第3話 亜麻色の国衛、薄明色の奇人

「おや、君は……今日来たという異邦の者か」

「イホウ……音だけ聞くと変に聞こえるぅ。まあそうですね、異世界から来ました。お姉さんは?」

「私はアデル。アデル・オーガスト」


 アデルと名乗った騎士は微笑みながら握手を差し出す。

 キラキラと金にも見える亜麻色の髪に一瞬見惚れながら握手に応じると、鎧越しの手に触れた途端にヒイラギの背筋が凍った。

 決して威圧のない見た目。眼つきは鋭いながらもそれは凛々しさの部類で、彼女はヒイラギの人生で一番と言っても差し支えないほど美しい。

 けれど、その内側に秘めた存在力。それは圧倒的だった。


「も、しかして……なんか、凄い人だったりします?」

「それ、本人に聞く? まあ世間的にはうん、そうだね。代々この国に仕える国衛の騎士家系で上級騎士だ」

「あ~、それは大変失礼をば」

「気にしなくて良いよ」


 畏怖を悟られぬように平静を装いながら笑顔で応じる。

 それとともに貴族の立場にいる相手に来やすく『お姉さん』などと言ってしまったことを謝罪。

 だが見透かした眼つきで見つめられ、笑顔が動きを止めた。


「ところでどうして……君は私に関して片鱗でも感じ取れたんだい? 自慢じゃないんだけど私は魔力操作の類は得意とするところでね、普通は感じ取り難いはずなんだ。ましてや君は来たばかりで感受力が弱いはず」

「ん~? この世界の物理法則とか詳しくないのでわからないんですけどね……。自分、この世界に来てからやたらと魔力の感覚に襲われてるんで多分未経験ゆえの敏感、とかじゃないですか? あ、ちなみに名前はヒイラギです」


 強さ、オーラ、存在力。そういった雰囲気的なモノが抑えられる、それも魔力操作で可能だということに驚きつつ、思考を重ねていない雑な想像を口にする。


「汚い手で済まないがちょっと失礼するよ」

「ぅえ?」


 外した鎧。

 少し汗ばみ僅かに湿った素肌と触れ合う。


「感じるかい?」

「す、少しだけ……」

「……」


 これ、どっどどどういう状況?

 トップレベルの美人とこんなことになるなんて誰が想像したよ。

 やめてー、異性免疫のない童貞には栄養過多過ぎるって。


「君、もしかして魔力を纏っているのかい?」

「魔力を纏う……ああ、はい。なんか感じたことない感覚があって、それがなんか自分の意思で操作出来そうだったんでその正体が『魔力』だってわかった時からずっと」

「なるほど。君は魔力を纏っているから私との干渉で片鱗を感じ取って。けど私は君の魔力が薄すぎるから感じ取れなかった、ということか」


 これ、単純に事実を述べてるだけなんだけど貶されてるみたいだな。

 面白。


「ああ、すまない。もう大丈夫だ」

「うっす」


 重ねられた掌が離れ、干渉しあって生まれた魔力の感覚が溶けるように消える。


「こちらに慣れるまでに時間が掛かるだろうが国に属するつもりなら受け入れてくれ」

「属するつもりなら?」

「私たちの常識や規則というのはあくまでも一社会内でしか通じない偏見でしかない。もしもヒイラギ、君が社会に属さずルートヴィヒの外で独立して生きるというのなら君に『慣れろ』というのはおかしな話。そうだろう?」

「道理っすね。納得しました」


 下手に『我らに従え。従わなければ殺す』と言われなかったことに安堵する。

 ヒイラギが知っているのは基本的に『自分とは異なる存在を排除する』ような人間だ。

 少し思想が異なるだけで平然と相手を攻撃し、間接的にしか手を下さないから無自覚に相手を殺す。

 そんな質の悪い人間。


 文明的には前の世界よりも劣ってる、けどそういう面だと前の世界よりまともだな。

 この文明観で女が上に立って、周囲から敬意を向けられてるあたり人間間での平等も高そう。

 まあそれもそうか。肌の色どころか生物学的に種が違う存在が一つの国で生活してるんだ、男だとか女だとかで差別するのが馬鹿馬鹿しいわな。あるとして性差による不可避の面での『区別』ってトコ。


「流石に独りで何もかもできると思えるほど万能じゃないですし、人間の造るモノは好きですし、まだ全然見てないのでしばらくは国で暮らしますよ」

「そうか」

「質問なんですけど。――この国は良いトコロですか?」

「――ああ、しゅうだんの規則さえ守っていればそれ以外は自由な場所だ。騒動が起きることもあるが私たちに任せてくれれば問題ない。……君が開拓兵として名を挙げた場合は頼るかもしれないけれどな」

「ふふっ。なら楽しみにしてますよ」

「歓迎する」




「――はっ?」


 気付いた時にはそこはどこか建物の中。

 大通りを南下していた、そのはずだった。


「アンタの仕業。そういう認識で良いか?」


 店。

 そういう雰囲気を醸し出す内装で、たった一人いる自分以外の人間に語り掛ける。

 カラフルな髪色の多い世界ながらも色の鮮やかさからか特に印象を強く抱かせる空色と紫色のツートンカラー。

 また、同様に特徴的な翠玉エメラルドの右眼と黄玉トパーズの左眼。

 その上には短めかつ太い眉。

 視線を少し横に向ければ種族を一目で理解させる滑らかに尖った耳。

 彼女そのものは非情に小柄で色白、その肌には体表魔術回路が刻まれている。


 なんだこいつ。

 空間転移? それとも俺と同じ【洗脳】?


 点から点へと跳んだのか。それとも意識を操られたことで固有時間が飛んだのか。

 即座にそう予測をして警戒するヒイラギ。

 だが、どこかでその無意味さも理解していた。

 空間転移したのなら今いる場所は逃げられない場所。【洗脳】なら一度その支配下にいる時点で打つ手がない。

 やるべきは相手を認識した瞬間に【洗脳】で相手を完全な支配下に置く事だった。

 それをしなかったのはヒイラギがまだ戦いに身を置いていないからか。それともまた別の理由か。


「オマエのその表情ツラ、やっぱ見てて笑えンなァ。まァ座れよ」

「いきなりヒデェ。…………まともな歓迎を期待するよ」


 打つ手なし。

 そう判断したヒイラギは多少の警戒心を残しつつも大人しく用意された椅子に座る。


「オレのことは……そうだな、マユゲでいい」

「ヒッデェ渾名なまえだな、おい」


 理解しやすい名前ではあるもののその名を自ら、という事実に苦笑が零れる。


「本名を明かすワケにはいかねェからなァ。それにオマエにこれ以外で呼ばせるつもりもねェ」

「……要は名前で一定の距離感を保とうってこと? 多分俺には関係ないだろうけどなぁ……」

「オマエはオレをマユゲって呼べば良いンだよ」

「はいはい、了解」


 初対面の人間に対して呼び方のこだわりなどあるはずもなく、ヒイラギは素直に受け入れ、マユゲは無表情ながらも満足気にほんの僅かに頷く。


「軽く自己紹介でもするかァ? それとも手ッ取り早く用件を言ッた方が良いかねェ」

「そうさね。今回に限って言えば自己紹介を頼むよ」


 知らない環境だから、見るモノ聞くモノほとんど全てが初めてだからとしばらくは説明なしでもやり抜ける心構えではあったものの流石に説明が欲しいと多少嫌味な笑みを浮かべるヒイラギ。


「オレは研究者だ。作ッたモンを売ッたりもしてンが、基本はそうだ」

「研究者、へぇ」


 色々知ってて当然だよなぁ、聞けるかな?

 つっても差しだせるモンあっか?

 宿に戻れば高校の教科書一式があるし、受験用に色々持ってたから理数系は高校の範囲大体と大学範囲ある程度が……。

 こっちはこっちで別方向で数学とか科学の発展をしてるだろうけど、俺サイドから見て抜けてる面は出せる、よな?

 あ~、でも研究のジャンルによっては無理か。


「主な系統は魔術やらの魔導学の部類だ」

「魔導学。俺からしてみればファンタジーだが決して無稽ではない、と。ちゃんと現象に規則法則があって再現性のある『科学』の一つ、と。なるほど」


 イメージでは『無規律』とでもいうべきか『人知を超えた力』『法則を無視して事実として現実を改変する力』そんなモノだった。

 だが考えてみればそんなイメージの中でも一定の法則はあった。『魔力を消費して、事象を引き起こす』。

 魔力は無限ではないという法則があれば、星が魔術で生み出したモノで埋め尽くされていないという事実から状況推察ではあるが魔術で生み出したモノは消えるという法則もある。


「あァ、ちなみに個人の魔力はそォじゃねェが世界規模で考えると魔力は無限だ」

「んッ?! まりょく……むげん……?」

「つッても現行前後の技術で解析できる範疇での事実だ。より高次での解析をすりゃァ結論は変わるかもなァ、それが何世紀先の話かは知らねェがよォ」


 魔力は無限?

 エネルギー保存則、ドコ? ココ?

 これまでの『普通』で考えたら『無限はありえない』。無から有は生まれないから、ありえるとして『別次元からエネルギーを取り出してる』とか、『ダークエネルギー』とかその類。

 けどここは前とは違う別世界。『ありえない』が『ありえる』世界。

 異なる世界だと異なる法則が働くモンだ。


「そォだな。オマエが理解できるように辻褄合わせの考えでも出すなら『無から有になるし、有が無にもなる』ッてトコロだ」

「……なるほど。ステイタスがあるから『世界機構システム』ありきで考えるが、世界規模で魔力総量が決まっててどこかで使えばどこかで消えるって感じか。確証はないけどそれでなんとか納得するか」


 そもそも非学者おれが正解を知っても無意味だし、納得出来る答えを提示されたところで正解とは限らない。

 言ってみれば『天動説』。『なぜ陽が昇り、落ちるのか』って『疑問』に対して『太陽が動いているから』って『答え』があってそれが『世間的に正解』だとしたら『皆が納得』する、事実それが正解とされてた『時代』があった。けど実際には『地球が動いているから』。

 うん。好奇心を捨てる気はないけど追求は迷走だな。


「さて」


 閑話休題。

 そういった雰囲気でのテンションの切り替え。

 ただ疑問と好奇心を埋めるだけの軽薄なノリからヒイラギは真っ直ぐマユゲを見据える。


「アンタさ。何を、どこまで知ってる?」

「おいおいヒイラギ、そォいうのはある程度自分の中で結論を出してから聞くべきだろォ?」

「チッ、じゃあ具体的に聞くが『心を読む固有能力ないしは魔道具を有している』、そうだな?」

「残念だったなァ。オレの固有能力はそンなちゃちなモンじゃァねェし、魔道具に関しては精神作用系の魔導学理論すら不完全だ」


 あ゙~……マジか。

 自信満々に言ってた分、かなりハズいな。


「良い線は行ってたからなァ、正解を教えてやるよ」


 良い線。

 掠ってはいたか。


「理由が固有能力は正解。そしてオレの固有能力は【固有能力模倣】だ」




――――後書き――――


伝言掲示板・


伝言紙二〇二八『龍の上の商い・伝言人:モルガン・宛先:グラーベンシュタットに行く人』

 半年後にグラーベンシュタットに行くんだけど誰か一緒に行かない?(一七七年一二月一一日)


 開拓兵一:何目的だよ(一七七年一二月一一日)


 ただ一人で行くのもなんだからって思って一緒に活動する人か、もしくは護衛依頼とかの予約でもないかなって(一七七年一二月一二日)


 行商人一:護衛依頼ではないのですが私の家族へ荷物をお届けお願いしてもよろしいでしょうか? 荷物と言っても手紙を一通。銀貨一〇枚でどうでしょう(一七七年一二月二一日)


 別に構わないよ。手紙だけなら報酬は銀貨八枚で良いから私宛に指名依頼出しておいてね(一七七年一二月二九日)


 行商人一:ではその時期に依頼をお出しします(一七八年二月三日)


 わかった(一七八年二月六日)


 商人一:なら私が護衛依頼を。依頼内容は『馬車二台の片道護衛』出発日時は『五月一七日六時』到着日時は『五月二二日一二時』。依頼報酬は金貨五枚でいかがでしょう(一七八年二月一八日)


 太っ腹だね。良いよ、元々正確に日付は決めてなかったから(一七八年二月二五日)

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