第59話

 「サリー、俺達の家が見つかったよ。

出がけに話した盗賊の件で、報奨としてそのアジトを貰えることになったんだ」


「おめでとうございます」


「ただ、建物は一旦壊して、土魔法で新しく造り変えようと思っている。

長年盗賊が使っていた家だしさ」


「それが宜しいかと思います。

浴室やトイレの水回りは既にできているので、そこも室内を改装し、新しい浴槽や便座を設置するだけで済みますから」


そうと決まれば行動あるのみ。


早速街に出て、浴槽や手桶などの必要な道具を購入し、最新の便座も買って、マーサさんの店で昼食を取りながら、2人で相談しつつ、新しく建てる家の簡単な設計図を描く。


図面があった方が、外壁などの基礎を任せるサリーもイメージし易いからだ。


遅い昼食を取る前に、ギルドに寄ってエレナさんから業者を紹介して貰い、建物を壊しても近隣に砂埃などの迷惑をかけないよう、家の周囲を専用の木組みと布で覆って貰ってある。


この時、思わぬ拾い物をした。


アジトの宝箱から既に全部のお宝を頂いたはずなのに、『マッピング』を使った地図上に、まだ金色の点が残っている。


家の中に入り、その場所付近を隈なく探すと、巧妙に隠された床下の穴に、1つの小さな宝箱を見つけた。


念のためにと、まだ持っていた宝箱の鍵を使ってみると、すんなりと開く。


その中には、白金貨だけが100枚も入っていた。


恐らくだが、盗賊のボスは、仲間達と分ける財宝の他に、自分専用のお宝を隠し持っていたのだろう。


だから、俺に情報を教えた部下は、そのことを知らずに共有する宝箱の存在だけを俺に告げたのだ。


笑いが止まらないとはこの事だろう。


だってこれだけで、1億ゴールドもあるのだから。



 室内にある家具や道具類を全て『アイテムボックス』を使って持ち運び、古物商まで叩き売りに行ったサリーの代わりに、俺は建物を破壊し、生じた瓦礫がれきの山を、同じく【アイテムボックス】を用いて帝国領に作成した妨害線まで捨てに行く。


更地になった頃にサリーが戻って来たので、そこから新たな家の建造に入る。


木製ではなく、強固な石造りの外壁を造り、それを家の形に整えていく作業は、俺が所々手伝いはしたものの、今のサリーの魔力量では、外壁と内壁を完成させるだけで精一杯だった。


何せ、浴室とトイレ以外に12LDKもの広さがある家を造ったのだ。


盗賊のアジトの部屋数を参考に、それより幾分減らして設計したのだが、其々の部屋が12畳くらいある上、浴室は大人が10人以上は入れる広さにしたから、その部屋割りのための内壁も造らねばならず、彼女の魔力が底をつきかけた。


ふらふらになったサリーを抱え、公衆浴場の個室に入れて、しっかりと抱き締めながら、魔力を強めに流す。


嬌声を上げようが、悶えて身体を跳ねさせようが、時にはその口を唇で塞いで、2時間近くずっと対面で抱き締めていた。



 自身の身体を忙しなく俺に擦り付けていたサリーが、大きく身を震わせた後、理性の光を戻した瞳で俺を見つめる。


「もう大丈夫か?」


「・・はい。

魔力も粗方戻ったと思います」


「無理をさせたようで済まなかった」


「いいえ。

私がそうしたかったので。

できるだけ早く、あの家で修様と暮らしていきたかったから」


「内装は俺でも手伝えることが多いし、明日には大体完成するんじゃないか?」


「そうですね。

取り敢えず自分達の部屋と浴室、トイレをどうにかすれば、住んでも問題ないでしょう」


何と無く見つめ合い、自然と濃厚なキスを交わす。


「あの時、あなたに出会えて本当に良かった」


そう口にして、再度キスをしてきたサリーは、その後丁寧に、自身の汗と体液で濡れた俺の身体を洗ってくれた。



 ロマノ帝国、帝都ザルツ。


その王城の謁見の間で、玉座に座って自分達を見下ろす皇帝に、こうべを垂れながら遠征の結果説明をする数名の人物。


馬車内で治癒士による回復魔法を受け続け、潰れていた頭や首を少しだけ元の状態に戻した第3皇子の遺体は、既にその母親と親族によって墓に葬られ、その後その母親は心痛で寝込んでしまった。


早馬での皇子死亡の報告を受けてから数日経っていたこともあり、皇帝の表情自体はそれ程怒りに傾いていない。


それに引き換え、皇子の側近として戦地に同行した者達の表情は、最早この世の終わりとも言うべきものになっている。


「・・という訳でございまして、我らはおめおめとこちらに戻って来た次第でございます。

我ら一同、如何様いかようなるご処分も、甘んじて受け入れる覚悟でおります」


「沙汰を申し付ける前に、幾つか確認したい。

敵は本当にたった1人だったのだな?」


「はい。

それは間違いなく」


「その者が、万を超える軍を相手にして、ほとんど無傷で戦いを終えたと?」


「はい。

それも真実でございます。

幾ら最初は侮ってかかり、指揮系統が乱れていたとは言え、あの者の強さは異常でございました。

鬼神、そう呼んでも良い程に」


「途中で天に魔法陣が現れ、その者の装備が変化したというのも誠なのだな?」


「はい。

元から強かったのですが、それ以降、手が付けられなくなりました」


「・・軍務大臣、そちはこの話をどう思う?」


皇帝アレク4世は、側に控える中年の男性にそう声をかける。


いささか信じ難いものでございます。

ですが、こちらでも帰還兵に確認を取っておりますので、確かに真実なのでしょう。

恐れながら、その相手とこれ以上事を構えるのは危険かと」


「元帥はどう考える?」


皇帝は、今度はその隣に控える男に尋ねた。


「私は、リンドル王国と交戦を続けるべきだと具申致します。

今回敗れたのは、帝国の正規軍ではありません。

騎士団からも3000を出していたとはいえ、それ以外は地方の義勇兵や私兵がほとんどです。

一騎当千の武将は、我が国にも多数存在致しております。

私にお任せくだされば、必ずや第3皇子殿下のご無念を晴らしてご覧にいれましょう」


「・・・。

宰相の意見は?」


皇帝は、今度は彼らの反対側、文官達が居並ぶ中で、その最も自分に近い場所に立つ男性に尋ねる。


「私も、今は交戦継続に賛成致します。

たった1度、それもたった1人と戦っただけで、かの国の戦力を判断するのは早計かと」


「ふむ」


「陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」


ここで皇太子、第1皇子が口を開く。


「・・許す。

申してみよ」


「恐れながら、私も交戦継続に賛成致します。

亡き弟の仇を取ってやりたいのです。

それから、今回の遠征に参加した者達に、どうかお慈悲を賜りたく。

聞けば、彼らは生き残った兵を無事に帰還させるために、自腹を切って敵に示談金を支払ったとのこと。

その行為に免じて、どうか命だけはお助けを」


第1皇子は、亡くなった第3皇子とはあまり仲が良くなかった。


それでもこう口にしたのは、自分の派閥に居る元帥に活躍の場を与えてやりたかったのと、第3皇子の派閥を自派に取り込むことを狙ってのことだ。


事実、断罪が下されるのを待ってうなだれていた者達が、皆一様に涙を流している。


そんな彼にとって唯一の誤算だったのは、この場にダルシア家の長女が居なかったことである。


ずっとサリーに執着しながら、これまで全く良い返事を貰えなかった彼は、敗戦の責めを負うであろう彼女を助けることで、大きな恩を売ろうと企んでいた。


帰還した者の中に彼女がいない事を知り、慌てて彼らに問い質したが、行方不明としか告げられなかった。


皇太子であり、ドジを踏まない限り次期皇帝の座に最も近い彼が交戦継続を望んだのも、その間に彼女を探させようとしたからだ。


彼はどうしても、社交界で絶世の美女とうたわれたサリーを、自分の妃にしたかった。


「・・皆の意見はよく分った。

それらを参考に、我は皇帝としての判断を下す。

リンドル王国との戦は続ける。

それから、今回の戦で敗戦を帰し、第3皇子を失った者達への処分だが、特別に不問とする。

今後の活躍で汚名を返上せよ」


「「「ははーっ」」」


報告に訪れた者達は、全員が床に頭を擦り付けて平伏し、涙を流しながら喜んだ。


そしてこの時、帝国の運命が大きな変化を遂げるのであった。

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