七月 怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る

第12話 怪人

 夜の学校で目撃する恐ろしいものといえば何だろう?

 よくあるイメージとしてはやはり、幽霊の類が鉄板だろう。あるいは学校に伝わるいわゆる七不思議だろうか。普段は十二段のはずの階段が十三段(階段の数なんていちいち数えたことないけど)になっているとか、音楽室の飾られた音楽家の肖像画の目が動く(そもそも僕の通った小、中、高の音楽室には飾られていなかったけど)とか。夜の学校でストレッチャーを押す看護師に追いかけられる(なぜ学校で看護師?)とか。


 失礼。うっかり個人的な感情が漏れ出してしまったけど、学校の恐怖体験と聞いて、こういった不可思議な現象は想像しやすいのではないだろうか。


 だけど今回、胡桃くるみが夜の学校で目撃したそれは、一般的にイメージされる学校での恐怖体験とは、何やら一線を画すもののようで……。


 ※※※


 期末テストが終わり、夏休みまであと一週間と迫った七月の土曜日。比古ひこさん食堂でお昼を食べ終えた僕は、お昼の営業が終わり、準備中となった比古さん食堂の店内で、幼馴染の比古ひこ胡桃くるみとテーブルを挟んで向かい合っていた。胡桃やお母さんのしずかさんとは生まれた時からの付き合いだし、従業員の方々ともすっかり顔馴染みなので、自分で言うのもなんだけど、準備中の店内にも僕は完全に溶け込んでいる。お邪魔している形だし、帰る前に掃除ぐらいは手伝っていこうかな。


 そもそも今日、比古さん食堂を訪れたのは、前日に胡桃から面白い話があるとメッセージを受け取ったからだ。せっかくならと食堂でお昼を頂いて、そこから相談を受ける流れとなった。


「一昨日学校で不思議なことがあってさ。これも黎人れいとの言う日常の謎ってやつなんじゃないかなと思って。興味あるよね?」

「もちろん。謎は僕の大好物さ」

「えーっ! 私特製の比古さん定食よりも?」

「すみませんでした。おばさんの料理が一番です!」

「うーん。レイちゃんはやっぱり優しいな」

「お母さん! 今いいところなんだからちょっかい出さないで」

「えー。たまには私も話に混ぜてよ」

「お母さんは夕方からの仕込みがあるでしょう」


 突然話に割って入るもおばさんも、それをあしらう胡桃も相変わらず賑やかだな。我が家は一人親の母さんが仕事で家を空けがちなこともあって、自炊出来るようになるまでは、比古さん食堂でご飯を食べさせてもらったり、お家に泊めてもらうこともしょっちゅうだった。家族ぐるみの付き合いを越えて、僕にとって比古家はもう一つの家族といっても過言ではない。


「話を戻すね。一昨日、学校でとても恐ろしいことがあって……四時間目の化学の授業で移動教室があったから、授業前に教室から科学室に移動したんだけど、一階の渡り廊下を移動してる時に、暗い部室棟ぶしつとうの方から突然光が差して、そっちを見たら部室棟の窓から……誰かがこっちを見つめていたの。あの日は夕方から雨が降り続いていたから雰囲気も抜群で」


 とても恐ろしいことと前置きしながらも、胡桃は言葉の節々で抑揚をつけて、どことなく芝居がかった印象だ。語り部としての立場を満喫しているのだろう。胡桃のホラー耐性が強いのは、小さい頃にトラウマになるぐらい、何度もホラー映画鑑賞に付き合わされてきた僕が一番よく理解している。同時に僕は一番の被害者でもあるけど……。


 周りの反応は知らないけど、きっと胡桃のことだから「あー、何かいるな~」ぐらいの、呑気な感じで淡々と状況を受け止めたに違いない。


「季節感タップリの幽霊でも見たのかい?」


 季節は七月中旬。陽炎橋かげろうばし市の名を体現するような暑い季節が到来している。夜の学校で目撃される霊的な存在も、ある意味では風流かもしれない。


「幽霊というよりも、あれは怪人の類だね。怪物じゃなくて怪人」

「怪人って、オペラ座的な?」

「ううん。どちらかというと日曜の朝的な」

「なるほど。そういう方向ね」


 つまり、人に近い姿をしながらも、人型ではないと分かる程度の異形といったところだろうか。確かに人型の何かなら、幽霊を見たと錯覚しても、少し冷静になった後、「幽霊の正体見たり、見回りの先生か用務員さんでした」となるのがせいぜいだろう。


 だけど、怪人としか形容出来ない異形を目撃したのなら、話は根本的に変わってくる。


「念のため聞くけど見間違いの可能性は?」

「私一人ならともかく、一緒に移動してた楠見くすみくんたち同級生も同じ怪人を目撃してるから、その可能性は限りなくゼロ」


 胡桃の発言は最初から信用しているけど、目撃者多数ならばより確実だ。一目で怪人と分かる何かがそこにいたのは間違いない。


「その怪人がどういう姿をしていたかは分かる?」

「一瞬だったから、細かい部分は微妙だけど、頭のシルエットは蜥蜴とか恐竜みたいな感じ。体の部分は比較的シンプルな人型だったような気がする」

「なら、その蜥蜴頭の怪物の名前はリザードマンと呼称しておこう」

怪奇かいき蜥蜴男とかげおとこじゃなくていいの?」

「なぜ昭和の特撮風? いや、理解している僕も僕だけど。それじゃあ呼称はリザードマンで」


 呼称は正直どっちでもよいのだけど、いちいち怪奇とつけるのも面倒なので、西洋風のリザードマンで統一させてもらうとしよう。異論は出なかったので、胡桃も冗談半分だったのだろう。


「四時間目の移動教室って話だったけど、具体的な時間は?」

「四時間目が八時三十分からだから、その数分前ぐらいかな」

「その時間なら、流石に全日制の生徒は残っていないか」


 胡桃の目撃した渡り廊下側の部室棟は、様々な部室が集まった建物だけど、この時期部活は、遅くとも午後八時前後には終わっているはず。胡桃も部活棟は真っ暗だったと言っていたし、生徒が残っていた可能性は低そうだ。


「身も蓋もない話だけど、正体を確かめたりは?」

「気にはなったけど、移動中だったからそれ以上は踏み込めなくて。帰りは暗くてよく見えなかったし」

「目撃したのは一昨日だよね。昨日、明るいうちに確かめたりは?」

「もちろん渡り廊下越しに部室棟を見に行ったけど、窓から怪人の姿は消えていて。近くで確かめたかったけど、勝手に部室棟に立ち行ったら怒られちゃうし」


 確かに定時制の生徒が無関係の教室や施設に入ることは難しそうだ。昨日は金曜日。真相不明のまま週末に突入してしまい、胡桃としては消化不良で落ち着かないといったところか。


「事情はだいたい分かった。全日制で自由に動き回れる僕に、怪物の正体を突き止めさせたいわけだね?」

「そういうこと。忽然と姿を消した学校に潜む怪物。何だかワクワクする響きじゃない?」

「ここまで話を聞いてしまったら、確かに怪物の正体を確かめずにはいられないね」


 胡桃に焚きつけられるまでもなく、俄然やる気が湧いてきた。夏休み前にまた一つ、刺激的な体験が出来そうだ。


「そうと決まれば、早速これから学校に顔を出してみるよ」

「やる気十分だね」

「あまり胡桃をヤキモキさせてたら可哀想だからね。早期解決を目指して頑張るよ」


 怪人が部室棟に関連しているのなら、部活動が活発な週末の方が色々と分かるかもしれない。加えて今は、一学期の期末テストが終わり、夏休みを目前に控えた時期。十月に開催される文化祭へと向けて、文化部を中心に一部の部活動は、夏休み前の今の時期から製作に取り掛かっている。週末でも人手が多いので、普段は帰宅部の僕がしれっと校内に紛れ込んでいても、大して目立たずに済むだろう。

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