第19話 サマータイムアヴェニュー

「凄い人通りだね」

「ねー。普段の静けさを考えると、一体どこからこんなに人が? って感じ」


 都心部の人出には遠く及ばないものの、陽炎橋市の駅近くの大通りもこの時期、学生を中心にかなりの賑わいを見せていた。陽炎橋市は近隣では最も大きい都市なので、夏休み期間中は近隣地域から遊びに来ている層も多い。


「眼鏡さんはいないみたいね。午前中に来たのか、今日は来ない日なのか」


 大通りを挟んで風花の勤めるファミレスが見えるけど、窓際の席は学生らしき数人のグループが利用していて、噂の眼鏡さんらしき姿は見えなかった。


「胡桃。現場に来て何か分かった?」

「うーん。とにかく人が多いなぐらいしか」


 我ながら何て月並みな感想だろう。商業ビルのミラージュに用があるから来てみたけど、そもそも見慣れた場所ではあるので、夏休みで普段よりも人が多いことを除けば、特別印象は覆らない。


「あらあら、太陽もビックリなぐらいお熱いですな」


 ミラージュの影で涼んでいると、通りを歩く一組のカップルを見て風花が目を細めた。カップルは私達より少し年上に見えるので、大学生ぐらいだろうか? ブランドのロゴが入った赤いティーシャツをペアルックで着て、仲睦まじく手を繋いでいる。人様の恋愛模様をとやかく言うつもりはないけど、自分には出来そうにないなという意味では、太陽もビックリなぐらい熱々というのは風花に同意だ。


「胡桃は猪口くんとああいうことしたりしないの?」

「ちょっ! 最近あまりそういう話してこないと思ったら、急にぶっこんでくるね、あんたは」


 思わず往来で吹き出しそうになってしまった。まったく、風花は油断しているとこれだよ。


「流石にあのレベルは求めてないけど、実際二人の仲は最近どうなのよ?」

「……まあ、夏休みに入ってから普段よりは会ってるけども。あと、十月の文化祭を二人で見て回る約束はした」


 お互いに仕事と塾の関係で日中は相変わらず、あまり会えていないけど、黎人が食堂に夕飯を食べに来たり、ご近所の幼馴染という関係値で閉店後も少し滞在したりと、私が夜に学校に行かない分、夏休み前よりは顔を合わせる機会は増えている。とはいえ、それで特別何かが変わったということもない。私達にとって特別があるとすればそれは、文化祭に向けた約束の方だ。


「いいじゃんいいじゃん! どっちから誘ったの?」


 うん。この手の話題に目がない風花も完全に前のめりだ。


「黎人から。夏休みに入る少し前に」

「きゃあー! だったらもっと早く教えてよ。そしたら馴れ初めを根掘り葉掘り聞き出したのに」

「そうなりそうだからタイミングを選んだの。あと馴れ初め違うわい!」


 余計な一言に思わずツッコミを入れてしまったけど、私の危機管理能力は間違っていなかった。夏休み前のテンションの風花に教えるのはリスキー(あしらうのが疲れる)だけど、屋外で謎の調査中の今ならそこまで追及はされないし、何かに気付いた振りをして気を逸らせる……まあ、帰りに質問攻めに遭うリスクは非常に懸念されるわけだけど、友達に延々と秘密にし続けるわけにはいかないし、そこは腹を括っておこう。


「そういうわけだから、文化祭は黎人と一緒に回らせてもらうね。最初の年だし、本当は風花や楠見くんとも一緒に回りたかったけど」

「何言っているの。そういう時は自分優先で全然オーケーだよ。どうせ私達は模擬店で一緒なんだし、自由時間は存分に猪口くんと楽しんできなよ。一日と言わず、二日でも三日でも一週間でも」

「ありがとう風花。文化祭は二日間だけどね」


 こういう時に素直に送り出してくれるあたり、風花は良き理解者だ。文化祭が一週間もあったらそれは最早、地域のお祭りかそれ以上の規模だけども。ずいぶんと誇張が目立つけど、それはそのまま応援の気持ちの大きさだと、前向きに捉えておくことにしよう。


「私の話はもういいから。謎解きに戻ろう」

「そうだった。今は謎解き中だった」


 風花はわざとらしくポンと手を叩いたけど、風花のことだから本気で忘れていたかもしれない。いずれにせよ、話の流れが軌道修正されて幸いだ。どうかこのままさっきの話題は記憶の片隅に押し込めて、今日は思い出さないようにお願い申し上げます。


「くどいようだけど、本当に人通りが多いよね。普段以上に色々な人が行き来してる」

「確かに、普段よりもヴァリエーション豊かな感じはするよね」


 夏休みに入って普段よりも人通りが多いということは、相応に多くの人が移動しているということでもある。先程の熱々カップルを筆頭に、個性的なファッションに身を包んだ男性や、訳アリなのか微妙な距離感で隣り合う男女など、様々な人間関係が見えてくるようだ。


「そういえば風花、眼鏡さんは夏休みに入る少し前ぐらいからファミレスを利用し始めたって言ったっけ?」

「うん。七月の下旬に入って直ぐぐらいかな」


 大通りの人通りも夏休みを機に増え始めた。時期の一致は果たして偶然なのだろうか?


「謎解きも気になるけど、暑いし一回ビルに入ろうよ」

「そうだね。今日も猛暑だ」


 真夏に屋外で人通りを眺めているだけというのは集中力も続かない。あくまでも謎解きはついでだし、元々の目的地でもあるミラージュで涼を求めることにした。

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