八月 サマータイムアヴェニュー

第18話 私は決して探偵などではない

 私は決して探偵などではない。探偵と呼ばれるべき存在は、そう在りたいと願い、そう在ろうとしている猪口黎人を置いて他にいないからである。私は確かに黎人と一緒に謎を追いかけてるけど、それは相棒という立場で支えているだけであり、少なくとも私は自分のことを探偵だとは思っていない。


 だけど、私の自己評価と周りの人間からの評価は必ずしも一致しているわけではないようだ。五月からの三カ月間で、大小様々な日常の謎と出会い、周囲の助けを得ながら解決の糸口を見つけてきた。その結果私は周囲から、謎を解き明かそうと奔走する人間であるという印象を持たれてしまっているらしい。


 実際それは間違っていないのだけど、私の主な活動は情報収集であり、推理は基本的には黎人の領分。そういう意味でもやはり私は探偵ではない。


 だけど同時に、私は自分の問題点もよく理解している。人に頼りにされたら、私は決してその思いを無碍には出来ないのだ。だから、探偵でもないのに探偵の真似事をしてしまう。


 ※※※


「最高! ずっとこのパフェ食べたかったんだよね」

「す、すごい量。これは確かに二人以上必要だね」


 夏休み真っ只中の八月中旬。今日は食堂が定休日だったので、たまたま休みが同じだった風花と午後から駅前の繁華街へと遊びに来ていた。今は人気のカフェで大きなパフェを二人でシェア中だ。


 お互いに夏休みもお仕事でなかなか予定が合わなかったけど、ようやくタイミングが出来て夏休みをシェアすることが出来た。シェアとはいえ、映えに映える豪華なパフェは少々お値段が張ったけど、普段からお仕事をしている私たちは、自由に使えるお金が一般的な学生よりも多い。もちろん、たまにはだけど、こういう贅沢も悪くはない。


「夏だねー。人出的な意味で」

「うん。覚悟はしてたけど、お昼時は大変」


 夏休みとあって繁華街は、私服姿の学生を中心に大きな賑わいを見せていた。風花の務めているファミレスや、楠見くんの務める書店もこの繁華街の中にある。せっかく今日は風花と二人だし、後で楠見くんの務める書店に顔を出してみるのも良いかもしれない。


「そういえば胡桃って謎解きが得意だったよね?」

「別に得意というわけじゃないよ。ただ巻き込まれているだけ」

「それでも人よりは詳しいでしょう? ちょっと最近、職場で気になることがあってさ」


 黎人の影響で確かに人よりは詳しいのかもしれないけど、それとこれとは話が別だ。例えばお菓子の流行とか名店の知識が豊富だからといって、必ずしもお菓子作りが得意とは限らないもの。


「まあ、話ぐらいは聞くけど。答えを出せる保証はないからね」

「ありがとう胡桃。はい、あーん」


 友達からお願いされてしまっては、塩対応とはいかない。口一杯に広がる生クリームと同じぐらい私は甘々なようだ。話だけでも聞いてあげれば、風花もある程度は満足してくれるだろう。


「それで、話というのは?」

「最近、ちょっと気になるお客様がうちのファミレスに来るようになって」

「ちょっと気になる? 何か問題を起こす人なの?」


 もしそうなら、それは私よりも職場の上司に相談すべき問題だけども。


「ううん。物静かだし、全然迷惑なお客様ではないんだけど、すごく存在感がある人なんだよね。年齢はたぶん二十代後半ぐらい。髪は短髪で目力があって、背が高くてシュっとした印象。大きな丸眼鏡をかけて、開襟のシャツにサスペンダーを合わせたりしてて、ファッションはレトロな雰囲気なんだけど、それを見事に着こなす上級者って感じ。名前は知らないから、この場ではとりあえず眼鏡さんと呼んでおくね」


 眼鏡さん(仮)は、確かに風花からザっと印象を聞いただけでも存在感のある人物らしい。会ったことがないのに相手なのに、話だけである程度容姿が想像出来るのがその証拠だろう。


「その眼鏡さんが、夏休みが始まったぐらいから、よくうちのファミレスを利用してくださるようになって。それまでは見かけたことはなかったから、元々の常連さんではなさそう。頻度としては週に三、四回。時間帯はバラバラだけど、朝、昼、夕の食事時じゃなくて、決まってその中間の、比較的お店が空いている時間に一人でいらっしゃるかな。空いている時間だからお好きな席に座っていただくんだけど、決まって眼鏡さんは大通りに面した窓際の席に、外側を向いて座るんだ」


「外側を向いて?」

「やっぱりそこが気になるよね。あくまでも私の体感だけど、一人だと窓には背を向けるお客様の方が多いと思うんだよね」


 複数人で利用しているならばともかく、一人で利用するなら私も窓を背にすると思う。その方が店員さんが料理を持ってきてくれるタイミングも分かりやすい。


 例えば何か観光名所のような場所が近くにあって窓から見えるならともかく、ファミレスが面しているのは人通りの多い大通り。道行く人とたまたま目が合ってしまったら、気まずくなってしまう。そういう心理的理由からも、私はやはり窓に背を向けると思う。


 もちろん考え方は人それぞれだから、私がそうだからといって眼鏡さんの行動を否定することは出来ないけど。


「念のためもう一回確認するけど。毎回必ず窓際?」

「うん。一回たまたま、窓際の席に人が集中してて、一席しか空いていないタイミングもあったんだけど、そんな時でもその一席を利用してた。他の席はガラガラで、余裕があったにも関わらずだよ」


 そこまで一貫しているのなら、眼鏡さんは窓際の席に何らかの拘りを持っていると見て間違いない。


「他に何か気になったことは?」

「窓の外を眺めながら、よくノートを取ってたみたい。流石に内容までは分からないけど」


 パソコンや教本と一緒にノートを開いているならともかく、外を眺めながらのノートというのは確かに特殊だ。状況だけを見ればそれは……。


「もしかして、何か監視している?」

「やっぱり胡桃もそう思う? 私も何だかそんな気がするんだよね」


 存在感があるからといって、どうして風花が眼鏡さんが気になるのかようやく合点がいった。同じ立場なら私も確かに眼鏡さんのことが気になっているに違いない。


「もしかして眼鏡さんの正体って、探偵だったりとかする? 何かの調査中的な」


 風花はどことなくテンション高くそんな可能性を口にした。風花自身が真相を知りたいのは本心だろうけど、同時に誰かと話題を共有して、自分の推理を披露したいという感情も見え隠れしている。ひょっとして私と黎人が謎を追いかけてる様子を知って、風花も触発されてしまったのだろうか?


「ファミレスの窓からはミラージュと、あとは何が見えるっけ」


 探偵というのは流石に飛躍しすぎだとは思うけど、ファミレスの窓から見える何かを調査している可能性は確かに考えられる。その時間に大通りを通る誰かを見張っていた? いいや、それだと調査としてあまりにもお粗末だ。理由は一先ず置いておくとして、例えば向いの建物の人の出入りを監視しているとかだったら、あり得るかもしれない。


「窓から見える範囲だと、他はミラージュと隣接する携帯ショップぐらいかな」

「うーん。どちらもあまりしっくりこないな」


 向いの建物やその中を観察していた可能性は低そうだ。様々なテナントが入った向いの商業ビルのミラージュは私もたまに利用するけど、外から中の様子は伺えないし、出入り口も複数個所あって固定化されていない。携帯ショップに関しても、監視する場所としてはあまりイメージが湧かない。


「探偵の仕事として、ミラージュの誰かを監視しているとか?」

「だったらミラージュの中で監視するんじゃない? 人の多い商業施設の中なら尾行してもバレにくそうだし、ファミレスからじゃ中の様子がまったく分からないもの」

「それじゃあ、携帯ショップの方とか? あそこなら外からでも、ある程度は中の様子が分かるよ」

「眼鏡さんは週に何度もファミレスを利用しているんでしょう? その頻度で携帯ショップを利用する人はまずいないよ」

「携帯ショップの店員さんの方が対象かも」

「空いている時間帯を選んでいるとはいえ、眼鏡さんが来るタイミング自体は午前だったり午後だったりバラバラなんでしょう? 店員さんは勤務時間が決まっているんだし、眼鏡さんの方の時間がばらけるのは不自然じゃない?」

「それじゃあ逆転の発想で、ファミレスの方を探っているとか?」


 探偵説に自信を持っていたのだろうか? 意外にも風花はまだ折れなかった。友達を論破するのは気が引けるけど、私の中では眼鏡さん探偵説はすでに無しだ。


「だったら窓の外を見る必要はないし、眼鏡さんを探偵とするのは根本的に矛盾が生じるよ」

「矛盾って?」


「眼鏡さんは服装に特徴があって存在感がある。それって目立たずに何かを監視する行為とは矛盾している。仮に眼鏡さんが探偵だとしたら、風花に疑問を持たれて、こうして私達に議論されている時点で仕事としてお粗末だよ」


 眼鏡さんは好きなファッションに身を包み、有りのままの姿で毎回窓際の席に座っている。つまりそれは彼にとって日常の一部であり、決して後ろめたい行為ではないということだ。本格的に何かを監視するなら、その都度監視場所を変えるなど徹底して然るべきだろう。本職の調査業のこととか何も知らないけど。


「絶対に探偵だと思ったんだけど、確かにそこまで言われると違いそうだね」


 流石の風花も探偵説を諦めたようだ。一瞬くやしそうに口を尖らせたけど、パフェを一口頬張ると途端に表情がとろけた。うん、そこまで芯のある意見ではなかったみたいだ。


「パフェ食べたら大通りの方に行ってみよう。実際の場所を見れば分かることもあるかも」

「そうだね。もっと買い物もしたいし」


 この話はひとまず置いておいて、今は目の前のパフェに集中しよう。この後は件のミラージュでも買い物をする予定だ。謎解きはあくまでもついで。私達の本命は夏休みを満喫することなんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る