27 喫茶店なのに心癒されないとはこれ如何に


 お昼時だというのに、喫茶店 椿つばきのお客さんの数はまばらだ。


 それなりに広い店舗内だが、空席が目立っている。


 でも、バイトとしてはこの方が働きやすいかもしれないな。


「ご注文がお決まりになりましたら、声を掛けて下さい」


「はーい」


「……はい」


 意外にも板についている雛乃ひなのの接客を受けて、私と七瀬ななせは窓際の席に案内される。


 雛乃は髪をまとめて、淡いブラウンのブラウスにグレーのエプロンをしている。


 喫茶店の制服姿は新鮮で、何より可愛い。


「先輩は何食べるんですかぁ?」


「……そうね」


 しかし、そんな情緒を目の前の後輩が分断する。


 手には渡されたメニュー表。


 しかし、視線はメニュー表には向かない。


 この店内の状況を確認するのに忙しいからだ。


「ちょっとー、聞いてますかぁ?」


「……それでいいんじゃない」


 あー。七瀬うるさいな。


 集中できないから、ちょっと黙って欲しいんだけど。


「……そんなに寧音ねねちゃんの事が気になるんですかあ?」


「え、なにっ」


 なんか急に変なこと言い出してきたぞ。


 呆気に取られて、視線を目の前にいる七瀬に向けてしまう。


「あのー。先輩と寧音ちゃんってどんな関係なんですか?」


「どうって、だから友達で……」


「わざわざバレバレの変装して、働いてるお店を見に行くくらいの友達なんですか?」


「だ、だから何よ……」


「先輩にしては随分、熱心な友達がいるんだなぁって」


 じーっと七瀬は絡みつくような視線を向け続ける。


 私は何だかバツが悪く、目を反らす。


「別に、そんなの私の勝手でしょ」


「勝手ですけど、先輩の“友達”っていう表現が怪しいなぁって思うのもわたしの勝手ですよね?」


 私の懐をまさぐってくるような、そんな不快感。


「……なにが言いたいの」


「いえ、先輩のことだから単純に気になってるだけですよ」


 目元を細めて、口元に笑みを浮かべる。


 それなりに私も緊張感を走らせたつもりなのに、こういう時にも笑顔を浮かべるあたりやはり図太い。


「七瀬には関係ないことでしょ」


「やだなー。私と先輩の仲じゃないですかぁ」


 とは言っても、プライベートを共有するほどの仲でもない。


「それにしても寧音ちゃんって若いですよねぇ?」


「そう見えるだけでしょ」


 実際若いんだから、仕方がない。


「へー。やっぱり、ちゃんと答えてくれないんですね」


「別に、本人を無視して勝手に教えたくないだけ」


「若いなら気にしませんて」


 ……なんか遠回りに私の立ち回りをディスられた気がする。


「すいまーせん、注文いいですかぁ?」


「あ、はーい」


「ちょっ、こら七瀬……っ」


「さっさと決めない先輩が悪いんですよお」


 奥から早歩きで雛乃が近づいて来る。


「ご注文はお決まりですか?」


「その前にね、寧音ちゃんっていくつ?」


「え、えーとぉ……」


 口籠る雛乃。


 こうなったらテキトーに年齢を言っとくべきか……。


「まあ、いいや。いつからここで働いてるの?」


 しかし、意外なことに七瀬は質問をすぐに切り替える。


「あ、今日からなんです」


「そうなんだっ。一日フル?」


「いえ、バイトなので夕方までにしてもらってます」


「ああ、なるほどねぇ。それは頑張んないとだねぇ」


「緊張しっぱなしで大変です」


「んーん、上手に出来てるよ」


「本当ですか?えへへ……」


 そんなやりとりの後、七瀬はオムライスを注文していた。


 私も雛乃も、とりあえず七瀬の質問が終わったことに安堵している。


上坂うえさかさんは何頼むの?」


「あ、えーと。私は……」


 全然考えてなかった。


 雛乃に催促されて、ようやくメニュー表を目で追う。


「ハンバーグセットでいいんじゃない?他のあんまり好きじゃないでしょ」


「あ?そう……なら、それで」


「かしこまりましたぁー」


 そう言って、軽快な足取りでカウンターから奥の厨房へ注文を伝えている。


「へぇ~……。寧音ちゃん、先輩にタメ口なんですねぇ?」


 ……それの何がいけない。仲良しでいいじゃないか。


「まあ、友達だから」


「しかも、先輩の食べ物の好みまで把握してるんですねぇ?」


 ギクッと心臓が高鳴る。


 いや、落ち着け。


 友人同士なら食べ物の好き嫌いくらい把握しても、おかしくない。


 一緒に生活しているという負い目が勝手に私の反応をおかしくさせているだけだ。


「友達なら、普通でしょ」


「そうですねぇ。でも、“アルバイト”なんですよね?」


 さらにギクリッと心臓が暴れる。


 七瀬が言わんとすることが分かってきた。


「あの若さでアルバイトって、学生さんってことですよね?」


 どうするどうするどうする?


 いや、そうだ。


 別に社会人である必要はない。


 大学生とか言っておけば――


「はい、雛乃ちゃん。先にドリンク渡しといてね」


「あ、はいっ」


 すると厨房から茶髪のショートカットの女性が姿を現した。


 あいつか、雛乃を顔で採用したエロ店長は……!


 なるほど、切れ長の目に憂いを帯びた表情と、ちょっとした脱力感。


 若いくせに妙にアンニュイな雰囲気を醸し出している。


 怪しい、怪しいぞ……あれは……!


「先輩?」


「ちょっと黙っててっ」


「あ、はいっ」


 真剣な私に気圧されたのか、本当に七瀬が静かになった。


 その間に、奥から雛乃がドリンクをトレーに載せてやってくる。


「はい、アイスコーヒーと……」


「雛乃、さっきのが店長?」


 ドリンクをテーブルに置く前に私は声を掛ける。


「あ、うん。そうだよ」


「なんか、変なことされてない?」


「ないない、ていうか変なことってなに」


「変てのは……ほら、色々あるでしょ」


 主にセクハラ方面で。


「大丈夫だって、心配しすぎ」


 いや、初日で化けの皮がまだ剝がれてないだけかもしれない……。


 油断は禁物だ。


「なにかあったらすぐに連絡しなさいよ」


「分かってるって。どーせ帰ってからも聞いて来るんでしょ」


「いいから」


「はーい」


 そうして、注文したドリンクを置いて雛乃は他のお客様の対応に戻っていく。


 まあ……ひとまず、今のところ問題はなさそうだから、良しとするか。


「ほんとに仲いいんですねぇ?」


 黙っていた七瀬が、そろそろいいよねと言わんばかりに口を開く。


「いいのよ、悪い?」


 こうなったらもう押し通す。


 私と雛乃は心を許し合った親友、それしかない。


「それで、“どーせ帰ってからも聞いて来るんでしょ”ってアレ、なんですか?」


「……あ」


 ニヤニヤと今日一の笑顔を漏らす七瀬。


 ま、まずいぞ雛乃。


 あんた変な爆弾落としていったんだけど……!


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