ワリとクズな主人公の異世界人生 ~洗脳と能力と生活と~ 

軒下晝寝

第1話 王都ルートヴィヒ ~Royal City of Ludwig~

 前触れはなかった。

 例えるなら動画を一気に飛ばしたような、刹那の停止と視界の切り替わり。その間の出来事を消したような、そんな感覚。


「マジかよ……マジカル」


 寝ていたワケでも気絶していたワケでもないからこう表現すると少し違和感があるが、気が付くとそこは異世界の『ルートヴィヒ』という国の王都『ルートヴィヒ』だった。

 足元には魔法陣らしき幾何学模様があったから初めはラノベによくある『異世界召喚』かと思ったけれど、話を聞く限り足元のそれは『異世界からの転移』に自動介入する『魔術紋様』というモノらしい。

 なんでも、二世紀くらい昔の『ユリシーズ』とかいう賢い学者だか研究者だかが設計したとのこと。

 異世界からの転移は一種の『自然災害』らしくて転移の座標はランダム。

 だから周囲に全く人気のないモンスターのド真ん中とか、生身スカイダイビングとかがあり得るらしい。物質の強度だか密度だか存在力? だかの問題で某ゲームみたいに『いしのなかにいる』とかはない。海の中とかはその時の海の状況次第だとか、まあそもそもその状況からの生還例が皆無だからわからないとのこと。

 今回の件に関して、この国に責任はなくて未知の思想持ちって爆弾要素なのに一週間分程度の資金と『開拓兵』としての初期装備をくれるという。


「それでは、ご武運を」

「……どうするかなぁ」


 ハッキリ言って戻る気はない。

 今年で一八歳予定で、その後は適当に独り立ちする予定だった。それが多少短くなっただけ。

 前の世界で何かを成し遂げたいってワケでもなくて、子どもの頃から漫画とかが好きだったからその趣味を続けるために働こうと思っていた程度。

 この世界が理想の世界かどうかはわからないけど憧れのファンタジー世界には変わりないし、生物としての第一目標である生きるって言うのはここでも達成できるから本能的不満もない。

 まあ、生物本能の繁殖ができるのかはわからないけど。

 見た目が種族的に全く同じ感じの人は居るけど獣人とかも居る世界らしいから遺伝子的に異なる可能性はある。生物学的に種が変われば繁殖は難しくなるから異世界人の遺伝子はこの世界に来た時点で朽ちる運命かもしれないし。


「ん? お前、アイツらに着いて行かなかったのか?」

「ひぅッ!? だっ、だだだ、大丈夫です、はい!」

「回答が噛み合ってねぇ……」

「さ、誘われなかったので」

「ほーん、そうかい」

「ご、ごごごめんなさいっ」

「なんで謝るのさ……」


 なんだっけ、コイツ。

 クラスが理系クラスな都合で二年の時から一緒の教室にいるのに名前がイマイチ……桂木かつらぎなんとか。かつ……かつ……カツミ? わかるぞ、カツミだ。


「カツミはどうすんだ? 宿取るのに二人いりゃ交渉しやすいから予定ないなら来いって言いてーんだが。まあその場合相部屋になるんだが」

「あ、あの、香月かつきです。桂木香月……です」

「おお、そりゃスマンね。ちなみに俺は永井ながいひいらぎだ」

「は、はい、知ってます」


 違った。カツミじゃなかった。

 ま、いいや。

 さて、真面目に今後の短期予定を。

 金を稼げる確証のない現状、所持金の浪費は抑えたい。となるとコイツを使って安く済ませた方が良いけど、断られたらどうするか。

 最悪能力で無理やり?


 この世界。魔術紋様がある以上当然魔術もある。

 加えて言うならどういうワケかゲーム的なステイタスというのもあったり、特殊能力もあったり。

 より正確には『固有能力』。俺の場合は【洗脳】。

 細分化すると【完全催眠】と【浅度催眠】の二つで、切り替えは左右の指パッチン。

 能力的には命令されたことを完全に忘れるのと、命令を受けたことはなんとなく憶えてるしそれに従うことに違和感を抱かないの。

 どっちも対象のポテンシャル依存で、あくまでも可能な範疇で命令を実行する。


 便利っちゃ便利だけど使い辛くもあるね。

 アレだ。創作における『作者より賢いキャラは出せない』ってのと同じ。

 命令ストーリーを描く俺自身が適当だとなんもできない、っていう。


「だ、大丈夫です」

「どっちの意味で?」

「よ、よろしければ一緒に……すみません」

「オケ、んじゃ行くか」




 ここが安いらしい『鱗雲亭』か。


「それでね~」

「へぇ、面白いコト聞いた。今度調べてみる」

「本にはあまりなってないらしいから頑張ってね」

「そう。わかった、ありがと」

「どういたしまして」

「エーベル、客が来てるぞ」

「え? あ、はーい!」


 中には三人。

 一人は緑の髪と紅い瞳の少女。弓を持っていて恐らくは開拓兵。種族は一見ではわからず、その見た目の特徴として顕著なのは体表の刺青のような紋様。直線を主体とした曲線交じりの模様。


 アレは『魔術回路』……か? しかも体表にまで出てるタイプの。

 とすると魔術種エルフ? けど耳は尖ってないよな。混合種ハーフ


 二人目は緑髪の少女と話していた『エーベル』と呼ばれた白髪の少女。明らかな獣人種で、細かく分けるなら恐らくは羊。頭部には二本の巻き角。けれど既知の『羊』とは異なり、背には翼が生えている。

 モフモフとして思わず触りたくなる毛並みをした少女は言われて気づいたらしくこちらを向いて笑顔を振りまいた。


 飛べるのか?

 街歩いてるときも思ったけど、飛べるのか?

 まあ、ファンタジー世界だし物理法則からして違うのかもな。


 三人目は店主らしき男。獣人の少女との親子関係を理解させる格好で、羊のような格好(翼はない)と少女が受け継いだであろう垂れ目がちな目つき。ただ毛色は少女とは異なり枯れ葉を思わせる淡い茶色。


 ゴツいな。強そうだ。


「いらっしゃい! 泊まるの? 二人?」

「ああ。けど金があまりなくてな、同じ部屋で良いから安くならないか?」

「ベッドは別?」

「の方が良いな」

「わかった。期間はどれくらい?」

「とりあえず一週間だな」

「なら大丈夫だよ。食事はどうする?」

「朝晩で頼む」

「じゃあお代ね」

「どれくらいだ? これで足りるか?」

「んと、大丈夫、足りる。じゃあこれが鍵ね、上がってすぐのとこだから」

「あい、わかった」


 意外と持っていかれなかったな。もう半分くらい持っていかれるかと思ったんだけど。

 まぁ、割引価格だからか。

 転移の情報が知れ渡ってるとしたらそれ用の特別価格か? だとしたら、ありがたい。


「んじゃ、俺はギルド行ってくらぁ」

「も、もうですか?」

「そりゃそうだろ。所持金に限りがある、異世界人って特性上なんの身元保証もないんだから就ける職は開拓兵みたいなのに限られる。悩む時間がもったいない」

「確かに……すみません」


 だからなんで謝るし。


「じゃあな」

「あ、はい。お気を付けて……」


 もっとも、就ける職が限られてたところでファンタジー世界でわざわざ一般職に就く気はないけど。

 社会として基盤形成は大事だけどせっかくの異世界なんだから冒険者的な職業の開拓兵はなっておきたい。それを一生続けるかはわからんが。


「あ、さっきの」

「何? ……異邦人?」

「なぜわかったし」

「転移したての異邦人はまだこっちに馴染んでなくて髪も目も黒とか茶色とか金とか。それに魔力がない、こうして相対しても視線を感じない」

「へぇ、俺らもそっちみたいに髪色変わるのか。それに視線を感じる……比喩表現でもなんでもなくこの世界じゃそういうモンなのか」


 こっちの世界に俺らも適応するのか。

 色素、遺伝子、そのあたりが変質してそうだな。

 そもそも今の俺の身体は前の身体じゃなさそうだし。

 昔ダンボールで切った腕の傷跡が消えてるし、全体的に身体の不調も改善されてる。

 転移のメカニズムはよくわからんが、この世界の魔術の雰囲気とか転移の状況を聞いた感じこっちの要素を使って肉体を構築してる可能性が高いんだよなぁ。


「それで。何?」

「あ~、アンタ開拓兵? 良ければ話聞きたいんだけど」

「……歩きながらで良い?」

「そりゃモチロン。願ってる側だし基本は合わせるよ」


 素っ気ないかと思ったけど結構優しい。

 良い人だな。


「何聞きたいの?」

「そう、だな~。じゃあまず『比較的安全で経験も積める』って要素に当てはまるのってどんな感じの仕事?」

「なら『ゴブリン』。対等な条件ならまず勝てる。適度に隠れてるから索敵の練習にもなる。安くはあるけど魔石も落とすから稼げる」

「ほほう。良さげ」


 ゴブリン。やっぱいるのね。


 以前の世界では様々な創作物に登場する存在『ゴブリン』。

 その特徴は作品によってさまざまで、醜いモノや美しくなるモノも存在する。

 起源はヨーロッパの民間伝承であり異世界であるこの世界には存在しないはずのモンスター。

 ヒイラギもその矛盾には気づいていて、だがそれはすぐ解消された。

 そもそもこの世界の言語は日本語ではない。にもかかわらず意思疎通ができているのは未知の要因による翻訳。

 聞いた内容が意識の中で自動的に翻訳される。つまり少女は『ゴブリン』とは直接は言っておらず、翻訳結果そう言った状態。現世人である少女の言ったモンスターの内容が異世界人の知識の中で最も合致しているモノと照合され、翻訳されたのだ。


「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったっけ。俺、永井柊」

「ヒイラギ? ……私はイヴォンヌ」


 なんか仲良くする気はなさげ。

 でもまあ、握手くらいはしてくれるっしょ。


 イヴォンヌ。その名も同様だ。

 植物の名を語源とする少女の名前が、合致する名へと翻訳された。


「着いた」

「ここ、ギルドか?」

「そう。用があるから」

「あ、うん。関わるかはわかんないけど一応よろしく」

「…………よろしく――ッ!?」


 触れた瞬間。

 二人の身体に異変が起きた。

 ヒイラギには自分の首を自分で絞めるような、自傷的感覚。

 イヴォンヌは握手の手が自分の手に入ったような、境界があやふやになったかのような感覚。そしてその後、頭痛。


「!?」

「うッ……」


 なんだったんだ、今のは……。

 能力? 相手の?

 それにしては向こうも様子が変だし。


「そ、れじゃあ……」

「あッ――」


 結局ロクに質問できなかったな。

 ま、いっか。先輩との接点が一応できたってことで。



――――後書き――――の前に――――

これからは後書きとして本編に出ないであろう部分を描写したりしようかと思います

読んでも読まなくても良いです。読んだら楽しめるかも、程度に捉えて頂ければ

必ず後書きを書くとは限りません、その時の気分次第です


――――後書き――――

降星歴178年3月24日


イヴ:古代都市アウグストゥス……これが昔言ってた……

   でも今はこっちじゃない。この辺りの地図を……

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