第2話 清濁混合それこそ人生(個人の感想です)

「登録完了です。依頼はあちらの依頼掲示板をご覧ください。パーティの募集はあちらの掲示板などをご利用ください」

「ん~……パーティだとどういう利点がある感じ?」

「パーティを編成しますと依頼達成の報告者が所属中のパーティメンバーへ口座宛てに報酬が自動分配されます。そのため遠征などの特例を除き通常はパーティは一人一つまでとなりますが、申し込めば他メンバーの方へのギルドからの確認を経て受諾されます。より詳しい情報はあちらの情報掲示板へ記載されておりますのでご活用ください」

「はいはい、基本あそこ見れば良い感じね。了解、理解した」


 壁際に備え付けられたいくつかの巨大な掲示板。

 その中に『依頼』とこの国の共通語で書かれた赤い掲示板に向かい、依頼を読む。

 想像、というよりは創作物を呼んだ結果の偏見というべき認識とは異なり、開拓兵には『見習い』『一般』『遠征』の三段階しか区切りがなく。

 そして受けることができる依頼はその三段階では変わらない。その区分の中でも難易度はあるが取捨選択は自己責任。


 ゴブリンの依頼がおススメって話だよな。

 『常駐依頼』……『剥がさないでください』……なるほど。発注数が多い依頼に関してはこういう形でおいてる感じね。

 ついでだし他のも見ておくか。


 登録したてでは実績による信用がないから受注できる依頼は限られる。現状では常駐依頼がほとんど。

 ゴブリン討伐以外では『薬草採取』や『荷物運搬』などといった肉体労働が多い。


「あ~、そういうね……当然っちゃ当然ね」


 それじゃ普通におススメされたのにしておくか。ついでに薬草。

 常駐依頼なら依頼の違約にならないから罰金もないし受けるだけタダで。


「新人、雰囲気からして外の人間か」

「ん? アンタは……先輩すか」


 背負った大剣、守っていないに等しい防御面積の少ない鎧。

 ステイタスが高く、万が一の場合の保険程度の認識なのだろう。


 筋肉ヤベェ……てかなんだこのプレッシャー。生まれて初めてプレッシャーとか存在感とかの類まともに感じたわ。

 さっきの視線うんぬんの時も思ったけど、視線を感じるとかプレッシャーを感じるとかそういうのが本当にある世界な感じ?

 あれか。五感に追加で魔覚的なのが存在して魔力云々で感じる的な。 


「そう言われるとなんか照れるな。私はベアトリクス・ブレイズ、好きに呼んで構わない。気まぐれで新人に助言をしたりしててな、欲しいなら聞いてくれ」

「マジか、アンタ良い人すね。じゃあまた後で頼んで良いすか? 今からゴブリン相手に現状でどれくらいやれるのかの把握をしに行く予定なんすよ」

「わかった。なら好きに声をかけてくれ」


 一瞬ビビったけど良い人だな。

 普通に善意っぽいし、こっちの都合で良いなら社交辞令とかじゃなく普通にお願いするか。


 傷を纏った筋肉質、無骨な大剣、燃えるような赤毛。さまざまな要因によってヒイラギは瞬間的には少し恐怖を抱いたものの人間としての雰囲気から問題ないと理解し、安堵する。


 ま、そろそろ行くか。




「永井柊が命じる。貴様たちは……死ね*********!!」


 ゴブリンたちへの【浅度催眠】による命令。

 瞬間、ゴブリンたちは歪に伸びた鋭い爪を胸に突き立て、魔石を引きずり出した。


「くぅ~ッ。やっぱ命令できるなら一度はやってみたいよなぁッ、コレッ」


 いきなり使うこととか考えたらルルーシュごっこはやらないけど。

 でも『死』って生物における最重要なモンでも【浅度催眠】で命じられるのか。それ考えるとガチで強力チート過ぎねぇか? コレ。

 そこら歩いてる奴に片っ端から【洗脳】したら最終的に国家乗っ取りだって出来るだろ。メリットないからやらんが。


 ヒイラギはそう考えるが、実際には能力を使えば人によっては勘づく。

 【洗脳】の場合は能力使用によって発される魔的要素が意識していなければ感知できなかったり感知し辛かったりする類のモノだから一般人相手ならそれも可能だろう。

 だが経験を積んだ開拓兵や一定以上の騎士や衛兵にはその感知は可能。

 もちろんそこには【洗脳】という能力の特異性があるため魔的要素の感知をできても何をしたかまではわからず、すぐ捕まることはない。だがこの世界の人間も馬鹿ではなく、小さな要素を紡ぎ合わせたうえで答えに辿り着くなど容易い。


 それでもそこらのモンスター相手にこうやって『死ね』っていうだけで金は稼げるし、人生クソぬるじゃん。

 ……しねぇけど。

 するワケ。


 楽に生きたいワケではない。

 もちろん無駄に苦労をしたいということではないからどちらかといえば楽を選ぶ。

 けれど一番良いのは楽しく生きること。

 適度な苦痛と適度な楽さ。その間の愉悦を味わって生きていたいだけ。

 ヒイラギにとって苦楽の混合こそが人生であり、酸いも甘いも味わうのが最上。


「死んだら肉体は霧散、魔石と多少の素材を残す、と。今回は素材はなかったけど」


 落ちた、宇宙のような黒と白の光粒を内包した六角柱状の石。

 そこにはモンスターを生かす魔力が込められていて、死後遺った魔力は魔道具という機械を動かすエネルギーになる。

 ゴブリンは比較的楽に倒せるモンスターで、その強さは悪漢一人程度。

 だからゴブリンから得られるモノの値段は基本的に安価。

 その日暮らしできる程度が普通の新人の収入額らしい。


「それにしても人間相手、かぁ……」


 やれば犯罪だ。

 他者に対して危害を加えれば犯罪になる。それは魔術やステイタスのある世界であっても変わらない。

 それは社会を形成する生物における『当然』だ。


 やるメリットはあるよな。金は得れるし、てかタダで色々ゲットできるし、衣食住は確実にイケる。

 ……冷静に考えるか。


 考えなしに使うべきではない。

 そう考えたからこそ第一の標的をゴブリンにした。


 まず先に【洗脳】を使う目的を。すぐ思いつくのは三大欲求『食欲』『性欲』『睡眠欲』。食欲は店員に金を払ったと認識させれば良い、性欲は気に入った女を惚れさせればいい、睡眠欲は……なんだ? 自分に『八時間眠れ』的な?

 ん~? とりあえず【洗脳】って名前だから性欲を満たす方向で考えてみたけど俺って性欲持てあましてるのか?


 ヒイラギの認識面は主に二次元で成り立っている。

 それ故に洗脳能力というと思春期性も合わさって取り出しやすい場所にある発想がエロ系統になっていた。

 だがふと冷静に、一番初めに心掛けた冷静さが思考の脱線を阻止する。


 永井柊おれという存在を分解して考えるべきだな。

 まず俺はそもそも他人が好きじゃない。基本は社会性の範疇で最低限の関与があれば充分、孤独を感じることはあるが他者との交流を無理にする方がよりストレスになる。

 だからどちらかといえば『人間が苦手』だ。

 かといって『女に興味がないワケじゃない』し『性欲がないワケでもない』。


 人間関係の構築というモノがヒイラギにとって面倒な理由。その核は幼少期の経験。

 日本生まれ日本育ちの両親共に日本人ながらも地方レベルでは両親の出身地が異なるし自身の生まれと育ちも大きく異なる。吸収した常識と不完全な形でしか発揮できない環境。

 さらには転勤の多かった家庭ゆえにゼロから形成した人間関係が即座に振り出しに戻ることが多く、結果として『他者との交流の放棄』を選んだ。


 欲求不満になったら自分で発散すれば良い、てかこの国だと俺って成人扱いだから最悪娼館にでも行けば解決する。

 その状況で女相手に無理迫って欲を満たす理由。……余程手に入れたい相手? もしくは自分じゃどう足掻いても手に入らない相手?

 ……初恋すらまだだからなぁ、そもそも女を好きになるって感覚が分からん。


 友好が異性としての好意へと変わる前に関係性がリセットされる。

 普通なら経験する時期に経験するべき物事を経験できないまま遅れる、もしくは経験できないまま。

 そういった積み重ねの結果ヒイラギは初恋すらまだ、恋愛感情すら未成熟だった。


 てか好きとかどうとかって、相手と自分の幸福とかそういうのを望むモンだよな?

 一方通行は恋愛とかじゃなくてストーカーの類だろうし。

 性欲は自分で発散できる、ってことは恋愛感情とは切り離すモン、だよな。

 じゃあ『誰かを好きになる』って時点でそれに【洗脳】を使うのはアウトだろ常考。


 迷走する思考。

 他者との交流を捨ててきたヒイラギにとって疑問を他者に共有し答えを尋ねるという思考は薄い。共有すれば簡単に出る答えでも出せないし、『他者から答えを貰う』という行為を幼少期に経験しなかったがゆえに『他者の答えを素直に受け入れる』という許容性を持たない。

 それはヒイラギの経験による人間不信も相まって懐疑から思考するというバイアスが掛かっている。


 そうだよ、そもそも『誰かを無理矢理』ってただの自己満足。それじゃあオナニーと同じじゃん。

 ただ『自分がやりたいことを好きに出来る状況』って、『虚無』じゃん。

 ゲームにおいて楽しいのは勝敗を決めるまでの過程。決着の決まってるゲームなんてただの作業。

 それに無理矢理ってのが俺の性に合ってないじゃんよ。


 よくある話。

 手に入れたモノは想像よりも大したことはなく、それを追っていた時の方が満たされていた、と。

 ゆえに、ヒイラギは【洗脳】で己の欲を満たす無意味さを思考から理解した。


「やっぱ、こうして――死ね、、――使う方が気が楽でイイや」


 【完全催眠】でも大きな違いはなし、か。

 やっぱ意識への介入強度の違いであって実行内容には無関係なのね。


 数度の試行。

 その結果、予想通り死に方に大きな差はなかった。

 ステイタスがある影響か、【洗脳】に意識を向けると大まかにどんなことができるのかわかる。

 検証して意識と実態に乖離がないかと確認するが、問題はない。


「やっぱ人生は苦楽がごっちゃだからイイよな、うん」


 育成によって向き不向きが生まれるならともかく、前提から有利なゲームってクソゲー過ぎるし。

 思い通りに行かないのが人生だよ、ホント。


 それはヒイラギの人生が濃く滲んだ内心だった。


「ん。これでとりあえずメンタル面はオッケー、自分の意思とやることに大きな矛盾はなくなった。次のステップだ」




――――後書き――――


伝言掲示板・


伝言紙一八五二『沼地に咲く蒼い花・伝言人:チャノキ・宛先:指定なし』

 誰か『ラルゥラマ』という花を知りませんか。近年では発見報告のない花なのですが(一七七年八月七日)


開拓兵一:昔なんか聞いたことあるな。今もかは知らないが昔は西方の湿地で見たって知り合いから聞いた記憶があるぜ(一七七年九月二四日)


開拓兵二:それってアレだろ? 大昔の植物。今はもう無理だろ、湿地の位置が変わってんだから(一七七年九月二六日)


開拓兵一:そうかもな。今となっちゃ地形も気候も当時とは全然違うだろうし(一七七年一〇月一日)


 有難う御座います。可能性は薄くてもある限りは探してみます(一七七年一〇月七日)


開拓兵三:西の湿地に行くなら準備をするこったな。あそこはちと厄介な場所だ(一七七年一〇月八日)

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