第6話 肉体の癖

「にーちゃん弱いね!」

「一気に掛かってくるのは話が違わない?! 戦闘素人の異世界人に過度な期待しないでぇッ!?」


 返事も待たずに襲い掛かった子どもたち。

 息も絶え絶えながら、膝に手を突きながらも辛うじて立っていられたのはヒイラギが子どもたちよりも体格があり、貧弱ながらも総量で言えば筋力もあり、そしてベアトリクスと一度訓練をしたことが理由だった。


「だから動き下手なんだ~」

「お、おう……」

「まえ思い出すねー」

「ねー」


 今も幼いがそれよりももっと幼い頃のことを思い出してその時の自分たちと比較して顔を見合わせ笑う子どもたち。

 ヒイラギは単純な戦闘技能だけで言えば劣っていることに静かに傷つく。


「面白いけどつまんなーい」

「退屈ー」

「は、はは……後悔するなよぉ?」


 無意識の煽りに簡単に乗ったヒイラギはふらりと立ち、自分の額に手を当てた。


(【自己洗脳】。内容【動きの模倣】。条件【動きの想起と想像】。引鉄【発動意志】)


 低く身体を構える。

 上半身の動きをベアトリクスとの記憶に。

 下半身は子どもたちと目線が合いそうなほど低く、そうすることで単純な背丈の優位を調節し、腕の長さで疑似的な大剣とする。

 子どもたちが扱うのは体格の都合上、大人目線では短剣に類するもの。

 これでベアトリクスの技能を持った子どもを疑似的に再現する。


「やってやらぁ」

「へへっ、なんかよくわかんないけど面白そう!」

「いっくよー」

「かくごしろー」


 無邪気な声とは裏腹に鋭い一撃。

 ベアトリクスとの訓練で多少麻痺しているが素人のヒイラギにとっては危機的な攻撃。

 この世界でなら大人が受けても平気だが、ヒイラギは未だに魔力が未成熟な子どもと違わない能力だ。

 つまり受ければ怪我をし、運が悪ければ死ぬかもしれない。


「ふッ」

「やぁッ」

「はッ」

「たぁッ」

「らぁッ」


(相変わらずアブねートコばっか狙ってくんなこいつらぁッ!? 連携もバッチリかよぉ!!)


 首、喉、顔、胸など連続して狙われて引き攣った笑みを零す。

 しかし緊張感がありつつもヒイラギは多少の余裕を持って回避できていた。

 とはいえその余裕は攻撃に転じられるほどではない。


(ただまぁ、狙いが絞れるお陰で動きやすいッ)


 首を狙う一突きを掌で押し受け流し、そのまま胸を狙う突きを避ける。

 そしてそのまま踏み込んで首を狙う横薙ぎ攻撃を潰す。


「ョしッ!」


 これまで避け続けていたヒイラギが詰めてくるとは思わなかった少女は驚き、咄嗟に後退る。

 その穴を埋めるように横から少年が現れるがヒイラギはその膝裏を回し蹴って体勢を崩させた。


「ふぅぅぅ」

「動きが変わったね」

「うん」

「驚き」


(落ち着け。これからずっと戦いに身を置くんだ、戦いだからって緊張してたら死ぬだけだろ。ベアトリクスと違って理不尽なほど速くはない、見える。よく見ろ。受け身の現状維持は負け。こっちのペースに持っていく!)


 勝ち筋はない。

 その判断に従って多少の被弾を覚悟して攻めに転じる。

 勝算はある。

 連携の出来る子どもたちといえども、まだ未熟な子どもたち。

 必ず連携の際にはそれぞれで目配せなどの合図が行われる。

 すると背後からの奇襲だろうが素人のヒイラギにも防ぐことが出来た。


「ホント!?」

「不意打ちだったのに……」

「へ、へへっ」


(なんとか間に合ったぁッ! 流石に視線だけでタイミング予測はキッツイ!!)


 視線による方向予測。

 足音も手掛かりになるが距離によっては手遅れになる。

 ほとんどが視線相手の方向とその瞬間の視線主の攻撃タイミングで予想していた。


(けどこれでッ!!)


 連携に視線交流が必要という事実。

 連携を妨害すれば数瞬の隙が生まれる。

 前方や後方に穴が開く。


「くはッ!」


 肺の中身全てを吐くような笑い。

 低姿勢から一気に上へ。

 背後からの刺客と相対した直後に急接近、攻撃の前にその横を稲妻のような軌道で通り抜け、包囲網から抜け出す。


「来た来たぁ」


 呟く喜び。

 包囲を抜けられるとは思っていなかった子どもたちはそれぞれの動きに迷いが見えた。

 そんな中でもどうにか対処しようと最も近くにいた二人がヒイラギに襲い掛かる。

 だが不意打ちがなく、正面から行われる二人の攻撃。

 咄嗟のため連携もない。

 ペースは掴んだ、と。ヒイラギは位置取りをした。

 少し右へズレ、同時に行われるはずだった攻撃に時間差を生む。

 一対二が一対一を連続で二回に。


「……ふぅ。なんとかイケたぁ」


 単純な身体能力差が大きかったのは事実。

 だが現実として、ヒイラギの勝利だった。


「アジィ……」


 勝ったヒイラギは汗を纏っていた。

 今はまだ春の時期だというにもかかわらず真夏に運動をしたかのような発汗。

 額にも首筋にも鼻下にも手の甲にも、見える範囲全てに汗を掻き、汗で服も体に張り付いている。




「お疲れ様です。こちら、どうぞ」


 シャプレの声。

 近づいてきたときにフワリと甘い香りがした。


「飲み物? ありがとぉ……助かる」

「甘酸っぱくて美味しいですよ」


 さっきの匂いはこれだったか。

 あー、容器が冷たくて気持ちー。


「効くぅ」

「ロカリーっていう甘い果実といくつかの柑橘類で調整しました。どうですか?」


 どれどれ?

 強めの甘みにほのかな酸味。

 俺と同じ味覚の持ち主が完璧なテイスティングで好みに仕上げたみたいな味だな。

 それに熱の籠った身体に染み渡る温くも冷たすぎもしない適度な温度。


「ウメェ……」

「ふふっ、舌に合ったようで良かったです」

「子どもは体力が有り余ってて良いねぇ……」

「ヒイラギさんはまだ慣れてないだけで慣れたら大丈夫ですよ。すぐに見習い開拓兵から昇級して、一年も経たないうちに遠征開拓兵目前にだってなれます。色んな人の中心になりますよ」

「なれるか?」

「なれますよ……。絶対に」

「なれるといいな……。頑張るしかないな」


 お世辞。

 そうは思いつつもなんとなく。期待に応えたくなった。

 実際は期待なんて全くしてなくて、本当にお世辞でしかないかもしれない。

 むしろ初対面で、多少の興味があれども初対面で、期待をすることなんてないだろう。

 けど、運動で高揚した精神だからか、初対面でそんなことを言われたからか。

 実際嬉しかったし、やる気にもなった。


「ところで結局のところ。シャプレの用は?」

「用? ああ、そうですね。特にないです」

「え」

「ヒイラギさんとお話がしたくてh――今はマユゲって名乗っているんでしたか? マユゲさんに頼んだんですよ」

「? なんか宗教的に重要――まさか異物は排除的な?!」

「ちっ、違います違います!」


 良かった。

 ぶっちゃけ社会的には妥当性のある考えだから最悪国外逃亡とか考えてたけど。


「私個人が興味があっただけですよ」

「なして?」

「……秘密、です」

「あ、はい」


 言いたくないのか?

 まあ別にどうしても知りたいワケじゃないし良いけど。


「お互い忙しいでしょうから頻繁に会うことは出来ないでしょうけど、またお話をしていただけますか?」

「別にたまに程度なら良いぞ」

「何か困ったことがあれば気兼ねなく頼ってください」

「ああ。その時は頼む」


 気づけば夕日が射していた。

 陽光に当てられ、シャプレの金髪は色が抜けたように白く見える。

 風に梳かれ、時折見える濃紺の髪はこれから訪れる夜闇を彷彿とさせた。


「じゃあ、ちょっとだったけど、話せて楽しかったよ」

「私も……嬉しいです」


 その時のシャプレの表情が少し気になった。

 愛想のような貼った笑みじゃない。

 心が透けたような、そんな微笑みで。

 好意と勘違いしそうになった俺は一瞬ドキリとし、その表情に混ざった不思議な感覚に一瞬立ち去る脚が止まった。

 正体は、わからない。

 別れを惜しむような、巣立ちを見送る親のような、そういう風に見えた。




「……なぁ」

「知らン。アイツのことはオレに聞くンじゃァねェ。少なくともオマエはアイツと関わりねェよ」

「だよなあ」


 改めて考えても妙な距離感だった。

 そうヒイラギは彼女のことを思い出す。

 そんな質問を無意味かつ唐突に振られたことでマユゲは面倒くさそうに、だが一応可能な範囲で応えた。


「ま、そういう人間ってことで忘れちまおう。てことで空間貸してくんない?」

「どォいうこった。ちゃんと説明しろォ」

「訓練したい。貸して」

「あとで色々付き合え」

「あいよ」

「……ついでに訓練に口出しする」

「うぇ?」


(訓練に口出し? 戦えるってこと? それとも効率的な訓練方法?)


「あ~、期待すンなァ。基礎ですらない身体の使い方だ」

「基礎未満の身体の使い方?」

「あァ。人間、それぞれ癖があンが、早々に直すべき癖ってのもあンだろォが。オマエに関しちゃ主に重心だなァ」

「重心?」


 ふと下腹部に眼が向く。

 ヒイラギの知識では人体の重心は臍の下辺り。

 その重心が問題だと言われ、しかし具体的なイメージは出来なかった。


「利き手利き脚、可動域差。試しに両脚で立ってみろ」

「ん」

「ならそこから楽に立ってみろ」

「ん」

「右に体重欠けてるなァ」

「言われれば」

「首、左右に傾けてみろォ」

「ん。……ん」

「伸ばしやすさ、違いは?」

「ある、な」

「有り体に言ったら姿勢が悪い。そンなンで開拓兵出来っか。すぐ身体壊すに決まってンだろォ」


 曰く。

 ヒイラギは左右での筋力差が動きに出やすい感覚をしている、とのこと。

 簡単な理屈としては、すぐに楽な姿勢を取ろうとするため僅かな筋力差がキッカケになって筋力差が開き、姿勢悪化に繋がると。

 右の方が握力が強いからと片手で荷物を持つ際は右手を使いやすくなってしまい、それが原因で右膝の負担が強まる。

 右脚を多く使えばその分筋力も上がり、また右を使いやすくなってしまう。

 すると右の軟骨が消耗しやすくなって、結果として膝を悪くするなど身体を悪化させる。


「しばらくはこっちで管理するから覚悟しろォ。偏った筋肉補正して、同時並行で姿勢も矯正する。……そンなンじゃァモテねぇ、ぞ?」

「全力で笑いやがってこの女郎……」

「やらねェのか?」

「やる」


 腕輪が渡される。

 金色の無骨な腕輪。

 案内された先の空間で両二の腕に装着すると僅かに輝き、全身が包まれる。


「ちょっと待ってろ」

「どれくらい?」

「収まるまでに決まってるだろ」

「ちなみにこれ何してるの?」

「全身のバランスを計ってる。終わったら左の腕輪でオマエの動きを先読みィ、右で正しい動きに誘導する。普通なら勝手に身体動かされる感覚の拒絶でマトモに使えねェンだがァ、オマエなら自己洗脳と同じ感覚で行けンだろ」

「ほぉん。あ、終わった」


 光が収まる。

 覆っていた光が身体に、腕輪に吸い込まれた。


「試しにいくつかオマエが出来るだろォ動きを入れておいた。やってみろ」

「どう?」

「あ~、口でも頭でも良いが【動作再現】、ンでケツに一から五を付け足せ」

「【動作再現:一】――」


 身体が勝手に動く。

 構えから始まり、全身に魔力が満ちた。

 ヒイラギの視界には魔力が爆ぜる様子が映り、自動的に脚に力が籠る。


「――ガッ!?」

「――おいッ!? 大丈夫か!?」


 気づけばヒイラギの視界は上を向いていた。

 高速で地面に身体を擦りつけ、反射的に顔や頭を庇った腕は摩擦で皮が大きく剥けている。

 剥けた場所からは浸出液や血液が僅かに滲んでいた。


「いッ……」

「見せてみろ。――骨は大丈夫だな、肉体の怪我も簡単に治る範囲か。ちょっと魔力流すぞ……魔術回路が傷ついてンなァ。悪い、未発達の魔術回路じゃ負荷が強すぎたみたいだ」

「気に、すんな。はは、死んでねぇしな」

「この状況なら治癒じゃなくて回復の方が良いか」

「あ、スッゲェ楽……」

「……ホント、悪い」

「いや、今のでなんとなくわかった。そもそも今の動きをするには俺の肉体は未熟過ぎるわ、完全に俺が悪い。マユゲの厚意が悪いってワケじゃねえからさ、またそのうちやるよ」

「使っても大丈夫かはまた今度、オレが判断する」

「ああ。その時はまた頼む」




――――後書き――――


ヒ:そういえば、前言ってたけど治癒と回復って違うのか?

マ:あァ? ……言ってなかったか?

ヒ:聞いてな~い

マ:……魔術的に肉体を元に戻す方法は大きく分けて三種類ある

ヒ:三種類?

マ:治癒、再生、回復、だ

ヒ:へぇ

マ:治癒は細胞の活性による方法だなァ。簡単に言えば自然治癒の加速だ

ヒ:なるほど?

マ:再生は傷周辺の遺伝子の情報を利用して怪我した部分を作り直す。その分複雑だし魔力消費もデケェ、何より欠損がデカいと治しきれねェ

ヒ:設計図の穴埋めを合理的にやる感じ? 欠落が多すぎると修繕できない、みたいな

マ:回復は特殊だなァ。魂から肉体の記憶を読んで再現する。だから時間経過に弱い

ヒ:お、おう

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