22 社会人は報連相が大事とか聞いたけど
結局、年齢がいくつになるのかは一切教えてくれなかったけど、とにかくお祝いはしたいと思う。
さすがに、一緒に住んでて誕生日をスルーするのは有り得ない。
とは思ったんだけど、問題がある。
お金がない。
プレゼントは気持ちが大事かもしれないけど、大人を相手に変な物は贈れない。
そうなると必然的に、お金を手に入れる必要があるわけで。
そのためにどうするかなんて、方法は限られる。
明日、相談してみるか。
そう決めて、その日は眠りについた。
◇◇◇
「――は?バイトぉ?」
翌朝、スクランブルエッグを食べながら上坂さんが大きな声を上げた。
そんな変なことを言った覚えはないんだけど。
「うん、いいでしょ」
「駄目です」
ぷいっと上坂さんは首を振った。
問答無用だった。
「え、なんで」
「駄目に決まってるでしょ。君、自分の立場分かってる?」
「……?」
「家出少女がバイトなんてしてごらんなさい、まず履歴書でおかしいってなるでしょっ」
「あー……」
「どうしてこんな遠くからバイト通うの?怪しい、君なにしてるんだい?通報ってなるよ」
あたしの実家は田舎で、ここは比較的都会。
距離もそれなりにある。
「でも、それなら問題ないよ」
「は?なにが?」
「あたし、短期で働きたいだけだから」
7月の一ヶ月分だけ働いて、8月の上坂さんの誕生日に何かを買いたいだけだ。
「短期だからって、問題がクリアされるわけじゃ……」
「ほら、夏休み期間だけ親戚の家に遊びに来てるとか言えば、何とかなんない?」
「ああ……それで現住所をうちにしても問題ないように見せるのね」
「そうそう。それなら、向こうもそっかーってなるんじゃない?」
「まあ、それなら学生証とか見せても誤魔化せるかもしれないけど……」
ぶつぶつと、上坂さんは不満げながらも返す言葉を失っているようだ。
よしよし、これで納得してくれるかな。
「いやっ、そもそもそういう問題ではないっ」
「ええっ」
しかし、上坂さんは憤慨しながらノーを突き付けてきた。
「
目的と手段。
あたしの今の目的は上坂さんにプレゼントを買ってあげること。
その手段はアルバイトでお金を稼ぐ。
「あ、いや、目的と手段は合ってるよ」
「アルバイトでお金を稼ぐのが家出の目的であり手段なのっ!?地元でやれよっ」
今日の上坂さんはいつもより相当テンションが高い。
いつも朝はゾンビのようにボーっとしながらご飯を黙って食べるのに。
そんなにあたしのアルバイトが問題なの?
あと、なんか変な勘違いをされている。
「一部ね、それだけじゃないけど。そういうのも大事なの」
「あ、そう……まあ、元々パパ活なるもので何とかしようとしている人のことだと考えたら、相当真っ当な道に進んでるのか……これ……」
「じゃあ、バイトしても」
「駄目ですっ」
「うええっ、なんでさっ」
上坂さんが両手をクロスさせてバツを作っている。
アルバイトにこんな反対してくる人、初めて見た。
「私のご飯どうするつもりなの」
「ご飯?」
「朝、昼、夜と。私は三食ちゃんと食べるんだよ」
「いや、全部ちゃんと作るし……」
「どーせ、ナイトパーティーするようなパリピなバイトなんでしょ?作り置きをチンして食べるとか、私やだよっ」
どこまで妄想を膨らませてたんだこの人……。
夜の仕事をするなんて一言も言ってないし。
それにパリピなバイトってなに。
上坂さんの言っていることが一つも理解できない。
「いやいや、上坂さんの仕事に合わせて、午前中とかお昼から夕方にかけてとかにするよ」
「なに……?今どきは日中にパーティーってするの?」
「パーティーから離れろ。普通のバイトだし」
どうやら上坂さんは、私が夜のバイトをし、そこでご飯を作らなくなるのを危惧していたらしい。
いや、仮にそうであったとしても何の問題もない気はするんだけど。
でも、ちゃんとそこら辺は考慮して働くつもりだ。
「普通ってなに?」
普通が分からなくなっている上坂さん。
一体、上坂さんの中であたしってどんな扱いになってるんだろ……。
「ほら、コンビニとか。そんなの」
「絶対ダメっ!」
「なんでだっ」
日中働けるし、夜ご飯も作れるし。
上坂さんには絶対不都合ないのにっ。
「それって接客業をするってことでしょ?」
「え?まあ……そうなるんだろうけど」
「雛乃は絶対に表に顔を見せちゃダメっ」
「ヒドくない!?」
そこまで言われると、こっちも傷つく。
「駄目ったら、駄目」
「なんで、問題ないじゃん」
「雛乃が人前に顔を出すのはよろしくない」
「だから、なんでそうなるのっ」
上坂さんはずっと意味が分からない所で反対している。
何がそんなに気に入らないの?
「そんな可愛い顔でバイトなんてしたら、悪い虫がたかってくるでしょ」
「へ?」
「陽キャな男共が雛乃を狙いに来るよ、そんなのいけませんっ」
「……そういう心配?」
なんか、これまた思ってたのと違う内容だった。
「……っ!? そ、そう、保護者としてねっ。雛乃の安全を見守る義務が私にはあるんだからっ」
うん。何をそんなに必死に言い繕っているんだろう。
「そんなのちゃんと説明されなくても分かるよ」
「むっ?……うう、逆に言い過ぎたか」
そしてモゴモゴと歯切れが急に悪くなる上坂さん。
相変わらず寝起きの情緒は激しい。
「とにかく、夜のバイトも表に顔を出すような仕事もダメです」
ほぼ全滅じゃない……それ?
「だいたい、この家の稼ぎは私で事足りてるんだから。雛乃は黙ってご飯を作ってくれればいいのっ」
ビシッとあたしの方を指差す上坂さん。
その表情は真剣そのもの。
「まるで夫みたいなセリフじゃん」
「……お、おっとって……」
そして、ふにゃふにゃになる上坂さん。
この人、本当に何なんだろう。
膨れ上がったと思ったら、すぐに縮む。
しかし、上坂さんはその後、ご飯をガーッと口の中に収めていく。
「ご馳走様でしたっ」
そう言って、仕事用のバッグを持ち立ち上がる。
そのまま早足で玄関へと向かってしまう。
「とにかくっ、私は雛乃のアルバイトはさっきの条件に当てはまっている限り認めませんっ」
「ええー……」
「これは大人として、社会人としての忠告です。子どもは言う事を聞くようにっ」
ふんっと鼻息を荒くして、上坂さんはあたしにマウントをとる。
まあ、それを言われてしまうとお世話になっているのもあって強くは言えないんだけど……。
「お弁当、忘れてるよ」
あたしは上坂さんのバックの隣に置いておいたランチボックスを掲げる。
「……今、私のこと子供だと思ったでしょ?」
「まあ、ちょっとだけ」
おずおずと、その手を伸ばしてお弁当を受け取る。
ぷくーっと上坂さんがまた膨れ上がっていた。
「大人にだってミスはあるからっ」
ぴゃーっと吐き出すようにして上坂さんは家を後にする。
あたしは手を振って送り出した。
「言ってることはメチャクチャだけど、心配してくれるんだろうなぁ……」
それだけはちゃんと伝わったから、どうしたものかと困るのだった。
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