第2話 猪口黎人

 午後五時を回った頃。陽炎橋高校近くの公園に到着すると、見通しの良いベンチで黎人がこちらへ手招きしていた。私はもう見慣れているけど、端正な顔立ちの黎人は存在感があって、その仕草もドラマのワンシーンのようだ。本人は無自覚みたいだけど、公園に居合わせた中学生や、子供連れのママさんといった女性達の視線は自然と黎人に引き寄せられている。


「授業前にごめんね胡桃」

「大丈夫。時間には余裕あるから」


 公園から学校までは徒歩三分程度。ベンチからも校舎が見えている。ホームルームが始まる五時五十五分までに到着すれば大丈夫。黎人も今日は塾が休みらしくて、バスの時間は気にしなくてもよいそうだ。


「ジュース買っておいた。呼び出しちゃったお詫び」

「ありがとう。こうして学校前と学校後に会うの、何だか新鮮だね」


 自分のお茶と、私の分に炭酸飲料を買っておいてくれたらしい。全日制で制服のブレザー姿の黎人と、定時制で私服のパーカーとデニム姿の私が、肩を並べて飲み物をすする。同じ制服姿で放課後を過ごすのもエモいけど、お互いの空き時間が交差する時間帯に一緒に過ごすのも特別感があって、これはこれでエモいのではないだろうか。


「本題に入ろうか。胡桃に大事な話があるんだ」

「どうしたの? 改まって」


 あくまでも平静を装う。夕方の公園というある種の王道シチュエーション。ひょっとしたら本当に……。


「僕と」


 固唾を飲んで次の言葉を待つ。もう、黎人の声以外は何も聞こえない。本当は遊具ではしゃぐ子供達の活気やら、午後五時を過ぎて交通量が増えてきた車の走行音やらが聞こえてそれなりに賑やかだけど、こういうのは気持ちの問題だ。だからあえてもう一度強調しておこう。黎人の声以外は何も聞こえない。


「前にみたいに、僕と一緒に謎を解かないか? 青春にはミステリーが不可欠だよ」


 わー。子供達の活気も、行き交う車の走行音も、私をおちょくるみたいに頭上で騒ぐカラスの鳴き声も、いつもよりも鮮明に聞こえるよ。お母さんに変なことを吹き込まれたのと、黎人からの呼び出しのタイミングで勝手に盛り上がってしまったけど、今までそんな素振りは無かったのに、突然ラブコメが訪れることなんてないよね。薄々感づいていましたとも。


 黎人は小さい頃からミステリーが好きで、小学生の頃には私を巻き込んで少年探偵団を結成し、日々謎を求めて校内を駆けまわっていた。中学生になってからは読書の魅力に気づき、日々ミステリー小説を持ち歩き愛読。私を巻き込んでミステリー研究会の結成にまで至った。最初は振り回されているような気もしたけど、だんだんと黎人と一緒に謎を求めて駈け廻る日々を楽しく思えるようになってきて、あの頃はへとへとになりながらも、毎日がとても充実していたと思う。


 高校に入学してからは、同じ学校とはいえ通っている時間帯が違うから、一緒に過ごす時間は減ったし、黎人は早くも進学を見据えて塾通いを始めたので、部活動にも所属していない。ミステリーに対する熱量が少し落ち着いたのかなと思っていたけど、黎人はやはりブレない。


 環境が変わって一カ月以上が経ち、私はお店の手伝いをしながら夜に学校で勉強する生活に慣れてきた。思えばそれは黎人も同じで、新たな環境に適応し、自分らしさを楽しむ余裕が生まれた、ということなのかもしれない。


「黎人のミステリー愛が健在なのは分かったけど、具体的には何をするの?」

「胡桃はお店の仕事があるし、僕も放課後は塾通い。前みたいに二人でガッツリ活動をするのは難しそうだから、もっと緩く活動出来たらなと思っている。こうして時々時間を合わせながら、何か些細な日常の謎を解いていくぐらいが丁度いいかな」


 目を輝かせて語る黎人は何だか、幼い少年のように無邪気で可愛らしい。何だか懐かしいな。私とミステリーを繋ぎ合わせるのは、いつだって黎人のこの笑顔だった。私は黎人ほどミステリーに対する情熱はないけど、黎人と謎を追う日々が失われてしまったことには少し物足りなさを覚えていた。そんな私をもう一度誘ってくれたことは、絆を再確認出来たようで素直に嬉しい。方向性が違うだけで、私にとっては確かにロマンチックなお誘いだった。


「話しは分かった。そういうことなら、私も黎人に協力してあげる」

「ありがとう胡桃。君はやっぱり僕の最高の相棒だ」


 相棒か。嬉しい言葉なのは間違いないけど、やっぱり私達の関係性は恋愛方面には近づけていないようだ。


「だけど、日常の謎と言われてもいまいちピンと来ないな」

「話を持ちかけた以上、最初は僕から謎を提供させてもらうよ。真相を確かめるために、是非とも胡桃の力を借りたい出来事があってね」

「どういうこと?」

「ヒントはたぶん、夜に隠されている」


 語り部としての立場を楽しむように満面の笑みを浮かべると、黎人は事の経緯を私に説明し始めた。


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