第4話 少女の悩み、少年の飛躍思考

「【固有能力模倣】……」


 色々言いたいことがあるけど、まずは……当たり判定ッ!!

 良い線行ってるって、当たり判定広すぎて意味ないでしょうが。忖度し過ぎて褒め言葉になってないよ、何そのガバ判定。

 あと固有能力を模倣したら『固有』じゃないじゃん。

 良いの? それ。


「気にすンな」

「はぁい」


 多数の可能事項の中のたった一つ。

 それが心を読むこと。

 マユゲの万能さに冷や汗を掻きつつも、こうして『対話』の場を設けてくれていることから倫理観や信念といった理性を持っていることを理解し、落ち着く。


「で、本題の要件に入ンが。端的に言えば『異なる世界の存在のサンプルとして協力しろ』ってなンなァ」

「良いぞ」

「内容を聞かないたァ不用心だなァ、おい」

「研究だろ?」


 騙される。

 そうは考えないのかと言外に訊ねながら愉快気に笑うマユゲ。

 だがヒイラギは『特に』と言った様子で首を横に振る。


「研究ってそう簡単に済むモンじゃねぇだろ? 膨大な試行努力の果てに成果が得られるモンだ。てこたぁ研究材料は無駄にはできねぇ。何せ『異世界人』っつー『貴重品』だからな」

「まァな。自分で言うのはなンだがよォ、悪いよォにはしねェさ。全くではねェが収集癖もねェからなァ」

「じゃ、やっぱり良いよ。減るモンじゃねぇだろ、減っても大したことないし。俺が協力すれば直接じゃなくとも巡り巡って技術発展に繋がる、技術が発展すれば俺にも見返りはある。ま、それはそれとしてマユゲから直接の見返りとして世間知らずな俺に色々教えてもらうが」


 探索終わりとか休日とかなら時間はあるし、極論ぶっちゃけ技術発展リターンなしでも構わない。

 この部屋にある本とか読めるだけでも充分……研究者の読む本を俺が理解出来るかな?


「話は纏まった、詳細に関しちゃ欲しいなら後で誓約ギアスでやンぞ」

「うん、わかった。別に要らんが」

「とりあえずいくつか質問があるから答えろ」

「おう」


 異世界知識の確認?

 でも異世界転移の前例ってそれなりにあるらしいし、長命な魔術種エルフなら実際に聞いて既に知ってそうだけどな。


「名前はナガイ・ヒイラギ。転移後同郷の女とともに宿に入る。その後ギルドへ向かいベアトリクス・ブレイズと遭遇、会話。ゴブリン相手に能力を試したのち街へ戻りアデル・オーガストと会う。そして今に至る。合ッてるな?」

「記憶を覗いた? それとも初めから見てた?」

「合ッてる、と」


 答えてくれないと、ああそうですか、まあ良いけど。


「明日、依頼に行くなら午後開けとけ」

「金ないんだけどなぁ……一週間は持つし今日の稼ぎもあるから大丈夫、か?」

「最悪研究の協力として一ヶ月くらいなら面倒見てやンよ」

「ワァイ、大人なのに自分一人で生計立てれないってツラーい」


 実際情けないよなぁ。誰かに依存しないと生きれないって。

 この世界ならもう既に成人扱いの年齢だし。


「依存、なンて言い方だからそォ感じるだけだろォが。というよりはオマエが依存ッて言葉に負の印象を抱き過ぎてるだけだなァ」

「え~、そうかぁ? だって大人だろ? 一人で生きるモンだろ」

「アホか、むしろ子どもかァ? 『その立場にいるからそれができて当然』は思考回路が破綻してるだろォが。可能なコトッてのはなァ、経験の積み重ねであッて立場じゃねェ」

「あ~……あ~? 極端な話するとすれば歳だけ重ねてもできるワケがないって話?」

「あァ。話を戻すが綺麗事でもなンでもなくゥ、事実としてほぼ『全ての人間』は誰かしら何かしらに『依存して生きてる』。お前で言えばモンスターを倒すための武器は誰が作ッたか、その武器の素材は誰が手に入れたか、素材を手に入れる坑道は誰が精錬し誰が掘ッたか、その坑道は誰が維持してるか、その維持する人間を生かす食事は誰が作ッたのか。オレだッてそォだ。魔術で大抵のことはできンが生きる上で色ンなことを外部に依存してるし、魔術を研究するのだって基礎の理論は先人のがねェと無理だし他の奴らが考えた最新理論を使うことだってある、生きる理由も依存だ」


 まぁ、社会ってそうだよな。

 単独じゃ生きられない脆弱な人間が生存率を高めるための機構が社会だし。


「独りで生きれンのなンてオレだッてほぼ知らねェ」


 それでも最低一人は知ってるんかい。

 え、戦う時は自作防具もしくは裸装備? 武器もそこらの素材で作れるヤツか素手?

 飯も自分で調達・調理して、生きる理由だって自己補完?

 ま、まぁアレだろ。最悪独りで生きる状況になったらそれができるってだけで普段は人間社会に属してる的な。


「そォだな。実際完全に独りで生きてるワケじゃァねェ、年に数回人のいる場所に来る」

「うせやろ?!」


 こんな世界で?

 モンスターのいるこんな世界で?

 ……やばぁ。


「とりあえず転移後ォ、再構築してすぐの肉体の調査だ。調査に協力しろ、終わッたら好きにしていいぞ」




「よう、遅かったな。来ないかと思ったよ」

「色々あったんすよ。ところで俺以外の転移者って来たりしてます?」

「少し来たな。声をかけたが訓練は断られたよ」

「なるほど」


 思い出して立てた指は三本。


「戦いが縁遠い世界から来たんだってな。どうだったよ」

「やり方にこだわらなければゴブリンは普通に倒せそうっすね。流石に不意打ち受けたら簡単に死ぬでしょうが」

「やり方にこだわる、な」

「純粋に体術と剣術で戦うと一対一で苦戦しつつ勝つ、って感じっすね。継戦能力が全然っすけど」


 そう言いつつワイシャツの右袖を見せるヒイラギ。

 右腕、手首にほど近い場所には広い痣が刻まれていて、見せるとともに左腕と右脇腹を指さす。


「ならこれを飲め。即効性はないけど明日の朝には完治してる」

回復薬ポーション? 良いんすか?」

「初心者用の低級品だ、一〇〇くれてやっても痛くないから気にするな。初手の訓練で怪我庇って変な癖付けられるよりはいい」

「なら有難く」


 軽く一口。

 味は悪くないが口に含んだ途端に伝わってくる違和感が複雑な感想を抱かせる。

 違和感には既視感があり、それはアデルと握手をした時に起こった自分以外の魔力が絡む感覚に似ていて。

 そして同時に傷のある場所や疲労が溜まっている位置に同じような感覚が絡む。


「うへぇ、違和感スッゴー」

「慣れだな。そのあたりは回数を重ねるか魔の濃い場所に行く、他にも色々だが経験を積めば気にならなくなるぞ」

「なるほど」


 不調ともまた異なる違和感をあちこちに抱えながら不要な装備を投げ放って準備を始める。


「よし、まずは体術で頼んます」

「口で言っても覚えられないからな、見て覚えろ」

「うっす」


 返答。

 同時にギリギリ視認できる速度で唐突に襲い掛かるベアトリクス。

 咄嗟に腕を挟み込もうとするが肉体を直線的に使い間合いを読みづらくさせることで防御をさせない。


「戦いで大事なのは相手の『攻撃を受けない』ことだ。つまり『攻撃を読む』『無効化する』そして『選択肢を与えない』、だ」

「ッ」

「身体を開くな。誘ってるのか? ならお望み通りグチャグチャにしてやるよ」


 顔を狙った一撃。反射的に目を瞑ってしまった直後、腹部に鈍痛が広がる。

 理解できない状況と鈍痛に思わず目を見開き、そしてそれを狙って額に拳が直撃。

 連続攻撃を受けて体勢が崩れ、間もなく足払いによって側頭部を強打し呆気なく敗北した。


「……アハハ! 俺、ヨエー!」

「どんな気分だ?」

「そりゃもう最高っすよ。顔面を狙われた瞬間の恐怖、腹ぁ殴られた時の痛み、デコ殴られて心臓がキュッとなる感覚……どれも初めてで――ああ、俺生きてるんだって!」

「苦生主義か?」

「なんぞそれ……」

「明確にしろわかりにくいにしろ、何かしらの苦悩があることに喜びを感じる性格ってことだ」

「近いかも? 全てが思い通りの世界ってツマンネーっしょ」


 ただ漫然と生きて来た以前。

 それとは異なって明確に生を実感した今。

 思わず零れた笑み交じりに自論を向けると優しい手刀が頭に載せられた。


「バーカ。人生語るにはまだ早いっての、この零歳児」

「ふっ、確かに」

「それとな、そっちのが良いと思うぞ。口調」

「……文句言うんじゃねえぞ」


 少し挑発的な笑みを浮かべながら立ち上がったヒイラギはそのままダメージを受けた場所を撫でて確認してから再び構える。

 今度は言われた通りに上半身を直線的に配置しつつ下半身は相手に即座に反応できるように。


「どうせ今日は他に誰も来ないんだ。気絶しても無理矢理起こして忘れられない思い出にしてやるよ」

「へっ、おっそろしいこと言いやがってこんチキショー」




「たっだいまー」

「お、おかえりなさい」


 やー、疲れた疲れた。

 ガチで気絶するたぁ思わなかったぜぃ。

 その分色々教えて貰ったから良いけどね。


「だっ、大丈夫ですか!? その怪我!」

「ん? あー、ヘーキヘーキ。見た目ほど酷くないし」

「わ、私の固有能力……【活性化】って言って怪我を治せるので……良ければ……」

「ありがとな。でも良いよ、これから毎日のように怪我するだろうし」

「そ、そう……ですか」

「ホント、気持ちはありがたいよ」


 ベアトリクスに『痛みには早めに慣れておけ』って言われてるし。


「ところでどうするか決めた? そっちの人生だし好きにすれば良いとは思うけどまあ余計なお世話として、やるならやるでさっさと決めた方が良いぞ」


 ベアトリクスだってずっと暇じゃないだろうし。

 生活もあるだろうからあまり長いと戦闘指南をしてもらえなくなるかも。


「資金的にあと六日。いきなり実戦に行く前に戦いの練習をしたいなら教えてくれる人を紹介するけどそれをするなら実質あと五日。うかうかしてると資金が尽きる。養ってやる気はねぇぞ」

「……はい」

「独りでいるところに声かけたのはあくまでも交渉がしやすそうだと思ったからだ。つまり利用価値。巻き込んだ手前トータル一週間は保障するがそれ以上の期間になると俺の生活基盤のが早い」

「……」


 実際には多分今日で整ったんだよなぁ。

 ゴブリンは【洗脳】を使えば言葉が通じてある程度曖昧な指示も出せる。

 薬草と魔石の献上を命じたから成功すれば働かずに稼げることに。

 そうすれば時間を気にすることなく研鑽に努められる。


「あの……」

「ん?」


 宝くじの当選を待つような、そんな気分で明日の準備と寝る準備をしていると不意に声をかけられた。

 なんだろうと顔を見てみると少し深刻そうな、何かを決心したような、そんな感じだった。


 やっぱ男と一緒の部屋で寝るのは怖いとか?

 まぁ、仕方ないよねー。如何にも『他人が怖い』みたいな雰囲気出してるし。

 たった今一週間は保障するって言った手前『じゃあお前野宿な』とは言えないよなぁ。

 可哀想とかそういうのじゃなくて、自分の言動に整合性が取れなくて悔しいもの。


「どうして……どうして永井くんはそうやって前を見れるんですか? どうして……怖くないんですか!?」


 なんだ、別に何かを打ち明けるとかそういうのじゃないのか。

 あ~、でもある意味『自分の弱さ』を打ち明けてるのか。


「怖い、って言うのはモンスターと戦うこと? それとも全く知らないこの世界で生きていくこと? もしくは一人で生きていくこと? それ以外の何か?」

「全てですっ。全て……です……」

「ん~。じゃあまずそれぞれ、お互いの認識を擦り合わせようか」

「認識?」


 もしかして何もわかってない感じか。

 まあ、ある意味じゃ俺も何もわかってないしだからこそ擦り合わせるワケだけど。


「わかりやすい順に、モンスター。これが嫌な理由は『死ぬこと』似た理由で『傷つくこと』そして『殺すこと』。そうだね?」

「はい」

「『死ぬ』と『傷つく』。これはまぁ、大体のヤツが嫌だろうけど……これを単純化すると『行動を起こすことによって起こる損失を恐れている』ってなる。『戦う』という『行動』と、それによって起こる『死』や『怪我』っていう『損失』」

「そう……ですね」

「そこに『死』とか『怪我』っていう生物としての本質的な排除心があるだけで」


 宗教が文化に与えた影響なのか、それとも単純に生物としてのどうしようもない獣性――本能なのか。

 人間は『生』や『死』を神聖視したり邪視してりしすぎてる。

 だから判断を下す時に余計な枷が生まれたり。

 まぁ、わかるけどね。けど程度ってのがあると思うよ。

 死んだら何もできない、だから生存を第一に掲げる。これは理解できる。

 けどそれを理由に選択肢を捨てて、緩やかな自殺を選んだら元も子もないと思う。


「例えば。『受験』をする、それで不合格になったら人生が狭まる。再び受験をするにしても一年。『失敗』したら『損失』が多かれ少なかれあるワケだ、人生に影響を出すくらいには。じゃあ聞くけど香月はこの状態で『受験をしない』って選択をする?」

「しません。わ、私は受験をします」

「うん。受かれば人生計画の中で合格って地点までは順調に進めるからね」


 実に期待通りの回答をどうも。

 まあこの質問に関しちゃNOって答える奴のが少ないだろうけどね。


「俺たちで言ったら『不合格』だと受験しなければ『中卒』、受験して『浪人生』ってマイナスタグが付くわけだね。じゃあ元に戻って『戦い』だ。戦いで言ったら『負け』で最悪だと『死ぬ』、良くて『欠損』とか『怪我』だね」

「それは……流石に……」

「なんでさ。『中卒』だよ? 十中八九自分が望んでいた職業に就くのは無理だよ? 『理想の自分の崩壊』、つまりは『未来を失う』。それって死ぬのと同義だと思わない? やりたいことがある、けど自分を圧し殺して、望んでいなかったことをし続ける人生。まるで奴隷じゃないか」

「皆が思い通りの人生を進めるわけでは……」

「うん。そうだね。でも答えじゃない。死ぬのと同義、奴隷みたい。それの答えじゃない。……意地悪は理解してるから答えなくて良いよ。それに本題から外してあるし」


 単に意地悪しただけだし。

 厭なことをし続ける人生が奴隷だって言うなら戦いたくないコイツに戦いの道を歩ませるの奴隷と同じだ。


「元々転移者おれたちには選択肢がないのに、ない道探して死ぬのはやめておきなよ。ってのは言っておく」

「はい……」

「さっきと矛盾したこと言うけど、時にはやりたくないこともやるってのが人生だしね。それに物事への忌避感ってのは自分自身の思い込みか、もしくは周囲からの洗脳じみた押し付けだから。こんな世界に来たんだし、せっかくなら咎められるような行為以外は色々試しても良いんじゃない?」

「思い込み……」

「その『殺したくない』って感覚はどこから来るモノかのか。その感覚は正当なモノなのか。逃げるための都合の良い言い訳になってない? ありふれた言葉だけど『肉となった生き物』は、『植物を育てる時の害虫・害獣』は、そういうところに思考は行き届いてる? なんとなくの感覚で終わってない?」

「『殺したくない』……感覚のもと……」




――――後書き――――

 1話で触れていた『生物学的種分類』から派生して、今後作中で語らないであろう設定を開示します



 この世界の人間――ヒイラギ同様の見た目の普人種、魔術種エルフ、獣人など含めて人種全部――の繁殖では基本的には雌側に受精の選択権があります


 どういうことかというと、この世界の人間は『体内で循環する魔力の余波でも僅かに身体強化』を行っています。イメージ的にはバリアですね

 その身体強化は肉体で行われているため『人体を離れるとその効力を大きく落とし』ます

 つまり体内に『卵子を保持』し続ける雌は卵子への身体強化バリアが存在し、精子を『体外に放出』した結果その突破力は低下してしまい卵子の膜を突き破って受精が出来なくなるワケです


 ではどのように受精するかといえば、それは『雌側の意思で卵子の防御力を素のモノまで低下させること』です

 脆弱になった卵子防御に対し、精子は残留した強化によって突破力が上昇しているためその場合の受精は容易となります


 ちなみにですが、例外として生まれつき魔力を持たなかったり魔力を持っていても魔力循環を行うための魔術回路が存在しない種族や人物は卵子が通常と同様なので雌側の意思で受精を選択することは難しいです

 ただ、外付けの身体強化といいますかそういった種族人物向けの避妊魔道具が存在し、それは例えばヘソピアスであったり刺青だったりします(そういった魔道具は効力が強すぎるので魔力、魔術回路ともに存在する人物が使用することは困難)



 この雌側の受精選択権というのは身体強化の都合上なにも人間に限った話ではなく、龍なども同様だったりします

 魔力と魔術回路が存在すればそうなる、という生物的な理由ですから



 付け加えるならこういった理由により、この世界ではコンドームのような避妊道具が衰退して現代で知っている人間はゼロといっても過言ではない程認知がありません

 今後、コンドームが発展することもこの世界ではありません(魔術で治せるので)

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