほど。俺が思うような単純な問題点は既に解決済みでしたか」


 だから貯水槽らしき広い空間部分がそれぞれ二つずつ近くに存在してるのか。


「ん。……ちょっと向こうの通路に行って。分かれ道に着いたら教えて」

「? わかった」


 急にどうした?

 何かあったのか?

 まあ何かあったから予定にない道に俺を行かせてるんだろうけど。


「着いたぞ~!」

「じゃあさっきと同じ歩く速度で元の進行方向に向かうから。三、二、一、零」

「うしっ」


 よくわからんがわかったー。

 とりあえず向こうに同じくらいのスピードで進めば良いんだろ?

 俺は馬鹿だがそれくらいは出来るぜぃ。


「……」


 ……そろそろ分岐に着くな。これって直進すれば良いのか? それとも曲がって合流?

 指示があるまでは直進、ってことで良いんだよ……な?


「――?!」


 微かに聞こえた高音。

 直後に動物の小さな声。

 何かが地面に触れる。


「もう大丈夫」

「あ~? ――なんだこれ」


 分岐を左折して合流。

 その途中、半死のネズミを見かける。

 大きさは大体靴と同じくらいか。にもかかわらず心臓の辺りに攻撃が当たってるのは流石だな。

 やったのは……血が少し凍ってる。氷か?


「一応拾って来た。どうする?」

「下水鼠。一応魔石を回収……いらないか」

「そうなのか?」

「与えた傷の具合から考えて魔石が割れかけてる。利用するには砂粒。収益は低い」

「ほーん、なるほど。放置?」

「うん」

「他のモンスターが食べて強くなる。とかはないの?」

「……知らない」

「ポイ捨てはいかんし、一応貰っておくわ。……良い?」

「うん」


 魔石を放置した結果どうなるかはわからないが一応回収しておく。

 これが環境として良いのか悪いのか。

 もしかしたら放置した魔石は存在力を失って霧散して、大気循環に入るのかもしれない。

 というか実際、道に魔石が散乱していないからその可能性は高い。

 けれど気まぐれに貰うことにした。


「続き、行こう」

「おう」


 その後は何事もなく順調に進んだ。

 多少水門の辺りにゴミが溜まってはいたが開けば水で流れる範囲らしく軽い報告のみで問題ないと。

 モンスターは下水鼠(下水路でしか発見例がなくそれが正式名称とのこと)に三回遭遇、討伐したけど怪我も危険もなくすぐ解決できた。

 下水路調査は滞りなく、地上への帰還も無事に終わった。


「シャバの空気が美味い。もう一杯」

「……? お疲れ」

「あ、お疲れ。……そういえば、下水路で何度もネズミに気づいてたけどアレって獣人特有の五感が鋭いとかそういうの?」

「アレは感覚強化……」

「へぇ、そんなのあるんだな。獣人限定?」

「……元々は感覚が弱い獣人の感覚を一般程度まで上げる技術。やろうと思えば他の種族も出来る、ハズ」

「感覚が弱い……」


 あ~、なんか獣人っていうと感覚が普通の人間より鋭いって創作物フィクション先入観イメージがあったけど、現実だと動物に依っちゃそうでもないしなぁ。

 鳥だと……嗅覚が弱いんだっけ?


「どうやんの?」

「普通に。身体強化と同じ。魔力を感覚に纏わせる感じ。耳とか、鼻とか、目とか」

「身体強化……また習得中途半端なんだよなぁ。魔力を認識して、加速、集束――ヴぇっ!」

「?」

「は、ははは、鼻がぁッ。くちゃいよぅ。ツンッて来たぁ……」


 嗅覚麻痺。

 それが感覚強化によって回復、全身に染みついた下水路の臭いが増幅。

 悪臭を濃くした刺激臭が鼻を刺す。


「馬鹿じゃないの?」

「おっひゃるほーり」


 鼻を摘まんでいてもなお染みついた臭いが涙を誘う。

 襲う激痛が鼻から登る。


「……出来たなら良いんじゃない?」

「でもこれ、結構脳使わないか? ぶっちゃけ俺って感覚鈍い方なんだけどそれでもスッゲェ頭イテェ」

「鈍いからこそだと思う。元々弱い感覚を平均に引き上げる力、増幅値が大きい」

「てこたぁ普通の感覚ならそこまで効果はないのか」

「効果はあるけど上昇量が下がる」


 あ~ね。テストで勉強してない奴が勉強して平均点取るのと勉強できる奴がもっと勉強するのとじゃ同じ勉強時間でも点の上がり方が違うって感じね。勉強しないとホント百点とか取れねーからなぁ……。


「ん、わかった。教えてくれてありがとう」

「別に。身体強化の応用だし……」

「こういうのは思いつかなきゃホントわからんからな」

「そう……」

「ところで関係ねーんだけどさ。オルロヴァって何回もこの依頼やってるわけじゃん?」

「そうだけど?」

「なんでわざわざこんな汚れ仕事を? しかも何回も」


 鼻が弱いから下水仕事が比較的楽ってのはわかる。

 けどこんな安い仕事、わざわざ依頼で何回も受けるか?


「…………」

「言いたくないなら別に――」

「――私が開拓兵になったのは故郷で外に出て世界の広さを知って来いって言われたから。この仕事をやろうと思ったのは社会維持に必要な仕事の一つだと思ったから。何回もやるのは一回じゃ知り切れないことがあるから」

「……なるほどな。……いや、ありがとう、参考になったわ」

「?」


 そりゃそうだよな。

 一回やっただけでそれを知り切れる、なんてありえない。

 知った気になってるだけ。

 ……うん。もうちょいやりますか。




――――後書き――――

ヒイラギ オルロヴァ


オ:……逆にヒイラギはどうしてこの仕事を?

ヒ:まあ感じたまんま俺は異世界人なんだけど一緒に来た奴らもいるワケなんだよ

オ:街で見たかも?

ヒ:そいつらの中に戦うのが怖いってやつらがいてさぁ? しかたなく一応は金が稼げてる俺が仕事調査をやってるってワケ

オ:お人好し?

ヒ:まさか。俺は俺のためにしか生きねぇよ。身の回りでギャイギャイやられるのが鬱陶しいからやってるだけだ。目の前で死にでもされりゃ気分が悪い

オ:そう……

ヒ:そう

オ:……

ヒ:オルロヴァはさ……今後これがしたいっての、ある?

オ:…………村に伝わる話が目で見てみたい

ヒ:話?

オ:昔、村に狩竜人だった人が住んでて、その人が見たって言う景色。白い樹結晶が一面に広がって、欠片が舞い散る場所……綺麗だったって

ヒ:……綺麗な景色、か。見れると良いな

オ:そっちは?

ヒ:俺? 俺は……まだわからない

オ:こっちに来てまだすぐだしね……

ヒ:そうじゃないんだ。俺は昔から自分のしたいことが分からなくて……。誰かに褒められたいとか、巨万の富が欲しいとか、そういうのもよくわからなくて

オ:私もそうだよ……。子どもの頃の憧れのまま、人生を全て費やして良いと思えるほどの願望がまだ……ないから

ヒ:そっか……はは、そっか……

オ:どうかした?

ヒ:なんでもねー。見つかると良いな、願望

オ:お互いに、ね

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