第17話 その怪人の名は……

「嵐のような人だったな。ドーナツ先輩」

「そういう風雅も大概、風属性だと思うけど」


 風雅もそれ以上は学校に残る用事は無いそうなので、二人で自販機で飲み物を買って、そのまま帰路につくことにした。移動中も、僕たちに強烈なインパクトを残した銅先輩の話題は尽きない。


「パソコンの画面に企画書が見えたけど、ミステリー研究会も文化祭に何か企画してるのかな?」

「去年はクイズ研と共同開催で、ちょっとしたリアル脱出ゲームをやったって先輩から聞いたけど、今年のクイズ研は生徒会と連携して動いてるし、ミス研は独自に何か企画してるんじゃないか? 去年のノウハウを生かして独自にリアル脱出ゲームでも企画するのか。あるいは謎解きクイズみたいな企画か」


「だとしたら、銅先輩が何を仕掛けてくるのかは少し興味があるな」

「確かに。だったら当日は胡桃ちゃんと校内を見て回ってみたらどうだ?」

「どうして急に胡桃の名前が出るんだよ」

「だってお前、胡桃ちゃんのこと好きだろ? 全日制と定時制共同の貴重なイベントなんだし、デートには最適じゃん」


 思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。


「……ぼ、僕が、胡桃を好き?」

「今日だって、態々週末に学校来たのは、胡桃ちゃんのお願いだからだろ?」

「……いや、それは」


 即座に反論出来なかった時点で僕の負けか。風雅は勘が鋭いし、早々に僕の胡桃に対する感情に気付いているではという、漠然とした予感があった。だからあまり風雅を胡桃に近づけないようにしていたのに、まさか僕の方が不意打ちで刺されるとは不覚だ。


「そう怖い顔するなよ。胡桃ちゃんに言うような野暮な真似はしない。俺はただ行く末を見守るだけさ」

「それは別に心配してないけどさ」


 風雅はモラリストだ。誰かを傷つけるような心無い男ではない。僕が怒りを感じているとすればそれは、幼馴染に対する恋心を、友人に察せられてしまったこと己の未熟さに対してだけだ。


「僕ってそんなに分かりやすいかな?」

「自分で言うのもなんだけど、俺が目敏いんだと思う。胡桃ちゃん本人もたぶん気づいてないだろう」


 風雅はまだ数える程しか胡桃と面識がないはずだけど、その短時間で僕と胡桃の距離感を図ってみせたのだろうか? だとすればとんでもない洞察力だ。確かにそうでなければ、複数の部活を掛け持ちし、その全てと良好な関係を維持するのは難しいのかもしれない。


「幼馴染としてずっと近くにいたから、逆に距離感が難しくて……僕は僕のペースでゆっくりいくよ」

「ペースは人ぞれぞれだし別に文句はないけど、時には言葉や行動に起こすことも必要だと思うぜ。なまじ元々の関係性がある分、伝わりにくいこともある」

「悟ってるな。本当に僕と同い年?」

「どうだろうな? とにかく、関係に何か変化を加えるなら、文化祭ってのは一つのきっかけになるんじゃないか」


 僕の意見を尊重しながらも、程よくアドバイスをくれる風雅は良き友人だと思う。距離感がバグッているけど、それだって懐に一気に飛び込める相手だと瞬時に判断しているからこそだ。彼はやはり人を見る目に長けている。


「前向きに検討しておく」

「おう。生暖かく見守っているぜ」

「そこは暖かくしておいてくれよ。真夏だけど」


 談笑を交わしながら、僕らは学校前に到着したバスに乗り込んだ。


 ※※※


「――以上が、胡桃が目撃した怪人の正体と、その状況が生まれるに至った経緯だ。今日、映画研究会所属にも確認を取ったから間違いない」


 週明けの月曜日。僕は学校終わりにお馴染みの公園で胡桃と待ち合わせて、事の経緯を詳細に説明した。探偵である僕の調査結果に納得し、隣に座る胡桃も満足気に頷いてくれている。


「そっか、それが怪奇蜥蜴男の正体だったんだ」


 その呼び方、覚えていたんだ。何だか気まずいな……。


「映画研究会があるのも知らなかったし、その発想はなかったな。定時制は定通総体の時期を除けば、普段は部活もないから」


 定通総体というのは確か、定時制通信制総合体育大会の通称だったかな。県内の定時制や通信制の運動部が競い合う県大会。学校にもよるらしいけど、うちの定時制はその時期にだけ運動部が稼働するそうなので、普段はあまり部活とは縁がないらしい。部活関連の何かという発想が出てこなかったのは、通っている時間帯によって生じたギャップだったようだ。


「驚かせたお詫びってわけじゃないけど、優先的に案内するから文化祭の上映会を見にきてって、映研の同級生が言っていたよ」

「文化祭、十月だっけ。今回の一件で何だか怪奇蜥蜴男にも愛着が湧いたし、お言葉に甘えて見に行こうかな」

「その時は、僕と一緒に文化祭を見て回ろう」

「えっ?」


 時には行動に起こさないと思いは伝わらない。そうだよね、風雅。たぶん今がその時なんだ。


「全日制と定時制が同時に参加する貴重な機会だし、胡桃と一緒に見て回れたら楽しいかなと思って」


 隣に視線を向けると、胡桃は驚愕するように目を見開いていた。えっ? この反応どっち? もしかして滅茶苦茶拒否されてる?


「うん。私も黎人と一緒に見て回りたい」


 胡桃が満面の笑顔で頷いた。一瞬驚いただけで、誘いそのものはとても喜んでくれた。普段から可愛いけど、今の胡桃はいつにも増して可愛い。勇気を出して誘えて良かったと本当に良かった。背中を押してくれたありがとう風雅。


 我ながら不器用なのは自覚していたから、小さい頃から謎解きにかこつけないと、なかなか胡桃を遊びに誘い出すことが出来なかった。だけど今回は余計な理由をつけずに、ただ好きな子と一緒に文化祭を見て回りたいという思いだけで誘うことが出来た。僕も少しは前に進めているだろうか?


「そういえば、あの怪人の正式名称も聞いていたよ……どうやら僕は胡桃に謝罪しなければいけないようだ」

「謝罪?」

「あの怪人の呼称はシンプルに蜥蜴男だったらしい。さんざんリザードマンと呼んでおいてお恥ずかしい」

「だから言ったでしょう。あれは怪奇蜥蜴男だって」


 胡桃はどことなく嬉しそうに僕の肩に触れた。推理とはまた方向が異なるけど、正答は胡桃の方だった。


 劣化して傷んだ見た目をむしろ利用し、傷だらけの不気味な蜥蜴男をあえて荒い画質で撮影し、レトロな印象の短編映画として鋭意撮影中とのことだ。文化祭では突如地中から現れた蜥蜴男と、陽炎橋高校の生徒達との一夏の攻防を描いた特撮短編映画「怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る」として上映予定だ。



 了

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