第23話 謎解きスタンプラリー

「いらっしゃいませ」


 そうして岩垣さんとしばらく午後の予定についてやり取りをしていると、久しぶりに来客の気配があった。


「やあやあ、名探偵君はいるかな?」


 午前中からなかなかのハイテンションで来店したのは、一般のお客様ではなく、同じ学校の生徒。二年生を示すリボンをつけた、顔見知りのあの先輩だった。


あかがね先輩。うちは健全な遊技場でデスゲームは取り扱っていませんよ?」

「はははっ、君の私に対する認識がよく分かるよ。確かにその二つなら私は後者を選ぶだろうね」


 夏休み前の蜥蜴男騒動で知り合ったミステリー研究会部長の二年生、あかがね一夏いちか先輩。僕を探偵などと呼ぶ上級生は彼女ぐらいしかしない。あれからも時々学校で顔を合わせるようになり、楽しくミステリー談義を交わすこともあれば、時にはあのテンションでウザ絡みを披露することもしばしば。僕の中ではなかなか扱いの難しい先輩(失礼)だ。それでも、普段帰宅部であまり他の学年との交流がない僕にとっては、一番親しい先輩であることは間違いない。


「それで、うちのクラスに何の用ですか?」

「君個人にだよ。君は帰宅部だから、クラスの催し物に参加しているかと思ってね」


 何やら企んでいそうな不敵な笑みを浮かべると、銅先輩は掛けていたショルダーバッグから、赤いシールで封がされた封筒を一枚取り出し、僕へと差し出した。


「これは……果たし状ですか?」

「私は武道家かい? まあ、内容は遠からずだけどね」


 もちろん冗談だ。先程のデスゲーム発言といい、銅先輩はノリが良いので毎回話題に乗っかってくれる。


「改めて、この封筒は?」

「私からの挑戦状さ。せっかくの陽炎祭だから、我がミステリー研究会も何か催しをと思ってね」

「挑戦状ね。陸の孤島と化した洋館にでも集められるんですか?」

「予算が許すのならやってみたいが、内容はあくまで学生の企画の範疇はんちゅうだよ」

「企画? ミステリー研究会は確か今年は、歴史研究会と共同で、歴史ミステリーに関する展示を行っているはずでは?」


 歴史研究会兼任の風雅と、ミステリー研究会の銅先輩との間で化学反応が生まれ、二つの部は夏休みから連携し、古今東西の様々な歴史ミステリー(本能寺の変の異説、歴史上の偉人の生存説の検証等々)を壁新聞にまとめている。陽炎祭では、ミステリー研究会の部室である社会科準備室で展示が行われているはずだ。展示という形で内容が完結しているので、仰々しい挑戦状など送られる謂れはないはずだけども。


「それは表向きの活動さ。私は陽炎祭に向けて、密かに生徒向けの別の企画を用意していてね。さしずめ裏の文化祭といったところかな。是非とも君にも参加願いたい」

「僕は健全な一般生徒ですから、裏なんて怪しい活動に関わるわけには」

「失礼。裏というのは言葉のあやだ。先生にも許可を取った、校則の範囲内のお遊びだから安心してくれたまえ」


 もちろん冗談だけど、律儀に返答してくれた。しっかり教師にも根回ししている辺り、ノリが独特なだけで基本的に常識人なんだよね、銅先輩は。


「我がミステリー研究会の裏企画、その名も『謎解きスタンプラリー』だ」

「スタンプラリーというと、スタンプを集めてくるあの?」

「その通り。そこにミステリー要素を加えて、謎を解かなければどこでスタンプを押してもらえるのか分からない仕様となっている。その封筒の中にはスタンプカードと最初の謎が入っているから、後で開けてみてくれたまえ」

「なかなか面白そうな企画ですが、裏企画というのはどういうことですか?」


「本当はミステリー研究会の正規の規格として行うつもりだったんだけど、一般のお客様を含む大勢が参加したら、スタンプラリー先のクラスや部に迷惑がかかるかもしれないからね。だから裏企画として小規模に、私が見込んだ一部の生徒にのみ参加を要請することにした。言うなればこれは、私から校内の知識自慢やミステリー好きに対する挑戦状だ。私が見込んだ生徒には当日こうして、直々に挑戦状を配って回っているところさ」


「なるほど。一部の生徒だけが参加出来る秘密のスタンプラリー。故に裏企画というわけですか」

「各々予定もあるだろうから、参加はもちろん任意だが、陽炎祭を見て回るついで程度に楽しんでもらえたら嬉しく思うよ。もちろん友人を誘って共闘するのも可だ。商品は名誉と達成感だけだがね」


 任意と言いながらも、不敵な笑みを浮かべる銅先輩の目は挑戦的だ。たぶん僕も今、似たような表情をしているのだろう。


「銅先輩からの挑戦状とは興味深い。クラスの仕事が終わったら、ぜひとも挑戦させていただきますよ」


 ミステリー研究会部長の銅先輩がどんな謎を考えるのか、ずっと興味があった。これは先輩と出会って以来初めて訪れた直接対決の機会だ。どうせ胡桃と一緒に校内を見て回る予定だったし、断る理由は何もない。胡桃と一緒にミステリアスな午後を楽しめそうだ。


「君なら挑戦を受けてくれると信じていたよ。スタンプラリーの期間は文化祭と同じ二日間。スタンプの担当者には私が個人的に根回しをしておいたから、場所が正解ならどの時間帯でもスタンプが押せるようになっている。君の他にも校内の数名の有識者が参加予定だから、是非とも一番乗りを目指してくれたまえ」


「腕が成りますね。僕は相棒と一緒に挑ませて頂きますよ」

「噂の幼馴染ちゃんだね。この機会に彼女と会えるのが楽しみだよ」

「すみません!」


 お互いの笑みが交差した瞬間、突然僕と先輩の間に岩垣さんが割って入った。


「銅先輩でしたっけ? 後ろがつかえているので避けていただいても? 猪口くんも今は仕事中でしょ」

「ごめんごめん。ついつい盛り上がっちゃって」

「おっとこれは失礼。すっかりお邪魔しちゃったね」


 僕と先輩が話し込んでいる間に、遊技場の利用者の波が再び訪れようとしていた。勝手に盛り上がっていた僕と銅先輩は申し訳なさで小さくなる。


「私は別の候補者に挑戦状を叩きつけてくるよ。また会おう、探偵くん」


 そう言って、銅先輩は颯爽と去っていった。それにしても、挑戦状を送るのではなく叩きつけるのか……。


「さっきの先輩、ずいぶんと賑やかな人だったね。ミステリー研究会の人?」

「うん、部長の銅先輩。嵐のような人だろ?」


 遊技場を訪れた二組のお客様の接客が終わり、再び時間が出来たところで岩垣さんが興味深げに尋ねて来た。先輩と初めて会った時の僕がそうであったように、初見のインパクトは凄まじいだろう。


「その嵐のような人が猪口くんを探偵と呼んでいたけど、そうなの?」

「そうありたいとは願っているけどね。おっと、新しいお客様だ」


 先輩からの挑戦に胸が躍っている。今すぐ挑戦状の中身を確認したいけど、まだクラスの仕事中だ。今は遊技場の運営に専念することにしよう。


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