第6話 書店

 図書館で一通り調べものを終えた私と黎人はその足で、同級生の楠見くんが務める書店を訪れていた。私と黎人がそれぞれ買いたい本があったのと、楠見くんには昨日学校で一つ頼み事をしたので、その確認もしておきたかった。


「こんにちは、楠見くん」

「いらっしゃい。比古と……そちらの方は?」


 店内に制服のエプロン姿の楠見くんの背中を見つけて声をかける。明日書店に寄るとは伝えていたので、楠見くんは声だけで直ぐに私と分かったようだけど、その隣に初対面の黎人がいたので若干、テンションの調整に戸惑っている。そういえばいつものノリで話しかけちゃったけど、二人は初対面だったね。


「紹介するね。彼は幼馴染の猪口黎人」

「猪口黎人、全日制の一年です。よろしく楠見くん」

「名前は比古から何度か。定時制一年の楠見玲央です。こちらこそよろしく」


 黎人はあまり人見知りしないタイプだし、楠見くんも普段から接客をこなしているだけあって人当りが良い。自己紹介をしたことで場の空気は一気に和んだ。


「楠見くん。昨日お願いしてた件なんだけど」

「確認済み。こっちだよ」


 楠見くんに案内されてきたのは、文庫本を著者名の順に並べた棚だった。さ行の棚には、酒武道の作品のほぼ全てが置かれていた。その中にはもちろん「ライラックの歌」のタイトルもある。


「地元出身の作家というのもあって、品揃えは豊富。比古の言ってた『ライラックの歌』は陳列してある分以外に在庫もあるし、もちろん取り寄せにも対応してる」


 私と黎人はお互いの顔を見合わせて頷き合う。この書店は「ライラックの歌」を含めて酒武道の作品の品揃えが豊富だ。それは当然、お店の常連で楠見くんと顔見知りの生井さんも把握しているはずだ。行きつけのお店でいつでも「ライラックの歌」を買えるのに買わない? いや、買わないのではない。同級生の出版した作品だし、すでに所有しているから、新たに買い求める必要がないと考えた方が自然か。だけどそれだとより謎が深まる。自宅に本があるのなら、態々学校の図書室で本を借りる必要なんてない。


「楠見くん。『ライラックの歌』の取り扱いは文庫本だけなのかい?」


 思考を巡らせる私の横で、黎人が気兼ねなく楠見くんに尋ねた。


「比古から頼まれたついでに調べたんだけど、単行本はもう出版されてなくて、今流通しているのは文庫版だけ。初版が三十二年前だし、単行本を拝むなら、図書館みたいな公共施設か、古本ぐらいじゃないかな」

「なるほど。今流通しているのは文庫本なのか」


 黎人は合点がいった様子で微笑を浮かべた。図書館でベテランの司書さんから証言を得た時と同じ表情だ。黎人の中で、一つの確信に向けて点と線が繋がっていっているのを感じる。


「せっかくだから、一冊買っていこうかな」

「それじゃあ、私も」


 謎解きに役立てるつもりなのだろう。黎人は文庫本の「ライラックの歌」を一冊手に取った。何の気なしに私も「ライラックの歌」を手に取り一冊買っていくことにした。黎人はどうか分からないけど、私はこの数日間、謎を追っていく中で、純粋に本の内容にも興味が湧いていた。


「他にも買いたい本があるからちょっと待ってて」


 元々買い物をする予定だったので、黎人は別の棚で、お目当ての小説を探し始めた。


「本当に仲良しなんだな」


 楠見くんは初対面の黎人には遠慮して、同級生の私にだけ小声で語りかけてきた。


「別に幼馴染で付き合いが長いだけだよ」

「本当にそれだけ?」

「何だか楠見くん。風花みたいな物言いだね」


 追及されるとは想定外だった。恋バナとかが大好きな風花ならばともかく、普段は受動的で、一歩引いた位置から物事を見ている印象の楠見くんにしては珍しい。


「ごめん。確かに今のはデリカシーに欠けてた。ただ、幼馴染だからって同じ日にお揃いで恋愛小説買っていくものかなと、ちょっと思って。本当ごめん」


 思わぬ指摘に、耳まで一気に熱くなる。楠見くんには生井さんについて聞いたりはしたけど、生井さんと「ライラックの歌」の繋がりなど、細かい事情まで話していない。今回も「ライラックの歌」という本を書店で取り扱っているかを確認してもらっただけ。楠見くん目線から見れば、休日に仲良く書店を訪れて、事前に在庫を確認した本を、しかも恋愛小説をお揃いで買っていこうとしている同級生の図となる。客観的に見れば、誤解するなという方が無茶な話かもしれない。だけど、私と黎人はそんなじゃなくて。いや、そうはなりたいんだけど今は難しくて……ああもう! 思考が乱れる!


「ワ、ワタシモナニカカッテイコウカナ」


 我ながら女優には向いていない。今の私はぎこちなくその場を取り繕うので精一杯だった。すまぬ楠見くん。全てに決着がついたら弁明させてもらうから!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る