第16話 どうしてその日に限って

「自由に掛けてくれたまえ」


 銅先輩に勧められ、先輩と対面する形で僕と風雅は椅子に着席した。


「情報を提供する前に、そもそも君達が何を調べているのか聞いてもいいかな?」

「実は某機関からの密命を受けて、未確認生物の捜索任務を帯びていまして」


 説明も本日三回目なので冗談も交えたくなる。もちろんふざけたのは最初だけ、しっかりと重要な部分も説明したので、内容は問題なく銅先輩に伝わった。ミステリー研究会としてはやはり心惹かれるものがあるのだろう。頻繁に頷く銅先輩の表情は終始、好奇心に満ち溢れていた。


「興味深い話だね。君の推理通り、リザードマンは映画研究会の備品だよ。元々は何代か前の先輩が手作りした撮影用のスーツで、今回撮影予定の短編映画にも使えそうだからと一昨日、離れの倉庫で眠っていたものを引っ張り出してきたようだね。向かいの教室でリザードマンが衣装合わせをしている光景が面白くて、印象に残っているよ。うちの部の方が先に切り上げたから、そこから先の展開は不明だね」


「一昨日ということは、僕の幼馴染が目撃したのと同じ日ですね。あの日はリザードマンの封印が解かれた直後だったわけですか」


「だけど、部室棟の物置部屋で目撃されたというのは妙だね。映研の備品は、撮影機材以外は離れの倉庫で管理されている。私の知る限り、映研の部員たちはリザードマンのスーツを含め、大きな備品はきちんと毎回倉庫に戻しているし、どうして一昨日に限って部活棟にリザードマンをしまったんだろう?」


「確かに。それが最大の謎ですね」


 腕を組んで下唇を食む僕。机の上で両手を組んで目を伏せる銅先輩。何も考えていなそうに天井を仰ぐ風雅。三者三葉の仕草で頭を捻る。何も知らない第三者がミステリー研究会の前を通りがかったら、確実に僕と風雅を正規の部員だと勘違いするだろうな。実際、皆で一つの謎について考えるという意味では、ミステリー研究会っぽいことをしているし。


「そういえば、離れの倉庫というのは?」

「校舎の裏手の方よ。一度外に出ないといけないから、行き来はけっこう手間なのよね」

「風雅。部室棟の物置部屋の方が、備品を収納するにはやっぱり楽か?」

「それはもちろん。距離が近いのもそうだけど、渡り廊下で繋がってるから、靴を履き替えないで移動出来るのが一番でかいだろうな」


 僕は普段まったく関わりのない場所だったけど、校舎と外を行き来すると考えると、銅さんの言うように手間だ。片づけの手間を惜しんで部室棟の物置部屋を使った? だけど一昨日だけで、それ以降はちゃんと毎回戻しているそうだし、理由としては弱い気がする。


「一昨日だけというのがポイントのはずだ。何か一昨日特有の……」


 あれ? 一番最初に胡桃が何か気になることを言っていなかったか? 確かあの日は雰囲気が抜群だったって……まてよ? もしかしてそういうことなのか?


「銅先輩。リザードマンのスーツって、具体的にはどんな感じでしたか? 状態とか質感とか」

「元々何年も前のものだから、多少は劣化してたみたい。頭部のディテールに使われていた素材が剥げかけてたり、装飾も損傷していたり」


 銅先輩の証言が最後のピースとなった。僕の頭の中で組み上がった推理は、一連の状況とは矛盾しないはずだ。


「謎が解けたような気がします」


 二人の視線が僕に集中する。最初は一人で全て調査するつもりだったし、思えば胡桃がいない状況で誰かに推理を披露するのは初めてだけど、図らずもミステリー研究会の部室という舞台が緊張を和らげてくれた。自分の推理を口にする場所として、この空間は申し分ない。


「話を整理しておきましょう。リザードマンは映画研究会の備品で、普段は離れの倉庫で管理されているものが、一昨日だけは部室棟の物置部屋に置かれ、定時制の生徒に怪人として目撃されてしまった。ここまではいいですね? 問題はどうして一昨日に限ってそのような状況が生まれたかということですが、あの日は普段とは明確に違う出来事がありました。それは天気です」


「そういえば一昨日は、夕方から急に雨が降り出したんだったな。傘を忘れた奴らが悲鳴を上げてた」


 梅雨明けを迎えたにも関わらず、あの日は前触れもなく急に夕方から雨が降り出した。それは夜遅くまで続き、胡桃もリザードマンを目撃した際の状況について、「夕方から雨が降り続いていたから雰囲気も抜群だった」と証言している。


「探偵くん。もしかしてそういうことなの?」


 銅先輩に首肯を返す。先輩も理由に気付いたようだ。


「おそらく、離れの倉庫からリザードマンを取り出した時点ではまだ天気は良かったけど、校内で状態の確認に試着をしている間に天気が崩れ、雨が強まった。先輩の証言によるとリザードマンは年季が入っていて、ディテールもだいぶ傷んでいたそうですね」

「なるほど。ただでさえ劣化していたスーツが、雨に濡れるのを嫌ったのか」


 風雅も合点がいった様子で手を叩いた。


「その通り。修繕して使うにしても、余計な損傷は少ないに越したことはないからね。だけど、本来の管理場所である離れの倉庫は、一度校舎の外に出ないと辿り着けない。雨に濡らさずに運ぶのは困難だ。そこで、雨の降っていたあの日に限り、校舎と渡り廊下で繋がっている部室棟の物置部屋に保管しておくことにした。もちろん部外者が勝手に物置部屋を使用することは出来ないから、恐らくは物置部屋を使用している部に知り合いがいて、あの日だけ保管をお願いした。流れはだいたいこんな感じかな」


「確か、映研の部長と被服部の部長は同じクラスだったはずだから、彼女にお願いして物置部屋を使わせてもらったのかもしれない」


 銅先輩が推理を補強してくれた。演劇部とボードゲーム部に心当たりがなかったから、関わりがあるとすれば被服部だと予想していたが、この読みは当たっていたようだ。


「そうして雨を凌ぐために、一晩の宿を借りたリザードマンは、胡桃たち定時制の生徒に目撃された。光が差して意識が向いたらしいですが、部室棟は道路側ですから、あのタイミングで通りがかった車のライトが光源となったのでしょう。後日に姿を消したのは、天気も回復し、また元の管理場所である離れの倉庫を使い始めたから。一連の出来事はこれで全て説明できます」


 後で映画研究会に確認する必要はあるけど、僕の推理は全ての出来事の説明として矛盾しないはずだ。この推理には自信がある。


「素晴らしい! 素晴らしいよ探偵くん! 君のような逸材を見逃していたとは、私は自分が恥ずかしいよ」


 推理が終わった瞬間、銅先輩が大きな拍手を鳴らしたかたと思うと、途端に僕の両手を掴んでガッチリとホールドしてきた。胡桃以外の女性からこんなにしっかりと手を握られたのは初めてかもしれない。ドキドキはするけど、それは決して男としてではない。銅先輩はとにかく圧が強いので、この場合は悪い意味で緊張している。この人の距離感のバグりかた、何だか怖いもの……。


「帰宅部と言っていたね。今からでも我がミステリー研究会に入部する気はないかい? VIP待遇でおもてなしするよ!」

「こ、光栄なお話ですが、お気持ちだけ受け取っておきます。普段は塾通いをしているので」

「ふられてしまったか。気持ちの問題なら無理やり引き込もうと思ったけど、家庭の事情ならばしかたがないね」

「いやいや、気持ちの問題でも尊重してくださいよ、そこは」

「冗談よ。だけどせっかくこうして出会ったんだから、ご縁は大切にしないとね。部活とか関係なく、もし気が向いたらまたいつでも遊びに来なよ」

「考えておきます」


 部活に所属するつもりはないけど、ミステリー好きとしてミステリー研究会には興味がある。銅先輩が言うように、たまに遊びに顔を出すぐらいなら気軽で良いかもしれない。


「そろそろ五時か。鍵をかけて私はそろそろ帰ろうかな」


 学校に着いたのが三時前。調査で駆けまわっている内に二時間以上が経過していたようだ。銅先輩の戸締りを機に、その場はお開きとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る