第25話 最初の答え

 昼食を終えた僕と胡桃は、午後一時から視聴覚室で開始された映研の上映会に参加し、十二分の短編映画「怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る」を鑑賞した。素人の僕には、映画の神髄は分からないけど、それでも素人ながらに、期待を上回る物が出てきて心が震えたというのが素直な感想だ。


 何代も前の先輩が残した劣化した蜥蜴男のスーツを、あえてダメージ表現を施すことで傷跡のように表現。異形の怪物としての存在感をより際立てることに成功している。画質はあえて荒めに設定することで、ダメージ表現の粗を隠すと同時に、レトロな雰囲気を演出。懐かしさを覚えるタイトルも、レトロ感を演出する装置として良い味を出している。


 近年、スマホカメラの性能も上がり、素人でも高画質な映像作品を撮影することが可能になってきているが、映画研究会はあえて引き算で流れに逆行し、見事に独自の世界観を表現している。


 シナリオ面も秀逸で、陽炎橋高校の日常の風景を上手く取り入れつつ、その日常を侵食していく蜥蜴男の恐怖と不気味さが伝わってきた。もちろん強引な展開や、映像の編集ミスなどが気にならないといえば嘘にはなるけど、この大味な感じも自主製作映画の魅力の一つではないかと思う。


 十二分という短い時間の中で、やりたいことは充分に伝わって来たし、時間が経つのを忘れて見入ってしまった。体がこういった感覚を抱いたという事実が何よりも重要だろう。


「上映は以上となります。本日は上映会にお越しくださり、ありがとうございました」


 上映が終わると、映画研究会の部長が謝辞を述べ、僕と胡桃を含め、観客からは温かな拍手が送られた。情熱がちゃんと観客全員に伝わっていたようで何よりだ。


「面白かったね。あの夜目撃した蜥蜴男の勇士が見られた大満足」

「こうして映像化された作品を見ると、リザードマンを捜索した日々にも感慨深いものがあるよ」

「あっ、まだリザードマンって言ってる」

「ごめん。何だか癖になってて」


 胡桃に指摘されて初めて気が付いた。どうやら僕はまだ心のどこかで、リザードマン呼びを諦めきれていないらしい。


「猪口。今日は来てくれてありがとう」


 来場者が視聴覚室を後にしていく中、座席で感想を言い合っていた僕と胡桃の元へ、映画研究会所属のクラスメイト、尾越おこし守也もりやくんが声をかけてきた。重めの前髪が印象的で、文化祭期間中の映像研究会の勝負服だという、「怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る」のロゴが入ったオリジナルティーシャツのインパクトが光る。部内の連帯感を生むと同時に、自由時間にこのティーシャツで校内を動き回れば、宣伝効果も期待できそうだ。


「映画良かったよ。後で仲間内にも宣伝しておく」

「そう言ってもらえると、製作者冥利に尽きるよ。来年はもっと良い映画を作らないとな」


 やり切った様子で、尾越くんは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。青春を送っているなと、何だか見ているこっちまで嬉しくなってくる。


「君は比古ひこさんだよね。その節は驚かせてしまってごめんね」


 僕と一通りやり取りを交わすと、尾越くんは胡桃の方を向いた。


「むしろ珍しいものが見れてラッキーだったよ。蜥蜴男に襲われる生徒役って尾越くんだよね? あのシーンの表情、迫真だった」

「実はあの時、ちょっとお腹の調子が悪くてさ。あれはたぶん、リアルに顔が青くなってた結果だと思う」

「いわゆる怪我の巧妙?」

「そういうこと」


 思わぬ裏話に場が笑いに包まれる。演技経験はないはずなのに迫真だなとは思っていたけど、まさか裏でそんなことが起きていたとは。


「次の上映もあるだろうし、僕らもそろそろ失礼するよ」

「この後はどこに?」

「同じ階の漫画研究会にちょっと用事が」


 ※※※


「猪口くん。さっきぶりだね」


 同じ階にある漫画研究会の部室にお邪魔すると、部屋の奥で在庫の整理をしている岩垣さんの姿を見つけた。今は第一体育館では生徒会とクイズ研究会共同のクイズ大会、第二体育館では軽音楽部による演奏会と、大きなイベントが目白押しの時間帯なので、校内の展示は少し人の流れが落ち着いている印象だが、漫画研究会は常に人の出入りがあって賑わっている。在庫の整理をしているあたり、用意していた同人誌もそれなりの数出たのだろう。明日もあるので、今は在庫の調整中といったところだろうか。


「そっちの子は、猪口くんの幼馴染さんかな?」


 岩垣さん、ずいぶん察しがいいなと思ったけど、そういえば一緒に店番をしている時に、午後は幼馴染と陽炎祭を見て回るって教えたんだっけか。


「定時制一年の比古胡桃です。お邪魔してます」

「私は岩垣麻耶。午前中は猪口くんとクラス展示の店番しててさ、午後に遊びに来なよって誘ってたんだ。これ、無料配布だからよかったら持ってって」

「ありがとう。漫画を手作りするなんてすごいね」

「本当はもっとボリュームを出したいんだけど、予算の都合もあってなかなかね。中身はもちろん自信はありだよ」


 岩垣さんは無料配布の同人誌を奥の段ボールから取り出し、笑顔で胡桃へと手渡した。貴重な明日の分のストックのようだけど、僕のクラスメイトとしての関係値で融通してくれたようだ。その場でパラパラと目を通す胡桃と岩垣さんは、さっそく漫画談義で盛り上がっている。胡桃は普段接客をしているからかまったく人見知りをしない。風雅とはまた違った方向性でコミュ力が高いなと感心させられる。


「岩垣さん一つ聞いていい? 午前中からずっとここに詰めている人はいる?」

「部長の羽里はざと先輩なら、責任者として朝からずっとここを預かっているけど」

「その羽里先輩に用があるんだけど」

「実行委員会に呼ばれて今は離席中。そういえば、誰かが自分を訪ねてきたら待っててもらうようにって……」


 言いかけて、岩垣さんの視線が僕から、その後ろの出入り口の方へと向いた。


「噂をすれば帰ってきた。羽里先輩にお客様ですよ」


 振り返ってみると、漫画研究会のオリジナルティーシャツを着た、ロングヘアと右目の下の泣き黒子が印象的な女子生徒が部室に入ってきたところだった。


「ごめんなさいね、急な呼び出しだったから。お客様というのは君?」

「一年の猪口黎人です」

「漫画研究会部長の羽里はざとてるよ。漫画研究会にご用? それとも別件かしら?」

「後者です。キーワードは『バンド・デシネ』」


 羽里先輩は途端に微笑んだ。この反応。スタンプの番人はこの人で間違いなさそうだ。急な呼び出しは本人にとっても予定外で、本来は持ち場を離れるつもりはなかったのだろう。


「大正解。よくぞ漫画研究会に辿り着いたね。謎解きスタンプを押してしんぜよう」


 スタンプカードを提出すると、羽里先輩はそれを預かって部屋の奥へと消えていった。


「猪口くん。スタンプがどうとか言っていたけど、もしかして午前中のあれ?」


 銅先輩が僕を訪ねてきた時、岩垣さんも隣にいた。一連の流れでだいだい状況は察したらしい。


「銅先輩から受け取った手紙の中に、こんな言葉が入っていてね」


 僕は岩垣さんに、「ばんどでしね」と書かれた紙を見せた。


「なるほど。『バンド・デシネ』か。文化祭でこの言葉と関わりがあるのは、確かにうちぐらいだね」


 流石は漫画研究会所属。一目でその意味に気がついたらしい。

 『バンド・デシネ』とはフランス語。フランスやベルギーなどを中心とした地域の漫画のことで、日本の「漫画」、アメリカの「アメリカンコミック」と並び、「バンド・デシネ」は世界三大コミック産業の一つとして数えられている。「バンド・デシネ」の影響を受けた日本の漫画も多いという。いずれにせよ、陽炎祭の展示の中で最も「ばんどでしね」もとい「バンド・デシネ」と関わりが深い場所は、漫画研究会をおいて他にない。


「猪口くん。スタンプと新しい謎よ」


 韻を踏んでいるせいか、一瞬「謎」を「顔」と聞き間違えそうになったけど、とにかくこれで一つ目の謎はクリアだ。僕はスタンプが押されたカードと、新しい謎が収められた封筒を羽里先輩から受け取った。


「羽里先輩は銅先輩とはどういう? これは裏企画だと聞きましたが」

「ドーナツちゃんとは中学時代からのお友達でね。昔から色々とお世話になってるし、面白そうな試みだったから協力してあげたの」

「お世話に?」

「本人は無自覚だと思うけど、あの子ってキャラが濃いでしょう。一緒にいると創作意欲が刺激されるのよね」

「確かに、現実は小説よりも奇なりというか」


 あの異次元の行動力がなければ、文化祭の裏で独自にこんなスタンプラリーを開催したりはしないだろうと思う。凶悪事件が絡むタイプのミステリーなら、首を突っ込み過ぎて危険な目に遭いそうで心配だ。


「残る謎はあと二つ。頑張ってね」


 スタンプの枠は全部で三つ。少なく感じるけど、参加する生徒も陽炎祭で何かしらの担当を持っていることを考えれば、謎解きに割ける時間は少ない。そう考えると妥当なところだろう。閉場まで後二時間と少し。出来れば今日中にあと一つは謎を解きたいものだ。

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