第8話 答え合わせは二人で

「校舎で黎人と会うのは初めてだよね」

「そういえばそうだね。普段は入れ違いで登下校だから」


 二日後。私は普段よりも三十分早く登校して生徒玄関で黎人と落ち合った。黎人は今日も塾だけど、一本遅いバスでもギリギリ間に合うからと学校に残ってくれていた。答え合わせはやっぱり二人でしたいから。


「あれ、黎人の友達?」

「何だ風雅ふうがか」


 下駄箱で上履きに履き替えていると、通りがかった全日制の男子生徒が声をかけてきた。お互いに名前を呼んだということは、黎人の友達だろうか? 長めの髪の毛先を遊ばせ、制服もシャツのボタンを緩めて着崩している。人懐っこそうな笑顔も印象的だ。


「幼馴染の比古胡桃。定時制の一年なんだ」

「比古胡桃です」

「俺はつかさ風雅ふうが。黎人とは同じクラスなんだ。よろしくね胡桃ちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 初対面でいきなり下の名前で呼ばれるとは思わなかったけど、不思議と図々しさは感じられない。嫌味なく自然と相手と距離を詰められるタイプなのかもしれない。黎人とは違うタイプだし、初見では本当に友達なのか半信半疑だったけど、司くんのコミュ力を実感した今は、二人が親しくなる様が有り有りと目に浮かぶようだ。たぶん、何らかのきっかけで黎人に興味を抱いた司くんがグイグイ距離を詰めたのだろう。


「胡桃ちゃんとは一度会ってみたかったんだよね」

「私に?」

「うん。だって黎人がよく君の――」

「余計なことは言わないでいいぞ風雅。これから部活だろう。さっとこの場を立ち去れ」


 いつも冷静な黎人が柄にもなく狼狽し、慌てて司くんの口を塞ぐようにして言葉を遮った。司くんが何を言おうとしたのかは気になるけど、今は子供みたいな黎人のリアクションが可愛くてそれどころじゃない。


「ははっ、黎人から珍しい反応を引き出せただけで良しとしておくか」


 したり顔で黎人の肩に手を触れると、司くんは踵を返した。


「俺、普段から部活で遅くまで残ってるから、校内で見かけた時はよろしくね、胡桃ちゃん」


 手を振ってそう言い残すと、司くんは風のように去っていた。突然のことで驚いたけど、新しいご縁が生まれたし、普段はなかなか目にする機会のない、黎人の学生生活の一端が垣間見えたようで面白かった。


「黎人。さっきの話なんだったの?」

「何でもない。あいつはテキトーなことばっか言うから、会うことがあっても、あまり話を真に受けないように」


 黎人をここまで動揺させるとは、司くんはなかなかのトリックスターのようだ。黎人はああ言っているけど、話は次回、司くんと遭遇した時にでも聞いてみることにしよう。自分で言っておいてなんだけど、遭遇とかまるでレアキャラみたいだな。


「……風雅に余計な時間を取られた。そろそろ図書室に行こう」

「そうだね。入れ違いになったら意味ないし」


 私と黎人が学校で待ち合わせたのは、図書室で生井好さんと接触し、経緯を打ち明けた上で事情を伺うためだ。図書委員の東さんの情報提供で、生井さんは今日、再び「ライラックの歌」を借りるにくる可能性が高い。


「突然すみません。定時制二年の生井好さんですよね? 私は一年の比古胡桃です」


 図書室に入ると文芸コーナーの棚の前に、ストライプ柄のブラウスを着た白髪交じりの女性の背中を見つけた。指をかけた本を一度棚に押し込むと、静かに私の方へと視線を向ける。


「一年生というと、楠見くんのクラスよね」

「はい。楠見くんとも仲良くさせてもらっています」


 突然声をかけられて少しだけ驚いた様子だったが、共通の知人の名前が出たことで、眼鏡をかけた顔には直ぐに柔和な笑みが浮かんだ。


「そちらの子は?」

「全日制の猪口黎人です。彼女とは幼馴染で」

「実は最近、私と黎人の二人で酒武道さんの『ライラックの歌』についてずっと調べていて」

「彼の本を? どうしてまた」

「事情はお話しします。少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

「構わないわよ。この本を借りていくから、少し待っててね」


 突然の申し出にも気分を害することなく、生井さんは頷いてくれた。棚から「ライラックの歌」を手に取ると、貸出カウンターで手短に手続きを終えた。

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