第5話 神星教、花を被る巫
窓の隙間から入る陽光。
それが閉じた瞼に当たって目覚める。
「んん……」
静かに上半身を起こし、瞼を擦る。
そしてふと隣に目を向けるとそこにいるはずの人間の姿がない。
「?」
とはいえ自分と相手はそこまで親しい間柄ではない。そういう認識であまり気にすることもなく部屋の空気を入れ替えようと窓を開ける。
真っすぐ顔に入る陽光は以前までの生活基準とは異なり夜間の明かりがない(正確にはあるが一定以上使用すると料金が掛かるため未使用)暗い部屋で慣れた目には眩しく反射的に瞼を下ろしてしまった。
「寒い……」
夜が明けてすぐだからか、酷く寒い。
そもそもが異世界。地軸の傾きも緯度も太陽との距離も何もかもが違うだろう。
昨日、朝や昼は感じなかった冷気。
体感で言えば冬が開けてすぐ。
この世界に来る時にブレザーを着ていたことをありがたく思いながら昨日脱いでいたブレザーに袖を通し、そして新しい服を買わなければと気付いた。
「どれくらいかかるんだろう……」
ふと窓の先、下、中庭に目を向ける。
今いる宿や、その他の建物に囲まれた恐らく共同の中庭。
四方、建物の影となって暗い僅かに草生い茂るその地面に目を向けると少し湿っている。
寝ている間に雨が降ったのだろう、心的疲労で気づかず寝ていたのだろう、と。
そして今の肌寒さの理由も納得しつつ『そういえば朝食付きだった』と下から届く話し声を耳に記憶が蘇った。
「よう、やっと起きたか」
「お、おはようございます」
香月が階段を下るとそこに居たのは昨日見た覚えのある緑の髪の少女と、彼女と談笑するヒイラギの姿だった。
「その子が連れ?」
「そう、さっき話した」
「いかにも『私何もできないです』って感じ。何? もしかしてソレも一緒?」
「いやいや、香月はまだどうするか決めかねてる感じだってさ。だから今はあくまで俺一人」
「あっそ。答えは変わらないけどね。さっきと同じで『足手纏いはイヤ』、それに私の目的に着いて来ないだろうから」
素っ気なく。イヴォンヌはヒイラギからの誘いを断った。
より正確にはヒイラギが『来ないか?』と誘っているワケではなく、『一緒に行って良いか?』という内容なのだが、どちらにしてもイヴォンヌの答えは変わらないだろう。
ん~、ダメもとだったけどやっぱ無理かぁ。
ただでさえ向こう主体の行動って話だし、その上全く信用ならない『異世界人』だもん。
こっちの人はなんとなく、異世界人かどうか『わかる』って言うし。
「自分の目的に付き合わせたくない、自分より弱い奴はイヤ、か……。じゃあさ。イヴォンヌの目的が終わって、俺が同じくらいに強くなってたら、その時は一緒にやろうぜ!」
「お世辞?」
「まっさかー? 俺本心にもないことを意味なく言うのって嫌いよ? ただ単に『本心で話してくれる』イヴォンヌのことをちょっと『気に入った』って感じ。話してて楽だしね」
「そう」
二人のやりとりを見てどうしようかと戸惑いつつ、恐る恐る二人と同じテーブルに着く香月。
そして二人は香月をチラリと見て、すぐお互いに目を向ける。
「ま、さっき一緒にって言ったのは打算込みだけどな」
「打算?」
「俺は知っての通り異世界人だからな、得れる情報は積極的にってこと。子どもの『なんで? なんで?』とでも思ってくれ」
「そう。気持ちだけ受け取っておく。けど多分、その機会はない。でも憶えておく」
「ああ。そこまで『不快ではない』けど他に『優先すること』がある。『面倒事』で『頼る気もない』、ね。わかった、目的、達成できると良いな。俺との約束にも関わってるし、成功を願ってるよ」
「……じゃあ」
「おう。また明日の朝、もしくは今日の夜に」
最後に、残った水を飲み干してイヴォンヌは去って行く。
途中からで話を理解できていない香月はよくわからない、といった雰囲気ながら二人の話に介入するのも関係者ではないのに憶えるのも失礼と考えて思考を他の事へ向けていた。
「朝晩の飯は初めの料金だから食いたいタイミングで自分で声かけろよ。んじゃ俺もそろそろ行きますか」
「あっ、は、はい」
「はぁい、午後でーす」
「早かッたな」
「あまり頑張りすぎても稼ぎがデカくなるからな。てかホントにこの指輪を使えばどこからでも来れんのな、この不思議空間」
宝石のように綺麗な石がついた指輪はマユゲの瞳のように緑で、あるいはやはりマユゲの瞳のように黄色で。
そんな指輪は使えばその場から俺の姿を掻き消して、この空間へと移動させた。
「相変わらず……オマエのその感性の低さはクソかァ? その名前はどォにかしやがれ」
「はいはい、『結界』だろ。なんか想像と違って飲み込み辛いんよな。合致するモンがあるっちゃあるけど」
Fateの固有結界だけど。
……ここって話聞いた感じ本質が『時空間の創造と編纂』だから結界って言われても。
「論点そこじゃねェよ。要点もそこじゃねェし」
「あい、サーセン」
「今回来させたのは複数理由があるンだが、まずある奴と会ってもらう」
「……人脈紹介?」
「そンなトコだ」
なんの知り合いだろ。
てかなんの目的? 人脈紹介で曖昧な答えってことは何かしらの明確な目的ありきではないのか?
そもそもマユゲに紹介できるだけの人間関係があることがちょっとびっくりだけど。
「あァ、実際オレとアイツは親しいワケじゃねェ。中間になる要素があッたり目的が同じッてだけだ」
「そっか」
「オレも会わせる気はなかッた。向こうが言ッたからだなァ」
「? 世間話的に俺の話題を出したら向こうが興味を持った感じか?」
確かに転移したての異世界人と考えたら珍しい。
マユゲの知り合いといえばすぐに思い浮かぶのは同業者。とすればヒイラギは興味を惹く研究対象に含まれる可能性はある。
「出る時の座標はこッちでやる。オマエはただ出てきゃ良い」
「今から? 了解」
ここ、か?
パッと見の景色的に西側……中央からちょっと離れたくらいの位置だな。
「ようこそ……ヒイラギさん!」
「あ、どうも。よく分か……って、異世界人だから……」
名乗ってもいないのになぜ、と一瞬思ったもののマユゲとの会話である程度の情報は知っていて、初期状態の異世界人は特徴的だというからそこから理解したのだろうと納得し途中で止まる。
「聞いているかもしれませんが私は『シャプレ』と言います。神星教の
「巫覡、なるほど。カンナギ」
たしか女だと巫で男だと覡、だっけか。
神職、だな。
……マルチ? だとしたらヤダなぁ。
繋がり的にマユゲも怪しくなるし、真っ当な人でありますよーに。
「とりあえず、中へどうぞ」
「そうっすね」
手を引かれるままに門を通り、土を踏む。
まだ教会の中ではなく、門と扉とを繋ぐ中間道の中。
入ると壁がなくなりわかるが中庭では孤児らしき子どもたちが遊んでいる。
とはいえヒイラギが想像するような、以前の世界での子どもの遊びではなく『この世界この国』における子どもの遊び。短い『木剣』や短い『棒』を手に握り腕には厚い『布』を何重にも巻いた『防具』を着けた状態で行われる『訓練』のようなもの。
「大丈夫なのか?」
「はい。むしろ子どものうちにこうすることで最低限の自衛の術が身に付くとして神星教では子どもたちに教えています。それに戦いを知らなければ『自分の許容量』や『人間相手に攻撃してはダメな場所』というモノもわかりますから」
「……逆効果になったりしない?」
「それは私たち大人がしっかり教えれば良いんですよ。むん」
「そ、そう。まぁ怪我は魔術で治るか」
「子どもは周囲全てを見て感性を身に着けます。教育は『何を見せるか』『何を見せないか』ではなく、『全てを見たうえで社会における合理性を理解してもらうこと』ですから」
「社会合理……つまりは『今の社会がどういう理屈で維持・運用されているか』ってこと?」
「やっていることと言っていることが食い違えば、それを子どもが見てしまえば子どもはその食い違いを理解した瞬間に社会から少しずつ逸れてしまいます。自分の常識で物事を教えないように気を付けないとですね」
「凄いな……なんと言うか、尊敬する」
異世界人が嫌われる理由が一つわかった。
たしかに、これは『合理的嫌悪』だ。
社会全体が気を付けようとも、社会の異物である異世界人が『一人いるだけ』で社会に『歪み』が生じる。
そして異なる常識で育った人間に対してこの社会の常識・認識を説こうとも相手は理解しない。
教育は言い換えれば『洗脳』、洗脳は決して簡単には解けない。
異物……か。
気づいたところで俺も異物だよなぁ。
常識は性格。無意識に反映される。気づいたところで簡単に変えられない、変えられないからこそ常識。
ある意味俺ってR-15の存在なのか? こっちの社会の合理性をある程度身に着けて精神性がそれなりに確立された人間じゃ……。
「……あまり気負わなくても大丈夫ですよ。子どもたちも見たものすべてをすぐに取り入れるワケではないですし、人によって個性があることを理解していますから」
「気を遣わせたな……」
「ヒイラギさんこそお気遣いなく。周囲の大人全員が子どもの教育者ですが主体教育者は私です、非合理を憶えちゃったら頬を抓ってでも注意しますからね!」
シャプレの優しさと強さの感じ取れる言動。そこに付け加えられた『私強いんですよ』とばかりのポーズに少し笑みが漏れつつ尊敬の念が強まる。
「あれ? にーちゃん誰?」
「ねーちゃんが知らないにーちゃん連れてる」
「だれ? 知ってる?」
「知らな~い。多分いせかいの人だよ」
「だから変なんだね」
「かれしってやつじゃない?」
「かれしだ~」
うわっ、子どもだっ。
いきなり寄ってきたな。
「みんな、この人は彼氏ではありませんよ」
「そうそう。俺を彼氏にするのは趣味が悪いよ」
「……」
自虐はダメ? まあ教育に悪そうだもんね~、だから妙な気配向けるのやめてくれぃ。
「じゃあ何? 開拓兵?」
「お、正解。といってもなりたてだけどね~」
「みならいだ~」
「みならい開拓兵だ~」
子どもってなんでもかんでもやけに楽しそうだよなぁ。
今は……まあ良いか。楽しそうだし賑やかではあるけど五月蠅くはないし。
「すみません、ヒイラギさん。この子たちはうちの教会で預かっている子たちでして」
「気にしなくて良いっすよ」
「でもあまり得意では……」
「大丈夫大丈夫」
「なんの話~?」
「ん~? お兄さんと遊ぼっか、って話~」
「ホント!? やったー!」
「あそぶ~」
うおっ、想像以上に食いついてきた。
これ、大丈夫かな?
「……用事あるのに申し訳ない」
「あ、いえ、遊んでもらえるのは非常に助かりますので」
「そ? ならちょっと時間貰いますわ」
許可をもらったことで気兼ねなく遊べることになり、ヒイラギはコートを脱いで子どもたちと視線の高さを合わせる。
「じゃあ何して遊ぼうか」
この時の俺は忘れていた。
子どもの遊び、それは自分の中のイメージだけで。その内容は鬼ごっこやかくれんぼといった安全なモノ。
けれどここではそうではない。
皆が戦いをやめていて、柔和な笑みを向けてきていたから直前のことを忘れていた。
「戦う!」
「…………あ゙」
――――後書き――――
ある
かけつけた
それはより
そのようすを
こうして
――――――――こどもでもわかる『神星教』(簡易版)
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