23 バイトの条件は上坂さんの条件に沿うこと
うーん。
予想以上に
逃げるように出勤して行った上坂さんを見送り、あたしは部屋の居間に戻り、座る。
「でも、とにかく目立たなきゃいいわけだ?」
裏方の仕事も考えたけど、そういうのってけっこー技術求められそうだし。
やっぱり接客になっちゃうかなぁとは思うけど。
とにかく大人しそうなアルバイトを探すことにしよう。
スマホを取り出し、ネットで検索してみることに。
「……そういえば、久々だなぁ。スマホ触るの」
まあ、というかあたしが見るのを自分で避けてきたんだけど。
メッセージアプリのアイコンには未読の数だけ数字が表記される。
アプリを起動してみると、連絡は何件か来ている。
どれも友達のもので、家族からは一切ない。
そう一切ない。
「さすが、楽で助かるし」
そうしてあたしはそのアプリを閉じ、ネットの求人を探すことにした。
◇◇◇
「ただいまー」
夜になって上坂さんが仕事から帰ってくる。
よし、朝は断られたけど、今度こそ説得するぞ。
部屋着に着替えて、上坂さんが居間に戻ってきてそのまま座椅子に腰を下ろす。
「よっこいしょっと」
「あ、あのさ」
「ん?誰がオバサンくさい声を出したって?」
自分でオフモードになりすぎていたのに気づいたのか。
あたしにそれを聞かれたのが恥ずかしかったのか。
とにかく上坂さんは鋭い睨みをきかせている。
多分だけど、これ恥ずかしかったやつだな。
「言ってないし」
「その目が訴えてたよ」
前から思ってたけど、上坂さんは年齢を気にし過ぎじゃないかな……?
誰もそんなこと気にしてないのに。
上坂さんにとって、アラサーは難しい年頃なのかもしれない。
「いや、ていうかその話じゃなくてさバイトの話」
「なに、それならもうダメと言ったはずだけど」
今度は本当にむっと唇を強く引き結んだ上坂さん。
「あたしなりに上坂さんでも許してくれそうなバイト探してみたの」
「ええ……どんなのそれ」
「これ」
あたしは見つけた求人サイトのページを見せる。
「“喫茶店のホールスタッフ募集”……?」
「そそ」
「
さっきまでの険しい表情はどこへやら。
上坂さんは急に悲し気に目を細めてあたしの方を見る。
「え、なに」
「君はそんなに頭の悪い子になっちゃったのかい?」
「はい?」
「私は言ったはずだよ。表に立つ仕事はダメだって、しかも喫茶店とかリア充感全開じゃん。スタバじゃなければオッケーとか、そんな浅い思考で選んじゃったのかな?」
上坂さんが完全に可哀想なものを見る目であたしを見ている。
こらこら。そうじゃないから。
「いや、あたしもね調べてみたらさ。そういう喫茶店じゃないんだって」
今度は住所で調べた喫茶店の画像を見せる。
古びた昭和時代の家、その外観を少しだけリフォームして喫茶店仕様にしている。
住所も繁華街とは程遠く、住宅街のど真ん中であるこの家から徒歩10分圏内。
「たしかに一般的なイメージのカフェとは違うようね……」
「でしょ。普段は二人体制で経営しているみたいなんだけど、急遽短期間で一人だけホールスタッフを募集してるんだって」
「うーん。まあ、確かにここなら目立たないだろうし、人も来なさそうではあるけど……」
「これなら上坂さんの条件も当てはまってる」
そもそも、どうしてそんな条件をクリアしなきゃいけないのかは未だに謎だけど。
家主の言う事なのだから、聞かないといけない。
「……ていうかさぁ」
じっと上坂さんがあたしを見てくる。
「なに?」
「スマホあるの?」
トントンと上坂さんがあたしのスマホを指でつつく。
それがタップしたことになって、店の画像が拡大されすぎてドットみたいになった。
「いや、そりゃあるでしょ」
「家出少女だから持ってないと決めつけてたよっ」
「全然持ってるよ?」
「なら最初から連絡先を教えなさいよっ」
「あー……それもそだね」
ずっと家にいたし、こっちの生活に順応するのに一生懸命で忘れていた。
これから働くかもしれないし、連絡は取り合えた方がいいに決まっている。
「全くこの子は……」
上坂さんはブツブツ言いながらQRコードを表示する。
「はい、登録して」
「はーい」
メッセージアプリに上坂さんが登録される。
アイコンは海だけの画像だった。
なんというか、溢れるネットで拾っただけの画像感。
上坂さんらしいと言えばらしいけど、プライベートも個人の好みも全く見えない。
「……海」
上坂さんがわなわなと震えてる。
どした、どした。
「上坂さんの画像の話?」
「雛乃の話だよっ」
「ええっ?」
上坂さんはあたしの画像を表示して見せつける。
そこには、海をバックにピースしているあたしがいます。
「なんだ、これはっ」
「去年、友達と撮ったやつ」
「この恰好よっ」
「恰好?」
一応言っておくけど、水着とかは着ていない。
白のTシャツにデニムのショートパンツを合わせたものだ。
その下には水着を着ていたんだけど、さすがにそれを載せたりしないし。
「こんな足なんて見せちゃって。誰を誘惑する気なのかなっ」
「……そういうことなの?」
誰もそんな所は見てないと思うんだけど。
映えていい感じだと思ったから載せてるだけなんだけど。
「高校生なんて皆そういうことばっかり考えてるでしょっ」
「いやー……なくはないと思うけど」
でも上坂さんが言うほどでもないと思う。
ていうか、上坂さんの方こそ普段からそういうことばっかり考え過ぎじゃない?
「見なさい、この私のまっさらな海を」
あたしが開いていた上坂さんの画像、それを指差して鼻息を荒くしている。
「……ちょっとダサいよね」
「え、なにがっ」
「なんかこう……ネットから引っ張ってきた感」
「これだからJKはぁぁああ……っ」
触れてはいけない所に触れちゃったのか。
上坂さんは頭を抱えて悶絶している。
あたしも言い過ぎたかもしれないけど……。
でも、バイトちゃんと認めてくれないし。
朝からずっと変なこと言ってるし……しょうがなくない?
この後、何かあったらすぐに上坂さんに連絡することを条件に、バイトをすることを認めてくれたのだった。
うーん。
社会人は色々、厳しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます