第24話 ばんどでしね

 午後の担当のクラスメイトに遊技場を引き継いだ僕は、同じく午後の担当に焼き鳥の仕事を引き継いだ胡桃と合流し、一階にある学食へと足を運んでいた。学食は一般向けとは別に、生徒向けの食事、休憩の場所として解放(学食自体は閉まってて、食事は持ち込み)されており、僕たちは胡桃が持参した午前中に余った焼き鳥と、僕が屋台で買って来た焼きそばをおかずにしながら、この後の予定を話し合うことにした。


「先ずはどこに行く?」


 笑顔で焼き鳥を頬張りながら、胡桃がフロアマップに視線を下ろす。屋外で火を扱っていたらかかなり汗をかいたようで、胡桃は一度トイレでシャツを着替えてきたらしい。今は真新しい黒いティーシャツとデニム姿だ。


「最初はやっぱり映画かな。お昼時でゆっくり見れそうだし」


 こうしているとデートの予定を組んでいるみたいで楽しい。明日もお互い、午後からは予定が空いているので、二日間一緒に陽炎祭を楽しむことが出来る。


「そういえば胡桃。実は午前中に、ミステリー研究会の銅先輩から面白いものを預かったんだけど」

「銅先輩って、前に話してくれたあのキャラの濃い人?」

「そうそう。とてもつもなくキャラが濃い人」


 大事なことなのでここは強調しておこう。


「裏企画として、一部の生徒に挑戦状と称して、謎解きスタンプラリーなるイベントを開催しているらしくてね」


 銅先輩から受け取った挑戦状をテーブルに出す。一瞬、胡桃が目を細めたような気がするけど、字が見えにくかったのだろうか? 


「つまり、謎を解きながらスタンプを集めろと?」

「ご名答。展示を見て回るついででいいって先輩も言っていたから、二人で挑戦してみようよ」

「……まあ、ついで程度なら」


 快く胡桃の協力を得られた。流石は僕たちは相棒だ。


「それじゃあ、早速挑戦状を開封するね」


 封筒の真っ赤なシールは簡単に剥がれた。ハサミを使わなくてもよいのは新設設計だ。開封すると二枚の紙と一枚のスタンプカードが入っていて、一枚目は銅先輩がパソコンで作ったイベントの趣旨説明。思えば初めてミステリー研究会の部室に入った時に先輩がパソコンで作業していたのはこれだったのかもしれない。内容は先輩から直接聞いた内容と重複しているので、僕は確認しなくとも大丈夫そうだ。


 そして重要なのはもう一枚。こちらにはスタンプを押してもらえる場所を示した、最初の謎が記されていた。


『ばんどでしね。※暴言ではありません』


 短く、そう書かれている。


「問題文ってこれだけ?」

「これだけみたいだね」

「流石に少なすぎない?」

「少ないけど、僕の知る限り銅先輩は謎解きに対してフェアな人だ。出題にはこれで事足りているんだと思う」


 夏休み前も、自分の名前とニックネームの関係性を、生徒手帳を提示しながら行うことで、初対面の僕でも真実に辿り着けるに配慮してくれるぐらいだ。以前から準備してきた企画でそこを疎かにすることはないはずだ。イジワルでもミスでもなく、問題文はこれで全てなのだろう。変わった人だけど、こういうところは信用している。


「ばんどでしね。言葉のままだと『バンドで死ね!』って、強い言葉のように感じちゃうけど、態々暴言じゃないって注意書きしてるぐらいだし、たぶん違うよね?」


 胡桃は問題文を流し見すると、続けて今度は謎解きスタンプラリーの趣旨を説明する銅先輩の文章に目を通し始めた。胡桃は事前にしっかり説明書を確認するタイプだし、僕は元々銅先輩の知り合いだったから直ぐに受け入れたけど、面識のない胡桃としては、きちんと趣旨から把握したいところだろう。


「バンドという響きだけなら、第二体育館のステージに立つ軽音楽部が真っ先に思い浮かぶけど、デスメタルというわけではないしそもそも、決まった時間にステージに立つ軽音楽部がスタンプラリーの対象なら、銅先輩の趣旨とはズレる」

「説明にもある、スタンプの場所が正解ならば、どの時間帯でもスタンプを押してもらえるようになっている。という部分だね」

「その通り。ライブ中のバンドにスタンプを押してもらうわけにはいかない。かといってバンドの待機場所を僕らは把握していないし、フロアマップに記載もない。どの時間帯でもスタンプを押してもらえるという前提と矛盾する」


 銅先輩はフェアな人だし、あの人がこんなシンプルな謎を投げかけてくるはずがない。「ばんどでしね」と音楽的な「バンド」は切り離して考えるべきだろう。


「切るところが違うとか? 『ばん、どでしね』とか、『ばん、どで、しね』とか」


 問題用紙と睨み合いながら、胡桃が様々なパターンを口ずさむ。こんな時になんだけど、言い慣れない言葉を発する舌足らず感と、表情のギャップが何だか可愛らしい。それにしても、文節を区切ると途端に外国語っぽくなる言葉だな。


「うーん……あとは、『ばんど、でしね』とか?」


 あれ? どこかで聞いたことがある響きだ。


「胡桃。今のもう一回」

「えっと。『ばんど、でしね』」

「それだよ胡桃! この文章の正しい読み方は『バンド・デシネ』だ」

「バンド・デシネ? 耳慣れない言葉だけど、外国語?」

「確かフランス語だったかな。翻訳された海外ミステリーを読んだ時に、そのままの名称で登場したから印象に残っていた。界隈に詳しい人もこの名称は知っているかもしれない」


 バンド・デシネが示す場所も陽炎祭には確かに存在している。バンドという言葉で軽音楽部に誘導しながらも、その言葉を知ってさえいれば一瞬で気付くことが出来る。スタンプラリー最初の謎とあってこれはジャブ。程よい塩梅といったところか。


「もうすぐ映画の上映時間だし、詳しくは移動しながら説明するよ。目的地も同じ階だしちょうどいい」

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