28 敵は内か外か
「さっきの
アイスコーヒーをストローで飲みながら
私は内心、冷や汗でダラダラだ。
「どーいうことなんですかねぇ?先輩、一人暮らしって言ってませんでしたっけぇ?」
ど、どうする私っ。
考えろ、頭をフル回転させろっ。
あ、あれか。
『そう、ルームシェアってやつね!』
『あ、じゃあ一緒に住んでるってことですねぇ?』
『……』
『不思議だなぁ、独り身を公言してた先輩があんなに若い子と同居だなんて。なーんか裏がありそうですねぇ?』
『……あ、あの』
『先輩に彼氏の噂がなかったのって、もしかして……』
あああああああああ。
ダメだ、ダメだ。
結局それって同居してると言ってるのと変わんない。
ほ、他のことを考えないと……。
『実は部屋がお隣さんで意気投合みたいな?』
『うわお、そんな偶然もあるんですねぇ』
『そ、そうなのよ。珍しいこともあるのねー』
『じゃあ、本当かどうか一緒に確かめさせてもらってもいいですか?』
『……だめ』
『どうしてですか?』
『……』
『先輩、何か隠してません?……と言いますか、隣同士だとしても帰ってから教えるってことは部屋を行き来してるってことですか?』
やっぱり、妄想の中の七瀬に容易に突っ込まれるうぅ。
違和感のある回答ばっかりじゃないっ。
あー、ど、どどっ、どうすれば……。
「もしかしてなんですけど、二人って実は――」
いよいよ本丸に乗り込もうとしてくる七瀬。
そうはさせないっ。
それ以上、あんたの妄想(事実だけど)に付き合っていられないっ。
な、なんか言え、私っ。
「で、電話に決まってるじゃないっ」
「……電話?」
「そう電話。私の仕事が終わった後に
「……あー……なるほど」
あ、あぶねええええ。
普段から一緒に暮らしてるから回答がおかしくなりそうになるけど、友達なら電話くらい仕事終わりにするよねっ。
こんなのも当たり前のように出て来ないのだから、独り身が長くなると困る。
しかし、何とか守り切ったぞ。
「なーんだ。せっかく
ちゅ~う、と七瀬は悔しそうにストローで勢いよくアイスコーヒーを飲み込む。
自分が思い描いたシナリオと違ったことが、つまらなかったらしい。
「私にそんなのないから。ていうか、私のことなんてどうだっていいでしょ」
ていうか、この子だけ妙に私の変化に気付きすぎ。
放っておいて欲しいんだけど。
「なに言ってるんですかぁ。何もない先輩だからこそ、ちょっとした変化がネタになるんじゃないですかぁ」
「私をネタ扱いするな」
「まあ、それは冗談ですけどね。わたしが単純に気になるだけですよお」
どこまでが本音と嘘なのか、本当に分からない子だ。
だからこそ七瀬は世渡り上手で、その能力を仕事で発揮するときがあるのだが、敵に回すと厄介だ。
まさか私までもが興味の対象だったとは。
野次馬根性というものは侮れない。
「……それにしても」
カラン、と氷がぶつかる音。
あっという間にアイスコーヒーを飲み干してしまった七瀬は口寂しいのか、ストローを噛んでいた。
「先輩から電話を掛けさせるって、どんなヤツなんですか。
「……」
それは私に聞いているのかどうか微妙な声のボリュームで。
視線も窓の外に向いているものだから、何となく黙ってしまった。
……まあ、確かに雛乃がどんなヤツかと問われれば。
答えに困るなぁとは素直に思う。
◇◇◇
「なんか仲良さそうに話してたけど、知り合い?」
料理が出来たと店長に呼ばれて厨房に行くと、そんなことを聞かれた。
「あ、はい。友達と、その後輩さんです」
確かあたしと上坂さんは公の場ではそんな設定だったから、そう答えておく。
「友達……?向こう、社会人だったよね?」
「あ、まあ……昔からの腐れ縁?」
うん、答えになってない気がする。
「ああ、そういうこと」
なんか理解してくれた。
店長さんにとっては昔からの知り合いならそういう人が有り得るのか……。
「ま、何でもいいけどさ。あんまり喋りすぎないでね、他のお客さんとの空気変になっちゃうから」
「あ、はい……」
やっぱ、そうだよね。
ちょっと残念だな。
せっかくならお仕事モードの上坂さんとも話してみたかったんだけど。
「とは言え、雛乃ちゃんから連れて来てくれたお客さんだし。
そう言って、店長さんは二人分のパフェを追加する。
だけど、そんな注文はうけてない。
「これ、なんですか?」
「雛乃ちゃんのお友達サービス」
マジ、すご。
正直そんなに儲かってなさそうなのに、こんなサービスしちゃっていいのかな。
「ほら、早く運んであげて。社会人の昼休みって一分一秒争うらしいよ」
「らしいよ?」
微妙に、距離感のある言い方をする店長。
「わたしは自営業だからね。休みたい時に休むし。そういうの分かんない」
「なるほど」
仕事になるとカリカリし始める上坂さんとちがって、絶妙な脱力感が店長にあるのはそれが原因なのかな?
それはまあ置いといて、あたしは料理を運ぶことにする。
「……むっ」
席に近づいて行くと、七瀬さんはニヤニヤし、上坂さんは必死な顔をしていた。
昼休みだからかもしんないけど、お仕事の関係の割には楽しそうじゃん。
なんとなく、それが引っ掛かった。
だけど、今はあたしが仕事中だから、それを態度に出したらいけない。
「はい。オムライスとハンバーグセットになります」
「あら、美味しそうですねぇ」
「本当だ……レトロな喫茶店も侮れないわね」
二人して、似たような感想。
やっぱり仲いいんだな。
まあ、仕方ない。新参者のあたしがどうこう言えないし。
「あと、ストロベリーパフェになります」
二人の前に置くと、お互いに首を傾げる。
「え、こんなの注文しました?」
「いや、私はしてない」
「わたしもしてませんよ」
困惑した反応、そこであたしが説明を加える。
「あたしの知り合いってことで、店長さんがサービスしてくれました」
「うわぁ。気が利く店長さんですねぇ」
七瀬さんは素直に喜んでいた。
あたしとしても自分のおかげで二人にサービスできたと思えるなら悪い気はしない。
そして何より、上坂さんの反応が気になったんだけど……。
「あの女。賄賂か、賄賂なのか、これは……?」
なんか意味わかんない反応をしていた。
多分だけど、なんか不機嫌だ。
「上坂さん、聞いてた?店長からのただのサービスだよ」
「タダが一番怖いんだよ雛乃ッ。これを渡すことで、私がこの職場にケチをつけるのに心理的抵抗を植え付けようしているに違いない。“返報性の原理”だよっ!!」
あー。
上坂さんがたまに入る意味不明ゾーンに突入しちゃった。
中途半端によく分からない単語使ってくるから、困るんだよね。
「ちがうって上坂さん。あたしのお友達だから良くしてくれてるだけだよ」
「良く?こんな糖質の塊を私に食べさせて、肥えさせることが“良い”の?価値観の押し付けじゃない?」
あー。
次はアラサーの闇ゾーンに入っちゃった。
「はいはい。じゃあ脂質も糖質もいらないねー。ちょっとあたしも作るの手伝ったんだけどなぁ」
仕方ないからハンバーグもパフェも取り下げることにする。
すると、すぐに抵抗感。
上坂さんが反対の方のお皿の部分を握っていた。
「食べないとは言ってない」
「食べるの?」
「注文したの私だしっ」
相変わらず、素直じゃないなぁー。
まあ、こうなるのも何となく分かってたんだけど。
「……先輩、なんか寧音ちゃんに甘えてます?」
「は?どこが?」
「いや、なんか……気のせいですか?」
ふふん。
そうなんだよ七瀬さん。
上坂さんは無意識だけど、家だとけっこう甘えん坊な一面があるんだな。
そんな七瀬さんの知らない上坂さんの一面を引き出した所で、あたしは満足するのだった。
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